MEDICAL
2021.06.09
治療法が少ない小細胞肺がんの患者さんを救いたい! 腫瘍抑制遺伝子に着目し、研究を推進。
がんの中でもっとも死亡者数が多く、年間約75,000人もの日本人の命を奪う肺がん(2019年/国立がん研究センター調べ)。小細胞肺がんは肺がんの約15%を占めているにもかかわらず、他の肺がんと比べて治療法の進歩が遅れている疾患です。順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)の呼吸器内科に勤務する田島健医師は、診療のかたわら、小細胞肺がんの新たな治療法の開発を目指して研究を続けています。
進行が早く、予後が悪い小細胞肺がん
肺がんはその組織型によって非小細胞肺がんと小細胞肺がんに大きく分けられ、非小細胞肺がんには、肺がんの中でもっとも患者数が多い肺腺がんが含まれます。一方、小細胞肺がんはあまり耳慣れない病名かもしれませんが、肺がん患者さん全体の約15%を占めるといわれており、患者数自体はかなり多いという印象です。
小細胞肺がんの特徴は、進行がとても早いこと。患者さんが初診で私たちの外来にいらしたときには、多くの方に遠隔転移やリンパ節転移が見られます。そのため、手術ですべてのがん病巣を取り切ることが難しく、非小細胞肺がんならステージⅢまで外科の先生方に手術をお願いできるのですが、小細胞肺がんはステージⅠまで。そのあとは、放射線治療や抗がん剤治療がメインになります。
もうひとつ特徴的なことは、小細胞肺がんでは放射線治療や抗がん剤治療が初回に限ってとてもよく効くこと。大きな腫瘍があっても、1度の治療でまるでがんがなくなったかのようによく効くのですが、大変残念なことにほぼ100%再発します。再発後は放射線治療や抗がん剤治療も効きが悪くなるため、結果として予後が悪い肺がんの代表格といわれていす。進行も早く、診断から13~14か月程度で亡くなる方が多いというデータもあります。
小細胞肺がんの治療法が
医学の進歩から取り残された理由とは
実は非小細胞肺がんの治療は、この10~20年で大きく進歩しています。進歩した要因のひとつが、遺伝子変異を高速で大量に読み取る「次世代シークエンサー」という技術が発達したこと。これにより、がん自体の遺伝子変異をどんどん見つけることができ、その中からドライバー遺伝子(※)を同定し、それをターゲットにした分子標的薬が開発されるようになりました。その結果、非小細胞肺がんに関しては治療方針が大きく変化し、予後が改善されました。
一方の小細胞肺がんに関しても、もちろん同じ手法で治療の研究が進められたわけですが、残念なことに手術の絶対数が少ないため、臨床検体を使った研究が非小細胞肺がんほど進められませんでした。
そして今だからわかっていることですが、小細胞肺がんに関してはドライバー遺伝子変異を見つけようとすること自体が間違っていたのです。小細胞肺がんにおいて治療標的になるような遺伝子変異を見つけようと、この20年、世界中の研究者がドライバー遺伝子を必死に探し続けてきましたが、結局ドライバー遺伝子は存在しなかったのです。結果として、小細胞肺がんの治療法はこの20年、ほとんど進歩しませんでした。
(※)ドライバー遺伝子...がんの発生・進展において、直接的に重要な役割を果たす遺伝子。
視点を変えて
腫瘍抑制遺伝子にターゲットを絞る
こうした状況もあり、私も「今のまま遺伝子を読むだけでは小細胞肺がんの治療ターゲットは見つからない。全く新しい視点で探さなくては」と考えるようになりました。治療法は進歩していなくても、多くの基礎研究者により小細胞肺がんの基礎研究は進められていましたので、さまざまな論文に目を通し、「小細胞肺がんの遺伝子変異はドライバー遺伝子ではなく、腫瘍抑制遺伝子に起きる」という結論に達しました。腫瘍抑制遺伝子とはがんの発生を抑制する遺伝子のことで、そこに傷が入ることで、小細胞肺がんは引き起こされます。では、この腫瘍抑制遺伝子自体をターゲットにできないか?――それが今回の研究のいちばんの着眼点です。
実は腫瘍抑制遺伝子への治療はかなり難航するものです。ドライバー遺伝子のように「これを抑えればいい」というものは治療標的として戦いやすいですが、「もともとあった機能がなくなってしまった」腫瘍抑制遺伝子を元に戻すのはなかなか難しいからです。そこで私が着目したのが「合成致死」という現象でした。
