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2025.05.09

『こどもまんなか』社会の実現に向けて ~イギリスで学んだ小児看護を実践~

病気のあるなしにかかわらず、こどもたちとそのご家族が豊かな生活を送れるように--。小児看護一筋に歩んできた医療看護学部の平田美佳先生は、そんな思いから「こどもまんなか」の社会づくりに挑んでいます。イギリスの看護師資格を取得し、現地の小児専門病院で働く中で経験した小児緩和ケアの取り組みを日本に普及させる活動を展開。医療看護学部のある浦安キャンパスを中心に、地域の保育園や幼稚園とも交流するなど、草の根的な活動にも積極的です。小児看護学のスペシャリストとして幅広く活動する平田先生に、目指す社会像や今後の展望などを伺いました。

注射の痛みを我慢させない、苦痛緩和の取り組み

――平田先生は小児看護学が専門ですが、現在特に注力している分野はどのようなことですか。
大きく分けて3つあり、そのうちの1つが注射の痛みの緩和です。病気があって頻繁に血液検査を受けなければいけないこどもや、こども時代に必要な数多くの予防接種を受ける際の苦痛を少しでも軽減したいという思いで研究を進めています。日本では、注射の痛みを取り除くことはできない、我慢しなければいけないといった風潮がありますが、薬やデバイスを活用したり、大人のかかわり方の工夫で痛みを軽減することができます。そういう手法を普及させるため、製薬会社とも協力しながら活動しています。今後は、地域のこどもたちやご家族のリテラシーを高めるための協働型活動へと発展させていく予定です。

平田美佳教授(撮影場所:シミュレーション教育研究センター)。後ろは高機能シミュレーター(シムベビー)などの実際に授業でも使う教材。

2つ目は、小児緩和ケアの普及と質向上です。大人に対する緩和ケアというとがんの終末期をイメージしますが、神経・筋疾患や代謝性疾患などの重篤な病気をもって生まれたこどもは長く生きられないことも多いものです。小児緩和ケアの対象は、がんのみならず、そのような病気や障がいをもつこどもが含まれます。その子たちの生涯をいかに豊かなものにするか、緩和ケアに携わる看護師がエビデンスと自信ややりがいをもって実践するための教育について研究しています。小児緩和ケアと関わりのあることとして、こどもを亡くした遺族に対するグリーフケアにも力を注いでいます。

3つ目は、学生の小児看護実践技術を高めるためのシミュレーション教育です。順天堂大学浦安キャンパスのシミュレーション教育研究センターは、胸やおなかの聴診、血圧計測などができて、かわいい泣き声をあげる乳幼児タイプの高機能シミュレーター(シムベビー)などの実習環境がかなり充実しています。そのような機器を活用して、小児医療の現場で病気や障がいをもつこどもの状態にいち早く気づき、適切な看護を実践できるようになるための教育プログラムの開発をしていく予定です。

シミュレーション教育研究センターの小児エリア。こどもの生活環境や小児医療の現場を意識した授業や演習が行われます。

――注射の痛みを緩和することができるのですか?
注射の痛みを軽減する外用局所麻酔剤(こどもたちには“マジッククリーム”と呼ばれています)のほか、注射の前に注射部位を冷やしたり振動を与えたりすることで痛みが軽減されるという研究報告が数多くあり、欧米ではそのためのデバイスも販売されています。よく使われているのは、かわいらしい虫型の「Buzzy(バジー)ミニ」というデバイスで、自分専用のバジーを持って病院に来る子も多いそうです。中には虫が怖い子もいますから、いくつかのデバイスや方法を用意しておいて、こどもが自分で選んで注射を受けるといいのではないかと思っています。

――注射は痛いもので、我慢しなければいけないのだと思っていました。
日本では、残念なことに、こどもを押さえつけて採血するようなことが未だに多くの病院やクリニックで行われています。暴れて危険だ、短時間で終わらせるのが最善ということがその理由ですが、強く押さえつけられることのほうが怖いと感じませんか?何が怖いのかをこどもに聴いてみると、きちんと理由があります。話を聴いた上で、痛みを軽減する方法をとれば、こどもは自分のもつ力を最大限に発揮して注射を受けることができます。その方が、時間もかかりません。過去には注射に2時間かかっていたこどもが、ケアを受けることで処置室に入室してからご褒美をもらうまでが4分で終わったということも経験しています。
こども時代に注射で怖い思いをした人は、大人になってからも病院が嫌いで、予防接種や検診、歯科医に行かないという研究報告もあります。今私たちがやっているこども向けの苦痛緩和の取り組みは、将来彼らが大人になったときにも影響することで、公衆衛生にとっても大事なことだと思っています。

