MEDICAL

2018.09.28

関節の痛みから患者さんを解放する整形外科のPRP(多血小板血漿)療法

加齢とともに患う人が増える慢性的な関節の痛み。アスリートが抱えるひざやひじ、肩などの故障。原因こそ違えど多くの日本人が悩まされている疾患に、画期的な療法が広まりつつあります。それは患者さん自身の血液から血小板を取り出し、患部に注入するPRP(多血小板血漿)療法。この分野の第一人者であり、スポーツドクターとしても活躍する順天堂大学医学部附属順天堂医院整形外科・スポーツ診療科の齋田良知講師が、PRP療法の可能性を語ります。

患者さん自身の血小板を利用し、 自己治癒力を高めるPRP療法。

切り傷から出血したとき、しばらくすると血が止まり、傷口が自然と塞がった経験は誰しもお持ちでしょう。人の血液の中に含まれる血小板には、傷んだ組織の修復を促す物質(成長因子)が含まれています。PRP療法はこの働きを利用し、患者さんご自身の血液から特殊な技術で血小板が多く含まれる血漿を取り出して患部に注入。患者さん自身が持つ修復力をサポートする治療法です。 採取する血液は20CCほど。自分の血液ですから副作用もありません。あえて言えば、患部に注入するときに注射針を刺す痛みがある程度。当院整形外科では2011年よりPRP療法を始めましたが、この治療法により、痛みの軽減や治癒の促進が進む症例が続いています。2018年4月にTV番組で紹介された直後から診察予約が殺到し、今では1年半先まで予約が埋まっている状態です。 そもそもPRP療法自体は以前から存在していたものです。例えば、美容皮膚科でのシワ・たるみを改善する施術。ほかに、歯のインプラント治療では人工歯根を埋め込むための顎の骨が必要ですが、その骨の形成にも使われます。また、欧州ではごく当たり前にスポーツ医療で使われている治療法です。

手術を避けたいアスリートの 最良の選択肢に。

2011年、膝蓋腱炎に悩むプロサッカー選手に初めてPRP療法を行ったところ、劇的な回復を遂げました。以来、サッカー選手の間で徐々にPRP療法の認知度が高まり、同じチームから何人も治療に来られることがあります。 野球選手も同様です。一般的に「野球ひじ」として知られる運動障害は、おもにひじの内側側副靭帯の損傷により引き起こされます。これもPRP療法が非常に有効で、当院でも著名なプロ野球選手を何人も治療させていただきました。 プロアスリートは一般の方以上に手術を避ける傾向があります。例えば野球ひじのトミー・ジョン手術の場合、術後に果たして術前のパフォーマンスに戻れるのか、微妙なケースもあります。靭帯損傷には軽度(1度)・中度(2度)・重度(3度)の3段階があり、重度の人は手術を行う事が多いですが、中度で手術を迷うなら、PRP療法を試す価値があります。術後の経過はもともとの損傷具合にもよりますので、手術するべきか否かは一概には言えません。いずれにせよ、体にメスを入れないに越したことはないと私は思います。

アスリート治療の成果を受け、 加齢によるひざ痛へと展開。

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私はもともとなでしこジャパンやJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉(以降、ジェフ千葉)のチームドクターを務めていたため、サッカー選手のけがと向き合う機会が多くありました。サッカーではひざのけがが多く、若くして高齢者のようなひざになってしまう選手が少なくありません。PRP療法はそのような症例に高い効果を示していたため、加齢によるひざ痛にも効くはず。そう考えて一般の方々にも対象を広げたところ、効果がある方が多数おられました。 変形性関節症を例に挙げると、従来は「体操をする」「痛み止めを飲む」「湿布薬を貼る」「ヒアルロン酸注射をする」などの保存療法に効果がなければ、手術をお勧めするしかありませんでした。ところが、大部分の患者さんは手術を嫌がられるため、既存の保存療法が無効な場合は関節の痛みをがまんするしかありません。要は保存療法と手術の中間を埋める治療法がなかったところにPRP療法が登場し、手術以外の方法で痛みを改善させたいと願う方が来院されるのだと思います。

