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2020.03.17
「スポーツ×医学」で研究にアプローチ 世界最大級の体格体力データベースを擁する スポーツ健康医科学研究所
順天堂大学さくらキャンパス(千葉県印西市)にあるスポーツ健康医科学研究所は、"健康とスポーツの関わり"について「スポーツ科学」と「医学」の両面からアプローチして研究を行う、とてもユニークな研究所です。2018年より同研究所の所長を務め、スポーツ医科学研究の活性化を目指す内藤久士 大学院スポーツ健康科学研究科長が、世界でも類を見ない50年間の累積データを活用したプロジェクト「体格体力累加測定研究:J-Fit + Study」をはじめ、同研究所で行われる研究の魅力と今後の展望について語ります。
トップレベルの医学部とスポーツ系学部を持つ順天堂には スポーツマインドあふれる医師が多数在籍
スポーツ健康医科学研究所は、文部科学省の「ハイテク・リサーチ・センター整備事業」の対象研究組織として選定され、2005年にさくらキャンパスに開設されました。世の中に医学系やスポーツ系の研究所はそれぞれ数多く存在しますが、当研究所は「スポーツ科学」と「医学」の両方の視点から研究を行えるという点で、独自の特徴を持つ研究所と言えます。
実は全国的に見ても、本学のように医学部とスポーツ系学部の両方を併せ持つ大学は非常に限られています。その中で、医学部、スポーツ系学部ともにトップレベルにある本学が持つ強みは大きいと言えるでしょう。また、スポーツに造詣が深い医学系の教員が多いことも、本学ならではの特徴です。もともとスポーツに本格的に取り組んだ経験を持つ教員が多いこともありますが、これは医学部とスポーツ健康科学部の学生が入学後1年間、さくらキャンパスにある啓心寮で共同生活を送るという“伝統”によって培われたものでもあります。スポーツ健康科学部の学生の中には、オリンピックを目指すようなトップアスリートも在籍しており、アスリートのライフスタイルを間近で見ることは未来の医師にとって大きな経験値です。
実際、スポーツ健康科学部には運動器系、循環器系、精神科学系など4名の医師の資格をもった教員が在籍し、当研究所の活動にも関わっています。スポーツドクターとして活躍するなど、いずれもスポーツマインドにあふれる方ばかり。このことも当研究所の強みとなっています。
世界でも類を見ない50年間の累積データ「体格体力累加測定研究:J-Fit + Study」
さらに当研究所を語る時に外せないものが、50年分の体格・体力測定データを活用した研究プロジェクト「体格体力累加測定研究:J-Fit + Study」でしょう。1969年以来、順天堂大学ではスポーツ健康科学部の全学生を対象に年1回、身長・体重・胸囲などの体格に関するデータ(形態データ)と、握力・垂直跳び・反復横跳びなどの体力データを測定・蓄積しています。これまでに蓄積されたデータはおよそ1万人分。当研究所を設立をした後、その蓄積データをデータベース化し、研究に活用できる体制を整えました。本プロジェクトは、世界的にも類を見ない大規模なものであり、現在も毎年データが積み重ねられています。なかでも、測定の対象となる学生の中にトップアスリートが含まれることや、その競技種目が多岐にわたることは、本プロジェクトの大きな強みです。
データ収集開始からすでに50年という長い時間が経過しているため、本プロジェクトを通してスポーツ系学生の体力要素の経年変化や、一般的な同年代との比較なども見て取ることができます。また、卒業生を対象に追跡調査も実施してきました。これまで遺伝子サンプル採取やアンケート調査などを希望する学生や卒業生に行っており、疾患も含めた健康状態や、ライフスタイルに関する情報も多く保有しています。そのため、学生時代の体格や体力と、その後の様々な疾病や病態との関連を調べる研究も進められています。
世界的にも例を見ない大規模な累積データと、トップアスリートを含むコホート(共通因子を持つ集団)。国内外の研究者の方々には、ぜひ当研究所との共同研究で、この貴重な研究素材を活用していただきたいと思っています。
関連リンク
体格体力累加測定研究:J-Fit + Study:https://www.juntendo.ac.jp/jfit/ja/
「体格体力累加測定」を実施しました:https://www.juntendo.ac.jp/sports/news/20181030-04.html
スポーツ×医学の研究に 社会学的アプローチを加えて迫る
