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2024.01.30

世界体操を終えて見えたもの、そしてパリオリンピックへ ~日本体操界をリードする5人に聞く~ (後編)

前編では2023年に開催された世界選手権について、目標から結果までの詳細を聞くことが出来ました。今回の後編では、体操競技の見どころやパリオリンピックに向けてお話を伺いました。

「和磨さんが一番しんどかったと思う」理由

――選手のみなさんにうかがいたいのですが、団体総合でのご自身の位置付けを、どのように考えていましたか?

 

橋本 出場した種目で、自分が見せられる演技を最大限出していこうと思っていました。自分がいい演技ができれば、それが次の選手につながり、最後まで勢いに乗って戦えると思っていました。ポイントゲッターという役割で出ることが多かったのですが、僕自身は、得点がどうこうより、しっかり次の選手につなごう、という気持ちが強かったですね。

 

宮田 女子チームのエースとして「きっとやってくれるだろう」とみんなが思ってくれていましたし、私自身も頼ってもらえる存在でありたいという思いもありました。けがの影響や、事前合宿でうまくいかないこともあり、不安も多かったのですが、仲間に「一人で背負わなくてもいいよ」と優しい言葉をかけてもらい、本当に助けられました。団体決勝では、最初のゆかでミスをして流れがつかめない中、チームのキーワードだった「粘り強く」という気持ちでその後立て直し、最後の平均台では思い切って納得のいく演技ができました。

 

 団体では1チームから1種目に3人出場するのですが、今回は自分が出た5種目すべてで、トップバッターでした。別にトップをやりたいわけではないのですが(笑)、客観的に見ても自分が適任だなとも思っていましたし、任せていただけることはすごく嬉しかったですね。トップが失敗すると、後ろの2人にすごくプレッシャーがかかる。でも、逆に僕がミスしなければいけると思ったので、決めようという強い気持ちでいました。

 

宮田 今大会では、私も1種目だけトップバッターになったんです。最終種目の平均台だったので、もう思い切って、いつも通りに演じることを意識した結果、次の選手につながる演技ができたかなと思っています。1番目はあまりやったことがなかったのですが、今回はそこまで緊張もしなかったし、逆にちょっと楽しかったです。

 

橋本 萱選手のトップバッターって本当に心強くて、ちょっと失礼な言い方ですけど「どうせ決めちゃうんでしょ?」「和磨さんならやってくれるでしょ?」みたいな(笑)。僕はそのぐらい信頼しきっていました。トップバッターは、チームの勢いを作らなければいけないのですごく難しい。そこを5種目でやってくれた和磨さんが、今大会で一番しんどかったと思うんですよね。

 

 僕も、「大輝が後ろにいるから大丈夫だろう」と思ってやっていました。大輝は3番目が多くて、最後は最後でキツいと思うんです。プレッシャーもあるし、演技が終わったらすぐ次のローテーションに移動しないといけなかったりもします。でも、大輝とは一緒に何度も団体でやっていて、僕の方こそ大輝には「きっとやってくれる」という信頼感があります。だからこそ気楽にトップができました。

 

橋本 和磨さんは、いないと安心して試合に臨めない精神安定剤みたいになってしまっているので。

 

 みんなに「失敗しない」って思われていますけど、本人はめちゃくちゃ必死。もう、必死にやってます(笑)

技は知らなくても大丈夫。フランクに見に来てほしい

――オリンピックイヤーの今年は、たくさんの人がスポーツに注目する年になると思います。選手目線で、体操競技の観戦の楽しみ方や「こんな応援がうれしい」というポイントはありますか?

 

宮田 海外の試合だと、たとえば落下した時でも、観客の方が拍手して盛り上げてくれるんです。日本では失敗すると「あっ……」って静かになりがちなのですが、いろんな場面で客席から拍手や手拍子があると、緊張が和らいだり集中できたりするので、私としてはありがたいですね。

 

橋本 たしかに、それは僕も思います。日本の試合は、見ている人もちょっと緊張しているのかな、と。だから、落下しちゃうと一緒に気持ちも落ちちゃう。僕は、客席が満員だったらそれでいいタイプです。

 

 僕も一緒で、観客が多いとうれしいし、やる気が出る。シーンとしているより、盛り上がってもらった方が、やる側は気持ちが上がるよね。

観客の方々が手拍子や声で盛り上げることで選手の力になる

橋本 僕は日本の試合だと、盛り上がってほしくてちょっと客席を煽ったりすることもあるのですが、声はまだ少ないなあ、と(笑)。体操競技は、まだまだマイナースポーツで、ルールも複雑でわかりづらいと思うのですが、もっとフランクな感じで、「あの技すごい!」「きれい!」くらいの気持ちで見に来てもらえるといいですよね。

 

 見に来られる方が技を覚える必要はまったくないと思うんです。技とか得点とか本当に難しいし、正直、技の名前なんて、僕も全部は知らないぐらいなので(笑)。それよりも、演技が終わった瞬間の選手の表情を見てほしいですね。技の名前が分からなくても、喜んでいたら「成功したんだな」と分かりますし、表情から選手の良さも感じられて、すごく楽しいと思います。

 

