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2022.08.27

安心して学べるのは「かけがえのない贈り物」。ウクライナから来日した医師が伝えたいこと。

順天堂大学では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響により、教育や研究を継続することができなくなったウクライナの学生や医師、研究者を、2022年6月から受け入れています。ウクライナから来日した医師のひとりで、輸血学を専門とする内科医のオレナ・ネステレンコ(Olena Nesterenko)さんに、本学で研修を受けて感じたことや、企画したシンポジウムへの想い、日本の学生に向けたメッセージを聞きました。

専門性の高い学びを得るため
短期研修で順天堂大学に

順天堂大学で短期研修の受け入れをしていることを、ウクライナの医学会のSNSで知り、応募しました。ウクライナでは、国外で学ぶ機会があれば留学したいと考える医師はとても多く、私もその一人です。募集要項に順天堂大学の国際交流センターのホームページが掲載されていたため、そこから各講座の詳細を見ることができ、順天堂では専門性の高い教育や研究がなされていて、たくさんの研究成果も論文として発表されていることを知りました。ぜひここで学びたいと思って応募し、6月5日に来日。順天堂に来てからは、総合診療科や臨床腫瘍学、血液内科で研修を受け、回診に同行してベッドサイドでの患者さんの診療の様子を見学したり、症例検討会に参加したりもしました。また、医療手技について教えていただくこともあり、研修先の先生方には、たくさんの細かな質問にとても丁寧に答えていただきました。今後の診断や治療に活かせる点をたくさん教えていただけたと感じています。

最先端の治療法に触れた研修期間
血液内科のCAR-T細胞療法は帰国後に役立つ大きな学びに

日本でもウクライナでも、医療にはそれほど大きな違いはありません。日本の病院の方が最新機器が揃っていて、検査などを行いやすい面はありますが、どちらも信頼できるガイドラインに沿って標準的な医療が提供されています。今回の研修を通して、自分たちが提供している医療が間違っていないことを確認することができ、自信になりました。
一方、研修中は最先端の治療法も見せていただきました。特に、血液内科で学んだCAR-T細胞療法は、ウクライナにある自分たちの病院でも導入を検討しており、私自身も検討メンバーの一人でしたので、手技の一つ一つを見せていただき、とても勉強になりました。軍事侵攻の影響で、現在、導入計画も中断してしまっていますが、順天堂医院で初めてCAR-T細胞療法を導入した時に、どのような困難があったか、それらをどう克服したか、また、どうやっていち早く問題を発見したかなど、最初の頃の体験もうかがえたため、今後、導入に向けて動き出すうえでも、参考になると思っています。

CAR-T投与前の準備を見学するオレナさん。凍結されたCAR-Tを37度の恒温槽で溶かす細胞療法・輸血学の安藤純教授

災害時にも適切に医療が提供できるように
自分たちの経験を伝えるシンポジウムを企画

順天堂に来て1か月余り経った頃、ウクライナから来ている医師や医学生同士で、日々の振り返りをした時に、誰もが同じ質問を繰り返し受けていることが分かりました。ウクライナの状況はもちろん、ウクライナの医療制度や医学教育などに関する質問です。
そこで皆で相談して、そのことについて発表するシンポジウムができればということになりました。そうすることで、それぞれが医学の専門家として、各々の専門領域についても情報提供ができると考えたんです。こうして皆で企画し、準備を進め、8月18日(木)に順天堂大学でシンポジウム「FIGHT FOR LIFE, HEALTH AND FUTURE: UKRAINIAN HEALTHCARE SYSTEM IN RUSSIAN-UKRAINIAN WAR」を開催することになりました。

