SPORTS

2022.03.11

若きアスリートの競技生活を後押しする「入学前教育プログラム」 トップアスリートの言葉から高校生が感じたこととは?

大学スポーツに対する関心が国内で高まりを見せている中、昨今のコロナ禍によって先が見通せない状況もスポーツ界には続いています。今もまだ、これまでと同じような環境で競技ができず、やり切れない想いを抱えているアスリートは多いかもしれません。 一方で順天堂大学スポーツ健康科学部では、たとえ不安定な状況にあっても、若きアスリートたちが自ら目標を定めて競技や学業に向き合うことができるよう、入学前にその"術"を学ぶ機会(入学前教育プログラム)を提供しています。2022年1月29日には、今春入学予定の総合型選抜トップアスリート方式合格者136名を対象にした「入学前教育プログラム」をオンラインで開催。同学部教員で、今年度の入学前教育プログラムを担当したスポーツ推進支援センターの武田剛准教授と室伏由佳准教授に、プログラム実施の意義や参加者の反応について話を聞きました。

大学スポーツにおいて求められるアスリート学生へのサポート

大学スポーツ協会(UNIVAS)が2019年に設立されるなど、大学における競技スポーツの存在感は、社会の関心とともに昨今、ますます高まっています。その一方で、入学後に学業と競技の両立をうまく図れず、成績不振に陥ってしまったり、競技へのモチベーションが低下してしまうアスリート学生も多く、そのケアやサポートの必要性が叫ばれていました。そこで、より充実した大学・競技生活を送るためにも、早いうちから大学教育への理解を深め、目標・行動計画の立て方を学ぶ必要があると考え、スポーツ健康科学部では2006年度から推薦入試などで早期に入学を決めた学生を対象とした入学前教育プログラムを実施してきました。対面型の集合教育からコロナ禍のオンライン開催など、時代に合わせてプログラムの内容も改良。“競技と学業の両立”が求められる“若きアスリート”の学生生活を入学前から後押ししています。

スポーツ健康科学部がある「さくらキャンパス」

今回の入学前教育プログラムを担当した武田先生は、「大学スポーツは、特に昨今のコロナ禍によって先が見通せない状況になっています」と切り出したうえで「大会がいつ開催されるかも不安定な状況下で、目標をどう定めればいいのか、学生アスリートたちも不安に感じているはずです。また、大学生活を送る中で競技が上手くいかず、離脱してしまう学生も少なからずいます。そういった学生・高校生の不安を解消し、競技を続けながら学問に励むことに興味を抱いてもらいたい。そう考えて企画したのが今回のプログラムです」とプログラムにかける想いを話しました。

こうして高校生たちが、より“自分事”として取り組めるテーマを考えた結果、今回の入学前教育プログラムでは、競技生活における目標設定についてフォーカスするだけでなく、実際にトップアスリートにインタビューすることで、その生の声を聴き取るという“新たな企画”が盛り込まれました。

武田 剛 准教授

若きアスリートたちの大学生活を共に考える“入学前教育プログラム”。その内容とは?

今回の入学前教育プログラムは、事前・事後課題とオンラインセミナーを併用して実施しました。
プログラムの構成について、室伏先生は「昨今のコロナ禍を受け、“人と人との交流”を特に重要視していました」と言います。「オンラインでの開催でも、インタラクティブなセッションができるよう、WEBでのフォロー体制も細かく考慮し、学生の主体的な参加を引き出せるプログラムになるよう意識しました。初対面の人とオンラインで話すことに難しさを感じる人も多いでしょう。そこで、事前課題ではネットリテラシーや人間関係づくりなどに関する動画を視聴し、オンラインで上手に話すための準備をしていただきました。これらの仕掛けも、入学を控えた高校生たちのスムーズな学びへの移行に役立ったのではないかと感じています」(室伏先生)。

室伏 由佳 准教授

入学前教育プログラムの内容

第1部

■講義1:大学教育の理解(20分)  柳谷 登志雄 先生
■講義2:目標設定の方法(20分)  山田 泰行 先生
有名アスリートの事例を基に目標設定の方法について学び、コーチング学や心理学の領域から解説が行われました。

第2部

■グループワーク1:アイスブレイク・自己紹介(40分)
■グループワーク2:先輩から学ぶ(インタビュー20分、グループでの情報共有40分)
少人数のグループに分かれアイスブレイク。未来の級友たちと仲を深めました。その後、参加者自身がトップアスリートにインタビューする『先輩から学ぶ』を行い、インタビューで聞いた内容を各グループに持ち帰って共有しました。

