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2019.01.30

健康寿命と平均寿命の間には約10年の差が?! どうすれば人生の最晩年まで自立して暮らせるのか。

スポーツ健康科学研究科 町田修一教授   平均寿命の長さでは世界に冠たる日本ですが、寝たきりや介護状態にならずに暮らせる健康寿命と平均寿命の間には、男性で8.84年、女性で12.35年の差があると報告されています(2016年度)。どうすれば人生の最晩年まで自立して暮らせるのか。骨格筋の基礎研究から効果的なトレーニング法を開発し、社会へ広める活動をおこなう順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の町田修一教授が語ります。

人が動くときに使う「骨格筋」に着目

健康寿命を縮める原因のひとつに、ロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)があります。変形性関節症や骨粗鬆症などの疾患や加齢による筋力低下により、身体機能や移動機能が低下。歩くスピードが遅くなったり、バランス能力も衰え、転倒などが起きやすくなり、杖や手すりが必要になるなど、日常生活に大きく影響します。

こうした高齢期の疾患・症状の対策に、私たちは「骨格筋」を通してアプローチしています。人の体の中には、体を動かすときに使う「骨格筋」という筋肉が全身で600個以上存在します。例えばスポーツの世界では、パフォーマンスを高めたり、けがの予防のために筋力トレーニングを行って骨格筋を鍛えます。一方で、高齢にると、加齢とともに骨格筋量が減ってサルコペニア(加齢性筋肉減弱症)となり、立ち座りや階段の昇り降りにも支障をきたすようになります。

私たちはこの骨格筋の肥大や萎縮に関する可塑性のメカニズムを探求する基礎研究に加えて、そこで得た知見をアスリートやシニアの方々に効果的に使っていただくための応用研究を並行しておこなっています。

町田先生「ロコモティブシンドロームをはじめとした高齢期の疾患・症状の対策に、私たちは「骨格筋」を通してアプローチしています」

骨格筋の肥大と萎縮のメカニズムを解明し、効果的なトレーニング方法を考える

町田先生「筋力低下を防ぐには“ただやみくもに運動・トレーニングすればいい”のではなく、効果的なトレーニング方法があるはずです」

加齢による骨格筋量や身体機能の低下は、一般的には「当たり前のこと」と思われがちですが、実はサルコペニアの原因はよくわかっていません。そこで私たちは、「骨格筋がなぜ肥大するのか?なぜ萎縮するのか?」について基礎研究を続けています。サルコペニアの原因がわかれば、効果的なトレーニングや栄養補給により、高齢者の筋力低下を防ぐことができるかもしれません。

これまで、アスリートを対象に筋肥大を目的としたトレーニング方法や栄養摂取方法の提案が多くなされていますが、これらをシニアの介護予防にも応用することができます。筋力低下を防ぐには「ただやみくもに運動・トレーニングすればいい」のではなく、効果的なトレーニング方法があるはずです。現在、世の中にはさまざまなトレーニング方法が提示されていますが、実はサルコペニアの予防・改善が期待できるトレーニング方法は少ないと思われます。エビデンスのあるプログラムに基づいてしっかりとトレーニングを続ければ確かに筋力アップ等の効果は出ますが、それでもまだ十人十色で、トレーニング効果には幅があります。最終的には、オーダーメイド的なトレーニング方法や食事を含めた生活習慣を個別に提示することが、私たちの目標です。

日常生活での身体活動量や運動する機会が減った現代社会。
そのひずみが各年代に現れている。

長年、骨格筋の研究に取り組んで痛感するのは、現代社会はひと昔前に比べて日常生活の中で骨格筋を使う機会が大幅に減っているということです。
例えば掃除ひとつ取り上げても、昔はホウキで掃いたり、雑巾がけをしたりしていました。ところがホウキが掃除機に取って代わり、今やお掃除ロボットも珍しくない時代。人間が動かなくても、掃除が勝手にできていくのです。
このように日常で骨格筋を使うことが少ない生活によって、実はさまざまな局面でひずみをもたらしています。前述のロコモティブ・シンドロームもそうですし、糖尿病をはじめとする生活習慣病もそうです。認知症も運動不足に関連しています。こうした健康寿命を脅かす疾病を予防するためにも、骨格筋量を維持して、意識的に使うことが大切。それはシニアに限らず、働き世代や子ども世代も同様です。

