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2020.11.19
体感して学ぶ! 外国人診療に役立つ「やさしい日本語」の授業を医学部で
将来の外国人診療に役立てようと、順天堂大学医学部において4年生の学生を対象にした「やさしい日本語」の授業が実施されました。「やさしい日本語」の実習を医学部の正規授業として取り入れるのは、国内初の試み(※)です。指導する医学教育研究室の武田裕子教授は、かねてより「ことばの壁」を持つ日本在住の外国人診療において、分かりやすく伝えられ不安を和らげる「やさしい日本語」を提唱。他大学の研究者やボランティア団体などとともに、医療者への普及活動を続けてきました。今回は医学部の学生に向けて行われた授業の様子をレポートします。(※本学調べ)
臨床実習を控えた医学部4年生が受講
この日、「やさしい日本語」授業に参加したのは、臨床実習を目前に控えた医学部4年生の学生たちです。グループに分かれて、それぞれ輪になって着席しました。そこに順天堂大学大学院などで研究を続ける留学生が、各グループに1名ずつ参加します。留学生の国籍は中国、ブラジル、フランス、ミャンマーなど。母語もさまざまです。
最初に武田教授が「やさしい日本語を知らなかった人はどれぐらいいますか?」と質問すると、ほとんどの学生が手を挙げました。「おおよそ知っている」と答えた学生は5名。そこで武田教授は「やさしい日本語」のヒントになる動画視聴から授業をスタートしました。順天堂大学が帝京大学、聖心女子大学と共同で制作した動画教材『医療で用いる「やさしい日本語」』も紹介されました。
・外国人診療に役立つ「やさしい日本語」の動画教材を公開 ~医療者が使えるフレーズを事例別に紹介~
URL:https://www.juntendo.ac.jp/news/20200925-01.html
「やさしい日本語」が必要とされる理由とは
そもそも「やさしい日本語」が注目されるきっかけとなったのは、1995年の阪神・淡路大震災。日本語を母語としない人々の死亡率は日本人の約2倍に上りました。災害時の混乱した状況下では、日本語を得意としない人々が情報弱者となり、避難や生活に関して刻々と変化する情報が的確に届かなかったためです。さらに2011年の東日本大震災では、「津波が来ます。高台に避難してください」という防災無線が何度も繰り返し流されたにもかかわらず、外国の方に理解されない事態が起きました。実は日本で暮らす外国人のうち、約8割が日本語での会話が可能です。このときも「高台」ではなく「高いところ」と言い換えていれば、ほとんどの方が理解できたと言われています。
その後、「やさしい日本語」は行政窓口や旅行業界などで徐々に拡がり始め、医療界でもその必要性に迫られています。国内の外国人在住人口は増え続け、今や40人に1人が外国人。195か国から来日した約293万人(2019年度末)が日本で暮らしています。授業を受けた学生たちも、将来、臨床の場で外国の患者さんと接するはずです。
「やさしい日本語」作り方のコツ
ここで武田教授から学生へ練習問題です。
ある学生が次のように答えました。
「頭の周りの長さを測ります」
しかし、留学生は声をそろえて「わからない」と首を横に振ります。そこで、
「頭の大きさを測ります」
と言い換えたところ、10人中8人の留学生が理解できました。
「やさしい日本語には、"これが正解"という答えがありません。相手の日本語レベルにより変わるので、相手にわかる言葉を探すことが重要です」(武田教授)
「やさしい日本語のつくり方」について、いくつかコツも紹介されました。
①話す前に伝えたいことを整理する。
②短く話す。
③最後まではっきりと話す。
④敬語を使わない。
⑤漢語より和語がわかりやすい。
⑥オノマトペを使わない。
「診療の際に、例えば痛みについて"ビリビリ"なのか"ズキンズキン"なのかとオノマトペを用いて尋ね、神経系の病気か血管系の病気かを判断したりします。そのため、オノマトペを使わずに症状を尋ねるのは、実はとても難しいのです」(武田教授)
その後はグループごとのロールプレイがスタート。さまざまな例題が出題されましたが、その一部をご紹介します。
「やさしい日本語」練習
医療関係者がよく使う言葉を言い換える
【例題1】次の文章を「やさしい日本語」に言い換え、留学生に説明してください。
上の例題で問題になったのは、意外にも「横になる」という表現です。留学生からは、
「"横になる"というのは"隣で寝る"という意味に聞こえる」
「"横向きに寝る"という意味だと思った」
という声が聞かれました。
「安静にする」も伝えるのが難しい表現です。学生からも「"お休みにする"と言うと全く動かさないように伝わるので、"できる限り動かさない"をどのように伝えるかが難しい」という声がありました。「静かにしてください」だとずっと黙っていることになりますし、「動かないでください」だと学校へも仕事へも行けません。そこで別の学生が「走るのはダメだが、歩いてもいい」という案を出しました。
【例題2】
あるグループでは、「胃が荒れる」という表現がなかなか通じず、「胃の調子が悪い」と言い換えました。日本語レベルにより、「"胃"はわからないが、"おなか"ならわかる」という留学生もいました。
別のグループでは「痛いのをなくす薬を飲むと、おなかが痛くなることがあります。だから、おなかの痛みをとる薬、ほしいですか?」と学生が尋ねると、留学生が「いります」と即答。思わず拍手が起きました。
学生が表情豊かにロールプレイ! 授業の感想は?
