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2021.06.03
新たなタッグで飛躍を誓う三段跳の"師弟"指導法、学び、アスリートとしてのキャリアを語り合う
男子三段跳で日本歴代2位の記録を持ち、シドニーとアテネの2大会連続で五輪出場を果たした杉林孝法先生が、今年4月、スポーツ健康科学部に就任しました。陸上競技部で跳躍ブロックのコーチを務める杉林先生と、2019年の全日本選手権女子三段跳4位で今後さらなる活躍が期待される中村紗華選手(スポーツ健康科学部4年、専門種目:三段跳/走高跳)。新たにタッグを組んだ師弟コンビが、指導スタイル、アスリートとしてのキャリア、競技と学業など、さまざまなテーマで語り合いました。
現役時代はこだわりの強い戦術家タイプ
中村:先生は、現役時代はどんな選手だったのですか?
杉林:こだわりが強い選手でした。競技に必要な技術面を突き詰めていくことが好きで、この点は選手としてプラスに働いていたと思います。でも、裏を返せば「融通が利かない」とも言えたので、少し損をしたこともあったはずです。
もう一つは、「ここで勝たなきゃいけない」という時に、戦術を立てて勝ちに行くことが得意でした。でも、これにも同じように裏表があって、それは最初の1本で記録を出すのが苦手だったから。走幅跳や三段跳って、1本目で良い記録を出して、それで勝つのが一番美しいですよね?
中村:そうですね。1本目で決めると、2本目以降はさらに良い記録を出そうと攻めに行けるので気持ちに余裕もできますね。
杉林:僕も本当は1本目で決めたかったけれど、立ち上がりが悪かった。だから、試合の中で流れを作って、最終的に勝つにはどうすればいいかを考えるためにも“戦術”が必要だったのだと思います。
中村:私自身は、まだ自分の中で試合中の戦術が明確になっていないと思うので、先生から今後学んでいきたいです。
杉林:もちろん。でも、中村さんには、1本目から勝てる選手になってほしいです(笑)。
「ちゃんと見ているけど、何も言わない」
中村:杉林先生は、指導の時に選手の考えをすごくよく聞いてくださいますよね。いつも、コミュニケーションを大事にしてくださっているんだなと感じています。
杉林:それを聞いて、なんだかホッとしました(笑)。
中村:私は、これまで競技を続けてくるなかで、どこか自分の意見を言うことに消極的になっていたところがあるんです。そんな中、跳躍1本1本に対して、先生が「今のはどうだった?」と、まず私の感覚を聞いてくださるので、自分の考えを言いやすくなりました。それに、私が考えを言うと、先生が「そうだよね」と理解してくださることに、すごく驚きました。自分の体を動かして感じられたことを、先生は見ているだけで分かるんだ!って。
杉林:僕自身、指導では「よく観察すること」と「余白を作ること」をいつも心掛けるようにしています。選手をよく見ていると、仕草や跳んでいる時以外の様子にも、いろいろなヒントがあるので、それに気付くのがまず第一。「余白」は、選手が自ら考えるための時間のことで、要は「すぐに言わない」または「何も言わない」ということ。自分の試技を振り返ったり、これからやることの意味を考えたりするためには、そんな“余白”が必要ですよね。だから、ちゃんと見ているけど、声掛けのタイミングや内容は考えます。選手の中から出てくるものを待つ、ということを大事にしたいと思っています。
中村:よく見ていただいているな、というのはすごく感じます。私だけではなく、跳躍ブロックの選手みんなも感じていると思います。私も将来、指導者になりたいと思っているので、今の先生のお話を聞いて、とても勉強になりました。
杉林:もちろん選手を見ていて「こうした方がいいな」という意見は、僕自身の中にちゃんと持っています。意見はあるけれど、指導者がすぐに伝えてしまうより、選手本人がそこにたどり着く方が、何倍も良いですよね。だから、言いたくてもぐっと抑えて言わないことがあります。もちろんすぐ言った方がいいなと感じる場面では、こちらから声をかけて伝えていますが、そうでないことの方が多いかもしれないですね。
人の変化や成長に関わる指導者の道へ
中村:大学の先輩方のお話をうかがうと、実業団の選手になることは、競技人生の大きな変わり目だなと感じるのですが、先生は実業団の選手になられたばかりのころ、どんな苦労がありましたか?
