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2025.06.26

スポーツの恩恵をすべての生徒に!~スポーツ格差をなくす「SPODIP」の活動~

順天堂大学では、体育・スポーツ系大学を問わず、大学生が部活動の地域移行、地域展開を支える人材として、部活動の指導・支援の仕組みを構築すべく実証事業を行いました。その活動の中で運用された「SPORTS FOR ALL ダイバーシティプログラム(SPODIP:スポディプ)」という指導プログラムは、性別や障がいの有無、スポーツ経験などを問わず誰もがスポーツを楽しむことを目的としており、関係自治体などとともに全国へのSPODIPの普及を目指しています。この取り組みについて、SPODIP担当教員の前鼻啓史講師に伺いました。

部活動の“地域展開”に向けて、学生指導員を養成

~すべての生徒にスポーツをアクセス!~

中学校などで行われている部活動は、各種スポーツや文化芸術活動を体験する身近な入口であり、仲間と努力することの喜びや達成感などを味わう素晴らしい機会となっています。一方で、急速に進む少子化や教員の負担増などの社会的背景から、部活動のあり方を見直そうという議論が進んでいます。そのような中で、これまで学校単位で行われてきた中学校の部活動を、地域の民間スポーツクラブなどに委託する「地域移行」が進められています。しかし現状では、教員に代わる指導員の確保が難しいことから、完全に外部委託するのではなく、地域連携の中で部活動を行っていく「地域展開」という考え方で進められようとしています。

スポーツ指導・支援の実践の様子①

こうした課題の解消に向けて、スポーツ庁と一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)は、大学生を指導者として養成する「令和6年度 感動する大学スポーツ総合支援事業(大学生指導員の養成・確保に関する実証事業)」を実施しました。その委託を受けた順天堂大学では、スポーツ健康科学部を中心とした学生に対して指導員養成を行い、さくらキャンパス近隣の中学校、特別支援学校でスポーツ指導・支援を実践しました。実践の中で運用された『SPODIP』は、学生指導者を養成するとともに、競技の得意不得意や障がいの有無、性別に関係なく、全ての生徒がスポーツを楽しみ、「スポーツの体験格差の是正」を目指すプログラムです。部活動で行われているような競技スポーツではなく、フライングディスク、ボッチャ、ペタンク、モルックなどの「ユニバーサルスポーツ」と呼ばれる10種目について、多様な生徒と大学生が一緒になってスポーツを楽しむことを目指しました。

ユニバーサルスポーツ実践のための大学生指導者の養成

プログラム実施にあたっては、指導教本や講義動画を用いた学科講習を受け、学科試験に合格した学生が実践に参加するという流れです。最終的には、受講者66名のうち57名が学科試験に合格し、57名全員が指導員として活動しました。実技講習では、指導者としての経験を積み始めたばかりの学生でもユニバーサルスポーツの指導員として必要な知識やスキルを身につけられるよう工夫されたカリキュラムが組まれており、ユニバーサルスポーツの指導の基礎から実践まで学びました。

本プログラムのために作成した『SPODIP指導教本』には、部活動地域移行の経緯、フェアプレイの精神とルール、暴力・体罰の禁止に関する「スポーツインテグリティ」、安全管理やリスクマネジメント、一次救命処置などの指導員としての基礎から、障がいを持つ対象者への対応、運動が不得意な対象者への対応、セクシャルマイノリティに関する知識、ユニバーサルスポーツの概要まで、幅広く盛り込まれています。また、障がいを持つ対象者への対応では、身体切断・欠損、脊髄損傷、脳血管障害、脳性麻痺、視覚障害、聴覚障害、内部障害、知的障害、精神障害というように、障がいごとに留意点がまとめられています。

SPODIP指導教本
SPODIPガイドブック

セクシャルマイノリティについては、LGBTQの基礎を学ぶところからスポーツをするときの留意点まで記載されています。具体的には、運動着を指定しない、戸籍上の氏名ではなく活動者が希望する通称を用いる、性別の区分のみならず能力の区分でチーム編成を行う、といったことです。セクシャルマイノリティとスポーツの問題はあまり知られていませんが、試合前の円陣やうまくいったときのハイタッチなど、スポーツシーンでは当たり前に行われている身体接触に抵抗がある人もいます。そういった人たちとも一緒にスポーツを楽しむ方法を考え、実践していくこともSPODIPです。