第3部

■クラブ別ガイダンス
所属予定のクラブに分かれ、目標設定に必要な情報提供や参加者同士・スタッフとの事前顔合わせを行いました。

トップアスリートへの“生インタビュー”で実例に触れる

今年度新たに設けた、第2部のトップアスリートへのインタビュー企画『先輩から学ぶ』。陸上競技110mハードルで東京オリンピックに出場した泉谷駿介さん(スポーツ健康科学部4年、陸上競技部所属)、体操競技オリンピアンで本学部教員の冨田洋之先生(体操競技部コーチ)、パラ・パワーリフティングで東京パラリンピックに出場した宇城 元さん(本学事務職員)ら3名のトップアスリートがそれぞれのルームに分かれて登壇し、学生一人ひとりの質問に丁寧に向き合いました。

 

当日すべてのルームを回った室伏先生は、参加者から予想以上に質問の手が上がり、時間が足りないという声も多かったと話します。
「インタビューセッションでは、みんな目の色を変えて、前のめりで参加している様子が印象的でした。自分がした質問以外でも一生懸命メモを取っていて、良い相乗効果が得られたと手応えを感じています。プログラムに参加した高校生たちの視野がぐっと広がり、刺激をたくさん受け取ってもらえたのではないかと思います」(室伏先生)
「自分自身で質問をして、その内容を他の人に共有するという手法は、スポーツ講習などでも取り入れられているのですが、主体的に取り組むための“きっかけ”になったと思います。目標設定を行う上では、高いレベルで活躍する選手のモデルケースを知ることも、非常に有効です。高校生にとっても登壇者にとっても、互いに刺激し合える場になったのではないでしょうか」(武田先生)

冨田洋之先生(本学准教授 体操競技部コーチ)

2004年のアテネオリンピック団体総合金メダル。2007年の世界選手権にて日本人初のロンジン・エレガンス賞を受賞。2008年の北京オリンピック団体銀メダル。2013年より国際体操連盟技術委員。本学准教授、体操競技部コーチ。

「短い時間でしたがさまざまな角度からの鋭い質問がたくさん出て、有意義な時間でした。高校生のみなさんが専門とする競技と真摯に向き合い、人として成長していきたいという想いが強く伝わりました。入学後はたくさんの仲間をつくり充実した大学生活を過ごしてほしいです」(冨田先生)

泉谷駿介さん(陸上競技部4年)

専門は110mハードルで、三段跳、走幅跳にも出場。2019年世界陸上競技選手権大会、2020年東京オリンピックの110mH日本代表選手。110mHの自己ベストは13秒06。同種目の日本記録保持者。

「人前で話したりすることにまだ慣れていないため、緊張しました。入学予定の高校生たちが積極的に質問をしてくれたので、私の方まで熱意が伝わりました。質問内容も具体的で高度なものまであり、私自身も刺激になりましたし、このままの熱意で4年間過ごしてくれれば、必ず競技も学生生活も充実した日々を送れると思っています。“今の気持ち”をずっと大切に頑張ってほしいです」(泉谷さん)

宇城元さん(本学事務職員、パラアスリート)

21歳の時にバイクの事故で脊髄を損傷し、1999年に競技に出会い、パラリンピックでは2004年のアテネ大会で8位、2012年のロンドン大会では7位。2020年東京パラリンピック代表選手。

「初めて本プログラムに参加しましたが、参加した高校生全員、プログラムから学び取ろうとする意識が高く積極性が感じられました。自己紹介からインタビューセッションまで終始全員がリラックスして臨むことができ、コロナ禍での学生生活への不安を少しでも解消できたのではないかと感じています。学生運営委員のファシリテートも非常に良かったです」(宇城さん)

交流を重視したプログラムで、在学生の学びの機会にも

事前課題でベースを作り、アイスブレイクの時間をしっかり取ることでコミュニケーションを重視した今回のプログラム。セッションでは、先輩である在学生の学生運営委員がファシリテーターを務め、話しやすい雰囲気作りも行われました。「学生運営委員は学部全体から募集し、興味を持った10数人が参加してくれました。コロナ禍で、キャンパスライフを思うように過ごせていないのは在学生も同様です。何か新しいことを始める機会になればと、在学生にも参加してもらうことにしました」と武田先生。週に一度集まり、参加者がより打ち解けやすいアイスブレイクの方法がないか幾度にもわたって検討し、準備を進めた学生運営委員のメンバー。当日のセッションを経てメンバーからは、「楽しかった。ファシリテーターはとてもいい経験になった」(奥 吏玖さん)、「企画・運営の大変さを学べた。人前で話すことが得意ではなかったが、このプログラムに参加して少し自分に自信がついた」(中村 桃さん)、「所属の異なる後輩と一緒に活動でき、交友の輪をさらに広げる良い機会になった。自分の考案したアイスブレイクで高校生の緊張をほぐすことができ、私自身も心から楽しんで参加できた」(草野説子さん)といった喜びの声が聞かれました。

