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2024.12.19
なぜ「国境を越えて考えること」が必要なのか~大学院国際教養学研究科・国際教養学部での学び~
順天堂大学大学院国際教養学研究科・国際教養学部は、専門領域にとらわれない学際的な研究により、グローバルな危機を乗り越える知識を備えた人材を養成しています。国際政治学者として学術論文のみならずさまざまなメディアでも研究成果を発信し活躍している、国際教養学研究科の藤原帰一特任教授に、研究科の特色、順天堂大学での教育でめざすもの、学生に期待することについてお話を伺いました。
新たな研究教育のチャンスを求めて順天堂大学へ
今、世界では、これまで当たり前のものとして考えられてきた生活の条件が揺らいでいます。空気、水、健康、そして自由と安全。どれも私たちが当然のように享受してきたものですが、いまやそうではありません。地球温暖化による環境変動は、水やエネルギーの供給、医療や公衆衛生、人の移動など、さまざまな領域に影響を与え、それがやがて武力紛争に繋がるのではないかという懸念も生まれています。
世界が直面している課題は複雑さを増し、従来の「文系」「理系」という学問的な専門分野にとらわれずに考えて取り組まなければ、答えに近付くことはできません。
現実の課題に対して、各々の専門分野から議論していくことのほかに、文系理系を問わず考え、研究し、教育していく必要があるのではないか。そんなことを考えていたところ、順天堂大学の大学院に国際教養学研究科ができるというお話をうかがい、お声掛けをいただきました。前に勤めていた東京大学未来ビジョン研究センターでグローバルヘルスのプログラムに携わった経験から、医学や公衆衛生学に関わる人が国際関係の知識を持つ重要性を痛感していましたので、これはとても大きなチャンスになる、これまでにないタイプの授業ができるだろうという期待を持って、2024年春に着任しました。
「グローバル」を考えなくても暮らせる日本
順天堂大学での教育で柱にしたいと考えていることがあります。それは「国境を越えて考える」ということです。
今、私たちは実にいろいろな場面で「グローバル」という言葉を目にします。国際教養学研究科の資料でも「グローバルなコミュニケーション」や「グローバルな課題」といった表現を多く使っていますが、あえて申し上げると、日本のような大国に住んでいれば、自分の国の中だけでさまざまな判断が閉じてしまったところで、困ることはありません。「グローバル」について特に考えることなく、国内だけを自分の“世界”として、日々問題なく暮らしていくことができてしまいます。
一方、さまざまな課題に直面しているにも関わらず、政府による統治が破綻している場所、たとえば内戦が続くマリ、コンゴ、スーダンといった国々ではそうはいきません。人々の命や生活は、国家の力ではなく、国境を越えて活動する国際機関やNGOの働きによって保たれています。そうした場所では、自分が生きる“世界”をマリやスーダンといった国のくくりで考えることがそもそも難しく、「グローバル」という言葉が非常に具体的な意味を持つことになります。
内戦地域のことを見聞きしても、日本にいれば「気の毒な人がいるんだな」という印象だけで終わってしまうわけですが、そうした地域から急進的な武装勢力が生まれ、日本人が命を落とすような事件が起きると、急に外の世界への関心が高まります。そして「あの勢力は倒さなければならない」と声高に言う人が現れます。9.11(アメリカ同時多発テロ)以降のアメリカでは、端的にそれが起こりました。また、国内に移民や難民が増えると、自分たちの社会が変わってしまうことを恐れ、「移民を追い出せ」と言い出す人が出てきます。普段はグローバルなんてあまり考えていない人たちが、何かのきっかけでグローバルを意識した途端、グローバリズムとは真逆の方向に動き出してしまう、ということが起きるのです。
「国境を越えて考える」という視点がなければ、人は限りなく「国境で閉じた考え方」になりかねません。国際教養学研究科、国際教養学部の学生のみなさんには、ぜひ国境を越えて問題を考える思考力を持つことを目指してほしいと思っています。
授業は自らの関心と理論を結びつける場
現在、大学院では「国際関係論特論」の授業と修士論文の研究指導を担当しています。国際関係論特論では、国際関係を考える上でどうしても知っておかなければならない基本的な概念を学ぶとともに、現在の国際政治で展開されている幅広い事象を取り上げています。たとえば地球環境温暖化、パンデミックとグローバルヘルス、難民・移民などの国境を越える人の動きとその政治的帰結、世界市場の統合とその制度的動揺といった多くの課題を、国際政治学の基礎概念との結びつきの中で考えていきます。
