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2022.10.19
ブラインドマラソンの伴走から広がるスポーツのノーマライゼーション
視覚に障がいのあるランナーと伴走者が、"絆"と呼ばれるガイドロープを手にしてつながり、42.195kmを走破するブラインドマラソン。順天堂大学はこれまで30年にわたり伴走者の育成や派遣を行っており、「かすみがうらマラソン兼国際ブラインドマラソン」では、競技会の運営サポートにも取り組んできました。順天堂大学とブラインドマラソンのこれまでの歩み、伴走や競技会運営に学生が携わる意義やノーマライゼーションの実践について、スポーツ健康科学部准教授で陸上競技部監督代行兼長距離コーチを務める仲村明先生と、大学院スポーツ健康科学研究科博士前期課程1年の蔭山和敬さんに話を聞きました。
ブラインドマラソンを通したノーマライゼーションの実践
2022年4月、コロナ禍により2大会連続で中止されていた「かすみがうらマラソン兼国際ブラインドマラソン」が、3年ぶりに開催されました。1991年に第1回が開催され、30年以上の歴史を持つこの競技会(ブラインドマラソンの開催は第5回より)と順天堂大学の関わりについて、仲村明先生はこのように振り返ります。
「この大会への協力は、1990年代に陸上競技部で監督を務めていた澤木啓祐先生(現:大学院スポーツ健康科学研究科特任教授)が始めました。私は、コーチに就任した1998年頃には澤木先生の学外コーチというサポート的な立場でしたが、やがて修士を終え、大学の教員としての立場になってからブラインドマラソンに関しても任されるようになりました」
かすみがうら国際ブラインドマラソンの主催者である日本ブラインドマラソン協会(JBMA)は、1980年代よりブラインドマラソンの普及に努めながらノーマライゼーションの実践を進めてきました。ノーマライゼーションとは、障がい者を特別視するのではなく、社会のあり方を変えていくことで誰もが同じように暮らせる社会を目指すという理念。順天堂大学ではこれまで30年以上にわたり、JBMAへの協力を通してスポーツ分野におけるノーマライゼーションの実践に一役買ってきました。
現在、仲村先生はゼミ生を対象に伴走者の育成に取り組むほか、かすみがうら国際ブラインドマラソン以外にも、JBMA主催の競技会や強化合宿に伴走ボランティアを派遣するなど、ブラインドマラソンの大会運営や競技力向上に関わるさまざまな取り組みを行っています。
ブラインドランナーと共に走るうえで重要な“声かけ”
ブラインドマラソンの伴走者は、コースのカーブやアップダウンの加減、路面のコンディションや交通量など、目の不自由なランナーが必要とする情報を的確な言葉にして伝える必要があります。この声かけを間違えれば、転倒などの危険につながるうえ、試合結果にも大きな影響を及ぼしかねません。走力はもちろんのこと、状況判断、気配りやコミュニケーションなど多様で複合的な能力が求められます。
「ゼミの授業ではまずランナー役の学生が目隠しをして、伴走役の学生と2人1組で実際に走ってみるところから始めます。視覚に頼らず走ることを体験することで、ブラインドランナーが直面する不安を理解することが大切です。そのうえで、安心して走れるような声かけの訓練を積み、合宿や競技会に参加しています。また、合宿参加の際は、JBMAの講習を受講することもできます」(仲村先生)。
昨年まで陸上競技部で活躍し、現在はJBMA主催の強化合宿で伴走者を務めている大学院スポーツ健康科学研究科博士前期課程1年の蔭山和敬さんも「ランナーへの“声かけ”はとても大切」だと言います。
「“伴走”と一言で言っても、走るうえでランナーが必要としている声かけは、実は様々です。そのため、伴走するランナーの希望に合わせられるよう、どのような声かけをすれば走りやすいか事前に確認するようにしています。例えば、曲がり角や勾配など重要なポイントに入る時にも少し前から『あと50メートルほどで左』などと具体的に伝えたり、曲がる瞬間には『3・2・1』とカウントすることもあります。ランナーのモチベーションを落とさないように、ポジティブな言葉を使うといったことも心がけています」(蔭山さん)。
