SPORTS

2021.12.24

五輪で大注目! 橋本大輝・三浦龍司の同級生コンビにJASMS副機構長が迫る

順天堂大学の教育研究の柱である、医学とスポーツ。今年春、この二つの領域を有機的に結び、社会課題の解決に貢献する組織として、順天堂大学スポーツ健康医科学推進機構(JASMS)が創設されました。また、東京オリンピック・パラリンピックが開催された今年は、本学のアスリートが世界中の注目を集めた年でもあります。中でも、体操競技で個人総合での金メダルをはじめ3つのメダルを獲得した橋本大輝選手、陸上男子3000m障害で日本人初の7位入賞を果たした三浦龍司選手は、ともにスポーツ健康科学部で学ぶ同級生。同学部の教員として二人に授業を行うJASMSの和氣秀文副機構長が、橋本選手と三浦選手にスポーツ科学の視点を交えて、さまざまな話を聞きました。

トップアスリートで成績優秀、文武両道の2人

和氣 二人は「順天堂大学スポーツ健康医科学推進機構」、通称JASMSといいますが、この名前を聞いたことはありますか?
橋本 初めて聞きました。
三浦 僕も初めてです。
和氣 JASMSは、今年4月に前スポーツ庁長官の鈴木大地先生を機構長として発足した新しい組織です。順天堂大学は、スポーツと医学を得意分野としていますよね。JASMSではその二つを有機的に結びつけながら、現在、さまざまなプロジェクトを進めています。今日の鼎談では、スポーツ科学の視点も交えて、いろいろな角度から話ができればと思っています。まずは二人に同じ質問をしたいのですが、順天堂大学に入学したきっかけは何でしょうか?
三浦 尊敬する塩尻和也さん(現富士通陸上競技部)がいらっしゃったからです。
橋本 原田睦巳先生(スポーツ健康科学部教授、体操競技部監督)と冨田洋之先生(スポーツ健康科学部准教授、体操競技部コーチ)がいらっしゃるからです。
和氣 尊敬する指導者や先輩に惹かれて順天堂大学を選んだんですね。ところで、入学した時はお互いのことを知ってましたか?
橋本 僕は知らなかったです。三浦君のことを知ったのは、去年の夏ごろ、陸上競技部で日本学生記録を出した選手がいると聞いて、その時ですね。
三浦 自分も知りませんでした。橋本君が大会で優勝したというポスターをキャンパス内で見て、そこで知りました。

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橋本大輝 選手

和氣 今では当然意識する仲であり、いろいろな意味で良いライバルなのではないでしょうか。ところで二人とも、私の授業のことは覚えていますか?
三浦 
2科目、受講しました。
橋本 
僕も機能解剖学(*1)と生理学を受けました。すごく難しいなと思っていました。
和氣 
二人とも、良い点を取ってましたよ(笑)。大学での学びが実際の練習やパフォーマンスに活かされていると感じることはありますか?
橋本 体力トレーニング論の授業が特に印象に残っています。ほかの競技のトレーニングの中に、体操競技に活かせると思うものがあって、勉強になることが多かったです。
三浦 スポーツバイオメカニクス(*2)に関する授業は、自分のクセを科学的な目線で分析するのに役立ちました。自分の能力値と競技成績を照らし合わせることもできて有意義だったと思います。
和氣 順大は昔から文武両道がモットーで、トップアスリートもしっかり授業を受け、きちんと成績を修めることを大切にしていますから、みなさん忙しい中でも頑張っていますよね。

和氣副機構長が解説!

