MEDICAL

2021.11.17

双極性障害の第一人者に聞く 「躁・うつと上手くつきあう方法」とは?

以前は「躁うつ病」と呼ばれ、国内だけで数十万人の患者さんがいる可能性がある双極性障害。再発率が高く、社会生活に支障をきたすことが多い病気ですが、薬物療法などで上手くコントロールすれば、ご本人もご家族も平穏に日常生活を送ることができると言います。30年以上にわたり双極性障害の研究に携わってきた順天堂大学医学部の加藤忠史教授に詳しいお話を伺いました。

双極性障害とはどんな病気?

躁状態とうつ状態を繰り返し、社会生活に大きな影響を与えます

「双極性障害」とはひと昔前には「躁うつ病」と呼ばれていた病気で、統合失調症と並んで二大精神疾患のひとつとされています。
気分が高揚し、極度に活動的になる「躁状態」。躁状態ほどではないものの、病的にテンションが上がる「軽躁状態」。意欲が低下し、何をしても気分が晴れない「うつ状態」。この3つの症状を繰り返し、その間に「寛解」と呼ばれる落ち着いた状態が続きます。ただし、「寛解」とは慢性的な病気の症状が収まっている状態を指し、再発のリスクが完全になくなったわけではありません。そのため、治療を怠ると再びうつ状態や躁状態が現れ、患者さんやご家族を悩ませます。ちなみに、激しい躁状態とうつ状態がある場合を「双極Ⅰ型障害」、軽躁状態とうつ状態がある場合を「双極Ⅱ型障害」といいます。
うつ状態は期間が長いこともあり、もっとも患者さんを苦しめます。一方、躁状態は活動的になり過ぎて人間関係を壊したり、大金を浪費してしまったり、仕事を辞めてしまうなど、社会生活にさまざまな問題を引き起こし、ご家族にも大きな影響を与えます。このような苦しみや社会的影響の大きさは計り知れません。「なんとか病気をコントロールできるようにして差し上げたい」という想いから、長く双極性障害の研究に取り組んでいます。

薬物療法について

もっとも大切なものは予防療法。
再発を避けるために薬の服用を続けます

双極性障害の治療法で車の両輪に当たるのが、薬物療法と心理社会的治療です。
薬物療法には、躁状態の治療、うつ状態の治療、予防療法の3つがあります。この中でもっとも重要なものが「予防療法」です。双極性障害の場合、極論を言えば躁状態もうつ状態も放置した場合でも自然に治ります。ところが発症後5年以内に約8割の方が再発しており、再発を繰り返すたびに社会的後遺症が大きくなるため、再発予防が欠かせません。特にⅠ型障害の場合、長期の予防療法が必要とされています。

治療でよく使われているのは、リチウムという薬です。リチウムは古くから使われている薬で、経験的に効果も実証されていますが、中毒になりやすい特徴があります。そのため2~3か月に1度、採血をして血中リチウム濃度を確認しながら投薬を続けなくてはなりません。また、主な副作用として初期には吐き気、下痢、手の震え、口の渇きなどがあり、長期になると腎機能障害などが報告されています。さらに妊娠中の服用は胎児に心血管系の奇形を招く可能性があり、避けなければなりません。
リチウム以外の薬には、バルプロ酸、ラモトリギン、カルバマゼピンという抗てんかん薬が気分安定剤として使われています。他にルラシドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬などもあります。リチウム、抗てんかん薬、抗精神病薬はいずれも薬が効く仕組みが異なるため、主治医と相談し、必要に応じ、上手く組み合わせて服用するとよいでしょう。

心理社会的療法について

病気を受け入れることで
コントロールできる状態に近づけます

2~3か月に1回通院して採血検査をしなくてはならない薬物療法は、患者さんにとってかなり面倒なものです。さらに副作用もありますから、寛解状態になった患者さんはほとんどの場合、薬をやめてしまわれます。そこで重要になるのが心理社会的治療です。心理社会的治療は双極性障害という病気を理解し、薬をうまく活用してコントールすることの重要性を知っていただくためのものです。
この病気は、とにかく「受け入れる」ことがとても難しいのです。患者さんは「自分だけは再発しない」と思い込んでおられたり、精神疾患に対して偏見があり、そのような病気に自分がなってしまったことを受け入れられず、否認する方も少なくありません。もちろん、私たち医師は一生懸命説明するのですが、その結果、「また再発するのではないか」という不安に襲われる方もおられますし、自分自身への差別意識に悩む方もおられます。
しかし、こうした否定・否認の時期を経ないと、病気を最終的に受け入れることはできません。さまざまな葛藤を経て受容に至り、「双極性障害で薬を飲むことも、高血圧で降圧剤を飲むこととたいして変わらない」と思っていただければ、病気を克服したも同然だと思います。

