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2024.11.11
生成AIやVRで、大学での学びをもっと豊かに
健康データサイエンス学部のある浦安・日の出キャンパス2号棟5階、広々としたラーニングコモンズには、コミュニケーションロボット「LOVOT」と楽しそうに遊ぶ学生たちの姿が--。彼らはLOVOTとふれあいつつ、新しい学習ツールやデバイスについてアイデアを出し合っています。そんな学生たちを指導する山本憲教授は、放射線科医として臨床に携わってきた経験を持ちながら、生成AIやVR・MRを活用した教育用アプリやツールを開発。「最先端テクノロジーで医学教育をより良くしたい」と語る山本教授に、教育への思いや最新の研究について聞きました。
医療面接を学ぶAIを使った学習支援システムを開発
――まず、生成AIを医学教育に取り入れるようになった経緯を教えてください。
医学生は病院での臨床実習が始まる前に、模擬患者さんを相手に話を聞く医療面接のトレーニングを受けるのですが、新型コロナウイルス感染症の流行によりそれができなくなってしまいました。そこで、模擬患者さんの代わりになるコンピュータシステムを作ったのが最初です。
とはいえ、当時はまだChatGPTが公開される前で、文章などを自動生成する生成AIはありませんでした。とりあえず、患者さんが「おなかが痛い」と訴えたら「どの辺りが痛みますか」と答える質問対応表をもとに医療面接チャットBOTを作りましたが、このチャットBOTがまるで練習にならないと学生に大不評で…。どうにかして改善しなければと思っていたところ、ChatGPTが登場して、これならいけそうだ!と感じて、ChatGPTを使った医療面接トレーニング用のチャットBOTを開発することにしました。
――生成AIを用いた医療面接トレーニングとは、どのようなものでしょうか。
このAIチャットBOTは、患者役のAIに基本となるシナリオを登録すると、AIが自ら学習して自然な対話ができるようになるというものです。動悸を訴える58歳、不眠に悩む63歳というように症状と年齢を設定したシナリオのほか、頭痛、発熱、めまい、腰痛、胸部痛、腹痛・便秘などの症状も用意しました。
学生は、この患者役のAIを相手に、キーボードでのテキスト入力、音声対話などで医療面接のトレーニングを行います。パソコンやスマホなど、インターネットに接続できる環境ならば、いつでも、どこでもトレーニングできるのも、このシステムのメリットです。
――このAIチャットBOTは医療面接以外にも応用できそうですね。
もともとは医学教育のために作ったシステムですが、他の医療者の教育にも使えると思い、医療専門職者の教育や支援のためのシステムも構築しようとしています。
対象となるのは、心理カウンセラーのように面談での対話が重要な医療職です。こうした職種も模擬患者さんによるトレーニングが必要ですが、専門性が高いためなかなか模擬患者さんを確保できません。例えば、遺伝子検査の結果を患者さんに伝える遺伝カウンセラーは、非常にセンシティブかつ厳しい内容であることも多い遺伝情報について、わかりやすく、相手に寄り添いながら伝えるという高いコミュニケーションスキルが求められます。患者さんによって背景や伝えるべき内容が異なるため、AIによる個別のトレーニングが役立つと考えています。
同じように対話が必要な職業であれば、医療に限らず、さまざまな業種、職種でこのようなAIチャットBOTを応用できるでしょう。こうした技術は人口減少社会を乗り切るためにも非常に有効な手段になると思っています。
VR・MRで聴診や触診、心肺蘇生技術を身に付ける
――VR技術を用いた手技トレーニング教材についても教えてください。
こちらもコロナ禍で臨床実習ができなくなったために開発したもので、患者さんに触れて行う手技のトレーニングを行います。最初に作ったのは、胸部の聴診、腹部の触診、膝の腱反射のトレーニング用システムで、バーチャル空間に浮かぶ3Dの患者さんを相手に、繰り返し手技を練習することができます。
ただし、触診や腱反射で重要な“触覚”を感じられないという問題があります。ゲーム用に開発された触覚を感じられるハプティクスデバイス*1はありますが、かなり高価で教育用に使えるものがなかったので、触診のトレーニングをするときは、VR越しにマネキンを置いて、その感触を確かめていました。
*1ハプティクスデバイス・・・ユーザーに力や振動、動きなどを与えることで「実際にモノに触れているような感触」をフィードバックするデバイス。
――その技術はその後どうなったのでしょうか。
手技トレーニング技術の発展形として、リアル空間にVRを融合したMR(Mixed Reality)技術を使い、現実の周辺景色を見ながら行える心肺蘇生トレーニング用システムを開発しました。現在は1人用ですが、実際の心肺蘇生ではAEDを持ってくる人、救急車を呼ぶ人、胸骨圧迫をする人というように役割分担をして行うので、可能であれば遠隔地の人とも、複数人で協力しながらできるシステムにしたいと考えています。
――将来的に、どんな技術に発展させたいと考えていますか。
やはり、目指すところは触覚の実現ですね。今はマネキンを使っていますが、触覚があればマネキンがなくとも、離れたところにいる人と協力してトレーニングできます。