*1.機能解剖学とは何ですか?「主にからだを動かすために必要な筋、骨、関節などについて学ぶ学問です

*2.スポーツバイオメカニクスとは何ですか?スポーツに関した体の動きを物理(力学)などの知識を用いて解明する学問です

順天堂大学スポーツ健康医科学推進機構『アスリート トーク』Vol.1 
#1 鼎談 和氣秀文(スポーツ健康科学研究科・教授) ✕ 橋本大輝選手 ✕ 三浦龍司選手

「スポーツ好きの家庭」「6歳から」も共通点

和氣 トップアスリートになるための背景の一つに、遺伝があります。JASMSでも、遺伝子調査を含めたタレント発掘プロジェクトを推進していく予定なのですが、二人のご家族は、体操や陸上をやっていましたか?
橋本 両親とも体操は全くやっていませんでした。母はバスケットボールをはじめ、スポーツはいろいろやっていたと思います。
三浦 親も学生時代は陸上部だったと聞いたことがあります。体を動かすことが好きだというところは、自分も似ているかなと思います。
和氣 なるほど。では競技はいつごろ始めましたか?
三浦 小学1年生ぐらいからです。親の勧めで地元のクラブチームに入り、ロードの大会に出ていました。
和氣 その時から強かったんですか?
三浦 いや…(笑)。長距離は好きで、負けず嫌いではあったのですが、全然成績はついてこなかったです。
和氣 長距離が好きっていう子は珍しいですよね。橋本君はいかがですか?

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和氣秀文 副機構長

橋本 僕も6歳の時です。兄二人が体操をやっていて、その影響で始めました。
和氣 やっぱり小さい時から得意でした?
橋本 最初はやる気が全然なかったんです。初めて大会に出たのが小学2年生の時で、それまでは体を動かして楽しむぐらいの感覚でやっていました。
和氣 そうでしたか。実は脳の発達速度は10歳までにピークを迎えると言われていて、その期間をゴールデンエイジ(*3)と呼んでいます。橋本君が6歳で体操を始めたように、体の細かい動きを覚える体操のようなスポーツは、ゴールデンエイジに始める方がいい。一方、脳と違って心臓や肺や筋肉はゆっくり成長していきます。ですから、三浦君のように小さいころは速くなくてもトップアスリートになる選手もいるし、逆に小学校の時に脚が速かった子が中学高校でも速いとは限らないんですよ。

和氣副機構長が解説!

*3.ゴールデンエイジとは何ですか?「子供の身体能力や運動能力が著しく発達する時期、特に神経系が発達する時期のことを言います

胸を張るフォームは天性のもの

和氣 三浦君は今年、正月の箱根駅伝に始まっていろいろな大会があり、東京オリンピックもありました。思い出深い年になったと思いますが、1年を振り返っていかがでしたか?
三浦 上半期のトラックシーズンは、3000m障害でしっかり結果を残して東京オリンピックに出場できましたし、自分の自信になる結果で終わることができました。その流れで、後半の駅伝シーズンでも結果が残せています。選手としてのレベルを上げ、成長できた1年だったと思います。

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三浦龍司 選手

和氣 3000m障害は、持久性の要素(*4)ももちろんありつつ、ハードルを跳ぶ瞬間は無酸素性の能力(*5)が必要ですし、パワーも必要ですよね。特に三浦君の一番の強みであるラストスパートは、無酸素性の能力が非常に求められると思います。JASMSではパフォーマンス向上を狙いとしたプロジェクトも行っていくことから、普段どのような練習メニューをされているのか非常に興味があるのですが、最大酸素摂取量(*6)やAT(無酸素性作業閾値)(*7)といった生理学的な指標を調べることはありますか?
三浦 靴の違いによる疲労感や乳酸(*8)の数値は、よく調べています。
和氣 そういった科学的な指標も取りながら、自分のコンディションを見極めたり、トレーニング方法を工夫する参考値として利用しているんですね。
三浦 そうですね。

和氣副機構長が解説!

*4.持久性の要素とは何ですか?「ここでは長い時間を走る能力(全身持久力)を指します
*5.無酸素性の能力とは何ですか?「酸素を使わずに(ブドウ糖などから)エネルギーを生む能力のことで、大きな力を出すときに必要な能力のことです
*6.最大酸素摂取量とは何ですか?「酸素を消費できる最大量のことで、全身持久力の指標となります
*7.AT(無酸素性作業閾値)とは何ですか?「運動を強くしていくと、酸素を使ったエネルギーの生成だけでは足りなくなります。そのために酸素を使わない方法が利用されるのですが、その開始時点(運動強度)をAT(無酸素性作業閾値)と言います
*8.乳酸とは何ですか?「酸素を使わないでエネルギーを生成した場合、“乳酸”という代謝産物が作られます。そして、乳酸生成が急激に高まる運動強度がAT(無酸素性作業閾値)です。一般にATよりも低い強度での運動を有酸素運動、ATよりも高い強度での運動を無酸素運動と呼びますが、厳密に言うと、ATを越えても酸素は使われています。無酸素運動では筋疲労が起こりますが、乳酸は直接の疲労物質ではないと言われています」

