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2024.12.24
伝統ある順天堂医院臨床検査室の臨床力を次世代へ ~ 多職種と連携しチーム医療で活躍できる臨床検査技師を育てる医療科学部臨床検査学科~
病気の原因を見つけ出し最適な治療につなげるために、血液や尿などの検体中の成分を分析したり、身体の中から発生する電位を測定、内部を画像として見るのが臨床検査です。それらの分析・検査を行うのが臨床検査技師という医療専門職です。順天堂大学医療科学部臨床検査学科の三澤成毅先生は、感染症の原因となる細菌やウイルスなどを対象とする微生物学的検査のスペシャリストとして豊富な経験を持ち、微生物学的検査に関する研究を進めています。現在は、近年重視されているチーム医療の中で活躍できる臨床検査技師の育成にも注力する三澤先生に、臨床検査技師として大切にしている臨床力・研究力・教育力について伺いました。
感染症の原因となる細菌を調べる微生物学的検査
――はじめに、三澤先生がこれまで取り組んでこられた研究について教えてください。
ヒトに感染症を起こす微生物を対象として「培養または検査困難な細菌の分離*1、同定*2および抗菌薬感受性*3の研究」と「抗菌薬耐性菌の疫学研究」という二つの研究テーマに取り組んでいます。微生物には、細菌、ウイルス、真菌などがありますが、その中でも細菌を主とした研究を行ってきました。
*1 分離…患者さんの検体中に混在する微生物を別々に純粋にして取り出すこと。
*2 同定…分離された微生物が既知のどの種類に一致するかを調べて菌種を決定すること。
*3 抗菌薬感受性…感染症の原因微生物(細菌または真菌)に対して、どの抗菌薬が治療に効果を発揮しやすいかどうか。効果を発揮=感受性があるという意味。
感染症の原因を探るときは、原因になっている微生物を特定する必要があります。患者さんから採取した検体を顕微鏡で観察または培養して、細菌などがいるかどうか、いるとしたらどんな種類のものかといったことを調べます。実際には、検体中に存在する微生物の量が少ないことが多く、顕微鏡で観察できず、ほかの検査法でも特定できません。そこで通常は培養検査が主軸として行われます。臨床検査室は培養によって微生物を増やして見つけ出し、種類を特定しています。しかし、微生物の中でも、私が主として研究している細菌は、細菌の種類によって培養のしやすさや培養にかかる時間が異なります。また、あまり知られていない細菌による新たな感染症では、その細菌に適した培養法が確立されておらず、種類を特定できないことがあります。近年では医療の進歩に伴って、これまで注目されてこなかった微生物を検査する必要性が生じました。そうした問題の解決を目的として「培養または検査困難な細菌の分離、同定、および抗菌薬感受性の研究」を行い、微生物の培養法や同定法を考案してきました。これらの検査法は、現在日常検査で使用され、検査結果が感染症の診療に役立っています。
――「抗菌薬耐性菌の疫学研究」とは、どのような研究ですか。
細菌が既存の抗菌薬に対して感受性がない、つまりその抗菌薬が効かないことがあります。例えば、日和見感染症*4を起こす緑膿菌という細菌は、非常に限られた抗菌薬しか効かないのですが、その限られた抗菌薬も壊す能力を獲得し耐性を示すような緑膿菌が登場しました。しかも、緑膿菌が他の菌と交わると、交わった菌にも緑膿菌の抗菌薬耐性の能力を担う遺伝子が移ってしまい、耐性菌となって増えていくことがわかりました。そこで、国内でそのような耐性菌がどれくらい広がったのかを調べたのが、この研究です。
調べていくと、緑膿菌とセラチアという菌が原因になっていることがわかりました。さらに、セラチアの中でも抗菌薬に耐性を示しやすい特定の血清型*5があることが調査の結果、分かりました。
*4日和見感染症…「日和見主義」が語源となり、正常な宿主に対しては病原性を発揮しない微生物が、宿主の抵抗力が弱った時に病原性を発揮して起こる感染症のことを指す。今日の感染症は日和見感染症が多い
*5血清型…細菌の細胞表面にある免疫学的な抗原の構造による分類のこと
日本の臨床検査に近代化をもたらした順天堂の検査室
―― 先生は「微生物学的検査の標準化」(どこの病院で検査しても同じ検査結果が得られるように基準となる物質や検査方法を定めること)にも取り組んでいると伺いました。これはどのような取り組みなのでしょうか。
臨床検査の中でも、例えば血液検査は採血した血液をそのまま機械にセットすれば調べられるので、臨床検査室や臨床検査技師による差がほとんどなく、正確かつ同じ結果が出せます。対して微生物学的検査は手作業が多いため、実際に作業する臨床検査技師の技量に大きく左右されます。そのために検査マニュアルや標準作業手順書(SOP)というものがあって非常に重要なのですが、これまで日本ではそのような体制がほとんど整備されてきませんでした。本来であれば、どの臨床検査室でも、どの臨床検査技師でも同じ結果を出せなければいけませんから、微生物学的検査の水準の均一化や標準化を進めようとしています。
微生物学的検査の標準化については、個人的にも、順天堂が取り組むことの意義が大きいと考えています。というのも、近代的な臨床検査は、1961年に順天堂大学の当時の臨床病理学講座(現在の臨床検査医学講座)の初代教授であられた故・小酒井望先生が日本に初めて導入したものだからです。
――順天堂の臨床検査室にはそんな歴史があるのですね。
