SPORTS

2021.05.20

アンチ・ドーピングに貢献する「スポーツドクター」と「スポーツファーマシスト」の連携

競技能力を不正に高める薬物を排除し、スポーツの価値を守るアンチ・ドーピング。その啓発やドーピング防止を医療の側面から支えているのが、スポーツドクターとスポーツファーマシストです。循環器専門医であり、スポーツドクターとしてバスケットボール日本代表のチームドクターも務めるスポーツ健康科学部の深尾宏祐准教授と、順天堂医院の薬剤師でスポーツファーマシストの資格を持つ木村有里さんに、両者の連携の重要性、アンチ・ドーピング活動との関わり方、アスリートへの思いを聞きました。

スポーツを支える医師と薬剤師。それぞれの役割とは

―スポーツドクター、スポーツファーマシスト、それぞれの役割を教えてください。

 

深尾:スポーツ選手の健康管理や治療に携わる医師を、広く「スポーツドクター」と呼んでいます。スポーツドクターの役割は、大きく分けて2つ。日本代表チームやプロチームから大学・高校チームまでチームドクターとして帯同し、合宿先や試合会場などで選手を診察する役割。そして、医療機関で選手を診察、治療する役割です。8割以上が整形外科の先生ですが、私のような循環器内科の専門医もいますし、呼吸器科、内分泌科、婦人科など、さまざまな診療科の先生が活動しています。

深尾 宏祐 准教授

木村:スポーツファーマシストは、ドーピングの防止を目的に、日本アンチ・ドーピング機構が認定している資格です。主に、最新のアンチ・ドーピングに関する正確な知識を持つ薬剤師として、医師などからの問い合わせへの対応のほか、アンチ・ドーピングの啓発活動などを行っています。

 

―順天堂医院の薬剤部には、スポーツファーマシストはどのくらいいるのですか?

 

木村:スポーツ選手の患者さんが多い順天堂医院の特色かもしれませんが、部内には約20名のスポーツファーマシストがいます。薬剤部内の数あるグルーピングの一つとして活動しています。

 

深尾:順天堂にはスポーツドクターも大勢いて、その多くが現場と病院の両方で活動しているのも特徴ですね。

 
―深尾先生も、バスケットボールの日本代表チームでチームドクターを務められているんですよね。

 

深尾:そうですね。日本バスケットボール協会のスポーツ医学委員として、選手の診察やメディカルチェックを行っています。日本代表にも何度か帯同しました。協会に所属するスポーツドクターには内科医が少ないので、A代表からアンダーカテゴリーの選手たちまで、ほぼ全てのカテゴリーを診ています。

 

―木村さんも、スポーツファーマシストとして院外で活動されることはありますか?

 

木村:はい。現在はパラリンピック選手に対する使用薬物調査に携わっていて、ブラインドマラソンとアーチェリーの専属スポーツファーマシストとして活動しています。その他にも、選手や指導者に対するアンチ・ドーピングの講義などを行っています。

木村有里さん

「あれ?」と思ったら―。密な連携でドーピングを防ぐ

―スポーツドクターとスポーツファーマシストの連携が必要になるのは、どのような場面でしょうか。

 

木村:病院内での連携に関しては、選手を診察した先生方から、禁止物質について薬剤部に問い合わせがあり、私たちが回答するというケースがほとんどです。問い合わせに対しては、主にGrobal DRO(The Global Drug Reference Online)というウェブサイトと「薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック」を用いて対応しています。処方しようとしている薬に禁止物質が入っていないかを確認したいケースだけでなく、先生方が選手から相談を受けて、こちらに問い合わせてくださることもあります。また、年1回の世界アンチ・ドーピング規程の禁止表国際基準の改定に合わせて、改定の内容と、順天堂医院の採用薬に関する禁止物質について報告して、先生方にも情報をアップデートしていただいています。

 

深尾:スポーツドクターであれば、選手に処方してはいけない薬は、当然ある程度把握しています。ただ、自分の専門ではない診療科の薬、あまり処方する機会がない薬は、スポーツファーマシストに確認したい時があるんです。たとえば、けがで受診した選手が少し風邪気味で、整形外科の先生が風邪の薬も処方することがありますが、使い慣れていない内科系の薬の場合、処方して問題ないか確認しておきたい、というケースは割と多いと思います。

木村:深尾先生からは、チームの合宿先や遠征先から連絡をいただくこともありますよね。

 

深尾:たしかに、院外からお願いすることもありましたね。たとえば、海外遠征に帯同していると、どうしても現地の病院を受診せざるを得ない時があるんです。そうすると、現地の薬を処方されるわけですが、その薬に禁止物質が入っているかを確かめるのが難しい。英語圏なら自分で何とか調べられますが、言語によっては、薬の成分表示を読むことさえできない場合もありますから。そんな時は、スマートフォンで撮った薬の写真を木村さんたちに送って、調べてもらうんです。

 

木村:深尾先生を中心に、順天堂のスポーツドクターとスポーツファーマシストで、通信アプリのグループをつくっています。そこに先生方から質問や写真などの情報が送られてくると、私たちが禁止物質が入っている薬かどうかを確認して答えています。通信アプリの画面上で全員に情報が共有されるので、グループ内のスポーツファーマシストがどうやって薬を調べ、どんな情報を元に回答を導き出しているのかがわかり、私たち若手の勉強にもなっています。

 

深尾:若手からの答えが不十分だと、先輩が情報を追加してくれたり、フォローしてくれたりしていますよね。そういう意味では、教育にも役立っているかもしれないですね。

スポーツドクター(Dr)とスポーツファーマシスト(Ph)のやり取り(イメージ)