授業の途中で、留学生が隣のグループに移動。もう一度同じシナリオを異なる留学生に説明したところ、学生たちは、相手の日本語レベルや知っている単語により言い方を変える必要があることに気づきました。
ロールプレイでは、相手が理解しているかどうか確認するため、留学生の表情を真剣に読み取ろうとする学生もいれば、ジェスチャーを交えながら何とか伝えようとする学生の姿もありました。そして、単語が伝わらないときはスマートフォンで画像を検索し、留学生に見せる様子も見られました。「"敬語を使わない"というルールにもすぐに適応し、専門的な医学用語に捉われ過ぎないところは、学生ならではの特徴かもしれません」と武田教授は話します。
最後に、各グループの代表が授業の感想を述べました。
「臨機応変に対応することが大事」
「名詞の言い換えが意外と難しい」
「漢字がわかる国の人なら漢字が伝わりやすい」
「とても難しかった。ボディランゲージが役立つとわかったが、国が異なると誤解される可能性もあるとわかった」
「まず国籍を聞いて、英語圏だったら英語で、アジア圏だったらやさしい日本語で伝えるといい。漢字がわかる国だったら漢字も使える」
こうしたコメントに武田教授は「私たち日本人は"外国人=英語"と考えがち。最初に"こんにちは。日本語を話せますか?"と尋ねてから先へ進むことが大切です」と総括。また、「やさしい日本語」は万能ではなく、医療通訳者の助けも必要であることを強調しました。出身国や日本語レベルの異なる留学生を相手に、伝わる言葉は一人ひとり異なる――授業を通して学生たちも、そのことを実感できたようです。また、授業前後のアンケートから、日本語を母語としない方の診療に対する不安が減り、積極的に役立ちたいと考えるようになったことが明らかに。学生一人ひとりが"気づき"を得られた授業となりました。
授業に参加して...
<学生インタビュー1>
順天堂大学医学部4年 桐生 奏さん
――今日の「やさしい日本語」の授業で、どのような気づきがありましたか?
日頃外国の方に接する機会があまりないので、私の中で「外国人」をひとまとめに考えていたことに気づきました。ご本人の日本語レベルや、母語が英語なのか、中国語なのか、それとも他の言語なのかにより説明の仕方を変える必要があると感じました。
――いちばん難しいと感じたのはどんなことですか?
今日の授業に協力された留学生の方々は、授業の趣旨をよく理解して、豊かな表情で表現してくださいました。しかし、実際の診療では、「わからない」ということを表情に出さない方もいるかもしれません。その点が難しいと感じています。
――将来、どんな医師になりたいですか?
医師という仕事は、どんなに経験を積んだとしても毎日勉強し、知識と技術をアップデートしていく必要があると思っています。一方で、例えば知識があっても「やさしい日本語」を知らないことで、患者さんにその知識を十分に活かしきれないことも出てくるかもしれません。患者さんの反応をよく観察する医師なら、自然と「やさしい日本語」に言い換えることができるはず。外国の方が相手でも逃げ腰にならず、一人ひとりの日本語レベルや生活背景を見極めるなど、"実践"に気を配ることも大切にしたいです。
<学生インタビュー2>
順天堂大学医学部4年 佐藤 秀胤さん
――「やさしい日本語」について、どんな感想をお持ちですか?
目からウロコでした。基本的に学校では「外国の方にも対応できるように英語を」と言われて学んできたので、日本語を簡単にして伝えること自体が「新しい!」と思いました。
――今日の授業で実践し、どんな気づきがありましたか?
外国人の方が理解されている言葉、されていない言葉はバラバラで、統一基準がないことに難しさを感じました。もし、「やさしい日本語」を一切知らないまま現場に出たら、うまくコミュニケーションができなかっただろうな、と思います。そのような意味でも、今日のロールプレイはとても大きな経験になりました。
――将来、どんな医師になりたいですか?