和氣 ハードルの技術的なトレーニングもされているのですか?
三浦 今はしていませんが、小学生の時に短距離のハードルを経験しているので、その動きが活きているのだと思います。ただ、もう少し磨きを掛けたい部分なので、これから専門的な練習も取り入れたいです。
和氣 (110m障害で東京オリンピックに出場した)先輩の泉谷(駿介)君からアドバイスをもらうこともありますか?
三浦 泉谷さんのレベルまで行くと、真似しようと思ってもできないことの方が多いですね(笑)。ハードルは、400mハードルでオリンピックへの出場経験を持つ山崎一彦先生(スポーツ健康科学部教授、陸上競技部監督)がおられるので、駅伝の長門俊介監督(スポーツ健康科学部特任助教、陸上競技部長距離ブロック監督)と山崎先生の指導を受けながら競技力を高めていきたいです。
和氣 橋本君から三浦君に聞いてみたいことはありますか?
橋本 あくまでも僕の見え方なんですけど、三浦君の走りはほかの選手と違っていますよね。ちょっと胸を張っていて全然肩の位置がずれない感じです。それは意識しているんですか?
三浦 「胸を張っている」というのは、周りの人にも言われます。アフリカ系の選手の走りに似ていて、胸を張っているので肩の可動域が広がり、腕が良く振れるんです。ただ、意識してこのフォームにしているわけではなく、無意識にやっていたことが結果的にプラスに働いています。フォームには意識しても変えられない部分もあるので、自然にこの形で走れるようになったことは良かったなと思っています。

3000m障害で水濠を越える三浦選手

高いパフォーマンスを生む「3回の深呼吸」

和氣 橋本君は、オリンピック後も学生選手権、世界選手権と立て続けに試合がありましたよね。
橋本 はい。オリンピックが終わった後、なかなか疲れが取れず、世界選手権に間に合うのかなと少し焦りました。調整は難しかったですね。
和氣 大変だっただろうとみんなが思っていますよ。本当にご苦労さまでした。橋本君は、本番で緊張はしないほうですか?
橋本 いいえ、やっぱり演技を始める前は緊張してしまいます。
和氣 オリンピックメダリストの冨田先生も全然緊張しないと言っていたので、橋本君も同じかと。でもテレビで見ていても緊張しているようには見えないですよ?
橋本 そこはもう、ポーカーフェイスです(笑)。
和氣 緊張している時に、呼吸を整えようと意識することはありますか?
橋本 僕は演技前に必ず3回深呼吸をしています。ゴーランプがついて手を挙げた時に1回、演技台に上る前に1回、演技を始める直前に1回です。深呼吸をすると肩の力が抜けて集中しやすくなります。
和氣 そうですか。それには生理学的な根拠があって、深呼吸で息を吐くと、脳の作用によって副交感神経が優位になる時間が長くなり、心拍数が少しずつ落ちついてくるんです。深呼吸する習慣はぜひ続けるといいと思います。三浦君から橋本君に聞いてみたいことはありますか?
三浦 自分が縦回転や横回転している間に、どうして着地する場所が分かるのかが不思議なんです。もし位置がブレたら大けがをすると思いますし、そういう能力はどのように鍛えるものなんですか?
橋本 技の最中に自分がどこにいるのかが分かるようになるために、最初は柔らかいマットの上で練習して、少しずつ空中感覚を養っています。特に床と跳馬は、着地の時に脚に大きな負担がかかるので、けがを防ぎながら、慎重に段階を踏んで、徐々にブレる感覚を減らしていきます。
和氣 先ほどゴールデンエイジの話をしましたが、普通は年を重ねると動作を覚えるのが苦手になっていくのに、体操選手はその後も新しい技を覚える能力が高いですよね。体操選手の脳の構造と機能は本当に不思議で、私が研究している分野ですし、体操選手だった冨田先生や福尾誠先生(スポーツ健康科学部非常勤助教)も脳の研究をされています。先輩の萱和磨選手も大学院生ですが、橋本君は研究に興味はありますか?
橋本 そうですね。和磨さんには「大学院は大変だけど、研究していて楽しい」と聞いています。体操選手は、普段から技の動作を分析して自分の競技力を向上させたり、新しい技術を取り入れたりしているので、研究に向いているかもしれません。

