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2021.03.03

iPS技術を活用した免疫T細胞療法において、産学連携の国際共同研究がスタート!

2021年1月、順天堂大学は米国Century Therapeutics社(以下、Century社)と、難治性の悪性リンパ腫に対する他家免疫T細胞を開発するための国際共同研究をスタートさせました。研究グループを率いる医学部血液学講座の安藤美樹准教授が、研究の意義と共同研究に至る経緯、研究への想いを語ります。

短期間で死に至る鼻NK細胞リンパ腫

難治性の悪性リンパ腫の中でも、EB(エプスタイン・バール)ウイルスへの感染をきっかけに発症するEBウイルス関連リンパ腫は予後が悪く、アジアに多いリンパ腫です。EBウイルス自体はアジア人なら89割の成人が気づかない間に感染しているもので、感染時はカゼのような症状がでる程度ですが、終生体内に潜伏し続け、一部の方にがんを発症させます。

私が順天堂の血液内科に入局した2000年に、最初に携わった研究対象がEBウイルス感染によって起きる鼻のNK細胞リンパ腫でした。とても進行が早くて、どんどん患者さんの具合が悪くなり、短い期間でリンパ腫が全身の臓器に急速に広がってお亡くなりになる。私たち研究チームがこの病に効く薬がないか探したところ、ひとつだけ白血病でよく使用する抗がん剤L-アスパラギナーゼが効果的だと判明。その後、日本臨床腫瘍研究グループの臨床研究を経て、L-アスパラギナーゼを含む抗がん剤がこの種のリンパ腫の世界的標準治療薬となりました。この薬は10%程度だった1年後生存率を約50%まで引き上げましたが、それでも効かない患者さんや再発される患者さんがいます。そうした方々に効くお薬を開発するためにも、もっとリンパ腫治療の研究を続けたい。そんな想いから、EBウイルス関連リンパ腫の研究に取り組んでいます。

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米国留学、東大医科学研究所を経てiPS細胞由来のキラーT細胞の有効性を証明

2011年、米国ベイラー医科大学に留学した私は、遺伝子細胞療法の大家と呼ばれるマルコム・K・ブレンナー先生のラボに所属。肺がんをターゲットにした自殺遺伝子iCaspase9による細胞死誘導システムの研究に取り組みました。ラボでは他にも最先端の様々な免疫T細胞療法の研究が行われていました。免疫T細胞療法とは、患者さんの末梢血から取り出したキラーT細胞を体外で増幅し、再び患者さんの体内に戻して腫瘍を攻撃させるもので、重症ウイルス感染症やがんに有効だといわれていました。実際、臨床試験も行われており、その効果を私も間近で実感していました。

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米国ベイラー医科大学に留学(マルコム・K・ブレンナー先生とラボの同僚と)

2013年に帰国して東京大学医科学研究所の中内啓光教授のラボへ。そこではiPS細胞を使ってT細胞を若返らせる技術を開発されたばかりで、これが重症ウイルス感染症やがんにどのように効くのか、実際にどのように臨床応用するのかはまだ未知数でした。そこで私も研究チームに加わらせていただき、EBウイルスの腫瘍モデルを作成し、iPS細胞由来のキラーT細胞がどのように悪性腫瘍に効くのか、証明していきました。結果的に、iPS細胞由来のキラーT細胞はとても元気がよく、増殖も強くて、もともとのキラーT細胞よりも効果的だと判明しました。そこで本格的に臨床応用するため順天堂大学に戻り、患者さんの同意に基づいて検体をいただき、目指すキラーT細胞が作れるかどうか研究を続けました。

※免疫細胞であるTリンパ球の中でも、ウイルス抗原や腫瘍抗原を認識し、異常な細胞を攻撃するリンパ球。

健康なドナーの細胞を活用し、元気で安全なキラーT細胞を大量生産したい

そもそも患者さん由来の細胞を使ったT細胞は、ご本人の細胞を使っているわけですから拒絶反応を起こしにくいメリットがあります。その一方で、すでに抗がん剤治療や放射線治療を受けておられる患者さんが多いので、細胞の増殖力が弱かったり、効き目が弱かったりします。さらに、患者さんから細胞を取り出してT細胞を作るのに5か月程度かかるため、その間に患者さんが重症化してしまうという課題がありました。

この課題を解決するのが、他人の細胞を利用する他家免疫T細胞です。健康なドナーの方から採血し、そこから作ったキラーT細胞をiPS細胞にするのですが、患者さんにしてみれば他人由来の細胞です。拒絶反応を抑えながら、いろいろな人に投与するにはゲノム編集し、できる限り多くの人が使えるキラーT細胞に作り変えなくてはなりません。このように12人ではなく、多くの方々に使っていただける安全で確かな抗腫瘍効果のある細胞を作ること、それが今の私たちの目標です。

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技術的に難しいキラーT細胞のiPS細胞化。順天堂の技術力を評価され、国際共同研究へ

