SPORTS

2021.12.08

多様性に配慮したスポーツのあり方とは?オリンピックから考える"ジェンダー平等"

05.ジェンダー平等を実現しよう

2021年夏、コロナ禍による1年の延期を経て、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されました。アスリートたちの素晴らしい熱闘とともに大きな注目を集めたのが、前回大会から2倍に増えた男女混合種目、そしてLGBTQ+選手の活躍です。IOCが採択した「オリンピック・アジェンダ2020」における「男女平等の推進」を目標の1つに掲げた本大会を通して何が見えてきたのか?また、今後の女性のスポーツ参画に求められることとは?女性スポーツ研究センター長の小笠原悦子教授とスポーツ健康科学部の野口亜弥助教にお話をうかがいました。

オリンピックで前進したジェンダーへの理解

IOCは2014年にオリンピック改革案「オリンピック・アジェンダ2020」を採択。その中の提言の1つとして「男女平等の推進」が盛り込まれ、「女性の参加率50%の実現」と「男女混合の団体種目の採用の奨励」が具体的な目標として掲げられました。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、それに基づき、全18種目の男女混合種目が行われ、女性の参加率は過去最多の48.8%になっています。
順天堂大学女性スポーツ研究センターで、センター長として女性スポーツが抱える課題に取り組み、競技が行われる様子を目の当たりにしてきた小笠原悦子教授は「IOCが女性の参加を積極的に促したことは画期的でした。競技種目数を増やせない条件下において女性の参加を増やすには、混合種目を増やすしかなかったのですが、それにより男女両方の賛同を得られるという良い面もあったと思います。実際に観戦していて楽しかったですし、今回の試みは一定の功を奏したと考えています」と話しています。

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小笠原悦子先生

今回のオリンピックではアスリートたちが自らジェンダー平等に対して問いかけるアクションを起こしたことでも話題になりました。その1つが、ドイツ体操女子チームが、レオタードではなく全身を覆う「ユニタード」を身につけたことです。スウェーデンでプロ女子サッカー選手として活躍した経歴を持つスポーツ健康科学部の野口亜弥助教は「男性中心で進んできたスポーツ界では、女性の競技でも男性の視点が強く影響する状況が続いてきました。女子体操に関してもアスリートのパフォーマンスだけでなく、男性の視点で期待される女性像が求められてきました。それに伴うリスクに対して、アスリートが自ら声を上げることができたのは歴史的な出来事だと思います。徐々にスポーツ界におけるジェンダー規範が男性視点のものだけでなくなってきたことで、発信できる環境がようやく整ってきたのだと感じます」と話しています。
また、今大会では、女子重量挙げにトランスジェンダーとして初めて出場したローレル・ハバード選手も大きな関心を引きました。「これまでのスポーツはシスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と自認している性別が一致している人)しかいないという前提で作られてきました。その中で初めてトランスジェンダーの女性が自身の自認する性別カテゴリーでオリンピックに参加したことは、スポーツが多様性を受け入れていくうえで大きな前進だと捉えています。現在の基準が果たして公平なのか、多様なアスリートがスポーツに参加するためにどのようなルールを作っていくべきか、さらに議論を進めなくてはならないでしょう」(野口)

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ユニタードを身につけたドイツ体操女子チーム(写真:共同通信社)

女性スポーツが抱える現実

日本におけるオリンピック代表選手団の監督・コーチ全体に女性が占める割合は、過去のロンドン大会で12%、リオデジャネイロ大会では16%に留まっています。こうした日本のスポーツ界における女性コーチの少なさを課題として捉え、女性スポーツ研究センターでは小笠原教授を中心に取り組みを進めてきました。「日本では基本的に宗教的な制約がないこともあり、女性がスポーツをする機会に恵まれています。にもかかわらず、指導者となると極端に女性の数が少なくなる。そこには、他の職業と同様にスポーツ界においても女性の社会進出が阻まれてきた背景があります。一方で、東京大会を前に文部科学省やスポーツ庁もこの問題の解決に乗り出しました。女性スポーツ研究センターとしても『女性コーチアカデミー』(現在は「女性リーダー・コーチアカデミー」)を発足させ、科学的研究に基づいたコーチ教育やネットワークづくりなどを提供してキャリアサポートを行っています。変化が起きているのは実感していますが、同時にスポーツ界だけでなく社会全体が変わらなければ限界があることも感じています」(小笠原)
 また、野口助教は自らの経験を通して、指導者のみならず、女性がスポーツに参加する環境が整っていないことも男女格差が生まれる要因だと話しています。
「私は中学生の頃、地元に女子が参加できるサッカーチームがなく、遠方のチームの練習に、車で1時間かけて参加していました。学校のサッカー部に入部したいと伝えたのですが、女子は入れないと言われてしまって。しかし、アメリカに留学してプレーするようになり、日本との違いに驚かされました。日本の大学では男子が優先してフィールドを使用していましたが、アメリカでは男女公平にフィールドが割り当てられていました。監督やアシスタントコーチの数も給与も男女で同じです。そんな環境を目の当たりにして初めて、日本の女子スポーツの常識を疑っていいんだと思えました」(野口)

