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2022.09.20

学生トレーナーが活躍! 硬式野球部で進む"選手を支える"データ活用の最前線

スポーツ界では今、競技力向上やけが予防など、さまざまな側面で科学的データが利用され、その重要性への関心も年々高まっています。テクノロジーの発展によって簡単に膨大なデータを収集できるようになる一方、確かな知識を持って計測や分析を行える人材の確保に悩むチームも少なくありません。そんな中、順天堂大学硬式野球部では、日々のデータ計測や分析に19人の学生トレーナーが活躍。メジャーリーグの球団でも使われている機器で投球の質や運動量を測定・評価し、コンディショニングや競技力向上を強力にサポートしています。

野球におけるデータ活用の目的とは?

順天堂大学は近年、スポーツ医科学の側面から野球界をサポートする取り組みを広げています。これまでに千葉ロッテマリーンズ、読売ジャイアンツとのプロジェクトを進め、今年新たに四国アイランドリーグplusに所属する独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツと研究協力協定を締結。8月には愛媛マンダリンパイレーツでトレーナー志望の学生によるインターンシップも行われました。こうした取り組みで中心的役割を担っているのが、野球選手を対象とした科学的測定・分析を行っているスポーツ健康科学部准教授の窪田敦之先生です。

 窪田先生の研究の柱は、「投手のパフォーマンス評価」「選手のコンディション管理」の二つ。投手のパフォーマンス評価は、投球の球速、回転数、変化量、リリース時の手首の傾きなどを計測できるトラッキングシステム「ラプソード」を用い、投球の質を評価するものです。コンディション管理では、投球時の肘への負担や全身の運動量をウェアラブル端末で計測し、練習と試合の運動強度を管理、評価しています。

 投球の質や運動量を測定することの第一の目的を、窪田先生は「選手自身に自分の特徴を知ってもらうこと」と言います。

窪田敦之先生

「アマチュア野球では以前から、どの投手も同じように球速の速さときれいなストレートを追い求める傾向がありました。でも、大事なのは試合で勝つことで、数値を追い求めても仕方がない。客観的な数字で自分の投球の内容を知ると、個々の選手がそれをどう活かしていくかを考え、自分なりの目標を持つことができます。それこそが競技力向上に一番重要なことだと僕は考えています」

 さらに、窪田先生が研究のキーワードの一つとして掲げているのが「けがを防ぎながら練習をやり込む」という観点です。
「運動量や肘への負担を計測し続け、その選手のコンディションを最もよく表す指標が何なのかが分かれば、それを参考に、けがを防ぎつつギリギリまで練習をやり込むことができます。コンディション管理の目的は、けがの予防ももちろんありますが、もっと練習をやらせてあげるため、パフォーマンス向上と故障のリスクのギリギリを攻めるため、というところが大きいです」

 けが予防やパフォーマンス向上を「選手それぞれの個性や特性を生かしながら」実現する。野球競技での測定やデータ活用は、幅広い世代の選手たちの可能性をさらに広げる力を持っています。

毎日の計測で選手を支える学生トレーナー

現在、プロ、アマを問わず多くの野球チームに測定機器が導入されていますが、そのデータは、必ずしも十分活用されているとはいえないといいます。その最大の理由として挙げられるのは、マンパワーの不足です。
「最新の機器はものすごい量のデータを集めることが可能ですし、計測は毎日続けないと意味がありません。膨大なデータをさばきながら、機器の管理、操作、データの入力、分析、選手へのフィードバックを一貫してやり続けるには、同じ熱意と同じ理解度でやってくれる仲間が必要です。決して一人ではできません」(窪田先生)

 その“仲間”として窪田先生の研究をサポートし、順大硬式野球部でチームの強化に貢献しているのが、19人の学生トレーナーです。一般的な学生トレーナーの役割といえば、ウォームアップやクールダウンの指示、トレーニング指導といった身体のケアが中心です。硬式野球部ではそれに加え、ラプソード、投手の肘への負担を数値化する「パルススロー」、小型のGPSデバイスである「カタパルト」など、さまざまな機器を駆使したデータの測定や分析も学生トレーナーが担っています。