順大ランナーが伴走に取り組む意義とは
ブラインドマラソンの普及に伴い、近年では男子選手が2時間20分に迫る記録を出すなど極めてレベルの高いレースが繰り広げられるようになりました。一方でブラインドランナーが伴走者を走力で上回り、不本意な結果に終わるというケースもしばしば起きています。
そうした状況を踏まえ、常日頃からトレーニングを重ねている、能力の高い学生が伴走者を務めることには大きな意義があると仲村先生は考えています。「かすみがうらマラソンでは、伴走者はレースの前半と後半で交代します。これであれば、ほとんどの順大の選手がトップランナーのペースにあわせて支障なく走れる距離です」
2022年6月には、スポーツ健康科学部の学生で駅伝の主力メンバーである伊豫田達弥選手、平駿介選手、野村優作選手もJBMAの強化合宿に参加しました。
「ランナーのみなさんには、とても喜んでいただけました。伊豫田、平、野村の3選手は、今年の箱根駅伝を走った選手です。このような選手が伴走につく機会はなかなか無いため、モチベーションの向上にもつながったと言っていただきました。また学生たちにとっても、ブラインドマラソンの伴走はふだんの競技活動では得られない体験です。ブラインドランナーの競技に向き合う姿に刺激を受けて、成長を遂げる貴重な機会にもなっています」(仲村先生)。
伴走者はランナーと共に戦う仲間
実際にブラインドマラソンの伴走を体験したことで、自身の競技への取り組み方を改めて見つめ直す学生も多いと言います。また、これまで伴走を経験してきた蔭山さんも、新たな目標ができたと話します。
「ブラインドマラソンの伴走者には以前から関心を持っていたのですが、仲村先生から『蔭山ならこの分野で輝ける』と背中を押していただいたこともあり、大学4年生の時に始めました。まだ伴走者歴は浅いのですが、経験する度に魅力ややりがいを感じています。いずれは競技会を任せていただける伴走者になりたいです」(蔭山さん)。
蔭山さんはすでに陸上競技部を引退しているため、自分で綿密なスケジュールを立てたうえで、毎日のトレーニングに励み、次の伴走の機会に備えています。「合宿で伴走していると、ランナーの方から改善点を指摘していただくこともあり、とても勉強になっています。自分の伴走をほめていただけると嬉しいですし、もっとできるようになりたいと感じます。なによりランナーと共に戦う仲間として喜びや悔しさなど多くの感情を分かち合いながら走れることが、伴走者の最大の魅力です」
大会ボランティアは広い視野を養うチャンス
かすみがうらマラソン兼国際ブラインドマラソンには、伴走者だけでなく大会運営に関わる学生ボランティアも派遣されています。ボランティアの種類は、負傷や体調不良を起こした選手がいないか見回るレースパトロール、ドーピングテスト対象選手に付き添うシャペロン、競技会の質を向上させるため大会の実施状況を調査する係員など多岐にわたります。
競技者である学生があえて競技会を支える側にまわる意義については、さまざまなボランティアを通して、選手以外の多様な視点を獲得できることにあると仲村先生は考えています。「引退後には、学校などでアスリートではない一般の学生の指導にあたるといったケースも少なくありません。その時、競技者以外の視点からスポーツを楽しめる環境を作り、スポーツがもたらす喜びを伝えられる力は大きな武器になるはずです」
かつて駅伝監督を務めたこともある仲村先生は、「勝利にこだわるあまり、走ることの魅力さえ見失っていた」と当時を振り返り、次のように話します。
「駅伝監督を退いた後、プレッシャーから解放されたこともありますが、そのころの自分に出来ることを考えた際、走らせるだけではなく、自身で走ることにチャレンジしました。すると、走ることがまた楽しくなり、この気持ちが何より大切なんだと改めて実感しました。将来、スポーツと関わっていくことになる学生たちには、ブラインドマラソンの伴走といったボランティア体験から広い視野でスポーツを捉えるマインドを養ってほしい。それをきっかけに大好きな競技もより楽しめるようになってくれればと願っています」