SPORTS

2023.01.31

大学が持つ資源が市民とプロスポーツをつなぐ【前編:"支えるスポーツ"の魅力とは?】

スポーツ健康科学部を持つ順天堂大学では、スポーツに関する多様な分野の研究者をはじめ、研究によって得られた知見、さらに、運動部に所属する学生アスリートやスポーツ健康科学の学びといった豊かな大学スポーツ資源を有しています。そうした資源を複合的に活用する取り組みとして、今回、スポーツ庁「大学スポーツ資源を活用した地域振興モデル創出支援事業」の採択を受けて新たに順天堂大学で展開されたのが、市民とプロスポーツチームを大学がつなぎ、地域の課題解決を図るためのプロジェクトです。

新たな切り口で市民とスポーツの接点を

現在、地域住民の健康増進や地域活性化の推進力として、地域スポーツに期待が寄せられる一方で、市民、特に子どもの運動不足や運動能力の低下、その背景にあるスポーツへの関心の低さが大きな課題になっています。このプロジェクトの計画に当たって地元自治体に実施したヒアリングでも、こうした課題を抱えていることが明らかになりました。
そこで、今回のプロジェクトでは、職場環境改善のメソッドである「参加型改善活動(PAOT)」をスポーツイベントに応用し、プロスポーツチームのホームゲームをより良いものにするためのワークショップを実践。そこで得られたスポーツイベントの良好事例やより満足度を高めるためのアイデアを自治体、プロチーム、市民で共有することにより、地域住民のスポーツに対する関心を高め、“見る”“支える”スポーツへの参加促進や地域スポーツの担い手育成につなげる、新たな地域振興モデルづくりを目指しています。

プロスポーツ観戦を楽しくするためのアイデアを探しに行こう!~支えるスポーツを体験できるPAOTへの招待~

本プロジェクトの要である参加型改善活動(PAOT)をスポーツ分野に応用しているスポーツ健康科学部准教授の山田泰行先生は、この事業の特徴をこのように語ります。
「本プロジェクトは、子どもたちの運動不足や、スポーツへの低関心などの課題解決に役立つ新しいアプローチが欲しいという自治体のリクエストに応えるために、どのように大学の資源を活用できるかを考えて企画されたものです。これまで、市民のスポーツ参加を促す自治体の取り組みといえば、運動教室などの『するスポーツ』や、スポーツ観戦ツアーといった『見るスポーツ』という切り口が一般的でした。そこで、今回のプロジェクトでは“プロスポーツチームのホームゲーム運営を参画して楽しむ”、つまり『支えるスポーツ』の魅力を知ってもらうという、新たなスポーツとの接点を市民のみなさんに提供することを目指しました」。

山田泰行先生

プロチームの試合会場でフィールドワーク

プロスポーツチームもまた、地元ファンや競技人口を増やすうえで、地域の中でいかに多くの人に関心を持ってもらうかなど、「地域とスポーツ」に関連する課題を抱えています。そのような中、本学のスポーツ資源を広く地域社会に還元し、多方面の課題の解消につなげることを狙いとして、今回のプロジェクトが進められました。
プロジェクトでは、スポーツ健康科学部がある千葉県、印西市、佐倉市、酒々井町の4自治体、さらに千葉県船橋市に拠点を置く千葉ジェッツ(プロバスケットボールリーグ Bリーグ)、ジェフユナイテッド市原・千葉(サッカーJリーグ)、クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ジャパンラグビーリーグワン)の3つのプロスポーツチームと本学が連携。市民の方や本学の学生が、各チームのホームゲーム会場でフィールドワークを行い、その成果を共有するグループワークを実施しました。