ご家族に伝えたいこと

患者さんの言動に影響され過ぎず、なるべく早く病院へ

この病気はご本人はもちろん、ご家族も病気を理解し、家族の問題として取り組む必要があります。そのため、心理社会的治療では患者さんとご家族、主治医が集まり、心理教育用のパンフレットを一緒に読んだりします。患者さんにとってはうつ状態がもっともつらく、ご家族にとっては躁状態がもっともつらいため、患者さんのつらさについてのページをご家族に読んでいただき、ご家族のつらさについてのページを患者さんに読んでいただくなど、互いに理解を深める努力をします。
ご家族に申し上げたいのは、躁状態の患者さんは激しいことをおっしゃいますが、それは「病気が言わせている」ということ。ですから患者さんの言動に影響され過ぎず、治療を優先していただければと思います。また、完全に躁状態になると患者さんは病気の自覚がなくなりますが、なり始めならまだ自覚ができ、「コントロールしなくては」と思っていただきやすいものです。そのため、躁状態になり始めの兆候(電話の回数が増える、買い物が増える、夜更かしをする、など)をいち早く捉えて、患者さんが病院へ行くようにサポートしていただければと思います。さらに、患者さんの看護や介護だけの人生にならないよう、ご自分の時間をしっかり作り、人生を楽しんでいただきたいと願っています。

病気をコントロールできない方へ

順天堂「気分障害センター」では
「双極性障害治療立て直し入院」を行っています

薬物療法や心理社会的治療により多くの方は双極性障害をコントロールできるようになるのですが、なかにはコントロールできずに困られている方もいます。私が理化学研究所で双極性障害の研究を続けていたときも、そういった患者さんから「病気がなかなか落ち着かない」「どんな治療をすればいいのか」といった相談をメールやお手紙でいただいていました。そんな折、2020年4月に順天堂に着任する機会をいただき、「気分障害センター」で「双極性障害治療立て直し入院」を始めることができました。
「双極性障害治療立て直し入院」では、治療効果がなかなか現れず、悩んでおられる患者さんを対象に2週間入院していただいて、しっかり検査を行います。複数の医師で病歴や治療薬などを確認し、脳画像、脳波、内分泌検査、認知機能検査、心理検査などで情報を集めた上で、「なぜ、この患者さんは状態が落ち着かないのか」「こういう治療がよいのではないか」など、多職種でとことんディスカッションして結論を出し、ご本人と主治医へフィードバックします。
このような双極性障害に特化したプログラムは、国内の大学病院では初めての試みです。双極性障害の治療でお悩みの方は、ぜひ順天堂の「気分障害センター」にご相談いただければと思います。

発症メカニズムの研究について

354家系の遺伝子解析から突然変異を発見。
脳の視床室傍核に注目して研究を続けています

「気分障害センター」で臨床に携わる一方、順天堂大学医学部/大学院医学研究科気分障害分子病態学講座にて、双極性障害の発症メカニズムについて、スタッフとともに研究を続けています。
双極性障害の原因にはさまざまな仮説が唱えられてきましたが、遺伝子が関与していることは確実です。そこで私たちは171家系の双極性障害の患者さんとそのご両親にご協力をいただき、海外の家系と合わせて354家系で遺伝子解析を行いました。遺伝子は父親から半分、母親から半分受け継ぐものですが、患者さんの遺伝子を調べると父親からでも母親からでもない配列が見つかることがあります。この突然変異を詳しく調べた結果、神経細胞の機能に関わる遺伝子や感情の制御に関わる脳部位で働く遺伝子に多いことがわかりました。
また、双極性障害を伴う遺伝病のいくつかの原因遺伝子の遺伝子改変マウスを作って解析したところ、双極性障害に似た行動変化を示し、感情に関わる伝達物質のうち、セロトニンをもつ神経細胞が過剰に興奮したり、セロトニン神経が投射している視床室傍核という部分に異常が起きたりしていることがわかりました。視床室傍核は恐怖に関わる扁桃体と報酬に関わる側坐核という対照的な場所に投射しています。視床室傍核の過剰な興奮により、誰もが持つ憂うつな気分やウキウキする楽しい気分が異常に増幅された状態が双極性障害と考えれば、納得できます。今後は本当に視床室傍核が原因部位なのか、詳しく研究していきたいと考えています。
双極性障害は寛解する状態があるわけですから、根本的な治療法は開発できるはずです。研修医を終えてから30年以上研究を続けていますが、私の代では新規治療法の実用化までは辿り着かないかもしれません。今後は次世代の研究者の育成にも力を入れたいと考えています。

Profile

加藤 忠史
順天堂大学医学部精神医学講座/大学院医学研究科精神・行動科学/気分障害分子病態学講座 教授/順天堂大学気分障害センター センター長

1988年、東京大学医学部卒業。同附属病院にて臨床研修。1989年、滋賀医科大学附属病院精神科助手。1994年、同大学にて博士(医学)取得。1995~1996年、文部省在外研究員として米国・アイオワ大学精神科にて研究に従事。1997年、東京大学医学部精神神経科助手。1999年、同講師。2001年、理化学研究所脳科学総合研究センター(現・脳神経科学研究センター)・精神疾患動態研究チーム・チームリーダー。2020年より現職。著書・受賞歴とも多数。

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