宮田 あとは、海外では女子の試合の方が人気なんですよ。でも日本では逆なので、そこは少し寂しいです。

 

橋本 女子も、これから成長してくる若い選手が本当に多いので、是非応援してほしいですね。オリンピックイヤーは、オリンピックだけではなく、代表選考もすごく緊迫感があるので、見応えがあるはず。満員の会場で試合ができたら、大会のレベルが上がり、日本全体の体操の競技力もさらに上がると思うので、一人でも多くの方に会場に足を運んで盛り上がってもらえるよう、僕たち選手も頑張ります。

内心複雑な順天堂OB同士の代表争い

橋本大輝選手と喜びを分かち合う冨田洋之准教授

――オリンピックに向けて、4月の全日本選手権、5月のNHK杯では激しい代表争いが予想されます(橋本選手は代表内定済)。特に男子は、有力選手の多くが、先生方がこれまで指導されてきた順天堂大学の卒業生ですね。

 

冨田 そこはちょっと複雑な心境ではあるんですよ(苦笑)。昨年の世界選手権の代表選考がまさにそうだったのですが、NHK杯では三輪選手と千葉健太選手(スポーツ健康科学部2019年卒・セントラルスポーツ所属)が争い、全日本種目別選手権でも、最終的に争っていたのが千葉選手と谷川翔選手(スポーツ健康科学部2021年卒・セントラルスポーツ所属)で、順天堂OB同士が続いていて……。ただ、幸い、それぞれが本当にいい演技をして、力を出し切った結果だったので、指導者としては、良かったなというところですね。こればかりは、勝負の世界なので仕方がない。どの選手も力を出し切って、納得のいく形で終われることをただただ願うばかりですね。

 

原田 たしかに複雑ですけど、「金メダルを獲る」使命を背負う日本代表を高いレベルで競ってくれるのは、嬉しいことですし、誇らしいです。女子はまだまだですから、これから選手も私も頑張っていきたいと思います。

 

――順天堂大学の体操競技部としての今後について、展望などをお聞かせください。

 

冨田 この4年間、橋本選手がしっかりチームを引っ張ってくれて、個人としても素晴らしい成績を残してくれた。そのおかげもあり、チームとしてとても良い雰囲気を保っています。橋本選手が築いてくれたものを受け継いでいくことが、この春からの課題ですね。良い選手が卒業した翌年に成績が落ち込んでしまう、というケースは多々ありますから、今年が勝負どころ、ということは私自身強く感じています。

 

原田 私は女子の指導に移ったばかりで、まだまだ手探りなところもあり、勉強の毎日です。女子の強化はどんどん進めていかなければならないのですが、競技力だけでなく、体操競技というツールを使ってプラスアルファの学びがあることが、大学という教育機関での指導では重要なのではないかと感じています。体操を活用しながら、社会で活躍できる人材を育てる意識を持って、強化を図っていきたいですね。

宮田笙子選手とコミュニケーションをとる原田睦巳教授

パリオリンピックに向けて

――選手のみなさん、パリオリンピックに向けて抱負や意気込みをお聞かせください。

橋本 東京オリンピックの個人総合で金メダル、昨年の世界選手権では念願の団体金メダルを獲り、いい結果でつないできていると思います。パリでは、まずは団体の金メダルを獲って、その勢いで個人総合と種目別・鉄棒でも連覇したい。3冠は簡単なことではありませんが、自分が日本代表だ、金メダルを獲るんだという強い気持ちを持って、冬場も1日も無駄にせずトレーニングに打ち込んでいます。「これで本当にいいのか」と自問自答しながら、自分を追い込んでいきたいと思っています。

 今は、昨年の世界選手権で見えてきた採点傾向を理解した上で、美しさを意識した練習に取り組んでいます。その美しさも「いいスコアが出るのか」がポイントで、“自分にとっての美しさ”を追求するのが大事という考え方もあると思いますが、今僕自身は、得点につながるかを重視して美しさを磨いています。技の選択も美しさの一つの要素なので、世界選手権で減点の傾向が高かった技は、ほかの技に変えたりもしますし、そのあたりを冷静に、客観的に考えられるようになったのは、順天堂の大学院で学ばせていただいたおかげでもありますね。昨年末は、博士論文の提出もあってとても忙しかったのですが、今年は限られた時間の中で充実した練習を積み、代表を勝ち取ることだけを考えています。

宮田 まずはオリンピックの代表になること、そして、「日本の女子が団体でメダル争いできるんだ」というところをみなさんに見せたいです。個人総合では、昨年の世界選手権を超える成績を出したいですし、種目別でも、自分の持ち味である脚力が生きる“跳馬”や“ゆか”でメダルを狙える力をつけていきたいです。そのために今、脚力をさらに強化するトレーニングを地道に積み重ねているところです。冬の間にしっかりトレーニングをして自信をつけ、トップの成績で代表入りしたいと思っています。

Profile

原田 睦巳 教授(順天堂大学女子体操競技部監督)

冨田 洋之 准教授(順天堂大学男子体操競技部監督)

萱 和磨 選手(大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程3年・セントラルスポーツ所属)

橋本 大輝 選手(スポーツ健康科学部4年)

宮田 笙子 選手(スポーツ健康科学部1年)

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