より精度の高い治療を目指して PRP療法の棲み分けを実施。

PRP療法では、疾患や患者さんごとにPRPを使い分けることが重要です。例えば、若い方とご高齢者で血小板の働きは違うのは当然のこと。男性と女性でも違うでしょうし、特定の疾患がある人とない人でも違うでしょう。そこで当院では、PRP療法がより効きやすい人と効きづらい人の棲み分けを図っています。そうすれば効果の可能性が高い人にはよりお勧めしやすくなりますし、効果が少ないと思われる患者さんはムダな治療費を支払わずにすみます。 また、PRPが注入される側の体の組織についても同様です。ひざの変形ひとつ取り上げても、変形のバリエーションは多種多様。PRPがどのような症例により効くのか、今後も検証していきたいと考えています。 医学研究としては、研究課題「多血小板血漿による組織修復促進機序の解明と至適調整法の確立」が2016年に文部科学省の科研費を獲得。研究はおおむね順調に進んでいます。

病態により白血球の数を調整。 PRPをカスタムメイドした治療を提供。

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さらに当院では、病態に応じて「白血球が多いPRP」と「白血球が少ないPRP」を使い分けています。 PRPには血小板だけでなく、白血球も含まれています。白血球には炎症をわざとひき起こし、不要な組織を壊していくリモデリング作用があり、そこから血小板が組織をつくり替えていきます。 例えば、難治性のアキレス腱炎には、「白血球が多いPRP」が適しています。アキレス腱には柔軟性が必要ですが、炎症によって硬くなったアキレス腱に血小板だけ注入するとますます硬くなり、柔軟性を取り戻せません。その点、白血球を多く含むPRPなら、白血球が硬くなった組織を壊したうえで血小板が新たな組織をつくり出してくれます。 一方、ただ単に関節の軟骨が擦り減っているだけの場合、擦り減っているところに白血球を注入するとさらに悪化する可能性があるので、「白血球が少ないPRP」を用います。 患者さんの病態や血小板の状態に合わせて、最適なPRP治療をご提供するのが当院のモットー。「PRPのカスタムメイド」とでも言うのでしょうか。「この方は血小板の活性が低いから多めに採血する」「組織が固くなっているから白血球を多めにする」など、1人1人に合う治療ができれば、より治療効果が高まるはずです。

将来の保険適用や製品化など、 大きな可能性が広がるPRP療法。

現時点で、PRP療法は健康保険適用外の自由診療です。当院では1回およそ4万円で治療をご提供していますが、他院にはより高額な費用がかかる施設もあります。自由診療ならではの価格設定ですが、高額なゆえに民間療法と勘違いされがちです。 そこで順天堂大学ではPRP療法の保険適用を目指し、有効性を実証する臨床研究を計画しています。ひざの痛みはつらいものですが、それが原因で亡くなる方はいません。そのため保険適用が遅れているのだと思いますが、私たちの治療が広まれば、きっと適用される日が来ると信じています。 ここから先は夢のようなお話です。ご存じのとおり、ご高齢者はひざの関節が老化していると同時に、血小板も老化しています。血液中の血小板の数や活性も若い頃より減っているはずです。では、ご高齢者に健康な若い人のPRPを注入したら、なにが起きるのか?  法的な問題がありますので現時点では不可能ですが、興味が尽きないテーマです。ひょっとしたら将来は製品化されたPRPを使える日が来るかもしれません。 このようにPRP療法はさまざまな未知の可能性を秘めた分野なのです。

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スポーツの舞台で輝く ~スポーツドクター 齋田良知先生~
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齋田 良知
順天堂大学医学部整形外科学講座 講師

順天堂大学医学部を卒業後、順天堂大学整形外科・スポーツ診療科に入局。自身もサッカー経験があることから、サッカーを中心とした豊富なスポーツドクター歴を持つ。女子サッカー日本代表(なでしこジャパン)のチームドクターを務め、2015年にはイタリアのサッカークラブACミランに帯同した。2018年現在いわきFCのチームドクターを務める。

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