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2020.03.18

栄養学から皮膚科学の研究者へ。「かゆみ」解明に向けて様々な研究プロジェクトを推進!

アジアで初めての「かゆみ」の研究拠点「順天堂かゆみ研究センター(JIRC)」。同センターは順天堂大学医学部附属浦安病院・環境医学研究所内にあり、つらいかゆみから患者さんを解放するため、多くの若手研究者が研究を続けています。同センターで皮膚グループ研究コア・リーダーを務める鎌田弥生助教から、最先端の研究内容や女性研究者の活躍ぶりについてお話を伺いました。

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【順天堂大学】動画2019:鎌田弥生先生(順天堂かゆみ研究センター)


かゆみを感じる神経線維を抑えるセマフォリン3A

8年前、環境医学研究所に入所して以来、一貫して表皮の神経線維に注目した研究を続けています。

健康な人の皮膚には、外部からアレルゲン(アレルギーの原因となる物質)が入らないように阻止し、体内の水分が外へ蒸発しないようにするバリアが存在します。ところが、アトピー性皮膚炎では両方のバリア機能が低下し、乾燥肌や炎症を引き起こすといわれています。さらに、かゆみを感じる神経線維は健康な皮膚では真皮の中に留まっていますが、バリア機能が低下した皮膚では表皮まで枝分かれしながら伸び、外からのかゆみ刺激が起きやすい状態になってしまいます。

こうした神経線維の伸長をコントロールしているのが、セマフォリン3Aと呼ばれるたんぱく質です。健康な皮膚では神経の伸長を抑えるセマフォリン3A(神経反発因子)が、伸長を促進するNGF(神経伸長因子)よりも多く産生され、かゆみが起きづらい状態にあります。一方、アトピー性皮膚炎の皮膚では、NGFの産生量がセマフォリン3Aを上回り、神経線維が表皮まで伸びてかゆみを引き起こすことが、当センターの髙森建二センター長や冨永光俊副センター長の先行研究で明らかになりました。ところが、セマフォリン3Aをそのまま薬に応用すると、副作用やコストの問題があり製品化が難しい。そこで私たちの研究グループでは、皮膚がセマフォリン3Aを多く産生する方法を研究し続けています。

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セマフォリン3Aの産生をコントロールするものは何か?カルシウムとの関係や遺伝子解析から解明

研究ではさまざまな方向性からアプローチしています。まずは正常な状態の皮膚でどのようにセマフォリン3Aが産生されているのか解明しないことには、どのようにしてセマフォリン3Aを増やすことができるのかもわかりません。そこで私たち研究グループは、健康な皮膚でセマフォリン3Aが作られるメカニズムの解明に取り組みました。

私たちはまず、皮膚におけるカルシウムの濃度の違いに着目しました。健康な皮膚では、基底層のカルシウム濃度が低く、上層部へ行くほど濃度が高くなります。表皮の細胞は上層部へ上がっていく際、形を変えて変化していきますが(これを「角化」といいます)、ここでもカルシウムが大きな役割を果たしているといわれています。セマフォリン3Aの発現にカルシウムが関与しているのではないかと考え、実験をしたところ、セマフォリン3Aの発現にはカルシウム濃度が関連していることが証明できました。

さらにセマフォリン3Aの遺伝子を調べると、細胞内シグナル分子のMAPKと、セマフォリン3A合成の指令を送る転写因子AP-1が結合することで、セマフォリン3Aの発現が誘導されることが解明でき、これらの結果を論文として発表することができました。

セマフォリン3Aの発現調節法を開発できれば、アトピー性皮膚炎に対する新しいかゆみ止めの薬として応用できる可能性があります。今後は神経線維にこだわらず、皮膚の常在微生物に関する研究や、紫外線療法のメカニズムに関する研究、加齢とかゆみに関する研究なども進めていきたいと考えています。

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管理栄養士の大学で実験に夢中に!ライフワークである「皮膚」の研究に出会う

ここで私がなぜ研究者を目指し、日々研究を続けているのかをお話ししたいと思います。

高校時代、私は医療や健康に興味があり、「病院の管理栄養士になろう」と相模女子大学の管理栄養士専攻に入学しました。管理栄養士のカリキュラムにはさまざまな実験演習があり、それを通じて実験そのものに徐々に興味を持ちました。その後、卒業研究のために生化学研究室に入ると、より本格的な実験に携わるように。わからないことを実験で明らかにしていく過程が面白く、「もっと実験をしたい!」「早く次が知りたい!」とますます夢中になっていきました。当時指導していただいた恩師は、かつて医学部にいらしたことがあり、医学寄りの視点を持った方でした。卒業後は、北里大学大学院に進学して修士課程を修了。その後、相模女子大学の恩師の元へ助手として就職したとき、与えられたテーマが「皮膚の天然保湿因子の産生メカニズムの解明」でした。