当研究所は、大学院スポーツ健康科学研究科の研究組織という位置づけですが、質量分析装置やMRI装置、骨密度測定装置など、スポーツ系施設としては珍しく、医学的な研究においても活用されるような設備が各種備わっており、研究環境としてとても充実しています。また、研究を進めるにあたって、スポーツ健康科学や医学の視点だけでなく、社会学的なアプローチを加えられることも、大きな特徴と言えるでしょう。
2011年には、文部科学省の戦略的研究基盤形成支援事業として「子どもの健康づくりのためのスポーツ医科学拠点の形成」が採択されましたが、この時は、「幼少時の運動習慣は、中高齢になってからの生活習慣病の増加や自立力の低下などに関連があるか?」という社会的関心を受けて、運動とスポーツによる子どもたちの健康づくりの方法論について研究しました。その際、「J-Fit + Study」のデータから「スポーツをしていた卒業生のその後の健康状態」を解析。これにより医科学的な観点からも“スポーツの価値”が明らかになり、学校体育など教育現場に活かすことにつながっています。
一方で、医科学的に運動のメリットがわかっても、「人々が運動をしたがらない」のであれば社会学的なアプローチが必要です。こうした課題を心身両面から調べていくことができるのは、当研究所ならではの特徴だと思っています。
スポーツ健康科学研究のアジアにおける拠点を目指して
前述のプロジェクトで取り上げたテーマは、実は日本だけでなく世界共通の問題です。そこで、身体活動による健康づくりに特に関心が高いアジア近隣8カ国の研究者らと「Asia-Fit study」プロジェクトを展開。2015年11月には、中国、韓国、シンガポール、台湾、タイなどアジア諸国から研究者を招いて国際シンポジウムを開催し、各国の研究者たちと活発な意見交換が行われました。
また、毎年10月の体育の日(2020年より「スポーツの日」に名称変更)に合わせてスポーツ庁から発表される「体力・運動能力調査」をご存じの方も多いでしょう。私は長年、この調査のデータ解析などに協力していますが、国民の体力・運動能力の低下は明らかです。アジア諸国でも同様の現象が認められてており、今やアジア全体の問題となっています。その背景には、運動や食事などの生活習慣に代表されるライフスタイルの急激な変化、例えば運動不足や座りがちなライフスタイル、またエネルギーの過剰な摂取などがあげられます。その結果として肥満や糖尿病患者の増加などの問題が指摘されていますが、これらの課題の解決に「スポーツ科学」と「医学」の両面からアプローチできる本学の果たす役割は非常に大きなものであると思っています。ちなみに本学部の学生のデータを見ても、体格が向上し、トレーニング方法が進化しているにもかかわらず、握力などの平均値の低下が顕著です。そこにどのような原因があるのか――研究に値するテーマが山積しています。
ロコモ予防など地域への健康教育活動も実施
当研究所では、ロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)の予防活動にも力を入れており、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)センターオブイノベーション(COI)プログラムとともに、ロコモ度測定や運動教室などをさくらキャンパスや、成田市、富里市、印西市、佐倉市などの近隣自治体で開催しています。
こうした運動教室は当研究所の研究活動の一環であると同時に、研究成果を社会に還元する場でもあります。例えば、このような地域の高齢者に対する健康教育活動として運動・健康教室を継続して実施してきた結果、参加者の中から「健康リーダー」を育成できるようになり、認定制度も整備しました。実際にロコモ予備軍だった方の中からロコモ予防を担う「健康リーダー」が誕生し、高齢者の生きがいづくりにもつながっています。現在、この活動を組織的に継続するため、社団法人化も検討しているところです。
このように当研究所の活動は多岐にわたります。これらの活動を教員はもちろん、大学院生や博士研究員など、多様なメンバーが支えています。目標はあくまでもスポーツ健康科学全体の研究の活性化。この充実した組織と環境を活かして、さらなる研究を進めていきたいと思っています。
スポーツ健康医科学研究所ホームページをリニューアル!
スポーツ健康医科学研究所のホームページを3月17日にリニューアルしました。
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