今日も、この取材の直前まで授業をしていました。今回の授業のテーマは「安全保障のジレンマと抑止」でした。対立する2国がある時、両方が防衛的であれば戦争は起こらず、むしろ安定が実現するはずですが、両方とも自国の安全を大事にして行動することが結果的に国際関係の緊張を高め、戦争の危険性さえ高めてしまう。この「安全保障のジレンマ」は、大変古い概念ですが、現在のアメリカと中国の関係を見ていく上で大きな助けになる考え方です。また、核抑止の概念についても、核兵器を排除するものでも、そのまま受け入れるのでもなく、いろいろな方向から学生に問題を提起してもらい、議論しました。
授業では学生からさまざまな質問がなされるのですが、やはりみなさん「国際政治」の授業だと考えているせいか、国際政治に関する質問をしようとするんですね。授業に協力的だとも言えるのですが、あまり国際政治にとらわれることなく、自分の関心があることについて質問をぶつけてほしいと思っています。授業で大事なのは「教えられたことについて理解を深めること」ではなく、自分が関心を持っていることとの繋がりを発見していくこと、自分が考えたい問いを見つけていくことです。教師の授業や本に書いてあることにとらわれず、自分が何に興味を持っているのか、何を知りたいのか、常に疑問を持ち、その問いに答える作業として授業を活用してほしいと思っています。
「実地調査での聞き取り」という研究手法の魅力
学生時代の私は、国際政治学を専攻していました。当時の国際政治学は、米ソの冷戦の起源なんてテーマが主流で、軍拡競争やそのメカニズムの解明は、すでに1960年代にはほぼ終わっていてました。一方、まだそれほど研究が行われていなかったのが、大国ではない国、発展途上国の政治の働きです。その時代、発展途上国は独裁的な権力の統治が一般的だと考えられていたのですが「本当にそうだろうか、それがずっと続いていくものだろうか」という疑問を出発点に、東南アジアの政治の勉強を始めました。
はじめはフィリピンの経済的な条件と政治体制の変化を研究していたのですが、論文を書いても“秀才の作文”でどうもあまり面白くない。そんな時、フィリピンの当時の大統領マルコスの政敵で、アメリカに事実上の亡命をしていたベニグノ・アキノが、帰国直後に空港で暗殺されるという事件が起こりました。1983年のことです。
マスメディアは、マルコス政権の崩壊につながる大きな変化だと報じていましたが、私は「いやいやそんなにすぐに変わるもんじゃない、フィリピンのことを勉強していない素人の見方だな」と思っていたんです。ところが、フィリピンに調査に行ってみると、私の予想に反して、現地はそれまでと全く違う社会に変わっていました。何が違ったかというと、みなさんが政治のことを話すようになっていたのです。
人は「変わるはずがない」と思っていることについては、話しても仕方がないので話しません。「変わるかもしれない」という期待が持てた時に、はじめて話し始めます。しかも、よく知らない人や初対面の人とする話題として「政治」は、考え方・思想の違いが生まれやすいため、かなり危険です。日本でさえそうなのですから、独裁政権下のフィリピンでは、初めて会った外国人に政治の話をするなんてとても考えられなかった。それがその時は、フィリピンの人たちの方から、私に政治の話をしてきました。「これは大変なことになった」と思いました。
人々の語りには、その人たちが自分が生きる世界をどのように捉えているのかが表れます。そこに、聞き取りやインタビューという手法の魅力があり、人々の語りは私に多くの発見をもたらしてくれます。私が文献調査と併せて実地調査での聞き取りも行って研究を進めるのは、このフィリピンでの経験がきっかけです。
その後も、アメリカのハリケーン被災地で聞き取り調査を行ったり、第二次世界大戦を経験した人たちの語りの違いを通して戦争の記憶について議論する本を書いたりしてきました。こうした取り組みは、自分でもあまり国際政治学者らしくないと思うのですが、学者という仕事の面白味は、「国際政治学とはこういうものだ」という枠を超えて、答えることが難しい問題を見つけることにあります。見つかった問いのジャンルが文系か理系か、政治学かそうではないかは全く関係がありません。そう思っているからこそ、「文系」「理系」の区別のない国際教養学研究科で仕事をすることにしたのかもしれません。
国際教養学研究科・国際教養学部のように、さまざまな専攻分野の人が集まっている場では、自分の問題提起をしっかり持っていなければ、自分が一体何を勉強しているのか分からなくなってしまいます。大切なのは、一人一人が自分の問いを発見し、それに答えていくこと。学生のみなさんには、国際政治にとらわれず、授業の中で「あ、これは面白いな」と感じることを発見してもらえたらうれしいです。教育は思想の産婆術である、とはソクラテスが残した考え方ですが、その言葉の通り、私もこれから順天堂大学の学生のみなさんがそれぞれの問いを見つけ、その答えを探す手助けをしていきたいと思っています。