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2022.05.27

誰もが安心して医療を受けられる世界へ。 ヘルスコミュニケーションをサポートする医療通訳

03.すべての人に健康と福祉を

最適な診療を受ける上で、医療従事者と患者とのコミュニケーションは非常に重要です。しかし、母国語以外の土地で医療を受ける場合、言語面で正しい意思疎通ができないことが原因で、医療リスクにつながる恐れがあることが問題視されています。このような状況を避けるため、医療の知識を持ちながら言語面でコミュニケーションを仲介するのが医療通訳者の役割です。今回は、国際教養学部と大学院で医療通訳者の育成に関わる大野直子先生に、医療通訳が社会に果たす役割やヘルスコミュニケーションの重要性について伺いました。

医療現場が抱えるコミュニケーションの課題

医療現場においては、医療者と患者の間で様々なコミュニケーションが生じます。例えば、患者は自分の感じる症状を伝え、医療者は病気や治療についての説明をしますが、それらのやり取りの多くは会話によってなされます。国際教養学部の大野直子先生は、いま医療現場が抱える言語面での課題を指摘します。

外国人患者の受け入れをしている病院の多くが、受け入れた外国人患者への言語による対応や、文化・生活習慣の違いを踏まえた対応に困難を感じているのが現状です。今の日本の医療現場では正式に訓練を受けた医療通訳者が少なく、患者の家族や友人など、通訳のバックグラウンドを持たない人が仲介者となるケースなどで、誤診や病状の悪化などの医療リスクが発生していることが問題となっています。2016年の全国自治体病院対象医療通訳者ニーズ調査の結果によると、外国人患者を受け入れるために専門の医療通訳者が必要だと考えている病院は、小病院でも75.7%、大病院では94.6%にのぼります。外国人診療における言葉の問題はグローバル社会の課題であり、日本における医療通訳者の育成は重要な課題とされているのです。」

 

医療リスクを低減するために、深い知識を持ち、コミュニケーションの仲介者としての訓練を受けた医療通訳者の必要性がますます高まっています。

医療通訳者の役割と高まるニーズ

医療通訳者は、日本では「日本語が母国語でない、日本語でのコミュニケーションに制限がある患者等に対して、日本語での医療・保健を安全かつ安心して提供するために、通訳技能と医学知識を用いて相互理解を支援する専門職」と定義付けられています。在留外国人患者や、医療目的で日本の医療機関を受診する渡航受診者(医療ツーリズム)、滞在中に治療が必要となった外国人旅行者らを対象とし、異なる言語や文化を持つ医療従事者と外国人患者の間に入り受診時のコミュニケーションを成立させる役割を持っています。

「日本では、入院時は看護師が患者の世話をするのが一般的ですが、地域によっては入院後も家族が世話をするのが一般的な国もあります。文化背景や習慣の違いから理解が難しい場面も多く、正確な意思疎通が求められます。また、通訳者に医療の知識がないために専門用語を通訳できず、間違った診断結果や服薬の仕方を伝えてしまうなどの問題もあります。医療通訳者は、医療知識や医療従事者としての倫理感・振る舞いを身に付けた上で、あくまで中立な立場として通訳を行うことが求められます。

また、医療従事者間でも認知が少ないことも課題として挙げられると大野先生は語ります。

「医療通訳者は数が少なく、病院内での位置付けもまだまだこれからといったところが多いのが現状です。チーム医療の中でどのように協力していくのか、医療従事者間での体制づくりも求められています。昨今のコロナ禍を受けて、オンラインでの遠隔医療通訳などの取組みも加速しました。ICT技術など、社会状況の変化にも対応できる通訳者の育成が必要になってきているのです。」

高度な技術を身に付ける順天堂の医療通訳養成

2021年4月、順天堂大学大学院医学研究科医科学専攻修士課程に、医療通訳者(英語・中国語)を養成するヘルスコミュニケーションコースが開設されました。ヘルスコミュニケーションコースでは、厚生労働省の医療通訳養成カリキュラムに基づく認定医療通訳者養成講座を修め、医療通訳に必要な専門的知識、技法を体得し、医療通訳に重要な役割を果たす人材を養成しています。

「医療通訳者の養成課程は全国でも数少なく、医学研究科での養成課程は日本初です。大学で医学関連科目を学んでいない方も、医学の基礎知識を一般教育科目として履修することで、認定医療通訳者として必要となる専門的な知識・技術を習得できるカリキュラム構成となっています。附属病院による現場での実習もあり、ヘルスコミュニケーションの観点から通訳を学び、チーム医療の一員としての位置付けも理解しながら、本気で医療について学べるところが特徴です。」