杉林:初めはそんなに苦労は感じませんでした。実業団に所属して、競技をして給料を得る生活になったわけですが、最初は「陸上で飯を食っていく」という感覚がすごく嬉しくて。楽しさや喜びの方が、大きかったように感じます。でも、一日中、競技に集中できる環境でありながら結果が出なかった時期もあったので、その時はやっぱり苦しかったです。競技に集中することが、必ずしも結果に繋がるわけではなかったから。でも、そうした経験を通して、「どう生活するか」「どう生きるか」という自分のキャリアについてアスリート自身がしっかり考えていくことが、実はとても大切なことだということに気がつきました。中村さんは、これからのことについて、どう考えていますか?
中村:実業団で競技を続けるつもりです。実業団では、まずは楽しく陸上競技がしたいと思っています。どこに所属しても、働きながら競技をするのは大変だと思っていますが、環境や状況の違いに甘えずに取り組んでいきたいです。
杉林:プレッシャーはあると思うけれど、選手にとって「結果を求められる」ことは、幸せなことですから。そういう心境でいれば、また新しい競技の楽しみ方が見つかると思います。
中村:競技を引退しようと決めたのは、どんなタイミングだったのですか?そこから指導者の道に進まれたのは、どうしてですか?
杉林:特に何か理由があって引退したわけではなく、自分の中で「絶対に勝つ」「オリンピックに出る」という強い気持ちが少し薄れてきたのを感じて、じわじわと緩やかに引退した感じです。
競技から退いて、次に同じぐらいのエネルギーを注げるものは何だろう、と考えた時に、頭に浮かんだのが、指導者でした。現役時代を振り返ると、僕は自分の変化や成長にとにかく一生懸命だったので。だからこそ、今度はほかの選手の変化や成長に直接関わりたいと思いましたし、それはすごく面白くて、意義のあることだと感じたんです。
誰かの心に残るような選手になりたい
杉林:これからの中村さんには、自分の殻を破ってほしいと思っています。大学に入って自己ベストを出して、そこから後、思うように記録が伸びていないというのが現状なように感じますが、どうですか?
中村:自分に今何が必要なのかとか、競技と向き合う中での悩みなど、自分自身が思っていることをうまく言えないことで、競技にも支障が出たのかもしれません。自分が思ったことを意見として言うという点でも、殻を破るのはすごく大事だと思っています。
杉林:中村さんは、もっと自信を持っていいと思っています。今、試合でも、1本跳ぶごとに僕のところに確認に来てくれますが、そうしなくても本当は大丈夫。
もちろん、確認したいことや聞きたいことがあれば、いつでも来てくれていいんです。僕は、常に意見を持っているし、アドバイスする準備も常にしていますから。いつでも来ていいし、いつでもアドバイスできるけれど、いつも来なくても大丈夫(笑)。「先生、もう分かってるから任せて。次の跳躍、見ておいて」というのであれば、それは頼もしいし、それぐらいでいいと思っています。これからの目標はどのように考えていますか?
中村:オリンピックを目指していきたいです。でも、結果だけにとらわれず、自分が競技を引退する時に、「陸上選手で良かった」と思えるような競技生活を送りたいし、誰かの心に残るような選手になりたいと思っています。
杉林先生に指導を受けるようになって、まだ日は浅いですが、もっともっと学びたいと思っています。日本インカレでは表彰台に上がって、先生にメダルをかけられるように頑張ります。
杉林:期待しています。4月に順天堂大学に就任して、僕自身も様子を見つつ指導していたところもありましたが、これからどんどん僕がもっているものを出していきます。スポーツ健康科学部でも中村さんとも、まだまだやりたいことがたくさんあります。少しずつ、進めていきましょう。