イギリスでの臨床経験が大きな転機に

――注射の痛みなどの苦痛緩和に着目するようになったきっかけを教えてください。
ターニングポイントとなったのは、イギリスに行ったことでした。先に夫が渡英していたのですが、私は一緒に行かず日本で仕事を続けていました。そんなときにイギリスからやってきた研究者の講演で「小児医療のプレパレーション(恐怖や痛みを軽減するプロセス)」の話を聞いて興味が湧き、あれこれイギリスの小児看護について調べるなかで学びたいことがたくさん見つかり、自分もイギリスに行くことにしたのです。渡英後はイギリスの小児看護師資格を取って、小児がん医療で世界的に有名な小児病院で働き、プレパレーションの専門職の資格も取得しました。注射の痛み緩和だけでなく小児緩和ケア全般についてさまざまな実践を知ったのもイギリスで、これはぜひ日本でも普及させたいと思いました。

――イギリスでは主に何を学んだのですか。
イギリスで働いていた小児がん専門病棟では、身体的な痛みだけでなく、社会的、心理的、スピリチュアルな苦痛をできるだけ取り除くように努めるのが当たり前のことでした。その環境に刺激を受け、ロンドンの大学でこどもの疼痛緩和スペシャリストコースに入学して専門的に学びました。当時はイギリスで学べるだけ学んで全て日本に持ち帰ろうという気持ちで、こどもの骨髄移植スペシャリストコースなどいくつかのコースに入学して学びました。私が一番学んだことは、勤めていた小児病院の掲げていたミッションで、どのような状況でも、どのようなこどもに対してでも、こどもの気持ちや考えを最優先にするという「child first and always!」という考え方です。

平田美佳 教授

――帰国後は、それらを日本で普及させることに努めてきたのですね。
私には病気や障がいを持つこどもたちに豊かな生活を送ってほしいという思いがあり、そのために苦痛緩和に取り組んできました。しかし、それを実現するためには医師や看護師だけではなく、多職種との連携が欠かせません。そうした職種の中の1つに、病院で遊び(ホスピタルプレイ)をツールとして病気のこどもたちと医療の関わりを支援する、ホスピタル・プレイ・スペシャリスト(HPS)という専門職があります。私はイギリスの大学のHPSコースで学んで資格を取得しましたが、日本にはそのような専門職がなかったので、イギリスで出会った日本人小児科医や、アメリカ版のHPSであるチャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)の資格を持つ人達と共に子ども療養支援協会を設立し、子ども療養支援士という認定資格制度を立ち上げて、広げる活動を行っているところです。

2歳半でも麻酔なしでMRI検査ができる!

――小児看護に特有の大変さはどんなことですか。
こどもは思っていることを100%言葉で伝えられないところに、大変さがあります。中には言葉が話せない子もいますから、言葉では表せないところまで読み取らなければいけません。こどもの本当のこえを理解するためには、しっかりと向き合わなければなりません。その積み重ねによって、こえを読み取る精度は少しずつ洗練されましたが、まだまだこどもたちから教えてもらわなければならないことがたくさんあります。私にとって、こどもたちこそが小児看護の先生です。また、親御さんとの関係で悩むことも多々あります。こども自身は病院でつらい治療を受けるより家族と一緒に過ごしたい、苦痛を伴う治療はもうしたくないと望んでいるのに、親御さんが最後まで諦めないでほしいと懇願してくるとき「こどもを尊重しながら親御さんも尊重する」そのバランスが一番難しいと感じています。親御さんのお気持ちも痛いほど理解できますので…。学生に教えるときは、こどもは発達段階によってまるで違うことを繰り返し話します。例えば、赤ちゃんの白血病と幼児の白血病では全然アプローチが違うように、小児医療では全てにおいて「発達段階に応じて」ということを意識しなければいけません。

