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2024.07.12
頭頸部がんをはじめ花粉症も手術で治療できる時代 ~順天堂耳鼻咽喉科が強みとする最先端治療~
順天堂耳鼻咽喉科(医学部耳鼻咽喉科学講座/耳鼻咽喉科・頭頸科)は、最先端耳鼻科治療のパイオニアとして日本の耳鼻咽喉科診療をリードしています。鼻と耳の疾患、声、嚥下、睡眠、めまいなどをはじめ、頭頸部にできた腫瘍まで、幅広い分野を対象とし、これらの疾患に対して内科的アプローチと外科的アプローチを駆使した治療を行い、症状改善するだけでなく、患者さんのQOL(生活の質)の向上を目指しています。順天堂耳鼻咽喉科の今後の展望などをについて、松本文彦 耳鼻咽喉科学講座 主任教授に伺いました。
耳、鼻、喉と幅広い領域をカバーする順天堂耳鼻咽喉科
――順天堂耳鼻咽喉科の特徴を教えてください。
そもそも耳鼻咽喉科・頭頸科という診療科については、あまり知られていません。多くの人がイメージするのは、中耳炎やアレルギー性鼻炎、花粉症などの耳鼻科クリニックで治療するような病気です。大学病院でもそのような病気の治療を行いますが、めまい、難聴、顔面神経麻痺、嗅覚や味覚の障害、睡眠時無呼吸症候群などの感覚器疾患のほか、舌や甲状腺などにできたがん(頭頸部腫瘍)まで、かなり幅広い疾患を対象としています。
順天堂耳鼻咽喉科には各分野のスペシャリストがいますが、私が専門とする外科的治療では高い実績があり、2022年度の総手術件数は1600以上にのぼります。
――どんな病気に対して外科的治療を行うのでしょうか。
耳では鼓膜形成術、鼻では内視鏡副鼻腔手術、鼻中隔矯正術、のどでは口蓋扁桃摘出術やいびき、睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)などに対して手術を行います。また、副鼻腔がん、口腔がん、舌がん、甲状腺がん、咽頭がん、耳下腺腫瘍などの頭頸部腫瘍の基本的な治療は手術か放射線治療となります。
――順天堂耳鼻咽喉科が強みとする最先端治療とはどのようなものですか。
当科の三本柱といえるのが、腫瘍、耳、鼻です。咽喉頭がんに対しては、内視鏡手術支援ロボット(ダ・ヴィンチ)を使ったロボット支援下で経口的腫瘍切除手術を行っています。腹部手術ではおなかに開けたいくつかの小さな穴にロボットアームを挿入して手術をしますが、咽頭がんなどでは口からロボットアームを挿入して腫瘍を取り除く手術をします。国内ではまだ数施設しか導入していない手術方法で、当院は学会指定のトレーニングプログラムを履修した数少ない施設のひとつです。
また、手術不能または局所再発の頭頸部がんに対する光免疫療法(アルミノックス治療)という治療もあります。光免疫療法では、免疫治療薬を点滴してから腫瘍部分に近赤外線を照射して、がん細胞を攻撃します。
花粉症手術やSASの舌下神経電気刺激療法をいち早く導入
――耳や鼻の治療ではどのような治療を行っていますか。
耳に対する最先端治療としては、人工内耳埋込術があります。人工内耳埋込術はかなり普及している治療法ですが、術後にどれくらい聴覚が戻るかは個人差が大きく、術後リハビリテーションがとても重要になる治療法です。
鼻については、花粉症などのアレルギー性鼻炎に対する外科手術を行っています。花粉症のくしゃみや鼻水を引き起こす鼻の中の神経を、内視鏡下で切断するという治療です。手術をすることに対するリスクはありますが、手術によって嗅覚異常が起こることなどはなく、薬では症状を抑えられないような重症の花粉症などの患者さんがこの手術を受けるとつらい症状が起こりにくくなります。
――最近特に力を入れている治療はありますか。
SASに対する「舌下神経電気刺激療法」という外科治療で、学内の睡眠・呼吸障害センターと共同で進めています。これは2年くらい前から行われるようになった最先端治療のひとつで、従来のCPAP*¹(経鼻的持続陽圧呼吸療法)という治療で治らない人が対象です。SASは仰向けで寝ているときに舌が喉の奥のほうに落ち込んで呼吸できなくなる病気なので、舌下神経に刺激装置を埋め込んで舌が前に出るようにします。この治療ができる医療機関はまだかなり少なく、当院は全国で2番目に症例数が多い施設です。
このように、どこかの分野に偏ることなく、どんな分野でも最先端治療を行うことを当科のポリシーとして、常に最先端治療を取り入れるよう努めています。
*1 CPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)・・寝ている間に専用のマスクをつけ、外気を取り込み加圧した空気を鼻から送り込むことで、睡眠中の無呼吸を防ぐ。
――基礎研究についてはどうでしょうか。