アイスブレイクの内容は学生運営委員が考案! これをきっかけに、みんなが打ち解けた雰囲気になりました。

実際に高校生たちには初めこそ緊張が見られたものの、活発に意見が飛び交い、笑顔のあふれるトークルームが多数見られました。入学を控えた高校生と在学生のコミュニケーションの場としてだけでなく、在学生のスキルアップの場としても生かされたようです。

“人から得る刺激”を楽しみ、学びをスポーツに生かしてほしい

プログラムを終えた高校生たちからは、「目標設定の重要性を再認識した」「トップアスリートの考えを知れる貴重な機会だった」といった声が上がり、プログラムは盛況のうちに幕を閉じました。

〈参加者の声(一部抜粋)〉

●オリンピアンの話など、ここでしか聞けない話が聞けて嬉しかった。

●自分の今後を考えることができ、入学前の緊張がほぐれた。

●トップ選手の日頃の練習や試合時の意識の持ち方、体のケア・管理についても知ることができ、自分も実践してみようと思うことがたくさんあった。

●自分に足りないものを分析し明確に目標を立てることが達成への近道だと学び、常に目標を更新させ達成していきたいと感じた。

●順天堂大学はトップアスリートが集う環境なので、私も個人競技や他競技の選手から学びたい。

●入学前に目標設定について学ぶことができたので入学前に目標設定を自分なりに行い、より良い大学生活にしたい。

●トップアスリートの考え方と自分の考え方を比べていかに自分が未熟か実感でき、大学で変えていくべき課題が見えてとても有意義な時間だった。

目標を持ってその達成のために実行に移すことは、競技と大学生活を両立する上で必要不可欠な行程です。また、自分の行動を変えるためには、所属するコミュニティの中で宣言することが推進力になると言います。モデルケースを知り、自ら目標を立て、周りに宣言するというステップを体験することによって、一人ひとりが競技生活へのモチベーションを維持できるよう、スポーツ健康科学部の教員や監督ら指導者が連携して支えています。今後は指導者同士の交流をさらに深め、プログラムの質をアップさせていきたいと武田先生、室伏先生は話します。

 
「大学でのスポーツは、高校までと大きく環境が変わります。将来のビジョンを持ち、正しくトレーニングをするには、授業で得た知識をスポーツに落とし込む力が重要になります。自分自身で考え、知識を使って人生を豊かに、スポーツを楽しもうと思える人になってほしいです。それこそが本プログラムの意義だと思っています」(武田先生)
「順天堂には、トップアスリートを目指す学生もいれば、純粋にスポーツを楽しんでいる学生もいます。そういった“人と人との刺激”を大切に、スポーツと健康を学べる環境を最大限に生かしてほしいです」(室伏先生)

 
今後も発展を続けていく大学スポーツの世界で、さらにその先を見据えて頑張る学生たちを順天堂は全力で応援しています。そしてここから、全国で、世界で活躍するアスリートが羽ばたいていくことを期待しています。

Profile

武田 剛 TAKEDA Tsuyoshi
順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科 准教授

1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。2008年、筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。博士(体育科学)。早稲田大学スポーツ科学学術院助教、順天堂大学スポーツ健康科学部助教を経て、2019年から現職。日本スポーツ協会・日本水泳連盟公認上級コーチ。
スポーツバイオメカニクス、トレーニング科学、水泳競技方法論を研究フィールドとし、特に競泳のスタート時の動作解析に関する研究に注力。2013年ユニバーシアード大会代表コーチを務めるなど指導歴も長く、現在は順天堂大学水泳部監督。

室伏 由佳 MUROFUSHI Yuka
順天堂大学スポーツ健康科学部 准教授

1999年4月ミズノ株式会社入社、ミズノトラッククラブ在籍(~2014年)。2004年アテネオリンピック女子ハンマー投日本代表。陸上競技女子ハンマー投の日本記録保持者(2020年5月現在)、女子円盤投の元日本記録保持者。2012年に競技を引退。
2006年中京大学大学院体育学研究科博士後期課程満期退学。2019年順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ健康科学)。2019年より同大大学スポーツ健康科学部講師。研究分野はアンチ・ドーピング(スポーツ医学)、スポーツ心理学など。2018年同大学大学院在籍中に日本人大学生アスリートのアンチ・ドーピング知識の実態を明らかにし、国際誌に投稿、受理された。国内外の学術集会などにおいて、アンチ・ドーピング教育に関する研究発表を行っている。

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