MEDICAL

2021.11.26

がん治療の第4の柱・細胞療法。全国でも限られた医療施設のみが提供できる CAR-T療法とは?

がん治療の3つの柱である手術療法、抗がん剤療法、放射線療法。これらに続き第4の柱といわれる「免疫T細胞療法」が、国内でも徐々に広がりつつあります。順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)の血液内科では、2019年に国内で認可された細胞療法「CAR-T(カーティ)療法」にいち早く対応。難治性の白血病やリンパ腫の患者さんに、新たな選択肢となるCAR-T療法について責任医師である安藤純教授にお話を伺いました。

CAR-T療法とはどんなもの?

患者さんご自身のリンパ球から
がんと闘うCAR-T細胞を作ります

CAR-T療法では、まず患者さんご自身の血液から透析のような機械を使ってリンパ球を採取し、その中から免疫細胞のひとつであるT細胞を取り出します。このT細胞にがん細胞を攻撃する「CAR(カー)」という分子を創り出すための遺伝子を導入。CARを持つT細胞(以下、CAR-T細胞)を作り、患者さんの体に戻すというものです。CAR-T細胞は患者さんの体内でどんどん増え、がん細胞を攻撃して死滅させます。一度体内に入ったCAR-T細胞は長く残り、再びがん細胞が生まれても早めに攻撃し、がんを予防する効果もあります。このようなCAR-T細胞を使った細胞療法を「CAR-T療法」と呼びます。

具体的な流れをご説明すると、まず私たちが患者さんから採血し、そこから採取したリンパ球を順天堂大学のセルプロセシング室で凍結し、米国(もしくは神戸)の製薬会社セルプロセシングセンターに送ります。セルプロセシングセンターでリンパ球をCAR-T細胞に加工し、6~8週間後に順天堂医院に輸送されたのち、患者さんに投与します。順天堂医院で取り扱っているCAR-T細胞は、米国の製薬会社ノバルティス・ファーマが製造する「キムリア」で、国内ではもっとも早く2019年に薬価収載となったものです。

CAR-T療法の対象とは

難治性の白血病やリンパ腫で
他に治療法がない方が対象です

CAR-T療法の対象となるのは難治性の白血病やリンパ腫の患者さんです。白血病に関しては25歳以下の方が対象となり、これまで他に治療法がなかった白血病の患者さんや骨髄移植後にがんを再発した患者さんなどが対象です。リンパ腫は高齢者に多い病気ですので、当院の場合、75歳ぐらいまでであれば投与を検討します。抗がん剤を何度か変えても治らない方などが対象です。
また、患者さんご自身のリンパ球の数が少なかったり、リンパ球がなかなか増えなかったり、うまくCAR-T細胞が作れなかったりすることもあります。CAR-T療法を受ける前にいろいろな抗がん剤を投与されたり、骨髄移植を受けたりされた方は、CARができても体内で増殖しづらい傾向があるのです。さらに、CAR-T細胞の製造まで6~8週間かかりますので、がんが急激に進行されている方も対象外です。つまり、ある程度病気がコントロールされていることが前提です。
このようにいろいろな適用条件があるCAR-T療法ですが、抗がん剤治療や骨髄移植などでつらい経験をたくさんされてきた患者さんにとっては、ご自身のリンパ球を体に入れるだけですので、髪の毛が抜けることもありませんし、吐き気や嘔吐もありません。入院当初の2週間程度を乗り越えていただければ日常生活に戻れますので、体にやさしい治療といえます。他に治療法のない患者さんにとって、ひとつの希望であることは間違いないでしょう。

CAR-T療法の副作用と対処法

免疫システムが暴走することも
COVID-19で培った経験を活かして対処

CAR-T療法にももちろん副作用はあり、なかでも多いものがサイトカイン放出症候群です。患者さんの体内でリンパ球が増殖する際、いろいろなサイトカイン※を出し、発熱や血圧低下など、さまざまな症状が出ます。これまでに、キムリアの治験時には何割かの方が集中治療室(ICU)に入られたという事例も報告されていますが、当院ではまだそのような症例はありません。というのも、サイトカイン放出症候群は免疫システムが暴走する状態ですので、COVID-19の重症患者さんと同様です。そのため対処方法は、COVID-19で知られるようになったアクテムラというお薬を使います。なお、免疫が暴走するのを抑えても治療効果には影響はありません。他に中枢神経への合併症なども副作用として報告されていますが、通常は2週間程度で退院されています。

また、採血する際、小さなお子さんは血液量が少ないため、必要なリンパ球の数を採取するのに時間がかかることがあります。ちなみに、抗がん剤や骨髄移植は脳などの中枢神経まで入り込んでいる病気には届きにくいのですが、キムリアはリンパ球なので脳にも届きます。これまで治療が行き届かなかった部位にも届いて治療ができ、骨髄移植ができなかった患者さんがキムリアを挟むことで骨髄移植ができるようになった症例も現れています。


※サイトカイン…白血球などで作られるたんぱく質で、免疫細胞を活性化させる働きがある。

リンパ球採取の様子

CAR-T療法の治癒率を上げる研究について

健康な人のリンパ球を利用して
いつでもどこでも治療できるように

2020年3月以来、順天堂医院では15例のCAR-T療法を行ってきましたが、白血病での寛解率は9割、B細胞リンパ腫での寛解率は約4割。これは大規模臨床試験の数値とほぼ一致しています。CAR-T療法が効かない理由は、がんの勢いが増していたり、複数の部位に多発しているなど病気そのものに原因があるケースもあれば、抗がん剤の多用や骨髄移植が原因で患者さんの体内でCARが上手く増えなかったりするケースもあります。CAR-T投与後1年以上たってもCARが検出され、病気が治った方もいらっしゃれば、1~2か月でCARがほとんどなくなって悪化される方もいらっしゃり、患者さんによりさまざまです。私たちも治療後のフォローアップを続け、どういう方によく効いて、どういう方に効かないのか、明確にしていきたいと考えています。