試合会場でのフィールドワークの様子。参加者は会場内の“良い事例”を探して写真に収めた。

このプロジェクトで用いた参加型改善活動(PAOT)は、1980年代に国際労働機関(ILO)によって開発された職場改善の手法です。元々は労働者が自分の働く環境の“良いところ”を発見し、快適性や安全性を向上させるための手法ですが、今回はそれをスポーツマネジメントに応用したという点で、これまでにない取り組みとなりました。参加者は、試合会場で「スムーズな移動」「安全安心の確保」「人にやさしい設備」「環境保護への配慮」「コミュニケーション」の5領域について、観客の満足度を高める良い事例を探し、写真に撮って記録。その後のグループワークでは、写真をもとに良い事例のベスト3を選ぶと共に、さらに満足度を高めるためのアイデアを考え、プロチームの担当者に向けて発表しました。

グループワークの様子。“良い事例ベスト3”を選び、さらに良くするアイデアを考えた

「参加した市民の方はこうした一連の過程を通して、スポーツを支える人たちの“ファインプレー”に目を向けることができるようになります。スポーツへの“新たな視点”を得ることができるのです」と山田先生はその意義を話します。また、今回のプロジェクトは、市民の方にとっては“支えるスポーツ”の魅力を実感し、新しいスポーツとの関わり方を発見する機会となった一方で、プロスポーツチームにとっても、会場運営やイベントのマネジメントに対して、ユーザー目線の建設的なアイデアが得られるというメリットがありました。

フィールドワークを見学したジェフユナイテッド市原・千葉の利渉洋一さん(ユナイテッド事業部運営グループマネージャー)は、「我々のクラブがあることで地域の価値が高まるような事業を目指し、地域や大学との連携を継続的に行っていく仕組みづくりが大切だと考えています。今回のプロジェクトのように、市民のみなさんや学生との活動を通して新しいものを生み出していきたいと思いますし、そのための関係性を築いていきたいと考えています」と、市民や自治体との連携に期待を寄せます。

参加者からのアイデアにコメントするジェフユナイテッド市原・千葉の利渉洋一さん

千葉ジェッツの舟久保昇礼さん(マーケティング部長)も「このプロジェクトは、改善のアイデアというアウトプットを出すこと以上に、市民のみなさんが運営側にフォーカスして考えるという場自体が有意義なものだと感じました。我々は試合を提供するだけ、お客様は見るだけという関係性ではなく、地域にチームを一緒に作る仲間を増やしていくことが重要だと考えています。今後も順天堂大学と中長期的な取り組みができることを期待しています」と手応えを感じていました。

汎用性のあるアクションチェックリスト開発へ

このプロジェクトの成果は、市民のスポーツ参加促進、自治体やプロスポーツチームの課題解決だけにとどまりません。ワークショップで得られた成果を元に、今後、山田先生をはじめ、スポーツやPAOTを専門とする研究者らの監修の下、スポーツイベントのマネジメントに活用できるアクションチェックリストの開発も進んでいます。このアクションチェックリストは、スポーツの試合やイベントをより満足度の高いものにするためのポイントを集約したもので、地域のスポーツイベントから国際大会まで、幅広く横展開可能なモデルを想定しています。

「このプロジェクトでは、順大が実践してきたスポーツマネジメントの理論と技法に、国際貢献を果たしてきたPAOTの理論と技法を組み合わせたことで、新たに“支えるスポーツの価値”を市民や自治体の方々に知ってもらうことができました。さらに今後、未来のスポーツイベントの満足度向上に役立つアクションチェックリストを開発し、社会に貢献したいと考えています」と山田先生。また、今回は「プロスポーツの試合で観客の満足度を高める」という視点で改善活動を行いましたが、PAOTは「地域の運動教室の参加者の満足度を高める」、「選手が競技しやすいスタジアムをデザインする」といったさまざまな場面に応用が可能です。山田先生は、「今後スポーツのさまざまな場でPAOTを実践し、スポーツ領域でのPAOTの普及を図っていきたい」と展望を語ります。
 大学の知見を生かしてスポーツと市民に新たな接点をつくった今回のプロジェクト。今後、地域課題の解決のみならず、国内の地域スポーツ、さらに世界のスポーツ振興に資する成果の発信が期待されています。

 

★IMG_8509 -アクションチェックリスト.JPG

アクションチェックリストのダウンロード

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