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2019.06.01
ラグビーW杯日本代表の歴史的勝利を支えた スポーツドクターとトレーナーの原動力
今年の9月に開催される「ラグビーワールドカップ(W杯)2019日本大会」。前回大会では、世界ランキング3位の南アフリカを相手にラグビー日本代表が歴史的勝利をおさめるという感動的なシーンも生まれました。その大きな舞台の裏側で、選手たちを支えていたのが、スポーツドクターの髙澤祐治先生とトレーナーの井澤秀典さんです。二人が当時を振り返りながら語る、スポーツの現場で選手を支える仕事の魅力とは――?
日本代表チームに帯同した先輩・後輩
―お二人は、学生時代同じラグビー部だったと伺いました。
髙澤 僕は医学部の学生だったのですが、体育学部(現:スポーツ健康科学部)で2学年下の井澤さんとは、同じラグビー部に所属していました。当時は、医学部と体育学部が一緒に練習していたから旧知の仲なんです。
井澤 一緒に土日の練習をしていたんですよね。卒業して何年か経ってから再会して、お互い交流する機会もあったのですが、まさか、ラグビー日本代表で一緒に働くことになるとは(笑)。
髙澤 エディーさん(エディー・ジョーンズ 前日本代表ヘッドコーチ)とは1997年からずっと一緒に仕事をしていたのですが、彼が2012年に代表ヘッドコーチになったタイミングで、チームドクターに指名されました。エディーさんからは、メディカルスタッフも常にひとつのチームとして動くことを求められていたので、そのチームメイトの一人が井澤さんであったのは、とてもやりやすかったんです。
日本代表チームに帯同した先輩・後輩
―2015年ラグビーW杯では、予選プールで過去2度の優勝を誇る南アフリカに勝利するなど3勝1敗の好成績を収めました。残念ながら決勝トーナメントには進出できませんでしたが、メディカルチームの貢献も大きかったと思います。エディー・ジャパンのメディカルチームのチームワークは、どのように作られていったのでしょうか?
髙澤 選手たちは4年をかけて強いチームを作っていきますが、それと同じです。メディカルチームも4年をかけてチームを作り、全体の中の一つのピースになっていきました。当時の日本代表選手は、体が小さくて、海外のチームに負けるのが当たり前。そういうところからのスタートだったので、フィジカルもストレングスも強化しないといけないし、コンディショニングやケガの予防も大事。練習しなければ強くなれないけれど、やり過ぎたらケガをしてしまうので「体づくり」と「体のケア」の両方のバランスが大事でした。そこで、メディカルスタッフの間で密にコミュニケーションを取って、何度もミーティングを重ね、より良い方法を探っていったんです。
井澤 2015年の本大会前の1年間はほとんど自宅に帰らず、いつも一緒にいましたね。ひとつ屋根の下、寝食を共にして。それくらい本当によく選手のことについて話し合いました。メディカルスタッフの中で選手の状態を共有できていたので、ストレングスコーチから「この選手にこういう練習をさせたい」と言われた時にストップをかけることができたり、逆にこちらから「今日は休ませてあげて。そうじゃないと、しばらく練習できなくなってしまうかもしれない」と提案することもできました。
髙澤 でも、いくら僕らがダメだと言っても、コーチ陣の立場も選手の立場もある。いろいろな感情が渦巻いているからこそ、上手くコミュニケーションを取りながら、みんなでやっていかないと難しい仕事なんです。
お互いがいなければ、仕事は成り立たない
―お互いの仕事についてどのような印象を持っていますか?
