MEDICAL
2024.08.08
夏に低下する子どもの活動量 暑くても安全に体を動かすには?
子どもが日常的に体を動かすことは、生涯にわたる運動習慣や健康維持のために、とても重要です。しかし近年、熱中症などへの心配から、夏季の子どもの活動量が低下していることが分かっています。子どもが夏も安全に楽しく体を動かすためには、どのような工夫や配慮が必要なのでしょうか。幼児期の運動習慣の重要性、夏の運動に必要な配慮や室内でもできる運動あそびなどについて、大学院スポーツ健康科学研究科の鈴木宏哉先任准教授(発育発達学)、医学部医学教育研究室/小児科学講座の遠藤周准教授にお話を聞きました。
幼児期の運動習慣は「一生もの」
そもそも、なぜ子どものころに体を動かすことが大切なのでしょうか。「わざわざ運動しなくても、健康ならそれでいいんじゃない?」そんなふうに考える方もいるかもしれません。しかし、就学前の幼児期に日常的に体を動かして遊んでいたかどうかは、その先の健康や体力に大きな影響を与えることが、さまざまな研究から明らかになっています。たとえば、国が行っている体力・運動能力調査では、幼稚園・保育園で外遊びをたくさんした子ほど、小学生になっても運動をしていることが報告されています。また、別の研究では、2歳の時にスクリーンタイム(テレビなどの画面を見ている時間)が長かった子どもは、5歳になった時に座っている時間が長く、運動量が少ないことも分かりました。
「幼児期の運動習慣は、その先の運動習慣に持ち越されます。さらに、運動を“する”習慣よりも運動を“しない”習慣の方が持ち越されやすいため、マイナスの影響の方が残りやすいということになります」(鈴木先生)
さらに、鈴木先生のグループが花王株式会社と行った共同研究によると、1歳の時の身体活動が、3歳の時の身体活動だけでなく、心理・社会的健康(精神面や社会性の発達)にも影響していることが分かったといいます。(参考1)
「子どもの運動習慣は、心の成長を促して社会性を育み、さらに学力などの認知機能にも影響を与えています。体を動かすことは、今のその子の健康や体づくりにももちろん役立ちますが、それ以上に、その子の生涯にわたる運動習慣や心身の健康維持に非常に重要なんです」(鈴木先生)
(参考1)
Tsuyuki, C., Suzuki, K., Seo, K. et al. Qualitative study of the association between psychosocial health and physical activity/sleep quality in toddlers. Sci Rep 13, 15704 (2023).
https://doi.org/10.1038/s41598-023-42172-4
さまざまな研究成果を踏まえ、文部科学省の幼児期運動指針や学習指導要領では、幼児期から小学校までの間に「多様な動きをつくる運動」をすることが意識されています。鈴木先生によると、幼児期は体力・運動能力の中でも脳や神経に関わる要素が発達するため、遊びや運動に「体を移動させる動き」「バランスを取る動き」「ものを操作する動き」の3つをバランス良く取り入れ、多様な動きを経験することが大切だといいます。さらに、「多様な動き」に加えて、「多様な環境で」「多様な人と」遊んだり運動したりすることも、子どもの心と体を成長させる大事な要素です。
「外に出て、凸凹した地面や芝生の上で、暑さ、寒さ、太陽の光、風を感じながら体を動かすと、空調の効いた屋内や人工的な道具からでは得られないさまざまな刺激に触れることができます。また、親戚の子、ショッピングセンターの遊び場で出会った子、年代の違う子どもや大人など、さまざまな人と一緒に過ごす環境も、子どもの社会性やコミュニケーション力の成長には大切です。幼児期には特に『動き、環境、人』の3つの多様性を意識した遊びや運動を経験させてあげたいですね」(鈴木先生)
熱中症への意識の高まりで夏の運動量が低下
多様な刺激を受けながら、自由に大きく体を動かせるのは、やはり屋内よりも屋外です。しかし近年、暑さに対する社会的な危機意識の高まりから、夏は外遊びを控える動きが広がっています。子どもが夏休みに一日中外で元気に遊んでいたのは昔の話。現在では、一年のうち最も子どもの身体活動量が低下するのが夏なのです。
「我々が北陸地方の保育園で行った季節ごとの運動量調査でも、夏が一番運動量が少ないという結果でした。雪が降る冬の運動量低下を懸念していたのですが、実際には冬よりも夏の方がずっと運動量が少なかったんです。ただ、暑い夏でも、元々体を動かすことが好きな子どもは、運動量をある程度維持できています。心配なのは、運動に興味関心が低い子どもや苦手な子どもです。そうした子どもたちにとっては、暑さが運動量を一気に減らしてしまう原因になっていると考えられます」(鈴木先生)
