SPORTS

2017.12.08

体操は進化するスポーツ 常に感覚を研ぎ澄ませていたい

2004年アテネオリンピックでは、日本代表チームのエースとして出場し、体操男子団体総合で日本の28年ぶり金メダル獲得に貢献した冨田洋之先生。2007年には日本人初のロンジン・エレガンス賞を受賞するなど「美しい体操」を追求し続けた体操選手としても有名です。現役引退後も指導者として若手の育成に尽力しながら、国際体操連盟技術委員として活躍の場を広げるなど、常に体操競技の舞台で輝き続けている冨田先生にお話をうかがいました。

「美しい体操」に大切なのは、見ている人を魅了するような動き


子どもの頃に通っていた体操クラブが基本をとても大切にするクラブで、疎かになりがちな基本動作の一つひとつを丁寧に行うよう指導されてきました。中でも倒立は特徴的とも言える基本動作で、多くの技や種目が倒立から始まって倒立で終わっています。だから、倒立は特に重視して取り組んでいました。どんな演技でも、そのはじまりや終わりが乱れれば、演技そのものが乱れることにつながってしまいます。基本がしっかりとできていないと、難しい技に取り組む時に上手くいかなくなってしまうんです。

小学校向け体操授業では冨田先生が倒立を披露すると子どもたちから歓声が上がった

尊敬する体操選手に、1992年バルセロナオリンピックの体操競技で金メダル6個を獲得したベラルーシのビタリー・シェルボ選手がいますが、このシェルボ選手も他の選手が疎かにしそうな動作を丁寧にこなしていた選手です。ただ単に体を伏せるだけの動作や、方向転換のための動きそのものも演技として成り立たせていたところに、小学生の頃とても魅了されたのを覚えています。シェルボ選手の演技を見て、着地のポーズなど出来そうな動きがあれば真似していました。「美しい体操」で大切なのは、姿勢的な欠点を無くすだけでなく、見ている人を魅了するような動き、自分が動いていて気持ち良いと感じられるような動きだと思っています。

アテネオリンピックで感じた今までにない緊張感

オリンピックは、小学生の頃は出場すること自体が一つの夢だったのですが、年齢を重ねていくうちに夢から目標に変わり、大学生や社会人になると、義務として捉えるようにまでなっていたと思います。出場が決まると、日本代表として日本の体操を世界に披露するんだという使命感もあって、オリンピックで演技をすることは自分自身にとって責務だと考えていたんです。一緒に練習している仲間や、選考会で競い合った選手たちもたくさんいますし、特にオリンピックは多くの選手が目標としている大会です。惜しくも出場できなかったという選手の想いも自分たちは背負わなくてはいけないということを感じながら取り組んでいました。

「小さい頃は夢だったオリンピック出場を、大学生や社会人になると義務として捉えるようになった」

2004年のアテネオリンピックでは、団体総合の鉄棒の演技前に、今まで感じたことのない緊張感があったことを覚えています。自分がこれまで練習して培ってきたものが嘘ではないと信じ、それを自信に変えて自分の演技に挑んだものの、本番ではやはり普段通りにとはいかなくて。押しつぶされそうなプレッシャーを感じながら演技したのですが、鉄棒で最後の着地を終えた瞬間、ほぼ自分が思い描いていた通りの演技ができたことに、それまで自分が感じていたものすべてが吹き飛びました。

求められるのは「オールラウンダー+スペシャリスト」の育成

今は、順天堂大学スポーツ健康科学部の教員であり、体操競技部ではコーチとして指導していますが、国際体操連盟の技術委員(※)も務めています。今後の大きな動きとして、2020年のオリンピックの体操団体総合から、現行の1チーム5人から4人に変更されることが決まっていますが、この場合、予選も4人すべての選手が演技をしてその中のベスト3を取るという競技方法で行われるため、基本的に4人全員が6種目するというのが前提になってきます。今後、選手たちには「オールラウンダー」というだけでなく、「オールラウンダー+スペシャリスト」というさらに厳しいハードルが課されることになりそうです。2020年までの間で、どの国もオールラウンダー育成の方針で進めていますので、今は大学でも、得意種目のあるオールラウンダーを目指せるよう指導しています。