井澤 選手がケガをした時に診断や治療が必要なのは当たり前ですが、現場では「プラスα」が大切になってきます。例えば、選手が骨折して完治までに2カ月はかかるという診断が出たとして、その2カ月の間に何ができるのかということを考えないといけない。その点、髙澤先生は「この頃には復帰できるから、この辺りでトレーニングに参加できる」というように、具体的なプランを考えてくれるので、本当にありがたかったです。コーチ陣の情報共有も、現場の動きもすごくスムーズになりました。
髙澤 僕の仕事は、何かがあってから動くのでは遅いんです。診断名と治療期間だけ伝えるのであれば、病院に行けば済む話ですよね。日々刻々とチームは動いているし、選手一人ひとりの状態も変化している。そのような中、僕はいつも選手のそばにいられるわけではないので、毎日選手の体に触って、話を聞いているトレーナーさんから得られる情報は貴重なんです。レントゲンやMRI、超音波で得られる画像だけでなく、選手本人の訴えや、トレーナーさんが体に触って得た感覚というのが、とても大事になってきます。だからこそ、井澤さんのようなトレーナーがいないと、僕の仕事は成り立たないんです。
井澤 50人以上の代表候補選手の状態を常に把握して、ドクターや監督に聞かれた時に、すぐに答えられるようにしないといけないのは大変でしたけど(笑)。
選手が無事にロッカールームに帰ってくることが一番の喜び
―仕事をするうえで大変だったことは?
髙澤 大変なことはあまりないのですが、つらいのは、試合の直前に選手がケガをすることです。ケガをすれば、選手が自分の夢の舞台に立てない可能性がある。試合に出られるか出られないかは監督か本人次第ですが、ケガをしたことで出場できなくなってしまう選手を見るのは、本当につらいですね。
井澤 一戦一戦、祈るような気持ちで見ています。「お願いだからケガだけはしないで」って。
―その一方で、喜びの瞬間もあります。
髙澤 思い出すのは、前回の2015年W杯の初戦前。イギリスで行われた対ジョージア戦で、試合が終わった瞬間、何よりも嬉しかったのは、ケガ人が出なかったことです。あそこでもし誰かがケガをしていたらと思うと……。
井澤 本当にそうです。毎回、何事もなく試合が終わって、選手たちがロッカールームに帰ってきてくれるのが一番の喜びかもしれない。
髙澤 それから、対南アフリカ戦は興奮しました。本来、どのような時もドクターやトレーナーは試合中に一喜一憂してはいけないのですが(笑)。最後のトライの前、イヤホンからエディーさんの怒鳴る声が聞こえて。僕が一番近くにいたので、それを選手に伝えなきゃとサイドラインのところにいたら、トライの瞬間が見えたんです。その時は、体が勝手に動き出していました。あんなに興奮した経験は初めてです。
井澤 あの時は僕も自然に体が動きました。
目の前のことを一生懸命やる。それがプロフェッショナルの礎
―お二人を突き動かす原動力は、どこから生まれるものなのでしょうか?
髙澤 学生時代の部活と一緒です。好きだから一生懸命になれる。自分の仕事にも、チームに対しても。日本代表選手だろうが、順天堂大学の学生だろうが、病院に来る人だろうが、自分が関わった人には良い人生、良い瞬間を過ごしてほしいと思っているんです。だからこそ自分の仕事に一生懸命になれるし、チームに対しても一生懸命になれる。チームであれば、選手もトレーナーもドクターも、プロフェッショナルとして仕事を全うすることが大事です。人から信頼されなければ、プロフェッショナルとしての仕事はできないし、信頼されるためには自分自身が成長していくことが大切なんです。その中で自分にできること、自分にしかできないことをやり続けるしかないと思っています。
井澤 僕自身、一生懸命であり続けることは、プロフェッショナルとしての基本だと思っています。
2019ラグビーW杯、やり切ったその後も楽しみに
―9月には、いよいよラグビーW杯2019日本大会が開催されます。今、お二人が思うことを教えてください。
髙澤 今年、僕はチームには帯同しませんが、ホスト国の大会組織委員会のメインドクターとして医療体制の整備を進めています。メガスポーツイベントであると同時に、日本の医療の質も世界中から見られているので、しっかりやり切りたいと思っています。そして開催後には、スポーツ医学の現場に携わる様々な職種(ドクター、アスレティックトレーナー、理学療法士、栄養士など)を目指す学生たちが活躍できるフィールドがさらに広がっていると期待しています。
井澤 前回大会の結果を受けての自国大会なので、ものすごいプレッシャーがありますが、僕らは何としてでも、選手たちをコンディションの良い状態でフィールドに立たせないといけない。結果だけでなく、そこに到達するまでの道のりも楽しみたいと思っています。