いずれはこのトレーニングシステムに生成AIを組み込むことも計画しています。生成AIは、次の動作を教えてくれたり、蘇生行為を評価した上で「胸骨圧迫が浅くなっているので交代を頼んではいかがですか」といったアドバイスを提案してくれます。自動でセリフを多言語に翻訳することもできるので、全世界で対応可能な、オールインワンの心肺蘇生教材パッケージができれば面白いなと思っています。
誰にも強要されず、学生自ら学ぶことを助ける生成AI
――生成AIについて積極的に研究するようになったのはなぜですか。
最初にお話しした医療面接トレーニング用のチャットBOTを作ってみて、このアプリケーションを使えば、「模擬患者」だけでなく「模擬カウンセラー」「模擬医師」なども簡単に作れるとわかりました。つまり、今世の中で提供されているさまざまなサービスなどに関して、人間が担っている大部分は生成AIに置き換えることができるといえます。単にAI化するだけでなく、コンピュータの技術によって質の向上につながると考えると、これは世の中を大きく変える技術になりそうだと感じたため、生成AIについて研究するようになりました。
――新たにこれから取り組もうとしていることはありますか。
学生の中には勉強は好きではない人もいます。一方で、例えばゲームが好きな学生は、誰にも強要されずにゲームを始めて、時間があればゲームを楽しむのではないでしょうか。それと同じように、誰にも強要されずに始められて、好きなことをしていたら意識していないうちに学べるような仕組みが作れないかと思っています。
そこに生成AIを使います。生成AIを使えば学生一人ひとりの興味嗜好に応じて、その学生専用のChatGPTを作ることができます。そのAIが「模擬講師」として、遊びながら、その学生の進捗や定期試験の結果に合った勉強内容を提示します。
――そんなシステムができたら面白いですね。
ロシアの心理学者であるレフ・ヴィゴツキー博士が提唱した「発達の最近接領域」という理論によれば、自力で解決することは難しいけれど他者の手助けがあれば解決できるレベルの課題を与えることで学習効果が高まり、発達を促すのだそうです。その理論を当てはめて、現在の学習レベルを正確に評価した上で効率的に成長できる次のステップをAIに提示してもらう。その提案を受け入れた学生が面白いと感じればもっと先に進めばいいし、面白くなかったら元に戻って別のやり方をAIが提示する。生成AIの進歩を考えると、システムの開発はそれほど難しいことではないと感じています。
今まさに、健康データサイエンス学部の学生たちと一緒に、学習支援AIシステムの開発を進めているところです。例えば、学部の1、2年生たちが「難しい」と口を揃える科目について学ぶ生成AIを作ろうとした場合、個々人専用にするか、みんなで共有するかなど、さまざまなアイデアが出ています。学生には、そのようにして作ったツールを使い、今の自分を知り、次に何をすれば面白くなるかを考えてほしいのです。
倫理の問題も含めて、個別の教育を追求していく
――「生徒の学び」について山本先生が重視していることはなんですか。
前述にもありますが、誰かに強要されて学ぶのではなく、面白いと感じて何かに熱中していて、気づいたらそれが勉強になっていた、という学びの形が理想です。なので、学生には「今の自分に何ができて、次に何をやれば面白くなるか」を考えてほしいと思っています。それは“世界を知ること”につながっていきますから。
何を学ぶかと問われると、それもまた難しい問題になりますが、彼らが学んでくれるなら大学に来なくてもいいとさえ思います。とはいえ、大学に来て、誰かと話して得られる学びもたくさんあると思うので、私はここを誰でもふらっと立ち寄れるような場にしようとしています。かわいらしいロボット(LOVOT)も、誰かと話す仕掛けの一つとして置いています。何かの折にふらっと立ち寄ると、人が集まっていて、何か面白そうなことをやっているから自分も混ぜてもらおう。そんな落とし穴のような学びの場があちらこちらにある、そんな状況を作れたらいいですね。
――それが先生が提唱する「自己主導型学習者」につながるのですね。
生成AIによる自己主導型学習者を生み出すシステムには大いに可能性を感じていますが、一方で、AIを使ったマーケティングのように、統計的に人の思考や行動を誘導することはよろしくないと思っています。とはいえ、教育者は学習者に対して、自分の考えを押し付けかねない存在ですから、その点は常に意識しています。教育者が誘導するのではなく、最終的に選択するかどうかを含め、何を選び、何を選ばないかという選択肢は絶対に学習者に残しておきます。
また、個別の学習支援システムを構築するときには、データの扱いに付随する倫理的な問題が特に重大です。生成AIを教育に取り入れる以上、そもそも世の中における倫理を、誰がどのように決めるのか、そこから見直す必要があるのかもしれません。
――健康データサイエンス学部で目指していることを教えてください。
健康データサイエンス学部がある浦安・日の出キャンパスは、新しくてきれいなだけでなく、統計学、コンピュータプログラム、データセキュリティなど各分野の専門家が揃っていて、毎日のように楽しいことがあります。2025年度には大学院健康データサイエンス研究科が開設され、さらに教育・研究環境が充実するでしょう。
ここまで紹介したどのプロジェクトも学生たちと一緒に取り組んでいますし、学内のAIインキュベーションファーム(aif)という研究拠点で開かれるイベントや勉強会にも学生とともに参加し、何か面白いことができないかと日々模索しています。そうした機会をたくさん用意して、学生たちに学びをもたらすような仕掛けをつくっていきたいと考えています。