ヒトは「動く生き物」。
子どもの頃から動くこと、運動することが大切。

私達が今、危機感を抱いているのは、シニアもそうですが、子ども世代の運動不足です。子どもといえば、我々の頃は何も言わなくても外へ飛び出して遊んでいたものですが、今は体を使って遊ぶ機会が減っています。
実はヒトの骨格筋や神経には、子どもの頃に覚えた体の動き(骨格筋の使い方)を大人になっても記憶し続ける機能があるようです。例えば子どもの頃に習得した水泳は、何十年たっても体が覚えているものですよね。それと同じで、子どもの頃によく運動していると、大人になってからの骨格筋のトレーニング時の適応が早いのです。このことを我々は「マッスルメモリー」と呼んでいます。
さらに、体を動かすことで脳機能にもよい影響が出ることがわかってきています。これは子どももシニアも同じ。シニアの場合なら、認知機能によい影響がある、と言い換えることができます。
私たちヒトは「動く生き物」です。子どもの頃から動くことの大切さを、ぜひ知っていただきたいです。

町田先生「私たちヒトは“動く生き物”です。子どもの頃から動くことの大切さを、ぜひ知っていただきたいです」

子どももシニアも動くことで脳への刺激が増えていく

町田先生「子どもは転んだり骨格筋を伸ばしたりしながら、“この動きは今の自分には無理だ”、“これ以上この筋肉は伸びない”と体で覚えていきます」

子どもに関連して私が少し心配しているのが、周囲の大人が子どもの動きを「そんなことしたら危ない」「やめなさい」と制限することが多いことです。子どもは転んだり骨格筋を伸ばしたりしながら、「この動きは今の自分には無理だ」「これ以上この筋肉は伸びない」と体で無意識に覚えていきます。ヒトの体は筋肉から脳へも神経が伸びており、日々途方もない量の運動情報が脳へと送られているのですが、現代はその情報量が子どもの頃から不足気味ではないかと思います。その結果、大人になってから、体にひずみが出るのではないかと私は考えています。

少し前に和式トイレにしゃがめない人が増えていると話題になりましたが、しゃがむ動作などその典型でしょう。イス式のライフスタイルになって正座もしなくなりました。ベッドなら布団の上げ下げも必要ありません。余談ですが、雑巾がけはとてもいい運動だと思います。以前、「体育の授業で取り上げてはどうか」とある小学校に提案したほどです(笑)。

バランス能力や柔軟性、筋力などの運動能力の獲得には、それぞれ適した時期があります。子どもの頃からさまざまな動きや運動をすることは、その人の一生の運動能力に関わるほどの影響力があるのです。

自分の体重を利用して負荷をかける「ロコモ予防運動」を開発

超高齢社会で、シニア世代の筋肉づくりも喫緊の課題です。私も若い研究スタッフとともに「ロコモ予防運動」を開発し、さまざまな場で発信しています。
今、開発しているのは、シニア世代の骨格筋を鍛えるために、過負荷をかける運動プログラムです。これまでは体育施設やトレーニング器具が必要でしたが、順天堂大学では、いつでもどこでも誰とでもできる“自分の体重を利用して負荷をかけるプログラム”を開発。3か月間週1~2日の頻度でトレーニングすると、多くのシニアの方は筋力がアップし、歩行速度や身体機能が向上して、生活の質が上がります。
「ロコモ予防運動」はメディアでも紹介され、保健所などの行政やフィットネスクラブなど商業施設でも活用してもらっています。

公開講座では参加者が順天堂大学オリジナルメソッドのロコモ予防運動に挑戦しました

《関連リンク》

【ニュース】順天堂大学が協力・監修した「ロコモ予防体操」が千葉テレビで放送されています
【外部サイト】毎日新聞@大学「順天堂大 東急不動産と連携 フィットネスクラブでロコモ予防」