――逆に、やりがいや楽しさを感じることはなんですか。
こどもは関われば関わるほど、良いケアができればできるほど持っている力を発揮するもので、周囲から「絶対にありえない」と言われるようなことを、実現したことが何度もありました。その1つがMRI検査です。MRI検査は大きな音がする狭い空間で数十分動かないように耐えなければいけない、大人でもつらいと感じる検査なので、基本的に小さいこどもは鎮静薬で寝かせて検査をします。そのため検査前6時間は食事ができず、こどもたちにとって入院中の楽しみの一つである食事も我慢しなければいけません。

私が担当した2歳半の男の子は鎮静薬がなかなか効かず検査中に目を覚ましてしまうため、繰り返し検査を受けて何日も食事ができていない状態でした。ついに「もう寝たくない。ごはんを食べたい」と訴えてきたとき、こどもの生活リズムを整える役割を持つ看護師としてこれは大きな問題だと感じ、寝たくないという気持ちを尊重する方法はないかと多職種チームで考えました。そこで模擬MRIの体験や、音を聞いて動かないでいる練習をし、頑張った後のご褒美を相談してから検査に臨んだところ、2歳半でありながら起きたまま検査を受けることができたのです。それは院内の誰もがビックリするようなことでした。最初は各部署から反対されたのですが、この経験をなんとか活かしたいと、そこから1年かけて多職種多部署協働でこどものためのMRI体験ツアーを実現し、それ以降は大勢のこどもたちが起きたまま検査を受けられるようになりました。

こどもたちの幸福のため、研究と教育に注力

――平田先生はこれまでずっと「小児看護」を軸に活動してきたのですね。

私の専門は小児看護分野で、大学の卒業論文のテーマも小児がんのこどもへの看護でしたし、大学卒業から現在まで小児看護以外やったことがありません。そんな私のフィロソフィーは、常に「こどもまんなか(英国でいうと、child first and always!)」です。2023年にこども家庭庁が創設され、こども基本法が成立するなど、今まさに「こどもまんなか」社会を作ろうという機運が高まっていると感じています。これを好機として、この考えをさらに広げるため、2024年には同じ小児看護のフィロソフィーをもつ友人と出版社の編集者とともに『いい顔生まれる こどもまんなか小児看護技術』(へるす出版)という本を出版しました。教育を通じて、学生たちに「こどもまんなか」を浸透させることもとても大切にしていることです。

――こどもたちの幸福のために、どんな社会になってほしいと思いますか。
ベースとして、こどもの安心安全が確保されている必要があります。その上に、遊び場がたくさんあること、楽しみがちりばめられていること、おいしいものが食べられること、好きな人と一緒にいられること、学習ができること、友だちがたくさんいることなど、病気になっても頑張れるたくさんの豊かさがあってほしいと思います。私はこれまで障がいや病気を抱えたこどもたちの看護を専門にやってきましたが、病気のあるなしにかかわらず、こどもたちとご家族が豊かな生活を送れる社会を目指してきました。ありがたいことに、地域に開かれた浦安キャンパスで教育研究をできているので、今後は地域のこどもたちの健康に貢献するような活動や、困っているご家族の居場所となるような活動も行っていく予定です。また、「こどものこえを聴く」は私が大切にしているキーワードの1つですが、ただそのこえ(言葉だけでなくこどもが表出するあらゆるもの)を聴くだけでなく、しっかり寄り添い、こどものためにアクションを起こすことが大切だと思っています。自分の意見を言っていいと知らない子もいますから、「気持ちを伝えていいんだよ」「私たちに寄り添っていいんだよ」ということを伝えていきたいですね。

Profile

平田美佳 Hirata Mika
大学院医療看護学研究科小児看護学研究室 教授
1992年聖路加看護大学看護学部卒業。2022年同大学院にて博士号(看護学)取得。2002年、日本初の小児看護専門看護師に認定。大阪府立看護大学、神奈川県立こども医療センターを経て、2003年に渡英。ロンドン大学キングスカレッジなどで学び、英国小児看護師資格を取得してGreat Ormond Street Hospital for Children勤務。2008年に帰国後は横浜市立大学附属病院、聖路加国際病院などを経て、2024年より現職。専門分野は、小児がん看護、小児緩和ケア、こどもの権利、意思決定支援、プレパレーション、看護倫理、研究倫理など。著書に『いい顔生まれる こどもまんなか小児看護技術』(へるす出版)、『チームで支える!子どものプレパレーション』(中山書店)などがある。

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