投手のパフォーマンスを「ラプソード(写真左下)」で測定

学生トレーナーの一人、平山溫人さん(スポーツ健康科学部4年)は主にラプソードの測定を担当しています。硬式野球部では普段3チームに分かれて練習を行っていますが、このうちAチームのブルペンに毎回ラプソードを設置し、投球を一球ずつ測定。平山さんは、そのデータとパルススローや身体組成のデータを組み合わせ、球種別の肘にかかるストレス、変化球の変化量と腕振りのスピードの関連などを分析していきます。さらに、客観的データと投手の主観ををすり合わせてピッチングを設計していく「ピッチデザイン」にも取り組んでいます。

「選手たちは主観的評価で練習メニューや投球数を決めてしまうことが多いのですが、客観的なデータがあれば、データと主観的評価のズレを確認し、主観的評価を修正しつつ精度を上げていくことができます。さらに、毎日測定を続けると個々の選手のデータベースが構築されるので、それを元に一人一人に合った練習メニューも提案できます。投手は野球の全てのプレーの起点になる存在で、唯一“受け身”ではないポジション。それだけに、競技力向上には自分なりのスタイルを確立することが大切で、データを使ったピッチデザインはそれを支えるものだと思います。計測で得られた変化量の分布などを参考に、バッテリーが持ち球の活かし方や配球を話し合う姿もよく見かけますよ」(平山さん)

平山溫人さん

メジャーリーグの一歩二歩先を目指す「GPS測定」

上原萌々子さん(スポーツ健康科学部3年)が担当しているのは、今年度新たに導入したGPSデバイス「カタパルト」によるパフォーマンスの計測です。選手の背中に小型のカタパルトを装着し、心拍数、加速度、移動距離、体の傾きなど、さまざまなデータを記録。個々の選手の運動量や体への負荷を総合的に把握します。心拍数や加速度はリアルタイムでデータを見ることができるため、選手が練習中にチェックして体の負荷を意識しながら練習をすることも多いといいます。

 カタパルトのデータを使って上原さんが分析しているのは、走っている時の体の傾きを数値化した「ランニングシンメトリー」、前後・上下・左右の加速度から運動量を把握できる「プレーヤーロード」の2項目です。そのデータを活用する時にも、やはり選手の主観と客観的データのすり合わせは重要なポイントです。

「下肢のけがをすると、けがをした方をかばって体が傾き、ランニングシンメトリーの数値が大きく変動します。選手が『もう痛みはないから復帰したい』と言っても、データを見てまだ体が傾いていれば、復帰を伸ばすよう提案することができます。また、選手自身が毎日入力するコンディションのデータとカタパルト(GPS)による測定データを照らし合わせると、本人が感じた疲労度と実際の運動量の関係が見えてきます。主観的評価と客観的データにズレが生じるのは、測定に携わるようになってはじめて分かったことで、とても面白いと感じています」(上原さん)

上原萌々子さん

GPSデバイスを使った測定・分析は、すでにラグビーやサッカーで導入が進んでいる一方、野球界での導入例はまだほとんどありません。「メジャーリーグでの導入もまだ多くない中、順大では、複数の項目でGPS測定を実施しています。“メジャーリーグの一歩二歩先を目指す”――そんな自負を持って、日々測定に取り組んでいます」(窪田先生)
 世界的に見ても高度な測定・分析を学生が日常的に行っている。そのことは、学生トレーナーにとって日々の活動の大きなモチベーションになっています。
「ラプソードやパルススローも、今メジャーリーグで活躍する一流選手がまだ試行錯誤しながら使っている機器ですが、私たちはもうデータベースを作る段階まで来ています。世界の最先端に触れることができるのは、ほかではできないとても大きな経験です」(平山さん)
「野球ではGPSデバイスを使った研究がまだほとんど行われてないため、どの項目が競技力向上やコンディショニングにつなげられるかを探すところから始めている状態です。窪田先生に教えていただきながら、何がチームの強化につながるのか見つけ出していきたいと思っています」(上原さん)