また、研究面では患者さんご本人のリンパ球に原因がある場合は、健康な人のリンパ球を利用してCAR-T細胞をあらかじめ用意しておき、必要なときにいつでも使える他家リンパ球CAR-Tが必要だと考え、独自の研究を進めています。他人のリンパ球と聞くと拒絶反応を心配する方もいらっしゃると思いますが、骨髄移植と同じと考えていただければわかりやすいかもしれません。HLA(ヒト白血球抗原)の型が合う確率は兄弟なら4分の1、血のつながりがなければおよそ1万分の1。そのため、骨髄バンクで適合者を探して骨髄移植を行うわけですが、私たちの研究グループではiPS細胞からリンパ球を誘導する技術を研究しています。iPS細胞は遺伝子操作がしやすいため、拒絶反応が出ないようにHLAの遺伝子を編集します。一度リンパ球をiPS化して、そこからT細胞へと誘導すると、その前後で性質は全く同じですが増殖率や殺がん細胞効果が向上するなど、「若返り」効果も観察されています。このiPS由来のT細胞を使えば、CAR-T細胞も良いものが作れるはずです。しかもほぼ無尽蔵に作ることができますので、これを利用した「いつでも誰でも使えるCAR-T療法」を目指しています。

CAR-T療法を始めるまで

米国留学から細胞療法を持ち帰り、
オール順天堂で治療体制を確立

私は2010年から3年間、細胞療法で知られる米国のベイラー医科大学に留学しました。当時は国内では細胞療法にあまり良いイメージがなかったのですが、実際に患者さんがどんどん快方に向かわれる様子を現場で目の当たりにし、「ぜひ順天堂でも進めたい!」という強い想いを抱きました。帰国後、順天堂医院で細胞療法を始めるため、血液内科をはじめ、小児科、看護部、薬剤部、施設課、医事課など全ての関連部署にキムリア取り扱いの認定を取得するための協力を呼びかけ、非常に迅速にかつスムーズに認可をいただくことができました。

順天堂医院のセルプロセシング室

キムリアで細胞療法を行っている医療施設は、順天堂医院を含めて全国に28か所(2021年11月時点、ノバルティス ファーマの医療関係者向けサイト DR’s Netより)。そもそも患者さんに投与する細胞を取り扱うわけですから、厚生労働省の厳しい審査基準をクリアした施設しか治療を行うことはできません。患者さんのリンパ球からT細胞を分離し、冷凍するまでの過程は、セルプロセシング室(以下、CPC)と呼ばれる無菌状態の部屋でしか行えませんし、そのCPC自体も厚生労働省に施設の内容や運用方法などの届出を出し、認められなければ実際の細胞療法には使えません。順天堂医院では院内にCPCが完備されているため、スムーズに認めていただくことができました。このようにオール順天堂で力を合わせることで、最先端の細胞療法を患者さんへスピーディに提供する体制を整えることができたと思います。

今後の取り組みについて

「細胞療法の順天堂」として
CAR-T療法を広めていきたい

私は順天堂医院・血液内科の外来で日々患者さんやご家族に接していますが、CAR-T療法で完治された患者さんからは「やってよかった」「薬が認可されてよかった」というお声をいただきます。
CAR-T療法もタイミングが重要で、度重なる抗がん剤治療の後だとリンパ球が疲弊していて数も少ないですし、なかなか増殖もしないものです。主治医の先生方や患者の皆さまには早い段階でご紹介やご相談をいただければと思います。
CAR-T療法はまだまだ認知度が低く、少し前までは医師の中にも「CAR-Tって何?」とおっしゃる方が少なくありませんでした。私たちも広報に努めて、この1年ぐらいで血液内科や小児科の先生方に認知されてきたと感じます。そして若い世代にもぜひ知っていただきたいと考え、2021年3月、順天堂大学医学部教授に就任した際に研究室の名称も「細胞療法・輸血室」に変更しました。今後も「細胞療法の順天堂」といっていただけるように、研究や臨床に真摯に取り組んでいきます。

Profile

安藤 純
順天堂大学医学部/大学院医学研究科細胞療法・輸血学 担当教授
順天堂大学医学部血液学講座 講座内教授(併任)

1997年、順天堂大学医学部卒業。医師国家試験合格。順天堂大学医学部附属順天堂医院内科にて臨床研修医。2000年、順天堂大学医学部血液学講座専攻生。2002年、同医学部附属浦安病院第2内科助手。順天堂大学医学部血液学講座助手。2007年、同血液科講座助教。2008年、順天堂大学にて医学博士の学位授与。2009年、順天堂大学医学部附属練馬病院准教授。2010年、米国ベイラー医科大学Center for Cell and Gene Therapy留学(博士研究員)。2013年、順天堂大学医学部血液学講座准教授。2020年、同輸血学研究室先任准教授。同血液学講座先任准教授(併任)。同年、同細胞療法・輸血学担当教授。同血液学講座内教授(併任)。現在に至る。

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