―それはとても有機的な連携ですね。

 

深尾:ただ、スポーツ選手を診察するのは、スポーツドクターだけではありません。僕自身の経験ですが、動悸を訴えて受診した“普通の”患者さんだと思っていたら、話を聞くうちに、実は大学の1部リーグでプレーする選手だと分かったことがあるんです。選手だと知らないままだったら、禁止物質が含まれた薬を処方したかもしれない。「目の前の患者さんがスポーツ選手だったら?」という視点と、スポーツファーマシストとの連携の大切さは、順天堂の医師全体にもっと周知していく必要があると思っています。木村さんたちは大変だと思うのですが、院内に、どの先生も気軽に問い合わせできる「アンチ・ドーピングホットライン」のような内線窓口があるとありがたいですね。

 

木村:そうですね。院内におけるホットラインの構築と、電子カルテ上に禁止物質を検索できる機能を付けることは、私たちも検討しています。それに加えて、外来を受診したスポーツ選手から、直接スポーツファーマシストに連絡できるホットラインも設置できればと考えています。

連携の輪を広げ、社会に届くアンチ・ドーピングの啓発を

―薬の処方に関することのほかにも、連携する機会はあるのでしょうか?

 

深尾:僕はスポーツ健康科学部でスポーツ医学の授業を担当しているのですが、そのアンチ・ドーピングの講義を、順天堂医院のスポーツファーマシストにお願いしています。医師目線ではなく、薬剤師目線で講義をしてもらえるので、学生も新鮮に感じているようです。

―スポーツファーマシストは、アンチ・ドーピングの教育や啓発活動も重要な役割ですよね。

 

木村:そうですね。先ほどブラインドマラソンの専属スポーツファーマシストだとお話しましたが、ブラインドマラソンは、選手だけでなく伴走者もドーピングの検査対象になることをご存知でしたか?

 

―知らなかったです!

 

木村:これは、あまり知られていませんよね。パラリンピックレベルになると、選手や指導者はある程度アンチ・ドーピングの知識を持っていて、関心も高いのですが、伴走者は市民ランナーの方が多いという事情もあり、自分が飲む薬に対する知識や意識がまだ十分ではない方が多いです。そういったことも、代表選手の合宿でアンチドーピングの講演をする機会をいただいたことで、改めて感じることができました。コロナ禍でありますので、制限は多少なりともありますが、これからもできるだけ現場での経験を重ね、その経験を活かして啓発活動を続けていきたいです。まだスタートしたばかりで試行錯誤の日々ですが(笑)

 

深尾:順天堂大学には、アンチ・ドーピングの研究と啓発活動をとても熱心にされている室伏由佳先生(スポーツ健康科学部講師)がいらっしゃいます。室伏先生のようなトップアスリートだった方の言葉は、選手にもすごく響くと思うんです。僕は最近、トップアスリートになる前の中学生や高校生に対する教育が大事だと感じているのですが、元アスリートの方と一緒に、僕たちは専門的な知識を活かした形で啓発していくことで、選手、指導者、家族、さらには社会がアンチ・ドーピングを考える方向にさらに向かっていくのではないかと思っています。

関連リンク

トップアスリートだけの問題?スポーツの価値を守るアンチ・ドーピング教育はどうあるべきか(室伏由佳先生インタビュー)

https://goodhealth.juntendo.ac.jp/sports/000191.html

木村:今、ドーピングの8割は、意識せずに飲んだ薬やサプリメントに禁止物質が含まれていた「うっかりドーピング」であると言われています。その背景には、選手や指導者の意識の低さと知識不足があります。選手にとって、薬の話は抵抗があるものかもしれませんが、そこに真剣に向き合ってもらうために、私たちスポーツファーマシストの力が必要だと思っています。

 

深尾:「うっかり」とは言いますが、意図的でもうっかりでも、違反は違反。たとえ指導者にすすめられて飲んだサプリだったとしても、責任を負うのは選手本人です。そういうことも含めて、正しい知識を持っていなければならない。選手には、そのことを常に頭に置いて、フェアに戦う強い気持ちをいつまでも大切にしてほしいと伝えたいです。

順天堂医院のスポーツファーマシストの皆さん <写真前列 左から> 隅田梨南さん、長井 愛さん、中平絢子さん、木村有里さん、倉澤貴美子さん、中尾文香さん、鈴木弓絵さん  <写真後列 左から> 海老原邦壮さん、今井颯之介さん、荻野仁博さん、中島勇三さん、三好亮麻さん

Profile

深尾 宏祐 FUKAO Kosuke
順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科 准教授

医学博士。2002年、埼玉医科大学医学部医学科卒業。2010年、順天堂大学医学部循環器内科学講座大学院修了。順天堂大学スポトロジーセンターリサーチアシスタント、ドイツスポーツ大学ケルンスポーツ医学・心臓リハビリ研究室への留学を経て、2015年よりスポーツ健康科学部スポーツ科学科スポーツ医学(内科)研究室准教授。日本循環器学会循環器専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。日本バスケットボール協会スポーツ医学委員。

木村 有里 KIMURA Yuri
順天堂大学医学部附属順天堂医院 薬剤師

2014年、神戸薬科大学薬学部薬学科卒業。2017年、順天堂大学医学部附属順天堂医院薬剤部に薬剤師レジデントとして入職。2019年より薬剤部調剤課に勤務し、同年スポーツファーマシストの資格を取得。高校時代は陸上競技に打ち込み、やり投げ選手としてインターハイや国体に出場した経験を持つ。

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