夏も元気に体を動かすために効果的なのは、プール遊びなど、体を冷やしながら遊ぶ方法です。鈴木先生のグループなどが行った研究では、冷却剤などで首を継続的に冷やすと、子どもが外で活発に活動できる時間が増える可能性があることが分かりました。(参考2)
「最近では首を冷やすさまざまなグッズがあるので、そういったツールを活用して、夏に不活発になりがちな子どもたちにも体を動かして遊んでほしいと思っています」(鈴木先生)
(参考2)
子どもの夏季の外遊びにおける頸部(首) 冷却の影響
~首の冷却が中高強度身体活動時間をのばす可能性を確認~
https://www.juntendo.ac.jp/news/17449.html
夏の活動には、もちろん熱中症や脱水症の予防が欠かせません。そのために大切なのが、暑さ指数(WBGT)(参考3)を知り、チェックすることです。 暑さ指数は熱中症を予防するための指標で、気温、湿度、日差しなどを考慮して算出されます 。熱中症と聞くとつい気温に注目してしまいますが、医師の遠藤先生は「暑さ指数を調べること」を予防のポイントに挙げます。
「熱中症には気温だけでなく、湿度、輻射熱(周囲のものが発している熱)も大きく関わっています。夏季の運動は暑さ指数を調べて検討し、体調が悪い時、寝不足の日などはさらに注意してください」(遠藤先生)
(参考3)
暑さ指数(WBGT)について〈環境省HP〉
https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_lp.php
日本スポーツ協会の熱中症予防運動指針では、暑さ指数が28以上の場合「厳重警戒(激しい運動は原則中止)」、31以上で「運動は原則中止」としています。
熱中症は、異常な高気温、多湿、風が弱いなどの環境で体から外気に熱を逃がしにくくなり、汗も蒸発しにくくなることで起こります。また、脱水症は、たくさん汗をかいているにもかかわらず、水分と塩分の摂取量が少ないことによって発症します。
「軽度の熱中症は、手がしびれる、めまい、たちくらみ、こむら返り、気分が悪い、ボーッとするといった症状がみられ、こうした症状が現れたらすぐに涼しい場所に移動して体を冷やし、水分と塩分を摂ってください。普段運動をしていない人や乳幼児は熱中症になりやすく、特に予防に努めることが大切です。脱水症には、口の中が乾く、尿の量が減るといった症状があり、スポーツドリンクや経口補水液で水分と塩分を補うことが大切です。水分を補おうと水だけを大量に飲むと、体内の塩分がさらに薄まり、水中毒(低ナトリウム血症)を起こしてしまいます。水分と塩分はセットで摂ることを心掛けてください」(遠藤先生)
暑すぎる日は屋内で体を動かす工夫を
暑さ指数が高い日には、幼稚園・保育園の園内や家の中でも、工夫次第で楽しく運動量を確保することができます。屋内でも楽しめるおすすめの遊び方を、鈴木先生に教えていただきました。
【幼稚園・保育園・小学校でできる遊び】
●スカベンジャーハント(宝探し)
園舎や校舎のあちこちにある物(ボール、消火器など)を宝物に見立てて「宝探しカード」をつくり、制限時間内にカードにある宝物を見つけにいくゲーム。運動の得意不得意や好き嫌いに関わらず、自然に楽しく活動量を増やすことができます。雨の日に屋内で活動量を増やすことにも役立ちます。
【家庭でできる遊び】
●風船遊び
膨らませた風船を、新聞紙などで作った棒で落とさないようにパスし合ったり、しりとりをしながら打ち合ったりします。
●人間ジャングルジム
大人の体を木登りのように上ったり、腕からぶら下がったり、おんぶの状態から床に落ちないように抱っこの状態に移動したり します。
子どもが自由に体を動かして遊んだり運動したりするためには、周りの大人のサポートが不可欠です。順天堂大学がスポーツ庁の委託事業として取り組んでいる『幼児期からの運動習慣形成プロジェクト』(参考4)の研究でも、保護者のフィジカルリテラシー*¹が高いと、子どもが活発に運動する頻度も高いことが分かっています。
*1フィジカルリテラシー・・・実際に運動する能力、運動の意味や価値に対する知識・理解、運動への前向きな気持ち、運動場面での人との関わり方など、生涯にわたり運動やスポーツを続けるための資質や能力。
(参考4)「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」取り組みのまとめ
https://jasms.juntendo.ac.jp/magazine/751/
「大人の運動に対する意識や振る舞いが、子どもたちの運動環境や運動習慣に大きく影響しています。もちろん子どもと一緒に運動するのもいいですし、座りっぱなしになっていたら体を動かすように声を掛けるだけでもいいと思います。日ごろから子どもと接する保護者や保育者・教員のみなさんには、幼児期の運動習慣が持つ意味を理解し、安全に配慮しながら、夏でも子どもたちが元気に体を動かせるようサポートをしていただきたいと思います」(鈴木先生)