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2024.07.23
乳がんの検査・診断から治療、そして緩和ケアまで ~乳がんの集約的チーム医療の先駆けとなる順天堂乳腺科~
順天堂乳腺科(医学部乳腺腫瘍学講座/乳腺科(乳腺センター))は、検査から診断、治療、再発の予防や治療から緩和ケアまで、乳がん治療において、専門医を中心とした各分野の医療スタッフによるチーム医療を提供しており、この分野の国内における「チーム医療」実践の先駆けとして、高い評価を受けています。順天堂乳腺科の特徴や今後の展望などについて、2024年に主任教授に就任した九冨五郎教授にお話を伺いました。
大学附属病院としては本邦初の「乳腺センター」
―― これまでの順天堂乳腺科(乳腺センター)について教えてください。
順天堂大学では2006年に、それまでの乳腺・一般外科を刷新して乳腺科と改め、日本の大学病院としては初めてとなる「乳腺センター」を設立しました。その際、初代センター長に就任されたのが、日本における乳腺外科の権威として乳房温存療法を日本に広める先導的な役割を果たし、日本乳癌学会会長などを歴任されてきた霞富士雄先生でした。これらの点からも、当科は設立当初から、乳がんの治療に関わる医療者たちの大きな注目を集めてきました。
また、私の前任者で当院乳腺センターの二代目センター長であった齊藤光江先生は、乳がん専門医をはじめ、内科医や放射線科医、病理医、看護師、薬剤師、超音波技師など、乳がんの治療に関わる各分野の医療スタッフと連携をとりながら患者さんを支える「チーム医療」の実践に力を注いでこられました。こうした取り組みは、わが国の乳がん治療のチーム医療における先駆けであったと思います。
――診療科としての特徴は、どのようなものでしょう。
多くの場合、乳がんの治療に当たる診療科は乳腺外科です。そこでは手術から薬物療法、そして遺伝子診断まで全て乳腺外科医が担当しています。当院の乳腺科は乳腺外科がメインであるものの乳腺内科、臨床遺伝のエキスパートが在籍し科としてトータルで担当しているところが最大の特徴です。
近年、乳がん治療が外科的な手術よりも薬物療法による治療が中心になりつつあるなか、乳腺外科と乳腺内科が共存して診療科を構成しているというのは、全国的にみてもたいへん珍しいのではないでしょうか。しかし患者さんの立場に立てば、外科と内科の垣根無く最適な治療が提供されることが理想であり、そうした意味でも当院の乳腺科は、乳がん治療の先駆けとなっていると考えています。
また、全国的にみると乳腺科を目指す若い医師が減っているなかで、若い医師が数多く集まってきてくれていることも、順天堂乳腺科の特徴のひとつです。
順天堂医院乳腺センターのご紹介
臨床・研究ともに、多彩な領域や講座との繋がりが力となる
――乳腺センターという診療科のスタイルは全国でも珍しいということですが、診療科として強みとはどのようなものでしょう。
乳腺センターでは、センターに所属している乳腺外科・内科等の医療スタッフだけではなく、乳がんの治療に関わるその他の診療科そして病理部や薬剤部、看護部などの部署とも常に連携し、定期的なカンファレンスなども行っています。乳がんの治療について、チーム医療を行っている医療機関は少なくないですが、ここまでの深い関係で治療にあたっている診療科はなかなかないと思います。
また私自身、この春に順天堂大学に就任して、非常に印象深いのは、院内や学内での横の繋がりが非常に良く垣根が低いということです。たとえば乳腺センターでの治療とは少し離れた領域である循環器内科の医師が、夜中でも必要に応じて医療処置に迅速に対応してくれたり、呼吸内科の医師が積極的に胸腔穿刺*¹を行ってくれたりするなど、乳腺センターにおける通常のチーム医療の枠組み以外にある診療科の医師たちとも、横の繋がりが非常にスムーズです。そういう風土が順天堂大学全体にあるなかで、さらに乳腺センターという所で連携していこうという姿勢が、乳腺科の大きな力であり強みで、患者さんへの最適な医療の提供につながっています。
*¹胸腔穿刺・・肺と胸壁の間(胸腔【きょうくう】)に溜まった液体または空気を抜く処置のこと。
――研究面での講座の特徴はいかがでしょう。
