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2025.01.27
医療機器の管理・操作から開発研究まで活躍のフィールドが広がる臨床工学 ~工学的アプローチで医療現場のニーズに応える~
現代の医療においては、人工心肺装置をはじめ、カテーテル治療や内視鏡治療に用いる機器など、医療機器の存在が欠かせません。それらの医療機器の管理・操作などを担う臨床工学技士も欠かせない存在です。2022年4月に開設された順天堂大学医療科学部臨床工学科は、工学と医学両方において高度な知識と技術を持つ医療人材を育成しています。臨床現場に限らず医療機器開発などにも活躍フィールドが広がる臨床工学分野について、数々の研究実績を挙げている大内克洋先任准教授にお話を伺いました。
臨床試験や治験の前段階で行う評価・試験方法を開発
――大内先生の主な研究分野について教えてください。
私の専門は医用工学や生体医工学と呼ばれる学問領域で、医学と工学をはじめとしたさまざまな専門領域が協力しあいながら発展してきた分野です。その中でも、医療機器や医療技術に関する研究を行っています。新しい医療機器・技術を臨床で使えるようにするには、その妥当性・有効性のみならず安全性の担保が不可欠で、それぞれに適切な評価・試験方法を同時に開発していくことが重要です。私がこれまでに関わってきた医療機器・技術としては、体外循環を安全に行うための血栓モニタリングシステム、心臓の僧帽弁形成術や低侵襲心臓手術*1で使用する手術用器具、新規手術ロボットなどがあり、ヒトを対象とした臨床試験(治験)の前段階として行う動物実験などを研究してきました。
*1低侵襲心臓手術…従来は、胸骨を切開する「胸骨正中切開法」に加えて、人工心肺装置を用いて心臓の拍動を停止させていた。そのどちらか、または両方を行わない心臓手術の術式のことを言い、身体への負担が少ない手術とされている。
それぞれに安全性・有効性を担保するための重要なポイントを正しく試験できる方法を検討・開発し、基礎研究から応用研究まで、さらにその先の非臨床試験・治験から臨床使用までを失速することなく突き進め、日本の医療機器開発に少しでも貢献できたらと考えています。
――医療機器・技術に関わる研究では、どのようなこと注力していますか。
動物を使った評価は生体での複雑な反応・応答を総合的に判断するときに役立ちますが、動物の種類によって臓器サイズや解剖学的・生理学的・生化学的特徴などがヒトとは異なり、ヒトでの有効性や安全性を必ずしも担保できるとはいえません。最近では、動物実験を行う前にコンピュータシミュレーションによって評価する手法の開発が進み、創薬分野などで盛んに使われ始めています。医療機器・技術についても同様の手法を導入すべく、大型動物(ブタ)実験を行う手段と、数値シミュレーションを組み合わせたメカニズム解析やデザイン最適化の手段を確立するための研究を進めています。
コロナ禍をきっかけにECMOの研究開発をスタート
――医用工学の中でも、特に強みとしていることはなんですか。
もともと電気電子工学が専門なので、心電図や血圧などの生体信号、または体の中に埋め込んだ機械が発する信号などを収集して、生体に対する影響や有効性、安全性を評価する生体計測を得意としています。
研究対象は実験動物であることが多いですが、目的は前臨床*2をクリアして臨床応用することですから、医療現場に極めて近いところで研究しています。
*2前臨床…いわゆる「動物実験」のこと。様々な大きさの動物を用いて、データを取得し、生体への基礎的な効果(有効性と安全性)を評価・証明するための科学的データを提供するもの。
――医療現場のニーズを受けて発展した研究もあるのでしょうか。
代表的なものとしては、ECMO(人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療)の研究があります。ECMOは体外で血液の酸素化を補助する機器で、重症な呼吸不全や循環不全の患者さんの肺の機能を担います。COVID-19が大流行した際にECMOを必要とする患者さんが大勢入院することになったのですが、基本的にECMOは長期間使用するものではなく、短ければ数時間、長くても数日のみ使うものです。ところが、COVID-19で重症肺炎になった患者さんは、数週間~月単位という長期間でのECMO利用により命をつなぐような状態でした。
そこで問題になったのが、血栓リスクを防ぐための抗凝固剤の使用です。ECMO装着時は、装置内で血液が固まって血栓ができる恐れがあり、抗凝固剤により血栓ができるのを防ぐのですが、抗凝固剤の作用でほかの臓器から出血が起きるリスクも生じます。そのため24時間体制での監視が必要になります。COVID-19パンデミック時にはICUで全身管理が必要な患者さんが大勢入院し、一方で医療従事者は不足しているという極めて厳しい状況でした。そのような医療現場からの切実な声を受けて、抗凝固剤がなくても血栓ができにくいECMOの開発を進めているところです。
