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2023.04.10
お茶の水から世界のデジタルヘルスをけん引するために。産学官民の共創が鍵を握る次世代医療のエコシステム構築
超高齢社会に突入してから、国民の社会保険の費用増や医療従事者の慢性的不足など、問題が山積する現代日本。医療の明るい未来を拓くために今求められているのが、人工知能(AI)やIoT、ビッグデータ解析など最新のデジタル技術を活用して、医療やヘルスケアの効果を向上させる「デジタルヘルス」です。順天堂大学が世界のデジタルヘルスをけん引するべく立ち上げた研究センター「順天堂大学AIインキュベーションファーム(略称aif、以下AIインキュベーションファーム)」について、副センター長の猪俣武範准教授にお話を伺いました。
順天堂大学主導でつくるデジタルヘルスに関わるイノベーション創出の場、「AIインキュベーションファーム」
「AIインキュベーションファーム」は、デジタルヘルスに関わる研究・開発・社会実装における産学官民連携の強化、及び産業創出の好循環を生み出す「次世代医療エコシステム」の形成を目指したAI研究センターです。エコシステムとはもともと“生態系”という意味の英単語で、ビジネスにおいてはさまざまな企業同士が連携・協業しながら大きな利益構造を構成するさまを表現している言葉です。「我々の考える『次世代医療エコシステム』とは、ビジネス用語のエコシステムの仕組みになぞらえ、AIインキュベーションファームに教育・研究・臨床の機能が集結し、順天堂大学の研究者と民間企業が一体となってイノベーション創出・新規事業の立ち上げに取り組むスキームを指しています。これは国内の前例がほとんどない、順天堂大学の新たな挑戦です」と猪俣先生は熱弁します。現在は2025年4月のセンター竣工・開設に向けて、制度設計をはじめ、共同研究プロジェクトの公募、参画企業への各種支援、イベントの実施、情報発信などが進められている最中です。
資金・人・アイデアが自然と集う「ボストンエリア」化を目指して
2012年から15年にかけて渡米し、アメリカ西海岸やボストンエリアの先進的なデジタルヘルスに触れた際に感じたことについて、猪俣先生は、「(当時の)日本は通常の医療において最先端・高品質を誇っていましたが、デジタルヘルスの分野においてはアメリカと比較すればまだまだ発展途上で、イノベーションを起こすためのシステムが整っていなかった」と振り返りました。順天堂大学が所在する文京区の本郷・お茶の水は400社以上の医療関連産業が集積し、かつ大学も多い土地。「病院と距離が近い都心である利点を活かし、これまでにないスピード感で患者さんや医療従事者、研究者のニーズをくみ上げ実証できるお茶の水という土地で、順天堂大学主導による、世界のデジタルヘルスをけん引するエコシステム『AIインキュベーションファーム』構築を思い立ちました」と猪俣先生は語ります。そして今、先生が掲げる「お茶の水を、資金・人・アイデアが集まりコラボレーションを起こす、『ヘルスケアにおけるボストンエリア』とすること」がまさに実現されようとしているのです。
AIインキュベーションファームの立脚地、「元町ウェルネスパーク」
AIインキュベーションファームは、順天堂医院に近接する「(仮称)元町ウェルネスパーク」の一施設として開設するべく、現在準備が進んでいます。元町ウェルネスパークは学校法人順天堂が代表事業者となって設立を進める健康をテーマとした地域のコミュニティ拠点で、大きく分けて二つの異なる顔を持っています。一つは、レジャー・交流施設としての顔。保育施設による⼦育て⽀援、地域の交流スペースづくりや⼦供から⾼齢者まで楽しめるスポーツプログラムの実施、健康に配慮したカフェレストラン運営など、幅広い年代の活用を想定した事業計画が描かれています。もう一つが医療・技術開発における研究施設としての顔であり、AIインキュベーションファームはまさしくその代表例にあたります。
「官民協働のユニークな元町ウェルネスパークの一員になることで、他入居企業・ベンチャーとの相互コミュニケーションや、順天堂が推進するオープンイノベーションプログラム、スポートロジーセンターとの共創による、分野を超えた相乗効果が期待できるでしょう。AIインキュベーションファーム内には共同研究企業9社、スタートアップ企業6社に対する入居スペースを設けており、早速複数の企業・スタートアップの方から問い合わせをいただいています。実際の入居はスペースに限りがありますが、物理的な制約の無いメタバース空間上での入居も検討中です」(猪俣先生)
会員制度「AI Incubation Farm Partners」で、シーズを事業化に導く
医療分野における新たな価値創造のため、AIインキュベーションファームでは、データの活用、予測・予防の強化、デジタルを使った医療連携など、さまざまな角度から医療を捉えなおした具体的な5つのコアプロジェクトが設定されています。これらのプロジェクトの達成に向け、実際のセンター開設に先駆けて2022年8月から開始されたのが「AI Incubation Farm Partners」と名付けられた会員制度です。会員は、順天堂大学のAI専門家による技術支援だけでなく、会員間での意見交換会や自治体との連携、資金調達・契約サポートなどアイデアを事業化に導くために必要な一式の支援を受けることができます。
「病床数3,400以上、年間入院患者数100万人超、年間外来患者数300万人超という、国内トップクラスの規模である本学の6附属病院が有する健康・医療ビッグデータを、円滑に利用できる体制づくりが必要です。この臨床データを基として、デジタルヘルスの中核を担うような新たな開発に繋がるきっかけが生み出されることを願っています」と猪俣先生は会員制度のさらなる活性化に向けて言葉に力を込めました。
「人に優しいデジタルヘルスの実現」にとって必要不可欠な連携・連帯
AIインキュベーションファームは将来的に臨床研究や治験契約のサポートも行うようになり、次世代病院、ゲノム医療、核酸医療など次世代医療の中核を担う多様な研究テーマに取り組んでいくことが予定されています。また、順天堂大学バーチャルホスピタルとの連携も、医療分野における新しい価値創造には不可欠となるでしょう。猪俣先生は最後に、これらのプロジェクトの進展と飛躍の先について語りました。
「順天堂大学AIインキュベーションファームが目指しているのは、⼈に優しいデジタルヘルスの実現です。そのために、大学という高等教育機関は研究者の知恵や知見を共有することができますし、病院のニーズを拾い上げることもできます。しかしそれだけでは不十分で、産業界であったり、地域住民の皆様であったり、公的研究機関や自治体、行政機関など、たくさんの方々にご協力いただくことではじめて、デジタルヘルスをリードする『エコシステム』が成り立つのです。多様なステークホルダーがAIインキュベーションファームに集い、画期的なアイデアを研究・開発して社会実装し、ビジネス化していく。そういったスキームを使うことで、本邦の医療発展に貢献したいと思っています」
順天堂大学はAIインキュベーションファームの活動だけでなく、健康データサイエンス学部を新設(2023年4月設置)してのヘルスデータサイエンティスト育成や、浦和美園の新病院(2027年開設予定)においてAI・IoT等を実装した未来型の基幹病院を目指す取り組みにも邁進しています。全ての根幹に据えられている目標は、幸せな長寿を実現する「幸福100年社会(※人生100年時代において、幸福に⽣活し続けられる社会、安心して暮らすことのできる社会)」への到達です。AIインキュベーションファームはデジタルヘルスから希望に満ちた未来を拓くべく、これからも歩み続けます。