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2025.04.03
脳領域ごとの容積を高精度に解析する技術を開発 ~学生の研究力向上にも尽力~

人の脳は細かく区分けされた領域ごとに機能があり、領域の大きさは機能や病気とも関連しているといわれています。例えば、アルツハイマー型認知症では、特定の脳領域が萎縮することが知られています。そのような脳の病気や機能を評価するため、MRI画像から脳容積を解析するソフトウエアが開発されていますが、従来のものは解析精度や汎用性が十分とはいえません。保健医療学部診療放射線学科教授の後藤政実先生は、より高精度かつ簡便に解析する技術の研究開発に取り組んでいます。現在は教育活動も重視しており、2020年度、2024年度には順天堂大学において教育実践に顕著な成果をあげた教員に対して贈られる保健医療学部ベストチューター賞を受賞した後藤先生に、順天堂大学での研究や教育について伺いました。
MRI検査画像から脳領域ごとの大きさを測定
――後藤先生の主な研究分野について教えてください。
私が行っている研究は、画像検査の1つであるMRI(磁気共鳴画像)検査で撮影した画像を用いて、脳の領域ごとの大きさ(容積)を測定する技術の開発です。容積解析に人工知能(AI)を利用することで、従来の手法よりも高精度かつ簡便にすることを目的としています。
――脳の領域はどのような場合に小さくなったり大きくなったりするのですか。
脳の機能と容積に関連があるということは、かなり以前から明らかになっています。さまざまな脳の病気で脳の萎縮がみられますが、代表的なものとしてはアルツハイマー型認知症があります。また、加齢によって脳が萎縮するほか、大量のアルコールを摂取することでも脳が萎縮することがわかっています。逆に、成長によって脳は大きくなるのですが、大道芸人がトレーニングを積むことで脳内の特定の領域が大きくなったという報告もあります。今はカーナビがあるのでそんなことはないかもしれませんが、カーナビが普及する前の研究では、一般の人とタクシー運転手を比べたところ、タクシー運転手のほうが空間的な記憶を司る脳の部分が大きかったというユニークな研究もあります。
――脳の領域ごとの容積を計測することで、どんなことがわかるのでしょうか。
アルツハイマー型認知症では脳の特定の部位の萎縮が見られますので、MRI画像からその部分が萎縮しているかどうかを調べることで病気の診断に役立てることができます。近年はアルツハイマー型認知症治療薬が複数開発されていますので、そういった薬の効果を調べるときにも役立つのではないかと思います。ただ、脳の領域ごとの容積を高精度に計測するために用いられるコンピュータ解析では、解析結果に与える要因(解析される画像の質や解析手法など)を上手くコントロールする必要があるのが現状です。

AIを使って高精度で簡便に測定する手法を開発
――脳容積を計測する研究について教えてください。
MRIは、エックス線撮影(レントゲン撮影)やCTのように放射線被ばくのリスクがなく、病気の経過観察や治療効果判定の際に、身体への負担も少なく繰り返し撮影できるというメリットがあります。そのため脳MRIを解析して脳容積を評価する手法が注目されているのですが、一方で、撮影するMRI装置や撮影条件によって画像の質が変化するため、解析結果の正確性も低下させてしまいます。私は長年にわたってそのような影響を解消するための研究を進めてきました。これまでの研究によって画質の変化による影響を軽減できましたが、まだ完璧ではありません。最新の研究では、近年普及している人工知能(AI)技術を用いることでこれらの欠点を補い、さらに解析時間を短縮するような解析ソフト開発を目指しています。このソフトは、脳領域ごとの容積を数値として示すことが可能です。この数値は、健康な人と患者さんとを比較したり、患者さんの経過を観察したりすることに役立つため、医師が病気の診断をするときの判断材料として使うことが可能です。

――この研究はどのように発展してきたのでしょうか。
この研究は「VSRAD(脳萎縮評価支援システム)」というソフトウエアを臨床現場で活用するために始めました。当時、私は診療放射線技師として大学病院で勤務しており、このソフトの正確性や最適なMRI撮影方法などを検証する必要があったのです。そのときの研究成果は、2006年に日本放射線技術学会雑誌に『早期アルツハイマー型痴呆診断支援システム(VSRAD)における撮像方法の検討』という論文(当時は、現在では使用されていない‘痴呆’という表現が一般的に使用されていました)として掲載されました。この研究をきっかけに、統計解析ソフトStatistical Parametric Mapping(SPM)を用いて脳MRI解析を行うことによる脳容積評価に関する研究を約20年にわたって実施してきました。現在は、富士フイルム株式会社との共同研究により、AIを用いた新たな脳容積評価ソフトウエアを開発しています。最新の研究成果では、脳区域を最大107区域まで抽出することができます。
――AIを使うことで何が可能になるのですか。
先述したとおり、MRIは撮影する装置や撮影条件によって画質が変わってしまうという大きな問題があります。そこで、AIに複数の装置で撮影した画質の異なる画像を含む大量の画像データを学習させて、正確に領域を測定できるようにします。学習済みのAIは、画質に違いがあっても正確に指定された領域を把握して、瞬時に正しい結果を出してくれます。
AI技術を取り入れた解析ソフトの解析時間は、従来法に比べて大幅に短縮されており、15分程度かかっていたものを1分程度まで短くできます。これにより汎用性が飛躍的に向上し、より多くの施設で、より多くの患者さんに対して適用できます。また、容積変化が視覚的に把握しやすくなるので、患者さんへ病態説明する際の分かりやすい資料としても利用価値が高いと思われます。このような患者さん個々へのメリットに加えて、脳容積変化に関するビックデータを得られるメリットが生まれます。ビックデータから得られる新たな知見が、今後の医療進歩に貢献できると期待しています。