これは乳腺科(乳腺腫瘍学講座)だけでなく順天堂大学全体としていえるのですが、非常に特徴的なのは、たいへん多くの人が大学院に入って研究をしているということです。私が思うに、医療者として臨床を行うにしても研究マインドはとても重要です。そこで順天堂大学には非常に多彩な講座があり、基礎講座も含めさまざまなところでコラボレーションをして研究が行われているというのは、素晴らしい事だと思います。
検診から緩和ケアまで、医師としてすべての治療に関われることが乳腺科の魅力
――乳腺科ならではの、やりがいや魅力はどのようなものですか。
これは乳がんという病気の治療に特徴的なことなのですが、検診から診断、手術や薬物療法などの治療や術後のフォロー、さらにその後の再発予防や治療、そして緩和ケアまで、全てを乳腺科が行うということです。例えば消化器の病気であれば、消化器内科が診断をし、それを受けて消化器外科が手術を行い、術後のフォローは再び消化器内科というように分業化されています。しかし乳がんの治療では、最初の検診から緩和ケアを経て看取りの直前まで、すべてにおいて乳腺科の医師が関わっていきます。こうした診療科というのは、他にはあまりないでしょうし、そこが医療者としての乳腺科のやりがいであり魅力なのだと、学生の皆さんにはよく話をしています。
――すべての治療プロセスに医師が関わることによる、変化や特徴などはありますか。
乳がんという病気の性質上、医療スタッフはひとりの患者さんに寄り添っていく期間が長いので、他の診療科以上に患者さんとのさまざまなコミュニケーションがとれていなければなりません。そういう意味で医療スタッフと患者さんとが、「仲が良い」というと語弊があるかもしれませんが、より良い関係にあるのも乳腺科という領域の特徴だと思います。
たとえば、乳がんに関する正しい知識の啓発や、検診の早期受診を促すピンクリボン運動は、社会的にもよく知られています。このように、患者さんからだけではなく医療者側からも、そういったコミュニケーションや社会啓発が進められているというのは、乳腺科という領域ならではといえるのではないでしょうか。
症例数増加やトランスレーショナルリサーチに力を入れ、若い医師にとって魅力的な診療科を目指す
――若い医師たちへの教育や接し方で、大切にしていることはなんですか。
若い医師たちが、さらにその後に続く人たちに対して、臨床・教育・研究を適切に指導できるように、ひとり一人の特性や性質なども見極めながら育てていくことが、私たちの使命だと考えています。その上で、私自身は若い人たちに接する際には、できるだけ古い既成概念にとらわれたり、自分たち世代の価値観を押し付けたりしないことを心がけています。
乳腺科に限らず、現在、多くの診療科で外科医を志望する若い医師が減っています。一方で私の専門は乳腺外科ですので、より多くの人たちに外科医を志してもらいたいと考えています。そのためには我々世代の価値観を押し付けるのではなく、若い人たちなりの価値観を尊重し、育てていくことが重要です。
――乳腺科としての、これからの展望を教えてください。
まず臨床に関しては、手術件数をしっかりと増やしていきたいと考えています。手術件数の多い・少ないによる医療の評価には、賛否両論があります。しかし患者さんの立場に立てば、まず評価するのが手術数や症例数でしょう。患者さんがそこを評価している以上、私は数字にこだわりたいと思います。具体的には現在、当科の症例数は年間約500件で、全国の医療機関のなかでは9位か10位というところですが、今後はベスト5以内を目指したいと考えています。
また対外的には、順天堂乳腺科では、乳がんの治療に関しては検診から治療、再発予防・治療から緩和まで、すべてにおいて最良の医療が提供できるということを、学会等でしっかりとアピールしていきます。
研究については、臨床にいても何らかの研究が続けられるような、より臨床にフィードバックできるトランスレーショナルリサーチのようなテーマに力を入れてきたいですね。具体的には、何らかのバイオマーカーを見つけて乳がん再発の早期予測に役立てるとか、再発させないための予後予測マーカーの開発、あるいはより効果的な薬剤を選択するための効果予測などについて、研究をしていきたいですね。
その上で私の今の一番の目標は、臨床での症例数や研究の業績、学会等での発表などを積み上げ、診療科の雰囲気や風通しをより良くし、ひとりでも多くの若い医師の皆さんが、順天堂乳腺科への入局を志してくれるようにすることです。