私自身が臨床中心にやってきたので、耳鼻咽喉科学講座として体系立てた基礎研究は展開できていませんが、大学院生がそれぞれの研究テーマに合った学内の研究室に出向いて進めています。講座内には先天性難聴の研究を進めている研究者がいて、大型の科研費をいくつも獲得しています。
頭頸部がん手術のスペシャリストとして他科やクリニックとも連携
――耳鼻咽喉科医のやりがいや魅力はどんなところにありますか。
いろんな意味で幅広いことです。対象となる患者さんは生まれたての赤ちゃんから、ご高齢の方までいます。また、病気も花粉症から頭頸部がんまでとても多様で、内科的な診療もすれば外科的な診療もします。このようにどの面においても幅広く、私のようにもともと外科医を志望していた医師にとっては、手術実績を積んで早く一人前になれることが魅力だと思います。
――面白さがある一方で、頭頸部だからこその難しさもあるのでしょうか。
面白さと難しさは表裏一体だと思います。がんを取り除くことだけが目的ならば、できるだけ広い範囲を切除すればいいのですが、範囲が広いほど後遺症が出やすくなってしまいます。しかも、耳鼻咽喉科の領域は「話す」や「食べる」といった人々の暮らしや楽しみなどと直結するので、そういった機能を残しながら治療しなければいけません。それが難しいところであり、やりがいを感じるところですね。
――耳鼻咽喉科・頭頸科以外の診療科や地域の耳鼻咽喉科クリニックと連携することはありますか。
耳や鼻と接する脳神経外科、喉と接する食道・胃外科の医師たちとは、一緒に手術をすることがあります。私自身が順天堂大学医学部の卒業生なので、ほかの診療科の教授の先生たちには若い頃からの知り合いも多く、普段からよくコミュニケーションをとっています。
また、病診連携はかなり重視しています。大学病院には専門性の高い高度医療を提供するというミッションがありますが、多くの患者さんはまず近くのクリニックを受診して、そこから紹介されて当院を受診することになります。そのように患者さんを紹介してくれたクリニックや診療所には、診療内容などをすべてチェックした上で、必ずコメントとサインを手書きしてお返事を出しています。それにはかなりの時間がかかり、とても大変な作業ではありますが、自分が順天堂大学にいる限り続けていくと決めています。
丁寧な指導で若手医師たちの成長をサポート
――教育面で重視していることはありますか。
学生アンケートでも「こんなに丁寧に手術解説をしてもらったことはありません」と書かれることが多いくらい、かなり丁寧に学生さんの指導をしていると自負しています。研究も大切ですが、最近の若い医師たちはできるだけ早く医師として自立したいという思いが強いようなので、早く一人前になってもらうことを最大のテーマとしています。一方で、研究に打ち込んだ経験は確実に医師としてのレベルを一段上のものにしてくれますから、入局した人には必ず大学院進学や留学を勧めて、そのためにできる限りのバックアップをするようにしています。
医師になってからのキャリアとしては、自分の専門領域を確立するまでは耳鼻咽喉科として鼻でも耳でもまんべんなく診療できるように経験するというやり方が一般的です。ただ、時代の変化と共に医学生の志向も変わってきています。耳鼻咽喉科医として専門を究めたいという学生がいる一方で、幅広く対応できる臨床医になりたいという学生も増えているので、それぞれの希望に合った進路に進めるような指導を心掛けています。
――若い医師たちに患者さんと接する上で大切にしてほしいことはなんですか。
まず、治療法の選択を患者さん任せにしないことです。医師の中には、トラブルを避けるために「どちらにしますか。自分で決めて下さい」という言い方をする人もいますが、それはダメだと若い医師たちにも伝えています。もちろん患者さんの希望は十分伺いますが、患者さんは医療のプロではないですから、最終的な選択については「私はこちらが良いと思います」「あなたが私の家族なら、私はこちらを選びます」というように最終的な決断ができるよう意見を伝えることが大切です。
また、いろんなキャリアがあってもいいと思いますが、研究に没頭するにしても、開業して地域医療に貢献するにしても、常に努力し続ける姿勢を持ち続けてほしいと願っています。
――今後の目標を教えてください。
教授に就任してからの3年間で基盤となる体制を整えることができたので、今まさに、次のフェーズに移ろうとしているところです。その中でさらに手術件数を増やして、大学病院の耳鼻咽喉科としての強みをさらに発揮していきたいと考えています。
個人的には、順天堂耳鼻咽喉科に所属してくれた以上、医局のみんなにハッピーでいてほしいという思いが強いですし、所属している医師たちが、各分野において有名になってくれることを目指しています。