例えば遺伝子Aと遺伝子Bがあった場合、遺伝子Aの機能がなくなっても遺伝子Bがその機能を補うケースがあります。その場合、遺伝子Bの発現を抑制すると細胞死が誘導されます。これを「合成致死」といいます。合成致死を利用した抗がん剤は乳がんや卵巣がんで臨床応用されているのですが、小細胞肺がんではまだありません。
傷が入った腫瘍抑制遺伝子を補完する
遺伝子を求めて
腫瘍抑制遺伝子に着目した理由のひとつに、小細胞肺がんにおいては腫瘍抑制遺伝子にかなり傷が入っているという事実があります。しかも、もっとも有名なp53とRBという腫瘍抑制遺伝子に9割以上の確率で傷が入り、この2つのパスウェイ(※)が不活性化されていることが、これまでのデータで証明されています。つまり、遺伝子Aに傷が入っている状態であれば、遺伝子Bを見つければ、合成致死の観点からもがんをやっつけることができるのではないかと考えました。
では、その遺伝子Bをどのように見つけるのか。私にとって非常に幸運だったのは、この頃米国のハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が共同出資して創設したBroad Institute of MIT and Harvardという研究機関が、膨大な実験データを公開してくれたことでした。すべてのがん種の何千種類の細胞株を使い、遺伝子をひとつずつ抑制し、どの遺伝子を落とすと細胞死が誘導されるのかという実験データも公表されており、その中に小細胞肺がんだけで細胞死が誘導される遺伝子データもいくつか見つけることができました。現在はその一部を使って、基礎的な実験を推進中です。
(※)パスウェイ...生命現象を制御する生物的過程や経路のこと。
2010~2014年まで留学していた米国Massachusetts General Hospital cancer centerにて
大学院進学、米国留学を通じて基礎研究に従事。
小細胞肺がんの患者さんを臨床と研究で救いたい!
私は臨床医として順天堂医院の呼吸器内科に勤務していますが、「海外で研究をしてみたい」という想いから、まずは国内の大学院で経験を積もうと考え、臨床を続けながら順天堂大学の大学院に入学し、研究を始めました。
大学院での研究はかなり辛いものでした。実験をすれどもすれども結果が出ず、「本当に卒業できるのか?」「本当に論文にできるのか?」と自問自答の繰り返し。最後の数か月でようやく結果が出て、なんとか論文化することができました。臨床は回を重ねるほど患者さんやご家族に感謝していただけますし、費やした時間と自分なりの満足度が比例しますが、基礎研究には時間との比例が全くありません。救いは呼吸器内科学講座の髙橋和久教授が2週間に1度、必ず1時間程度のミーティングを設けてくださり、直接指導していただけたことでした。
呼吸器内科学講座のメンバーたち(前列左から4番目が髙橋和久教授)
そのような大学院での研究を経て、ついに米国Massachusetts General Hospital cancer center(MGH)への留学がかない、4年間さまざまな経験を積むことができました。
2014年に帰国し、改めて診療の現場に携わるなかで、非小細胞肺がんの治療法は大きく進歩しているのに、小細胞肺がんは何も変わっていない現実に直面しました。小細胞肺がんで苦しむ患者さんをなんとかして差し上げたい――その想いから、現在まで研究を続けています。基礎研究は一歩一歩の積み重ね。患者さんの利益になかなか直結しないこともありますが、今自分が研究していることが5年後10年後の基礎研究者の踏み台になってくれればいいと考え、研究に取り組んでいます。
田島 健(たじま・けん)
順天堂大学医学部呼吸器内科学講座 准教授
2000年、順天堂大学医学部卒業。医師国家試験合格。順天堂大学医学部附属順天堂医院内科にて臨床研修医。2003年、順天堂大学医学部呼吸器内科学講座専攻生。2004年、同医学部附属浦安病院助手。2005年、越谷市立病院 医員。2006年、順天堂大学大学院医学研究科入学。2009年、同大学院卒業。医学博士。2010年、米国Massachusetts General Hospital留学(博士研究員)。2014年、順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター助教。2015年、順天堂大学医学部呼吸器内科学講座助教。2019年、同講師。2021年、同准教授。日本内科学会認定医・専門医・指導医。日本呼吸器学会専門医。