千葉県内の中学校や特別支援学校でプログラム実践

講習を受けた大学生たちが実際に指導するプログラムは、2024年11月~12月、印旛特別支援学校中学部、酒々井町立酒々井中学校、印西市立印旛中学校の各校2回ずつ実施後、順天堂大学さくらキャンパスでも指導プログラムを行い、運動の得意不得意、性別、年齢もバラバラな合計229名の中学生が参加しました。プログラム後のアンケートでは、参加した中学生たちから喜びの声が多く寄せられました。中でも特に多かったのが「大学生の人たちと一緒にできたことがうれしかった」という声です。コーチや先生といった“大人”ではない、“大学生のお兄さん、お姉さん”との関わりが楽しかったようで、支援者としての大学生指導者のあり方に可能性を感じました。中学生からは「体育の授業は不得意だが、このプログラムは楽しめた」「部活や習い事は馴染めなかったけど、この体験を通して新たなスポーツへの挑戦心が芽生えた」といった好意的な声が多数寄せられました。また、特別支援学校の生徒たちは学校が終わるとすぐに通所先や家に帰るので、放課後に学校でスポーツ体験できたことがうれしかったようです。

スポーツ指導・支援の実践の様子②

生徒たちのよろこびの声の一方で、プログラムの振り返りとして行われたフォーラムでは、自治体関係者や中学校教員から「障がいを持つ生徒が使用する用具への工夫がないなど、障がいに対する理解が不足していると感じた」「運動が不得意な生徒には有効だが、運動が得意な生徒は満足できない」といったプログラム内容に関する指摘もありました。また、順天堂大学さくらキャンパスで行ったプログラムに対して、「競技力向上といった明確な目的がなく、楽しむためにここまで通うとなると、送迎する保護者の負担も大きい」「この内容なら近所の公園でできる。参加動機までフォローすることは難しい」という声があり、ユニバーサルスポーツを実施していく上での課題も見えてきました。

スポーツ指導・支援の実践の様子③

学生の将来につながる学びに

スポーツ庁の委託事業は令和6年度で終了しましたが、ここで得た気づきやノウハウを活かし、指導員経験を積んだ大学生たちの活動を広げ、根づかせていく仕組みづくりが必要です。その第一歩として、本プログラムで作成した教材をはじめとした大学生指導員養成のノウハウが、令和7年度からスポーツ健康科学部の1年次向け必修科目の単元内容・副教材として活用されています。次の段階では、地域社会に必要とされる大学の機能を拡張するために、自治体や教育機関との連携をさらに強化していかなければいけません。それを順天堂大学独自の取り組みとするのではなく、運用モデルとして全国各地の大学にも波及させることを目指します。

スポーツ指導・支援の実践の様子④

SPODIPには、学生の教育の充実や、自治体や教育機関との関わりを持つことで学生のキャリア意識を高めたいという意図もあります。SPODIPはスポーツの恩恵を全ての生徒に、というコンセプトでスタートしました。スポーツの恩恵とは、終点ではなく、始点となるもの。競技としてのスポーツを継続するかどうかは本人次第で、今後の人生を豊かにする入口になるものだと思っています。学生は競技一辺倒になりがちですが、生涯にわたって競技を続けられる人は一握りです。長年打ち込んできた競技のその先にあるものを見据える機会になれば、という思いが込められています。さらにその先には、障がいの有無、年齢、体力レベルに関わらず、誰もが楽しめるようにルールや用具を工夫した「アダプテッド・スポーツ」への展開も意識しています。現在は障がい者スポーツの一種として位置づけられているアダプテッド・スポーツですが、SPODIPとリンクする部分が多く、SPODIPの取り組みを通じて発展できると考えられています。

「スポーツを楽しむことはみんなの権利
障がい、ジェンダーどんな問題もスポーツで超えていける
すべての生徒にスポーツへのアクセスを。」

SPODIPが掲げるこのスローガンのもと、アダプテッド・スポーツのあり方を体系的に整理し、SPODIPの実践を進めていくことは、スポーツという枠からも大きくはみ出して、誰もが生きやすい世の中につながるはずです。順天堂大学はそのパイオニアとして、道を切り拓いていきます。

Profile

前鼻啓史 MAEHANA Hirofumi

順天堂大学スポーツ健康科学部 / 大学院スポーツ健康科学研究科 講師
北海道教育大学岩見沢校卒業、北海道教育大学大学院教育学研究科修了(修士:教育学)、保健体育科教諭を経て、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程を修了(博士:スポーツ健康科学)。専門は教育学、コーチング学、アダプテッド・スポーツ科学。一般社団法人日本障がい者サッカー連盟、特定非営利活動法人日本アンプティサッカー協会の役員を歴任、アンプティサッカー日本代表での活動としては2018メキシコ大会、2022トルコ大会では団長と代表監督を兼務。日本人で初となる東アジア最優秀監督を受賞。目白大学人間学部専任講師を経て、2024年より現職。

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