――より基礎的な研究としてはどのようなものがありますか。
最近始めた研究では、不整脈に対するカテーテルアブレーション治療の効果を評価する技術を開発しようとしています。カテーテルという細い管を挿入して心臓の不整脈を起こしている部分を高周波電流で焼き切るアブレーション治療は、欧米の機器メーカーを中心に次々と新しい技術が開発されています。今後国内の臨床現場で新しいアブレーション技術が普及することを見据えて、新しい技術の長期的な効果や安全性、治療プロトコル*3、通電法などを評価するための技術の研究開発に取り組んでいます。
*3治療プロトコル…治療においてあらかじめ定められている規定、手順、治療計画などのこと。
医療機器を扱うエンジニアを育成
――順天堂大学で学ぶことの良さや医療科学部臨床工学科の強みを教えてください。
順天堂大学の健康総合大学院大学としての知名度や、その長い歴史と伝統は周知のことですが、そのような過去と現状に満足せず、現在も新学部・新学科・新大学院の設置など新しいチャレンジを続けているところは素晴らしいと思います。医療科学部は設立されたばかりの新しい学部ですが、首都圏のみならず国内でもトップクラスの臨床工学科を目指しています。学科の強みは、臨床工学技士免許を保有している教員が多く、臨床現場の実情を熟知しており、今現在臨床工学技士として求められる知識や技術を教授できる体制ができていること。さらに、専門性を高めるための下地の構築に取り組めることです。卒業生には、日本の臨床工学領域を牽引するだけではなく、世界の臨床工学・医工学を担う人材に育ってほしいと期待しています。
――学部・研究科の学生にはどのように学んでほしいでしょうか。
自分の知らないこと、経験のないことに不安や苦手意識を持つのは仕方ないことだとは思いますが、勇気をもって第一歩を踏み出すことの大切さを知ってほしいと思います。その第一歩を踏み出すということは、知ったかぶりをしたり、適当にごまかしてなんとなくやり過ごすことではなく、謙虚な気持ちを持って、できる限りの準備を整えて真摯に向かい合ってみるということです。
学生の皆さんにとっては、新しく知ることや経験することばかりなので、最初からうまくできるはずはありません。恥ずかしさや、できなかったときを過剰に怖がったりすることもあるかもしれませんが、周りを見てもらえれば自分一人ではないことに気づくはずです。周りの学生は皆自分と同じような考えを持っているはずですし、一緒に苦楽を共にする得難い仲間です。たくさんのいい仲間と出会って、辛いことや悔しいことを互いに支え合う経験は人生で大きな財産になります。
日本発の医療機器・技術を世の中に送り出すために…
――これからの臨床工学技士に求められるものはなんでしょうか。
最近では医師の働き方改革の施行などもあり、臨床工学技士の業務内容は少しずつ拡大しています。現代の医療のほとんどに医療機器が関わっていることからも、この流れは今後もしばらく続くでしょうから、これまで以上に基礎と専門をしっかり学ぶことが重要になります。
また、医療機器の高度化が進むことから、医療機器を開発するメーカーでも医学と工学の両方をしっかり学んだ人材はますます重要になってくるはずです。日本の国家資格である臨床工学技士を有している人は、呼吸、循環、血液浄化業務など幅広い領域に対処できる貴重な人材ですので、今後海外で活躍される方も増えてくると思います。
――研究成果をどのように社会に還元していきたいと考えていますか。
現在日本で使用されている医療機器のうち、内視鏡などの診断機器のシェアは日本企業がトップですが、治療機器となるとほとんどが外国製で輸入超過となっています。日本のメーカーでも機器開発を行っているものの、開発が進むにつれて海外の大手医療機器メーカーに開発チームごと買収され、日本発の医療機器が発売されていないのが現状です。日本の医療機器メーカーが基礎研究から開発・非臨床試験・治験までを他国よりも早くスムーズに進められて、日本の優秀な医療従事者が国産医療機器を使って多くの患者さんを救えるようになることが目標です。その目標に向かって装置開発や評価技術の研究に取り組み、日本発の医療技術が世界で普及することに貢献していきます。
――研究者として、今後取り組みたいことはどんなことですか。
これまで心臓血管外科領域での研究が多かったこともあり、近年ますます広がりつつある低侵襲手術の安全性評価技術を開発したいと考えています。開腹・開胸をすることなく、血管内に挿入するカテーテル治療や内視鏡手術が増えていますが、このような治療の安全性や有効性を担保するためのコンピュータシミュレーション技術など、動物実験なしで評価できる手法を確立することが理想です。私たちエンジニアは直接患者さんに接することはありませんが、これからも新しい医療機器の開発に携わり、新しい医療技術を世の中に出す手助けをすることで、将来的に多くの人を救うことを目指していきます。