ウクライナから来た医師と医学生全員で企画したシンポジウム。本郷・お茶の水キャンパスの小川秀興講堂からオンライン中継された

8月上旬には、日本の災害医療を学ぶため、福島で行われた日本DMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)隊員養成研修に参加したのですが、その時に、大規模災害では、病院が孤立することがあるということを聞きました。電気や水が止まり、容易に献血者も集められず、必要な物品も入手できない中、負傷して輸血が必要な患者がいたらどうしたらよいのか――。そのような時に私たちの経験が役立つのではないかと思い、シンポジウムでは、輸血学を専門とする内科医の視点から、非常事態で医療システムを維持するために必要なことについて発表しました。
ウクライナでは戦争が始まってから外出制限が敷かれ、夕方6時から朝の7時まで外に出られず、また、2日間、完全に外出できないこともありました。その一方で、病院には外傷患者がどんどん運ばれてきます。限られた血液製剤をどう使うか考えなければなりませんでしたし、安全に病院に来ることができる近隣の献血ボランティアを確保する必要もありました。輸血用の血液を確保して血液製剤をつくり、保管するために必要な資材がどれくらいあるか、素早くカウントしなければなりません。必要に迫られて全血輸血をすることもありますが、そのリスクをどう考えるのかといった判断も求められます。また、電気を失い冷蔵庫を使えない状況下で、どうしたらよいかも知っていなければなりませんでした。そうした経験が共有できると思ったんです。

シンポジウムで発表するオレナさん

CAR-T療法の導入に向けて
順天堂で学んだことをウクライナで伝えたい

8月28日には、日本を発ってウクライナに戻ります。ウクライナに帰国したら、自分を送り出してくれた病院に戻って、また医師として働く予定です。皆、自分が戻るのを楽しみに待ってくれています。CAR-T療法についてもたくさんのアドバイスをいただいたので、早く導入することができるように順天堂で学んだことを皆に伝えたいと思っています。
順天堂では、医師が診療をしながら研究も行って、科学に貢献している様子を目の当たりにしました。病院と研究室を行き来して、診療も研究も行うことができれば、医学の発展により寄与することができるはずです。そのような体制を敷くことができないか、帰国したら病院内で働きかけたいと思います。

日本の学生にも伝えたい
安全に、安心して学べるのは『かけがえのない贈り物』

これはウクライナから来た誰もが 感じていることですが、日本に来てからずっと、日本の皆さんがウクライナのことを心配してくださっていることをひしひしと感じます。
回診で病室に行き、担当医が自分のことを患者さんに紹介すると、どの患者さんも「ウクライナから来たの?おうちは大丈夫?ご家族は元気?」と声をかけてくださいますし、病室のテレビでもウクライナのニュースが流れています。日本人が、ロシアとウクライナの戦争を遠い国の自分たちとは関係のない出来事としてではなく、すぐ隣で起きていること、自分たちの隣人が遭遇していることとして考えていてくれることに、とても励まされました。
来日にあたっての渡航費や滞在に必要な費用も支給していただき、経済的にも支えていただいています。それはなかなかできることではありません。お金のことが全てではありませんが、そのような支援を皆さんで決めてくださったこと、その結果、自分たちが招へいされたということに、感謝の気持ちでいっぱいです。

日本の学生さんをはじめ皆さんに伝えたいことは、安全に勉強できるということ、安心して学べるということは『かけがえのない贈り物(ギフト)』だということです。つい、時間を無駄に過ごし、明日やればよいと考えがちですが、明日は来ないかもしれません。私自身も戦争が始まるまで、そんな風に考えたことはありませんでした。皆さんには、その時々に全力で生きること、この一日を大切にして学ぶことが、いかに大事か知ってほしいです。

 

日本に来て、自分たちは一人ではない、自分たちを支えてくれる人たちがいると感じることができました。戦争が始まった時、世界は、キーウは数日で陥落すると思っていました。でも、自分たちは、勇気をもって立ち向かおう、力を合わせて耐え抜こうと誓いました。日本に来て、そのような自分たちのことを心に留め、応援してくださっている方がたくさんいることが分かり、とても励まされました。そして、さらに前に進む力をいただきました。これからも皆と力を合わせて希望をもって歩んでいきたいです。

福島で行われた日本DMAT隊員養成研修で。左から3番目がオレナさん
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