MEDICAL
2025.05.07
すべての人に身近な「がん」を治すために ~「放射線療法」という選択~

日本人の死因として上位を占める「がん」。その治療法に、三大治療法といわれる手術療法・薬物療法・「放射線療法」があります。中でも放射線療法はがんの種類によっては手術と同程度の治療成果が得られるうえ、臓器やその機能を残すことができる優れた治療法とされています。しかし、残念なことに国内での治療の実施は少なく、「放射線療法によって免疫力が低下する」といった誤った認識が見受けられるのが現状です。これらを踏まえて、順天堂医院・放射線科治療部門の鹿間直人主任教授にがんに対する放射線療法についてお話しいただきました。
「がん」ってどんな病気?
「がん」は2人に1人がなるといわれているすべての人にとって身近な病気で、正常な細胞の遺伝子が傷ついてできた異常な細胞(がん細胞)が、無秩序に増え続けて発生します。正常な細胞は、常に分裂・増殖・死滅を繰り返し、それぞれの臓器や組織に適切な状態を保っています。しかし、遺伝子の異常によりがん細胞が発生し、蓄積されてかたまりになるとがん(腫瘍)になり、発生した周りの器官にも広がりを見せます。これを「浸潤(しんじゅん)」といいます。さらに、がんが血管やリンパに入り込み、他の器官に広がる「転移」によってがんは全身に広がっていきます。
がんの発生は生活習慣と関係があり、生活習慣(飲酒・喫煙・食生活・運動不足など)の改善により罹患する可能性を下げられますが、完全に予防することはできません。
症状はがんの種類や罹患部位によってさまざまです。早期であればあるほど治せる確率が高いのですが、大半は初期に自覚症状がないため、日頃からがん検診を受けることが大切です。
「がん」と診断されたら、、、
「仕事を辞める、休職する」その決断の前にまずは医師にご相談を!
がんの治療には三大治療法といわれる「手術療法」「薬物療法」「放射線療法」があります。
中でも放射線療法は、比較的他の治療法よりも体への負担が少ないというメリットがあり、がんの種類、できた部位、進行状況、患者さん本人の意思などを考慮し、時には他の治療法と併用しながら、最善の治療法を考えて治療を行っていきます。副作用が出ることもありますが、放射線療法を行うことによるメリットが大きいと判断された場合に、副作用が最小限になるように行います。
がんになったので治療のために「退職した」「休職した」という声を患者さんからお聞きすることがありますが、ほとんどの場合でその必要はないのではないかと思われます。
順天堂医院放射線科でも多くの方が仕事の合間に来院されており、仕事と治療を両立しています。がんと診断されると、今後の人生や就労について不安なことも多いと思いますが、ご自身で判断される前に、まずは医師などの専門家に相談いただければと思います。
「放射線療法」のメリット
臓器や機能を残し、苦しい症状の緩和にも有効
放射線療法は、ほぼすべての疾患と部位に検討することができます。
乳がんでは乳房を残すことができたり、咽頭系の疾患では「声を出す」「食べ物をのみ込める」など、それぞれの臓器が持つ機能を残せる可能性があります。また、手術が困難な部位に広がったがんでも、放射線療法であれば対応できるケースがあります。さらに、高齢者や合併症を持つ方など手術に耐えられない患者さんでも治療を受けられますし、入院すると認知機能が低下しやすい高齢者には、入院せずに通院治療が可能な放射線療法を検討することもあります。

