STORY

2021.02.02

患者さんの生き生きとした生活をサポートできる看護現場の実現へ

順天堂大学大学院医療看護学研究科のがん・クリティカルケア看護学分野を担当する佐藤まゆみ教授は、これまで長きに渡り「外来がん看護」の分野で看護モデルの構築や外来看護師育成プログラムの開発に取り組んできました。がん患者さんが自分らしく生き生きと日常生活を送るために、外来で日常的に接する看護師にはどのようなサポートが求められるのか。長年の研究で培った知見と経験を活かし、現在は大学院で専門看護師の養成にも携わっている佐藤教授に外来がん看護分野における研究の取り組みと、専門看護師教育への抱負について伺いました。

がん看護研究との出会い

私は大学を卒業してから、看護師として母校の附属病院の外科病棟に勤務していましたが、「もっと良い看護ができるようになりたい」という思いから、大学院に進学しました。

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修士号を取った後、母校で教員となり、生涯研究することになる「がん看護」というテーマと向き合うことになります。大学では専任講師をしながら、まず乳房温存療法をうける乳がん患者さんを対象にした研究に取り組みました。

乳がんの手術は長い間、乳房切除術が主流でしたが、1980年代後半からは、乳房を温存する方法で手術が行われるようになってきました。乳房を温存する手術療法のうち、乳房温存療法は、乳房の変形が少ないために患者さんの美容的な満足度を高めることには貢献していましたが、患者さんは、切除術と温存療法のどちらで治療を行うかという術式選択上の迷いを体験したり、乳房が残るが故に再発の不安を抱えたり、また、手術のあとに放射線治療をうけなければならないといったように、乳房切除術の患者さんとは異なるストレスを抱えていました。そこで、乳房温存療法をうける乳がん患者さんの心理的な適応を促すためにはどのような看護が必要とされるのかということに興味をもち、この研究に取り組みました。

この研究では、乳房温存療法をうける患者さんにインタビューを行い、術後1年間の心の変化を明らかにしましたが、興味深かったのは、温存された乳房に対する思いでした。患者さんは、乳房の膨らみが残っていて、変形が他人にわからないことによかったという安堵感を抱いていましたし、さらに、残った乳房のできばえを、"術前よりかえって挙上して格好がいい"と客観的に評価していました。

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しかし、こういう安堵感と同時に、変化したという事実には喪失感を感じていましたし、特に、"もう少し残るかと思っていた"と自分の期待に反していたことによる失望を感じていました。この結果から、患者さんの心理的適応を促すためには、温存された乳房に対して患者さんは喪失感も感じているということをまずは看護師が十分に理解する必要があるということがわかりました。そして、温存という言葉は人に変化を小さく見積もらせる可能性があり、また、残る分だけイメージがしにくいということもあるために、看護師は、患者さんが術前に自分の乳房がどのように変化するのかを正しく理解できるように支援する必要があるということがわかりました。

がん患者さんの日常生活を支える「外来看護モデル」の構築

その後、私は大学でがん看護の研究を続けていくことになります。当時私のいた研究グループで行った調査により、がん医療の舞台が外来に移行し、病院の外来に通いながら、治療を続けたり療養をしたりする患者さんが増えてきている中、「外来でのがん看護」の知見がまだまだ集まっていないということが浮き彫りになりました。がんに罹患した患者さんとそのご家族が、がんを抱えながらもその人らしく生活していくために、看護師にはどのような働きが求められるのか? その答えを追究し、外来に通院する患者さんを支援するための外来看護モデルを構築する研究が、そこから始まりました。

現場の課題は多様です。外来で通院しているがん患者さんは、どのようなニーズを抱え、どのような看護をすればそのニーズが満たされるのか。現場を変える具体的な方策を探るべく、この分野で先行するアメリカのキャンサーセンターでフィールド調査も行いました。そうして作り上げた外来看護モデルを、実際に1年間外来の現場で実施しました。私自身も週1~2回、外来看護師をしながら看護モデルを実践し、1年前と1年後で患者さんに変化があったかどうかを検証しました。

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がんの告知を受けた患者さんは、非常に大きなショックを受けますが、そこから立ち上がり、自分らしく生活するために、自身が直面する様々な問題を解決していこうと取り組みを始めます。患者さんによって生活も異なり、どんなふうに問題を解決しようとするのか、その考え方も異なります。外来看護モデルを実践する中で見えてきたのは、がんを抱えながらもその人らしく生活していくことを支援する外来看護モデルの基盤は、その人の生活や考え方を理解することであり、そして、そのような患者さん一人一人の話に耳を傾けることができる看護師を育成する必要があるということでした。