利用者一人ひとりに合う3分エクササイズを提供

「ACTIVE5」は3世代が同一空間・同じ曲を各世代異なった振り付けで踊りながら同期(シンクロ)を楽しめる3分エクササイズ

文部科学省/JST(科学技術振興機構)の「COI(センター・オブ・イノベーション)プロジェクト」の一環として、立命館大学と共同でロコモティブ・シンドローム対策の3分エクササイズ「ACTIVE5」も開発しました。
人が100人いれば100通りの体力があります。同じ年齢のシニアでも、手すりなしで階段を上れる人、手すりがあれば上れる人、あっても上れない人など、身体能力には差があります。身体能力が異なる方々に同じトレーニングをお勧めすることはしたくないです。
トレーニングを続ければ、筋力アップして手すりがなくても上れる人が増えていく。となると同じトレーニングを続けても過負荷ではなくなるので、トレーニング効果が認められなくなる可能性があります。そうならないように定期的にトレーニング内容を見直して、負荷レベルを上げながら適切なトレーニングを続けていく。そんな運動プログラムが日本全国でラジオ体操のように、お金をかけずにできれば素晴らしいですよね。
順天堂大学でのプログラム開発は終了しましたので、あとは多くの方々に実践していただけるよう社会実装していくこと。今後もいろいろな場でご紹介を続けていきたいですね。

運動プログラムを社会に広めるため、ゼミ学生や大学院も活動に参加

基礎研究、応用研究、そして啓蒙活動と、今はとても多忙な毎日です。ただ、私が所属する運動生理学研究室には内藤久士教授(スポーツ健康科学部・学部長)をはじめ数名の教員が在籍し、博士研究員は4人、社会人も含めた大学院生やゼミ生が約20人います(2019年1月現在)。研究室では富里市や成田市でもロコモ予防運動教室を開催しているのですが、学部のゼミ生や大学院生には運動指導者として参画してもらったり、体力測定を手伝ってもらっています。このような学外での活動は、大学院生や学生にとっても貴重な学びの場になっています。
スポーツ健康科学部に入学した学生には、運動と健康に関する体系的、科学的な知識を身に付け、社会へ広めてもらいたいです。体育の先生やスポーツ指導者にならなくても、家族や周囲の方々の健康には貢献してほしいです。本学学生のように専門知識と技術を持ち、健康意識の高い人材を育成することも、大学人としての私の役割だと考えています。

 

スポーツは多くの人を幸せにできる。
早い時期から始めて生涯の健康を!

私自身のスポーツ経験についてお話すると、学生時代はハンドボールに打ち込みました。卒業後はジョギングを続け、フルマラソンにも4度挑戦しました。順天堂大学ではハンドボール部の部長を務めていますが、4年間厳しい練習をやり抜いた部員の顔つきは違います。社会に出てからの生きる力やたくましさが身に付いていると感じます。
スポーツ・運動の健康に関わる面だけでなく、私は多くの方々にスポーツや運動の楽しさも知ってもらい、社会におけるスポーツ・運動の文化的な価値を今以上に高めていきたいと考えています。スポーツは言葉が通じなくてもゲームができるし、本人だけでなく、いる人も楽しめる。人が集まり、親しくなる際にもとてもいいツールです。現在社会において、スポーツはもっともっと人々を幸せにできるのではないでしょうか。
何歳になってもスポーツ・運動を楽しみ、多くの人の健康寿命が延びるのであれば、こんなに素晴らしいことはありません。シニアになってからでなく、若い世代、さらに言えば子どもの頃から運動に親しみ、健康を維持できることが理想。その必要性を今後も科学面から伝えていきたいですね。

町田先生「何歳になってもスポーツ・運動を楽しみ、多くの人の健康寿命が延びるのであれば、こんなに素晴らしいことはありません。」

Profile

町田 修一 SHUICHI MACHIDA
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授

【経歴】
1991年3月:東京学芸大学教育学部卒業
1993年3月:東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了
2000年6月:博士(医学)取得(東京女子医科大学)
2001年4月:ミズーリ大学コロンビア校 Postdoctoral fellow
2004年4月:日本学術振興会 特別研究員 (PD)
2005年7月:早稲田大学生命医療工学研究所 講師
2007年4月:東海大学体育学部生涯スポーツ学科 准教授
2013年4月:順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 先任准教授
2016年3月:順天堂大学 COIプロジェクト室 准教授(併任)
2018年4月:順天堂大学スポーツ健康科学研究科 教授

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