放射線療法のメリットはこれだけではありません。
症状を和らげる照射(緩和照射)により、がんの骨転移に伴う症状(痛みや麻痺)を減らすことができます。また、長期にわたって通院していただく必要はなく、短期間の治療で効果を発揮することが少なくありません。
このように放射線療法には多くのメリットがあるのですが、日本は海外と比べると放射線療法を受けている患者さんが少なく、放射線療法の良さが知られていないのが現状です。その背景には被ばく国であることや、「放射線療法を受けると免疫力が低下する」といった誤った認識が世の中に広まっていることが考えられます。前述にもある通り、放射線療法は、患者さんに治療を受けることのメリットがデメリットより大きい場合に行われます。
私たちはこうした放射線療法に対するネガティブなイメージを払拭し、患者さんを苦しめるさまざまながんに対して放射線療法が安全で有効な手段であることを知っていただきたいと考えています。
放射線治療専門医が揃う順天堂医院放射線科の強み
あらゆるがんのステージに対応
順天堂医院放射線科治療部門の強みは、すべての疾患に対してまんべんなく放射線療法を行えることです。実は放射線治療専門医は国内全体で約1,500名しかおらず、絶対数が非常に少ないのですが、常勤の放射線治療医10名が在籍する「大所帯」ですので、いわゆる「苦手分野」がありません。そのため、根治照射から緩和照射まで、あらゆるがんのあらゆる病期(ステージ)に対応することができます。また、複数の医師が診療ガイドラインの作成に携わっており、標準治療をしっかり把握したうえで患者さんに合った治療を提供しています。特に、密封小線源治療*1(RALS)においては、スペシャリストが2名在籍しています。
治療実績が急速に伸びていることもあり、国内外の医療機関から見学者も多く、高精度放射線療*2でも、この5年間で当院の治療件数は2倍近くに増えており、対象となる患者さんの幅も広がっています。
*1密封小線源治療(RALS)・・ 放射線を出す小さな線源(カプセル)を子宮および周囲に挿入・刺入して、病巣部から放射線を出す治療法。
*2 高精度放射線治療・・がんに集中した照射を行うことで治療成績の向上や副作用軽減を目的とした治療技術。実施するには、高精度な放射線治療装置を有し、その装置を安全に操作・管理するスタッフが必要となる。

少ない照射回数で最大限の効果
当科では寡分割照射法、つまり照射回数の少ない治療法を積極的に導入しており、乳がん、前立腺がん、緩和照射を中心に、照射回数を減らしても治療効果が見込める患者さんには短いスケジュールをご提案しています。例えば乳がんの場合、以前は5~6週間をかけて治療を行っていましたが、今では3~4週間に短縮できるようになりましたし、条件が合えば1週間(5回)の治療も可能です。
以前は技術的に、全身に均等に放射線療法を行うことが困難でしたが、今では強度変調放射線治療(IMRT)を駆使して全身に均等に放射線を照射し、かつ肺や腎臓などの臓器に照射される線量を抑えることができるようになりました。この治療には血液内科との緊密な連携が必要で、他の診療科も含めてハイレベルな技術と体制が求められます。どの病院でもできることではなく、優れた装置、事前の準備、治療システムの構築、正確な線量計算・測定が必要です。

お待たせしない医療
~患者さんにかかる負担を最小限にするために~
患者さんにとって通院は身体的・精神的に堪えますし、遠方からだと経済的なご負担も少なくありません。仕事を続けながらの治療なら、通院時間の確保も難しいでしょう。最近では技術の進歩と経験の蓄積から放射線療法も短期化ができるようになり、患者さんの負担軽減につながっています。もちろん、すべての短期スケジュールは科学的根拠に基づいており、「短いから端折った治療」ではありません。治療効果と安全性は科学的に確認されており、乳がんなどでは副作用が少なく、QOL(生活の質)の面でもよい結果が出ています。
もうひとつ、患者さんの大きな負担となっているのが、通院時の「待ち時間の長さ」です。
当科は適切な経過観察のタイミング、不要な検査の省略、予約制の徹底などに努めた結果、今では患者さんが待合室で待つ姿がほとんど見られません。時間どおりに診察や治療を受けていただき、時間どおりに帰っていただくことが日常の風景になっています。
放射線療法は通院の負担が軽くなり、がんは仕事を続けながら闘病できる病気になりつつあります。当科は「より多くの患者さんに適切な放射線療法をお届けしたい」という思いをスタッフ全員が共有し、治療に臨んでいます。がんと診断されたら、信頼できる医療機関と相談しながら、焦らず治療を続けていただきたいです。