今般、共同研究のパートナーとなったCentury社には、T細胞療法の臨床開発に携わってこられたプロのサイエンティストも在籍されていて、研究者目線に立ち、よりよいT細胞療法を開発しようという想いが私たちと一致する企業です。同社とのやりとりでは「"オフ・ザ・シェルフ"セル・セラピー」という言葉がよく使われるのですが、これは日本語に直訳すると「欠品がない」という意味。「いつでも、どこでも、充分量の治療用細胞が手に入る」状態を指しています。一人ひとりの患者さん由来の細胞からキラーT細胞を作っていると、前述のように時間がかかりますし、コストも膨大なものになります。一方で、ひとつのiPS細胞からゲノム編集したものをあらかじめ保存して、そこからキラーT細胞を作製すれば、多くの方にお待たせすることなく投与できます。

Century社も創立時より「"オフ・ザ・シェルフ"セル・セラピー」を目指しており、「順天堂の細胞は技術的に質が高い」と評価していただきました。他家免疫T細胞の開発にはさまざまな工程を経なくてはなりませんが、特に技術的に難しいのは最初のキラーT細胞クローンを作ってiPS細胞にするところまで。これを私たちのグループが得意としていることも、共同研究につながった理由のひとつだと思います。

ちなみに、順天堂の技術が高いのは、多くの患者さんがドナーとして協力してくださった結果です。患者のみなさんが快く採血に応じてくださり、そこから患者さん由来のT細胞を誘導してiPS細胞にすることを懸命に繰り返しているうちに、いつのまにか私たちの技術が磨かれたと感じています。

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患者さんからヒントをいただいて研究のアイデアへ

私は最初から基礎研究医ではなく、もともと血液内科医として臨床で患者さんと接していました。病に苦しむ患者さんを診るうちに、「なぜ、この病気には治療法がないのだろう」「他になにかいい治療法がないだろうか」と考えるようになり、そこからいろいろ調べてアイデアに結びつけることが多くなりました。すでにあるもので満足せず、「新しいことをやってみたい」という気持ちが強いのだと思います。

最初の研究で意外な薬が難治性の鼻NK細胞リンパ腫に効くと発見したときの興奮は、今でも忘れられません。アイデアを思いついて実現したときの楽しさ。創造の楽しさ。ものづくりの楽しさ。それが研究の喜びだと思います。

とりわけ患者さんからいただくヒントは本当に大きく、「治療に結びつくかもしれない」と考えながら研究することがとても好きです。これも患者さんを診ながら研究ができる、順天堂のトランスレーショナルリサーチの環境があってのことです。

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いろいろなことに挑戦し、楽しむこと。若い頃の経験が必ず活きる!

これから研究職や臨床医を目指される方には、若い頃にいろいろなことに挑戦し、何事も楽しまれることをお勧めします。私は出産・子育てのブランクの後、研究に復帰しましたが、患者さんを懸命に診察したり、遅くまで実験して論文を書いた経験が今になって役立っています。当時は「将来、役に立つかも」と思っていたわけではありませんが、結果的に自分の中に引き出しが増え、巡り巡って役に立つものだと思います。

また、研究も臨床と同じでチーム体制で動くため、人とのつながりがとても大切です。私の研究チームもかなり人数が増えてきましたが、チームワークを大切にしています。今まで女性医師としてライフイベントを経験し、たくさんの苦労をしてきましたが、数えきれないほどの多くの方々のサポートあってこそ仕事を進められていることを、いつも心にとめています。

共同研究では、まず2年以内にゲノム編集したiPS細胞由来のキラーT細胞を作ることが目標です。患者さんのために使える治療にしていく研究が「いよいよ始まる!」という気持ちです。

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2019年、マルコム・K・ブレンナー先生が、日本血液学会に招待され、来日(ブレンナー先生とラボメンバー)
<関連リンク>
 【Press Release】国際的な産学連携で他家T細胞療法の実用化を目指す共同研究を開始
  URL:https://www.juntendo.ac.jp/news/20210224-01.html

安藤 美樹(あんどう・みき)
順天堂大学医学部内科学教室・血液学講座 准教授


順天堂大学血液内科入局後、進行期NK細胞リンパ腫に対する新規治療法の開発をテーマに基礎研究を開始。2005年医学博士取得。2011年より米国ベイラー医科大学でMalcolm K. Brenner教授の博士研究員となり、自殺遺伝子iCaspase9(iC9)によるアポトーシス誘導システムを応用したがん治療の開発に携わる。帰国後は東京大学医科学研究所中内啓光教授のもと、iPS細胞由来CTL療法におけるiC9安全システムを構築。2015年4月より日本学術振興会特別研究員(RPD)、2016年4月より順天堂大学輸血・幹細胞制御学准教授。EBウイルス関連リンパ腫に対する、iPS細胞由来若返りCTL療法の前臨床試験を開始。2017年4月より東京大学医科学研究所幹細胞治療部門非常勤講師併任。2017年12月より順天堂大学医学部血液学講座准教授として実臨床を目指した研究を継続。2018年10月にはAMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム技術開発個別課題に“子宮頸がんに対するiPS細胞由来ユニバーサルCTL療法の開発”が採択。ゲノム編集により多くのがん患者に迅速に使用できる画期的な新規治療開発を行い、臨床研究を目指している。

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