“ヘルスコミュニケーション”とは、コミュニケーション学という理論・方法論を、医療・公衆衛生へ応用した学問のこと。医療従事者・患者間のコミュニケーションのうち医療従事者と外国人患者間のコミュニケーションに焦点を当てた学位プログラムは、日本でも未だ数少ないといいます。

「本コースからは、まもなく1期生が輩出されます。主体性を発揮し、また熱心に学びを重ねてきた彼らが、高い職業意識を持ち、医学研究の手法を理解する高度な職業人としての医療通訳者となり、医療通訳者の重要性と認知向上に向けて活躍することを期待しています。」

「やさしい日本語」の研究を通して、多言語の通訳者を育てる

外国人が安心して診療を受けられるよう、順天堂大学では東京都と大学との共同事業の一環として、外国人診療に役立つ「やさしい日本語」の普及を目指した活動も行っています。大野先生も研究を通してこの活動に参加する一人です。

「日本に定住する外国人、なかでも英語以外を母国語とする在留外国人とのコミュニケーション手段としての「やさしい日本語」に着目するようになり、研究を通じて何かできないかと考えました。医療通訳者になるためには、相応の訓練と経験が必要です。現在日本では通訳学校や大学、大学院による養成が行われていますが、扱う言語は主に英語や中国語であり、それ以外の言語に関しては学習環境が整備されているとは言えないのが現状です。そこで2020年度から、医療通訳者養成において必要な基本的知識を身に付けるためのeラーニング学習教材を、やさしい日本語で開発する共同研究プロジェクトを行っています。ベトナムやミャンマー、タイなど複数の言語への対応を目指しています。」

<関連リンク>
■体感して学ぶ! 外国人診療に役立つ「やさしい日本語」の授業を医学部で
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/pickup/000121.html
■医療看護学研究科の大学院生が地域と連携。浦安市に暮らす外国人のための健康相談会を開催。
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/social/000053.html
■日本で暮らす外国人のための医療関係者向け「やさしい日本語」ワークショップを開催
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/social/000036.html

医療通訳が当たり前の社会に

医療通訳は、海外では一般的な存在になってきているといいます。日本でも医療通訳者が増え、誰もが安心して医療を受けられる社会を目指して貢献したいと目標を語る大野先生。

「海外では、無償で医療通訳が付くなど、医療通訳者の存在は当たり前になっています。また、AIやICT技術が発達してきた一方で、やはり医療における対面コミュニケーションの重要性は変わらないでしょう。医療通訳を目指す過程で得た知識は、一生物の知識になりますし、医療機器メーカーや製薬業界など、多方面で生かすことも可能です。多様な外国人と関わり、人々の健康のために尽力できる意義の大きい仕事ですから、医学への苦手意識を持たずぜひチャレンジしてほしいと思います。」

国際教養学部のヘルスコミュニケーションの授業

ヘルスコミュニケーション学は、日本国内ではまだ認知が進んでおらず、医師と患者間の対人コミュニケーションのみだと考えられがちですが、その他にも、医療情報の送り手から大衆へのコミュニケーション、医療従事者間のコミュニケーション、患者や情報の受け手間のコミュニケーションなど多岐にわたる学際的な学問分野です。

「コロナ禍のマスク着用やステイホームなどに代表されるメッセージを一般市民に伝えることもヘルスコミュニケーションの一つです。メッセージが一般市民に分かりやすく正確に伝えられることによってはじめて行動変容につながりますから、コミュニケーションの成果が人々の健康にダイレクトにつながる点で、非常に実社会とも結びつきの強い学問分野であると考えています。国際教養学部でも、ヘルスコミュニケーションの考え方を実践で学ぶカリキュラムを用意しています。医療系大学の中にある国際教養学部の強みを生かし、医療と健康、国際理解を学際的に学ぶことで、多様な視点と予測困難なVUCA時代を生き抜くための国際教養を身に付けてほしいです。」

 

人々の健康を守るコミュニケーション。今後も期待の高まるヘルスコミュニケーションと医療通訳を結ぶ懸け橋として、医療通訳が発展し、誰もが効果的なヘルスコミュニケーションができる社会を目指して、大野先生は研究を続けます。

Profile

大野 直子 ONO Naoko
順天堂大学国際教養学部 准教授

東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻博士後期課程 修了。
大学卒業後、社内通訳・翻訳として勤めた外資系医療機器メーカーで医学に興味を持ち、医学系博士の道を志す。勤務の傍らイギリス通訳翻訳学修士課程にも留学。帰国後、東京大学大学院医学系研究科博士課程に進む。ヘルスコミュニケーションの中でも外国人とのコミュニケーションや医療通訳を専門に研究を進めている。

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