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演技直前、あん馬に向き合う橋本選手

五輪ではお互いの活躍がモチベーションに

和氣 今、三浦君の一番の目標はなんですか?
三浦 やはり3000m障害で世界に勝つことです。トラックで結果を出すことを重視してやっていきたいと思います。
和氣 3000m障害はアフリカ系の選手が非常に強い。その中で、今回、三浦君が入賞したのは快挙です。ぜひ三浦君にはメダルを目指してもらいたいですね。橋本君は、次の目標はどこに設定されていますか?
橋本 まずは来年の世界選手権で、団体総合と個人総合で金メダルを獲りたいです。さらに3年後のパリ五輪での団体金、個人総合で連覇をしたいと思っています。結果だけにとらわれず、自分の演技をすること、体操をみなさんに広めていくことも目指していかなければいけないと思っています。
和氣 最後に、お二人でエール交換をお願いできますか。
三浦 東京オリンピックでは、橋本君が個人総合で金メダルを獲ったのを見て自分も奮い立ち、決勝に向けて気合いが入りました。そして、自分もそんなふうにほかの競技の選手にも感動を与えられる選手になりたいと強く思いました。3年後のパリオリンピックでは、自分も金メダルを獲って、橋本君に感動やモチベーションを与えられる走りをしたい。それぐらいの力を持つ、一流のアスリートになりたいです。
橋本 僕も、東京オリンピックの三浦君の決勝は、携帯で見て応援していました。日本人が決勝に進出するのは不可能とまで言われた競技で、誰も達したことのない境地に同じ学年の三浦君が立っている。それを見て「次の種目別も頑張らなきゃ」とすごく刺激をもらいました。お互い切磋琢磨しながらパリでも一緒に活躍して、日本のスポーツ界を明るくしていけたらと思います。
和氣 3年後、二人は22歳と23歳。アスリートとして一番波に乗っている時期ですね。パリでの活躍、期待せずにはいられません。けがには気をつけて、日々の練習に励んでください。今日はありがとうございました。
二人 ありがとうございました。

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Profile

和氣 秀文 WAKI Hidefumi
順天堂大学スポーツ健康医科学推進機構 副機構長
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 教授
1989年、順天堂大学体育学部卒業。1991年、筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。医学博士(福島県立医科大学)。研究分野は、循環生理学、神経科学、病態生理学など。英国ブリストル大学リサーチフェロー、和歌山県立医科大学医学部講師、順天堂大学スポーツ健康科学部先任准教授を経て、2016年から順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授。2021年4月、スポーツ健康医科学推進機構副機構長に就任。

橋本 大輝 HASHIMOTO Daiki
順天堂大学スポーツ健康科学部 2年
体操競技部
千葉県出身。市立船橋高校時代に世界選手権代表に初選出され、団体銅メダル獲得に貢献。順天堂大学入学後、東京オリンピックの代表選考を兼ねた2021年4月の全日本選手権、翌5月のNHK杯でいずれも初優勝を果たす。東京オリンピックでは、個人総合と種目別鉄棒で金メダル、団体で銀メダルを獲得した。

三浦 龍司 MIURA Ryuji
順天堂大学スポーツ健康科学部 2年
陸上競技部長距離ブロック
島根県出身。洛南高校時代、3000m障害で30年ぶりに高校記録を更新。順天堂大学入学後、同種目の日本学生記録、U-20日本記録、日本インカレの大会記録を次々に塗り替える。東京オリンピックでは、3000m障害予選で8分9秒92を記録し自身の持つ日本記録を更新。決勝で日本勢初の7位入賞を果たした。

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