そもそも順天堂医院の臨床検査室は、1933年に創設された伝統のある検査室です。戦後、米国の臨床検査を学んだ小酒井先生は、1961年に順天堂大学へ移られ、臨床検査室をさまざまな検査を一括して行う「中央検査室体制」を導入しました。現在はどの医療機関でもこの体制が当たり前になっていますが、当時は珍しく、中央化することで効率的な検査が可能になりました。
微生物学的検査についても、尿や痰などの検体別の検査法を導入するなど、先駆的な技術を次々と導入して、日本の臨床検査の基礎を確立しました。
――標準化についてはどのように進めているのでしょうか。
臨床検査技師には一定水準以上の検査技術を身につけることが求められますし、高い技術を持つ臨床検査技師が増えることは感染症診療の質の向上に直結します。そこで、微生物学的検査の技術講習会や技能試験に関わり、検査技術の普及と質的向上に努めています。さらに、感染症と微生物学的検査の学術団体が組織した委員会のメンバーとしても活動しています。
また、技術講習会や技能試験だけでなく、微生物学的検査における結果の判定法や評価についても標準化する必要があると考えています。細菌を培養したとき、シャーレ(ペトリ皿)にできたコロニー*6の多さから「1+」「2+」「3+」というように判定し、検査結果として報告するのですが、その判定のしかたは国内で統一されていません。この判定にはそれほど臨床的な厳密性が求められていないということもありますが、数値で表現する以上、どこの臨床検査室でも一定の基準で判定されなければいけないと私は思います。先に紹介した学術団体の委員会で話し合いを始めたところです。
*6 コロニー・・細菌は非常に小さく(1μm程度)、1個では肉眼で確認できないが、この小さな細菌を培養し、目に見える状態まで増殖させたもののこと。増殖した菌は同一のクローンからなる集団であり、純粋であると表現される。
開発途上国への講師派遣や国内研修など国際協力にも尽力
――順天堂医院の臨床検査室では、開発途上国への臨床検査技術の支援なども行っているそうですね。
この活動も小酒井先生が先駆けです。以来、開発途上国の臨床検査技術の向上を目的とした国際協力を現在も継続しています。
開発途上国では、いまだに感染症によって命を落とす方が多く、適切な診断のためには微生物学的検査がなくてはなりません。しかし、検査技術や日本の臨床検査技師に相当する人材が非常に不足しているのが現状です。そこで、国際協力機構(JICA)と国際医療技術財団(JIMTEF)による臨床検査技術研修のコースリーダーを務めています。研修内容の企画から実施に携わり、開発途上国の微生物学的検査担当者へ知識と技術の修得と普及に尽力しています。また、私はJICAの技術協力専門家として、1985年に1年間パラグアイへ赴任、1996年はマラウイ、2019年はベトナムへ短期滞在して技術指導を行いました。
開発途上国の人たちが順天堂医院や東京都内の病院でトレーニングを受ける仕組みもあります。まさに先に紹介したJICAとJIMTEFによる臨床検査技術研修がそうです。1990年から2024年までの35年間に、順天堂医院をはじめ他の病院での研修を実施した海外からの臨床検査技師は400人近くにものぼります。
日本の微生物学的検査の技術は世界のトップレベルですので、その技術をそれぞれの国で広めていただいています。
――今後に向けた課題はありますか。
国際協力については開発途上国の臨床検査技師の育成を中心に行ってきましたが、この活動の裾野を広げるためにも、国内の若い人たちを対象として、私たちがやってきたノウハウなどを伝えたいと考えています。日本の若い臨床検査技師たちの中には、海外で活動したいという熱意を持った人たちがいますので、そういう人たちのための研修コースを作ろうと考えています。
臨床経験豊富な教師たちが“臨床に強い技師”を育成
――今後に向けた目標などを教えてください。
まだ始めたばかりですが、抗菌薬感受性検査が困難な微生物の検査を改良すべく研究を進めています。将来的には製品化できるよう、メーカーと協力していければと考えています。
教育については、微生物学的検査は患者さんの検体の中から感染症の病原体を見つけるわけですが、これには訓練と経験が必要です。一方で、常に微生物や標本の実物を用意しておくことはできませんから、ITを活用する方法について検討しながら作業を始めました。
――順天堂大学医療科学部臨床検査学科の特徴を教えてください。
順天堂大学医療科学部臨床検査学科は2022年4月に開設されたばかりです。順天堂大学は1960年代以降、臨床検査の近代化に大きく貢献し、多くの医師や臨床検査技師を輩出してきました。私の専門である微生物学的検査は、順天堂が1980年代までの間に体系化したもので、現在でも検査の根幹となっています。
このような伝統を有する順天堂大学に臨床検査学を学ぶ学科ができることは、非常に意味のあることです。教育内容も臨床に根ざしており、教員は全て臨床経験豊富な医師と臨床検査技師です。そのように臨床と臨床検査学に強いことが、この学科の一番の魅力だと考えています。
――学生たちにはどのような姿勢で学んでほしいですか。
臨床検査なくして現代の医療は成り立ちません。病気の診断や治療効果の評価では必ず臨床検査が行われますから、その検査を担うプロフェッショナルを育成したいと考えています。
最初に述べましたが、特に最近は多職種連携といって各医療専門職、メディカルスタッフと呼びますが、それぞれの専門性を結集して患者さん一人ひとりにベストな医療を提供するチーム医療が重視、実践されています。診断がつくまで医師と共に考え、一日でも早く日常生活に戻れるよう、患者さんに寄り添うことができる‘‘臨床を知る、臨床に強い臨床検査技師‘‘になってほしいです。そして、次代を担う臨床検査のリーダーとして活躍することを願っています。