データ活用から生まれた“投手の故障者ゼロ”

日々データ計測を行うことで、選手たちには目標設定やコンディショニングに対する意識の変化が生まれています。

「今まではアバウトに“三振が取れるピッチャーになりたい”と言っていた選手が、自分のデータを知ることで“変化球の縦の変化を50㎝以上にしたい”“球速の平均を135㎞以上にしたい”と具体的な目標を持つようになったのは、僕自身が肌で感じている大きな変化です」(平山さん)
「ランニングシンメトリーの数値と自分の感覚のズレを知ったことで、けがから復帰する選手が自分の感覚を過信せず、より入念にウォームアップしたり、自発的にアイシングをしたり、それまで以上に体の状態を気に掛けてくれるようになりました」(上原さん)

 そうした意識の変化がけがの予防につながり、今年の春季リーグではメンバー入りした投手から故障者が一人も出なかったといいます。「目に見える成果が出たことは、学生トレーナーとしてとてもうれしかったです」(平山さん)

練習中にカタパルトを装着し、心拍数、加速度、移動距離、体の傾きなど、さまざまなデータを記録

順大の硬式野球部は学生主体で運営され、選手はもちろん監督やコーチも全て学生です。選手とスタッフの距離が近いため、選手側から測定や分析へのリクエストがあることも多く、「選手と学生トレーナーが意見を出し合いながら良いチームを作ることができている」と学生トレーナーの二人は口をそろえます。そうした土壌はやはり、スポーツを科学的に学ぶスポーツ健康科学部が作っていると窪田先生は考えています。

「どんなアスリートでも普段と違うことをするのはいやなものですし、“測定=評価・管理”とネガティブに捉えてしまう選手も実は多いのです。でも、スポーツ健康科学部の学生は、学部の授業を通してスポーツにデータを活用する意味や価値を理解しているため、測定機器を練習に入れてもほとんどがポジティブに取り組んでくれます。自分の好きな競技をしながら科学リテラシーやデータリテラシーを身に付け、競技力向上にもつなげることができる。それは順大硬式野球部の大きな強みだと思います」(窪田先生)

測定したデータについて選手と話し合う窪田先生(右端)

専門性とデータリテラシーがアドバンテージに

スポーツ界では今後さらにデータ活用が進み、これまで以上に機器の管理やデータ測定・分析ができる人材へのニーズが高まると予想されています。そのため、窪田先生は日ごろから学生に「測定機器やデータを扱えることがみんなのアドバンテージになる日が来る」と伝えているといいます。

「スポーツの現場ではさまざまな専門家が活躍していますが、専門家と専門家の間には隙間が存在し、その隙間を埋めることではじめてチームが強くなっていきます。硬式野球部の学生トレーナーのように、専門性を磨きながら実践的な学びを積み重ねた学生は、自分が専門家であるだけでなく、専門家と専門家の間をつなぐ役割を果たすことができる。そういう意味で、圧倒的にニーズがある人材だと思っています」(窪田先生)

 アスレチックトレーナーを将来の目標としている上原さんは、「正確なデータを測定し、それを選手のコンディショニングやチームの勝利につなげられるトレーナーとしてスポーツの現場で活躍したい」という夢を描いています。教員志望の平山さんは「最新鋭の機器でデータ測定と分析を続ける中で、当たり前だと考えていたことが実はそうではなかったという経験を何度もしました。何事にも新しい視点、違う考え方があると自信を持って伝える力が身についたと思います」と話し、データ活用を実践してきた経験を子どもの指導に役立てることを目指しています。

 科学リテラシーやデータリテラシーは、今や社会のあらゆる場所で必要とされる力です。スポーツをフィールドに、科学やデータへの向き合い方と高い専門性を身に付けた学生たち。そのスキルを活かし、スポーツ界はもちろん、教育現場、ビジネスシーンなど、さまざまな分野での今後の活躍に期待が膨らみます。

関連リンク

・順天堂大学スポーツ健康科学部:http://www.juntendo.ac.jp/hss/

・順天堂大学硬式野球部:http://juntendobaseball.r-cms.jp/

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