また、2020年に向け、体操競技の採点支援システムの実用化も目指されています。演技における角度や静止時間という各審判の判断によって判定されていた部分が機械で測定できるようになることで、今後、より選手が納得するような判定が下っていくのではないかと思っています。ただ、機械の正確さも必要ではありますが、人が見て感動する演技というところも大事にしつつ、より良いものが出来ることに期待しています。

※ 国際体操連盟技術委員:主に規則改正などを議論する要職

「今後は“オールラウンダー+スペシャリスト”というさらに厳しいハードルが選手たちに課されることになりそうです」
2017年4月に新しくなった体操競技場

新しい体操競技場で練習環境もさらに充実

順天堂大学に入学してから過ごした4年間は、とても貴重な時間でした。順大ならではだと思いますが、体操競技部には演技の良し悪しにしっかり注目する選手が多く、そのような部分が自分によく合っていたんだと思います。先輩や仲間と切磋琢磨しながら体操競技に取り組むことができた期間でした。
現在の順天堂大学は、2017年4月に体操競技場も新しくなり、練習環境も格段に良くなっています。器具の数も多くなったので、効率よく練習できますし、映像システムの導入により、選手が自分の動きをその場ですぐに確認することが出来るようにもなりました。体操の練習環境として素晴らしいものであると、胸を張って言える施設だと思っています。

体操は「見る」「感じる」ことが、すごく大事

体操競技に関しては、一流選手の動きをたくさん見ることが大切だと思っています。見ることによって新たな発想が生まれ、運動感覚が刺激されたりするんです。そして、実際に真似をしてみようと思い練習することで、また新たな自分の要素を見つけたり、それを組み合わせてみることで、さらに新たな発見もできたりします。だから、ジュニアの頃は生でもビデオでもいいので、多くの選手を「見る」ということを、普段から行ってもらいたいと思っています。実際に、今、指導している学生を見ていても、上手な選手ほどビデオをたくさん見ている傾向があります。「見る」「感じる」ということが、体操においては、すごく大事なんです。

今は、メディアに出る体操選手も多くなってきて、体操を見る機会も増えてきているので、体操教室も増えていますし、体操に興味を持つ子供たちが多くなってきているように思います。ただ、オリンピックの時だけ盛り上がるというような波があるので、今後はもっと体操を身近なスポーツとして感じてもらい、一時のブームではなく着実に広がっていくような取り組みができたらいいなと思っています。

冨田先生にとって体操とは?

小さい頃、偶然、体操に出会い、それがきっかけで選手、指導者となって、立場は違えどずっと体操に関わってきました。これから先も体操とは関わっていく予定なので、自分にとっては切っても切れない存在ですね。動き自体も複雑で、すごく進化するスポーツなので、そこに面白さも色々な発想もある分、自分自身、現役を引退しても常に感覚を研ぎ澄ませて追いついていかなければと思っています。

「ジュニア選手には多くの選手を見てほしい」

Profile

冨田 洋之 HIROYUKI TOMITA
順天堂大学スポーツ健康科学部助教/国際体操連盟技術委員

順天堂大学スポーツ健康科学部を2003年に卒業。2005年に同大大学院スポーツ健康科学研究科を修了。2004年のアテネオリンピックで、体操男子団体総合で金メダル、種目別(平行棒)で銀メダルを獲得。2005年の世界選手権では個人総合で金メダル。2007年の世界選手権では日本人初のロンジン・エレガンス賞を受賞。2008年北京オリンピックでは、体操男子団体総合で銀メダルを獲得した。2009年より順天堂大学スポーツ健康科学部助教、体操競技部コーチ。2013年より国際体操連盟の男子技術委員も務めている。

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