患者さんにとって、親しみやすい医師になりたいです。「やさしい日本語」は外国人だけでなく、ご高齢者や子どもたちにも伝わりやすいと思うので、学ぶことができて良かったです。
武田教授×留学生鼎談
順天堂大学医学部医学教育研究室 武田裕子教授
留学生 張 蒹(チョウ・ケン)さん(中国出身)
留学生 ジュリアナ・ユミ・イシサキさん(ブラジル出身)
武田「お二人には授業にご協力いただき、ありがとうございました。学生はロールプレイに一生懸命取り組んでいましたか?」
左からジュリアナさん、張さん、武田先生
ジュリアナ「みなさん、自分たちができることを全てやってくれました。スマートフォンで画像を見せたり、絵で描いてみせたり、動作をして見せたり」
張「そうそう! ボディランゲージを使ってくれました! 言葉を言い換えてくれたり、"これわかる?あれわかる?"と尋ねてくれたり。私は"なるべく"という日本語がわからなかったのですが、彼らが「"あんまり"はわかりますか?」と言い換えてくれたことで、理解することができました」
ジュリアナ「みんな自分たちで工夫して言い換えてくれていました。順天堂大学でこのような教育が行われていると知り、外国人のひとりとして安心しました。今、多くの外国人が日本で暮らすようになりましたが、このような変化があれば私たちはもっと暮らしやすくなるはずです。実際、外国で病院へ行くのは、とても難しいことですから」
武田「言葉の問題がなくても、病院に行くのは怖いと感じるものです。具合が悪くて不安になると、余計に言葉は理解しにくくなりますのでなおさらですよね」
張「私が日本で初めて病院へ行ったとき、受付の女性がいろいろ説明してくれたのですが、言葉が全て尊敬語になっていて理解できず、その場に立ち尽くしてしまいました...。尊敬語は良い言葉かもしれないですが、外国人にとっては理解が難しく、あまり親切な言葉ではないのだと思います。そのときは話された言葉が何も分からず、本当に怖くて、「もうここにいたくない」と思ったものです。尊敬語ではなくて丁寧語で話してほしいです」
武田「今のお話はとても参考になります。私たち日本人は尊敬語を話さないと失礼と考えるのですが、丁寧語でいいんですよね。今日は学生にとって、たいへんよい経験になりました。お二人ともありがとうございました」
武田教授インタビュー
――改めて、「やさしい日本語」とはどのようなものか教えていただけますか?
やさしい日本語とは、相手に合わせてわかりやすく伝える日本語のことです。相手の日本語理解度や言葉の使い方から判断し、その人に理解できる話し方をするもので、学術的には「言語調整」とも言われます。普段、私たちは職場の人と話すとき、ご高齢者に接するとき、子どもに話しかけるときなど、意識せずに話し方を変えていますよね? 「やさしい日本語」では、より意識して伝わる言葉を探りながらの会話になります。
――なぜ医療関係者に「やさしい日本語」が必要なのでしょうか?
医療関係者には、相手に合わせて分かりやすく伝えることが求められます。そのためには、患者さんの生活背景や考え方などを知って、配慮しながら話す必要があります。これは、「やさしい日本語」の考え方そのものです。
また、医師は病気の説明や治療法の選択、検査・治療結果の伝達など、患者さんに情報を渡す立場にあります。ですので、医師には常にわかりやすく伝えることが求められます。ここでも「やさしい日本語」の話し方が役立ちます。患者さんがご自分の病気や治療方法について理解できると安心されますし、何か誤りが生じたときに、患者さんご自身が気づけて安全にもつながります。
――学生の反応はいかがでしたか?
学生は熱心に取り組んでいて、とても楽しそうでした。当たり前と思っていた言葉が通じず、言い換えて理解されることが新鮮で、いろいろな発見があったと思います。積極的にボディランゲージを用いていましたが、ジェスチャーも国により受け取り方が異なることも知ってくれました。将来医師となる学生が「相手の立場に立って考える」という基本姿勢を体感する、とても有意義な学びとなりました。
――学生へのメッセージをお願いします。
医師にとって、患者さんの人生や生活背景を想像する力は不可欠です。今後、臨床現場で、なかなか理解していただけない、約束を守ってくださらないと感じる患者さんに出会うこともあるでしょう。医師になって戸惑うこともあるかもしれません。でもその背景には、その方たちなりの理由が必ずあります。これから医師になる学生の皆さんには、目の前にいる患者さんの"背景"に気づき、寄り添える人であってほしいと思います。
武田 裕子(たけだ・ゆうこ)
順天堂大学医学部 医学教育研究室 教授
1986年筑波大学医学専門学群卒業。 医学博士。 米国にて内科/プライマリ・ケア専門研修。帰国後、筑波大学病院卒後臨床研修部に勤務。2000年に琉球大学地域医療部講師。2005年東京大学医学教育国際協力研究センター准教授、2007年三重大学地域医療学講座教授。この間、プライマリ・ケア診療・地域医療教育・国際協力に従事。2010年に学生に戻ってロンドン大学衛生熱帯医学大学院留学。 公衆衛生学修士号取得後、キングス・カレッジ・ロンドン医学部研究員。 2013年にハーバード大学総合診療部門リサーチフェロー。2014年より現職。 日本プライマリ・ケア連合学会理事、日本医学教育学会理事・学会誌『医学教育』編集委員長。