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2022.10.13

"わかる"学びから"できる"学びへ。看護の現場で使える実践力を培うシミュレーション教育とは

人口の高齢化や疾病構造の変化など、医療や看護の現場をめぐる状況は大きく変化し、そこで働く人々に求められるスキルも複雑化・多様化しています。特に看護分野では、高度化・多様化する現場のニーズに合わせ、さまざまな情報を統合し、その上で臨機応変に判断・対応していく力が期待されているといいます。今回は、医療看護学部でシミュレーション教育を実践する寺岡三左子先生に、これからの看護学教育のアプローチについて伺いました。

看護基礎教育の現実――現場が求める力

「看護基礎教育(看護師免許取得前の教育)では、患者さんの安全などをふまえ、臨地実習での実践の機会が限られており、実践力を修得するための環境が十分とは言えない状況です。知識として身に付いてはいるものの実践経験が少ないため、看護師として現場に出て初めて対応することも多く、思うように対応ができないといった状況は広く認識されている課題だと思います。」

 

寺岡先生は、看護基礎教育の課題ついて、このように話します。こういった現状は、医療現場における患者安全のリスクの上昇や、看護職者の早期離職につながり得るのではないかといいます。そこで、臨地実習や現場に出る一歩手前の段階で、実践力を磨く方法として寺岡先生が注目しているのが「シミュレーション教育」です。
シミュレーション教育とは、受け身ではなく能動的に学ぶアクティブラーニングの一つ。機器などを使用し、実際の状況を再現しながら専門的な知識・技術・態度を統合して学ぶ教育です。寺岡先生は、2014年からこのシミュレーション教育に着目し、教育現場に取り入れるための探求を続けています。

シミュレーターを使った授業風景

「シミュレーション教育は、従来の“わかる”教育から、“できる”ようになることに焦点を置いているのが特徴です。例えば呼吸や心臓の鼓動などの音の変化、瞳孔の変化、咳など、身体の異常を再現する機器を使って、できるだけリアルに近い状況下に身を置き、実施したことを振り返りながら繰り返し練習します。」知識をインプットすることが主な目的ではなく、実践として“何が身に付いたのか”という成果が大事だといいます。

「できるだけ現場の実践に近い環境下で反復して訓練することで、現場で役立つスキルを体得できるのではないかと期待しています。」と寺岡先生は力を込めます。

 

日本でシミュレーション教育が取り入れられ始めたのは、10年ほど前。ただし、現場を再現する設備や具体的な教育方法、評価システムについての理解が必要であり、国内ではまだまだ一部の教育機関でしか取り入れられていないのが現状だと言います。この点について寺岡先生は次のように話します。

 

「政策の影響もあって、アメリカでは100か所以上のシミュレーションセンターがあり、人は誰でも間違えるという考え方のもと、医療事故を減らすためシミュレーション教育の普及が進んでいます。日本でもこうした取り組みが必要だと考え、2014年にハワイ大学での研修に参加しシミュレーション教育の基礎を日本に持ち帰って少しずつ授業に取り入れるなど取り組みを続けてきました。ゆくゆくは看護だけでなく、チーム医療としてシミュレーション教育を実施できる環境ができたらと考えています。」

リアルな看護現場を再現する
順天堂シミュレーション教育研究センター

順天堂大学医療看護学部では、身体の健康状態を評価する3年生の授業の一部でシミュレーション教育を取り入れていますが、学生からは「身に付いたことを実感できる」「もっと早くから経験したい」「他の授業でも取り入れてほしい」などと前向きな意見が多く出ています。

「順天堂大学には6つの附属病院がありますし高機能のシミュレーション機器がそろっています。将来的には、現場のスタッフと学生が同じ空間で学習できるような環境を整備できればと考えています。」(寺岡先生)

 
コロナ禍を受けて、実習の大切さや学びを止めないことへの注目が集まったこともあり、医療看護学部のある浦安キャンパスでは2022年10月に順天堂大学シミュレーション教育研究センターが新しく開設されました。ここでは、シミュレーションや患者ケアのための次世代技術の研究拠点として研究が行われる予定です。

2022年10月、シミュレーション教育研究センターが新たに開設

「シミュレーション教育研究センターの開設を好機として、さまざまな技術を活用してリアルに近い形の学びを提供していきたいと考えています。低学年は手技を学ぶだけでも十分ですし、学びを積み重ねて、高学年になる頃には自ら考えて判断・実践できるなどシミュレーション教育を通して成長してもらいたいですね。」と寺岡先生はセンター開設へ期待を込めます。

「シミュレーションホスピタルを持つマイアミ大学を始めとしてMOUを結んでいる大学との共同研究も活発に行い、学生だけでなく医療従事者や研究者なども集う場になればと考えています。実際に現場を経験している人との交流は学生にとっても刺激になるでしょう。」

オンラインで思考力を養うe-Learning教材を開発

今後の展開に期待が広がるシミュレーション教育ですが、設備のあるキャンパスに足を運ばないと学べないという点が課題だといえます。そのため、寺岡先生はシミュレーション教育を支えるe-Learning教材の開発にも力を入れています。

「手足を動かす手技のトレーニングには機器が必要ですが、判断や思考のトレーニングはWEB上でも可能ではないかと考えています」と話す寺岡先生。WEB上でシミュレーション教育を行うため、モデルケースをCGで表現し、症状の変化などを再現して、どのように判断するかを考えるための教材開発を進めています。

「現在は試作段階ですが、現場で働く看護師や理学療法士、学生達から評価を受けながらブラッシュアップを行っています。評価しながら今後も症状のパターンを増やして、さまざまな状況に対して臨床判断力を鍛えられる教材の完成を目指しています。」

 
これらの教材は学生の教育だけではなく、現場で活躍する医療従事者のスキルアップや学び直しなど、研修にも活用が期待されています。また、技術をイメージしながら適切に身につけられるように、看護師の視点や患者の視点を取り入れた技術習得のための動画コンテンツの作成も行っており多角的に学びを深められるよう教材の充実化も図っています。

これからの看護に必要な、判断力と行動力を持った人材を育てたい

今後ますます医療は高度化・複雑化していくでしょう。もしかしたら医療や保健に関する政策が大きく変わる時代がやって来るかもしれません。時代の変化に対応できる人材を育てるためには、教育の有り方も変化していかねばならないと寺岡先生は語ります。


「教育の普遍的な部分を否定するつもりは全くありません。新しい教育手法を取り入れることに、慎重になる気持ちはとても良くわかります。しかし、私は学生の学習の質を担保しつつ常に現状を見直しながら進歩し続けていくことが重要だと考えています。時代のニーズに合わせて教育を考えていくことで、従来の教育の良さも見えてくると思っています。」


「健康総合大学としての順天堂のメリットを活用し、今後もシミュレーション教育の研究を充実させていくことで、実践的な教育環境を築いていきたいです。4年間の学びを通して、学生には実践力・自己研鑽能力・自分から疑問を持って考える力・自ら学ぶ力を身に付けてほしいと願っています。」

Profile

寺岡 三左子 TERAOKA Misako
順天堂大学大学院医療看護学研究科 教授
シミュレーション教育研究センター 副センター長

順天堂大学大学院医療看護学研究科博士後期課程修了(博士,看護学)。シミュレーション教育に関する研究、デジタルツールを活用した実践的な教育方法の研究に取り組む。現在は学会の研究助成により、身体症状を再現する3DCG教材の開発研究を行う。また、文部科学省の科学研究費助成を受け、多様な価値観を有する社会における看護のあり方を再考すべく、看護を文化的観点から捉え概念化する研究に取り組む。

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