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その後は博士号を取るために再び北里大学大学院博士課程へ進学。本格的に皮膚の研究に取り組みはじめると、順天堂大学環境医学研究所の髙森先生の論文に触れる機会が増え、修了後に研究員に応募。縁あって採用していただき現在に至ります。

就職活動中、私自身は「絶対に皮膚の研究がしたい」と考えていたのですが、現実にはなかなか思うような募集があるわけではありませんでした。しかも、私は栄養学部出身。「医学部や理学部などの出身でないから無理」という先入観を持たれることが多く、つらい思いもしました。そんな中、順天堂大学はそういった偏見が一切なく、受け入れていただいたことを今でもとても感謝しています。

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研究成果の実用化や学術雑誌への論文掲載が最高の喜び

順天堂かゆみ研究センターでは、皮膚グループの研究コア・リーダーとして、さまざまな研究を進めています。企業との共同研究も多く、内容はセマフォリン3Aの発現に関わるものが中心ですが、抗がん剤による皮膚障害の治療薬の研究などにも携わりました。

企業との共同研究は実用化につながる可能性が高いという点が研究者にとっての利点です。大学院生の頃、化粧品メーカーと皮膚の天然保湿因子の共同研究をした際、研究成果が製品に応用されたことがありました。あのときの喜びは今でも忘れられません。また企業は、研究成果として特許取得を目指すため、私もいくつか特許を持っています。

さらに論文が権威ある学術雑誌に掲載されたときには、最高の喜びを感じます。「インパクトファクター(文献引用影響率)が高いジャーナルには縁がないのかもしれない」と思った時期もありましたが、生化学分野で影響度の高いジャーナルに掲載されたときは、とてもうれしかったです。論文にまとめるまでは苦しいことも多いのですが、だからこそ掲載されたときの喜びも大きいのだと思います。

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ワークライフバランスを理由に研究をあきらめないで

当センターと環境医学研究所の研究者は約半数が女性。産休を取得後、復職して研究を続けておられる方もいますし、3人のお子さんを子育て中の方もいます。みなさんフレックスタイム制度を利用して、うまく研究と家庭生活を両立されています。もちろん、お子さんが急に熱を出されて帰宅しないといけないときもありますが、そのような時には「申し訳ないけど、細胞からサンプルを回収しておいて」「培地を交換しておいて」と研究仲間に頼んで帰られる姿もよく目にし、お互いに助け合える雰囲気ができています。子育て中であっても、当センターのように周囲の協力があれば、問題なく研究を続けることができると思います。

女性がワークライフバランスを理由に研究をあきらめるのは、とてももったいないこと。当センターのように上司や周囲の理解と協力があれば、多くの女性研究者が仕事を続けられるはずです。

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私自身はこれまで途中で投げ出すことがいやで研究を続けてきました。当初はなかなか成果が出ない時期もありましたが、あきらめずに何年も続けていると、徐々に内容が熟してきます。現在は、続けてきた複数の研究が実を結んで発表や特許化できるようになり、日々の研究がとても楽しく充実しています。

成果がなかなかあがらず焦りや不安を感じていた時、学会でよく顔を合わせるある先生から、こんな言葉をかけられたことがあります。

 

「研究者の人生は常にいいことばかりではないが、そんなときこそ、投げ出したり、やめたりせずに続けることが大事。ほそぼそとでもちょっとでもいいから続けていれば、また陽が当たる日がくるから。」

 

この言葉を励みに研究を続けてきたからこそ充実した今があり、その先生にも本当に感謝しています。

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【順天堂かゆみ研究センター】 冨永光俊先生/副センター長(左)、鎌田弥生先生(中央)、髙森建二先生/センター長(右)

鎌田 弥生(かまた・やよい)
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 助教
順天堂かゆみ研究センター 皮膚グループ 研究コア・リーダー
2003年、相模女子大学学芸学部食物学科管理栄養士専攻卒業。2011年、博士(医学)北里大学。専門は、生化学、皮膚科学。
北里大学大学院医療系研究科研究員、日本学術振興会特別研究員PD等を経て、2017年、順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所助教。2019年、順天堂かゆみ研究センター・皮膚グループ研究コア・リーダーを兼任。研究の傍ら、順天堂大学保健医療学部や医療看護学部、大学院医学研究科の講義・演習も担当し、後進の育成にも尽力。

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