患者さんの言葉に耳を傾け、サポートできる外来看護師の育成へ

外来には一度に多くの患者さんがいらっしゃるため、患者さん一人一人ときちんと向き合い、その言葉に耳を傾けることはなかなか容易ではありません。患者さんの考え方を引き出す前に看護師の方で状況を汲み取り、必要と思われる対処法を一方的に説明してしまうということもあります。それではいけないということで、そこから新たに、外来に通院するがん患者が、がんを抱えながらも自分らしく生活することをサポートできる外来看護師を育成するプログラムの開発が始まりました。

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まず、患者さんを対象に、がんを抱えても自分らしく生活するために、どのような支援を外来看護師に求めるのかについて調査をし、併せて外来看護師を対象に、患者さんが自分らしく生活できるために、どういう看護が必要と思うかについて調査しました。そして、この2つの調査から、そのような看護を行うにあたって獲得する必要のある実践能力を特定し、それを育成するプログラムを作り上げました。

作成した育成プログラムを実際に4つの医療機関で約1年間実施し、今結果が出てきたところです。そこで見えた課題を受けて、現在はそれを簡素化することで、現場で活用可能なプログラムの開発を目指しています。

研究を通して得た経験を活かし、大学院での専門看護師育成に着手

2019年4月に、順天堂大学の大学院医療看護学研究科の教授に就任しました。私が担当する「がん・クリティカルケア看護学分野」では、博士前期課程に「がん看護専門看護師」と「急性・重症患者看護専門看護師」の2つの養成コースを設置しています。私は、博士後期課程はがん看護学とクリティカルケア看護学の両方を担当するのですが、この2つの養成コースに関しては、自身の教育研究の出発点が"手術"だったということもあり、「急性・重症患者看護専門看護師」の養成コースを担当しています。

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急性・重症患者看護専門看護師が担う「クリティカルケア看護」は、集中治療室や救急診療室が現場となります。外来看護モデルを外来看護師として実践していた中で特に印象に残っていることとして、「自分自身が誰よりも"教え込み看護師"だった」ということがあります。自分としては患者さんの話を聞いているつもりだったのに、いつしか一方的に必要と思われる対処法を患者さんに説明をしている自分に気づきました。

この現象はクリティカルケアに携わる看護師にはありがちな話ではないでしょうか。生命の危機的状態に陥っている患者さんに対し、生命の維持や心身の機能回復に全力で取り組むことは言うまでもないことですが、そういう治療中心の現場だからこそ、専門看護師には、患者さんの話に耳を傾け、その人の思いや考え、価値観を大切にした看護を実践してほしいと思いますし、医療チームとの調和を図りながらそういった看護ができる専門看護師を育てたいと思っています。

高度化、専門化が進む医療現場で多様な役割を担う「専門看護師」

最後に、専門看護師について少しお話したいと思います。順天堂大学大学院医療看護学研究科には9つの専門看護師養成コースが設置されていて、これは首都圏最多の設置数です。専門看護師も認定看護師も、医療の高度化・専門化に対応するために作られた資格ですが、専門看護師は、複雑で解決困難な問題に対応するという役割があり、通常の看護の方法ではうまくいかないなあとなったときに出番となります。そのため、専門看護師の資格認定には、日本看護系大学協議会が認定した看護系大学院修士課程を修了していることが求められます。

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専門看護師は、認定看護師と同様に、自身の専門分野に関する最新の知識・技術を備えています。一方、専門看護師には「調整」という認定看護師にはない独自の役割があり、医師や患者さん、ご家族の意見が対立するとき、一つのゴールに向かっていけるように皆の意見を調整します。現実の臨床では認定看護師もこの役割を担っているかもしれませんが、専門看護師は大学院でこの調整に関する理論をしっかりと学び、実習をとおして高い実践力を備えています。さらに、組織全体の看護の質を上げるためにスタッフ教育を行ったり、病院全体のシステムを分析し、改善するために提案したり、そのような多様な役割を担っています。

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もちろん2年間の大学院を修了すれば、それらの役割をすぐに発揮できるというものではありませんが、専門看護師としての使命を分かって、役割を発揮するための素地を作る手助けができればと考えています。日々変わりゆく社会や医療現場のニーズを捉えつつ、高度実践力を身につけ活躍できる看護のスペシャリストを順天堂大学から輩出していきたいと思っています。

佐藤まゆみ(さとう・まゆみ)
順天堂大学 医療看護学部/大学院医療看護学研究科
がん・クリティカルケア看護学分野 教授


1986年、千葉大学看護学部卒業後、看護師として千葉大学医学部附属病院に勤務。1991年、千葉大学大学院看護学研究科修士課程修了。その後、千葉大学看護学部/大学院看護学研究科専任講師をしながら、研究活動に従事し、2001年に看護学博士号を取得。同大学の専任助教授、専任准教授を経て、2009年より千葉県立保健医療大学健康科学部看護学科教授に。2017年、放送大学客員教授を兼任。2019年より現職。

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