診療放射線技師としての経験を活かした教育
――診療放射線技師の仕事で、やりがいを感じていたのはどのような点ですか。
病院で働く診療放射線技師の仕事としては、一般撮影(レントゲン撮影)やCT、MRIなどの装置を使った画像検査業務もあれば、放射線照射装置を使ったがん治療業務もあります。治療業務の場合は定期的に患者さんと向き合うことになりますが、画像検査業務ではその検査のみで向き合うというケースもあり、そこに必要とされるコミュニケーションスキルには異なる点があったりします。
私は主に画像検査業務に従事してきました。画像検査業務の場合は、装置の違いによる画像の違いがあることを理解しつつ、誰でも高いレベルで同じような画像が撮影できるようにするための“環境づくり”に注力してきましたし、そこにやりがいを感じていました。撮影のボタンを押すだけで高い質の画像が得られれば、だれがボタンを押しても質の良い検査結果が得られます(資格のある人しかこのボタンは押せません)。このボタンを押したときに、装置がどのような動作をするかは診療放射線技師の設定によります。この設定を最適なものにすることが、“環境づくり”の一つです。
放射線科医や各診療科の医師と共に検査業務に従事することで、病気ごとに適した撮影方法を学んだり、病気の進行などに関する知識を学んだりしてきました。このような努力が画像検査の質向上に結び付くのも大きなやりがいでした。
――順天堂大学ではどのようなことを意識して学生の指導にあたっていますか。
順天堂大学は、理念の『不断前進』に基づいて、非常に活発な教育や研究が実践されていることが一番の魅力だと感じています。特に教育については、1学年120人と他大学に比べてかなり大人数ではありますが、全ての学生に対して丁寧に指導するよう意識しています。診療放射線技師を目指してこの学科を選んだとしても、仕事内容をきちんと把握せずに入学してくる学生も少なくないので、この仕事の魅力を伝えつつ、学習するモチベーションが向上するような講義を心がけています。

――学生たちにはどのような姿勢で学んでほしいですか。
診療放射線技師という医療職に就くことの責任を自覚して学生生活を送れるようになると、講義などへの興味が深まり、充実した4年間を過ごせるはずです。それがなかなか難しい場合は、講義などを聴くなかで気づいた「どうしてそうなるの?」という疑問を大切にして、その疑問を解決したときの達成感を繰り返し感じて成長してほしいと思っています。そのためにも、教員や友人との交流も大切にしてほしいです。
教員は学生を指導することが主な仕事です。学生の多くは、「先生方は忙しそうだから」と遠慮しがちですが、もっと教員への質問を利用して効率的に学ぶことを勧めます。私を含む多くの教員は、学生の質問に対して指導し、学生の理解が深まることが、大きなやりがいの一つですから。そして、一番大切にしてほしい姿勢は、『自身を大切にして、他の人を大切にしたいと思う』姿勢です。大切にできたら、その都度、しっかり自分を褒めてあげてください。
“論文が書ける診療放射線技師”のための教育に注力
――これからやってみたい研究や目標はありますか。
基本的に、今やっていることを一生懸命取り組むというスタンスなので、あまり先のことは考えないようにしています。そうして今やるべきことに注力している中での出会いや気づきなどが研究のきっかけになることが多いです。
今注力していることとしては、本学のaif(AIインキュベーションファーム)研究費助成のもと、医用画像情報サービスを展開するVisionary Imaging Servicesと共同で、AI教育ツールを開発しています。大規模言語モデルAI(AIチャットなど)や画像生成系AIなどが急速に普及していますが、医用画像においても同様にAI技術が応用され始めています。一方、この急速な普及に対して教育が追い付いていない現状があるため、診療放射線画像領域におけるAI教育ツールの開発が必要になっています。このツール利用を通して、医用画像に興味を持った学生が講義の外でも学習できる環境を整えたいと思っています。

――今後のキャリアについての夢や理想があれば教えてください。
2023年4月に開設された順天堂大学大学院保健医療学研究科は、2025年3月に初めての修士課程修了生を輩出し、4月には博士後期課程が開始しました。
診療放射線技師の世界では、学会発表の数に対して、論文の数が少ないと感じています。その理由としては、臨床業務の時間が長く論文作成に使える時間が少ないこと、論文の書き方を指導してもらう機会が少ないこと、論文作成が業務評価につながらない施設も多いことなどが考えられます。その点、私は東京大学医学部付属病院に勤務していた頃に、論文を書いて添削してもらえる機会に恵まれ、研究を一部サポートしてくれる環境も整えられていたため、論文を書く上で知っておくべき大切なことを多く学ぶことができました。
本学の学生たちにも論文を書く経験をしてほしいと思い、4年生の卒業研究に論文執筆を組み込んでいます。そのような経験が大学院での研究活動にもつながりますし、社会人になってからの研究や学びに役立つはずですから、これまで以上に力を注いでいきたいと思っています。