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野口亜弥先生

「女子では一般的に、高校生くらいで部活をやめてスポーツをやらなくなる割合がぐっと増えます。男子も同じ傾向が見られますが、女子の場合は成長による体の変化の影響もあり、その割合が大きくなっています。脂肪がついたり月経が始まったりして以前のようにプレーできなくなることもある。そうした時に、女性特有身体への理解が指導者にないと、スポーツをやめてしまう女子もいます」(小笠原)

多様性に対応したスポーツのあり方を考える

こうした状況を打破するため、女性スポーツ研究センターでは、女性が健全にスポーツに関われる環境づくりにも取り組んでいます。その1つが、スポーツ及び身体活動に関わるパーソナリティに合わせたスポーツへのアプローチの提案です。「高校生を対象に運動習慣や運動実施に対する意識も加味したパーソナリティを調査した結果、運動習慣や思考タイプによって、7つのパーソナリティに分類できることがわかりました。それぞれのパーソナリティに応じたアドバイスを提供することで、女性のスポーツ参加を促せる可能性があります。この調査は40~70代の中高齢の女性に対しても実施し、高校生とは異なるパーソナリティのタイプが存在することが明らかとなりました」(小笠原)。また、センターでは『PPE for female athletesPre-participation Physical Evaluation; 女性アスリートの運動参加前健康評価)』という女性アスリートのためのオンラインヘルスチェックツールも提供。女性アスリートはハイレベルなパフォーマンスを求めるあまり、頑張りすぎて健康を害してしまう傾向があるため、過去の病歴や障がい歴(メディカルヒストリー)と現在の健康状態を定期的にチェックし記録することで、健康に競技を続けられるようにサポートすることを目指しています。

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幅広い年代の女性がスポーツに参加するには、スポーツの枠組み自体を変化させる必要もあります。近年では、ジェンダーにも身体能力にもとらわれず、誰もが楽しめる“ゆるスポーツ”という新しいジャンルが日本で生まれており、小笠原教授も強い関心を寄せています。「ゆるスポーツは、既存のルールを大きく変えることで、年齢や性別、運動能力や障がいの有無に関係なく楽しめるようにアレンジしたスポーツです。競技スポーツにこだわらず、楽しみながら体を動かす。そういう考え方もこれからは必要になってくると思います。私自身、競技スポーツに身を置いていた時は、“遊びでスポーツをやるなんて”という考えにとらわれていました。しかし、競技であれレクリエーションであれ、体を動かすことの価値は同じです。遊びと競技に二極化するのではなく、ゆるスポーツのような形も取り込んでグラデーションを描けるようになれば、もっと多くの人がスポーツを楽しめるようになるのではないでしょうか」(小笠原)

まずは「疑問に思うこと」「声を上げること」

スポーツへの考え方を上の世代が変えていく一方で、若者にはスポーツに対して疑問に思ったことを、しっかり自分の意見として発信して欲しいと野口助教は話します。「嫌だと思うことを受け入れ続けるのではなく、今ある状況を批判的に見て、疑問を持ち、勇気を出して声を上げる。そういうことをどんどんやっていいんだと思って欲しいです」(野口)
 一方、小笠原教授は女性スポーツ研究センターの活動について、こう語っています。「女性の視点があったからこそ生まれた『女性リーダー・コーチアカデミー』や『PPE for female athletes』のように、社会で実際に使ってもらえる実践的なプログラムを、女性スポーツ研究センターでは積極的に提供していきたいと思っています。そのために重要となってくる国際的なネットワークがあることもセンターの強みです。これまでも海外のスポーツ連盟や研究団体と協力して、新たなプログラムを導入。常にブラッシュアップしてきました。『PPE for female athletes』もその1つです。大きなテーマだけでなく、ニッチな課題に取り組むことも重視しています。細かいところから変えていける可能性もありますから」
 社会の認識を変えるのは一朝一夕でできることではありませんが、多くの人にとって、今回のオリンピックは多様性を見つめ直す契機となったでしょう。今まさに変わりつつある世の中で、スポーツという身近なトピックスを通して多様性への理解が広がっていくことが期待されます。

このテーマについて学ぶ!

スポーツ健康科学部では、1年次の「スポーツマネジメント総論」の授業(小笠原悦子先生)で、スポーツとダイバーシティについて学び、ジェンダー平等についても理解を深めていきます。
また、3年次には、ジェンダー・セクシュアリティを取り巻くスポーツの現状と課題などについて、「スポーツ文化論」の授業(野口亜弥先生)の中で学ぶことができます。

Profile

小笠原 悦子 OGASAWARA Etsuko
女性スポーツ研究センター長
順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 教授
オハイオ州立大学にてスポーツマネジメントでPh.D.(学術博士)を取得。スポーツに関わる女性を支援するNPO法人ジュース(JWS)理事長。博士課程入学以前は、中京大学および鹿屋体育大学で水泳コーチとして活躍。1988年ソウルオリンピック大会では、競泳日本代表のシャペロンとしてコーチングスタッフに加わる。

野口 亜弥 NOGUCHI Aya
スポーツ健康科学部助教
女性スポーツ研究センター研究員
専門は「スポーツと開発」と「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」。スウェーデンでのプロ女子サッカー選手の経験を経て、スポーツ庁国際課に勤務し、国際協力及び女性スポーツを担当した。

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