MEDICAL

2021.12.22

肉眼からナノレベルまで!人体を「形」から読み解く解剖学の魅力とは?

「解剖学」という言葉を聞くと人体の解剖をイメージする人は、多いのではないでしょうか。解剖学は顕微鏡などのイメージング技術の進歩とともに大きく様変わりし、生物のミクロ・ナノレベルの構造も対象とするようになりました。さらに、近年では顕微鏡技術の発展は勢いを増し、従来にはない圧倒的な精度と美しさで生物の構造を観察できるようになり、新しい発見が続々となされています。順天堂大学大学院医学研究科解剖学・生体構造科学の市村浩一郎教授が古典的な解剖学から最先端の解剖学まで、その魅力と研究室での取り組みについてお話します。

古代ギリシア時代から存在
人体の構造を探求する「肉眼解剖学」とは?

解剖学とは人体の構造を含めた生物の有りさまを、“どのような「形」をしているのか”という側面から研究する学問です。外部の構造も内部の構造もありますし、肉眼で見える大きな構造から電子顕微鏡でないと見えない細胞核やミトコンドリアまで、観察対象はさまざまです。

私たちの研究室の二大テーマのひとつが、ご遺体を解剖することにより人体の構造を調べる「肉眼解剖学」です。まさに一般の方々が想像される解剖学の内容だと思います。古代ギリシアの時代から存在する古典的な学問領域のため、肉眼解剖学はやり尽くされた学問だと考えている方もおられますが、それは大きな誤りです。「形を明らかにする」ことは、写真に撮ったり絵に描いたりして終わりではなく、構造を言葉で表す必要があります。というのも、科学の世界では言葉で表現することで初めて「存在(形態)」が認識されるからです。人体の構造を全て言語化するのは簡単な作業ではなく、間違いや漏れがあったり、正確な観察によって見え方が変わってきたりすることも珍しくはありません。時代ごとに解剖学をアップデートしていくことが私たち解剖学者の使命なのです。

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市村浩一郎教授

現在、私たちの研究室では、血管と骨格筋(運動に関与する筋肉)の構造について重点的に研究を進めています。血管や骨格筋には様々な構造バリエーション(専門的には変異と呼ばれます)が存在します。教科書に記載されているのはスタンダード構造で、変異についてはあまり記載されていません。しかし、全身の血管や骨格筋が全てスタンダードタイプである人間は誰一人としておらず、皆さんも何がしかの解剖学的変異を持っているのです。血管の変異は医師にとって手術やカテーテル治療を行ううえで重要ですし、骨格筋の変異は今後、効率的な筋力トレーニングのための個別化や筋外傷の予防・治療を研究するうえで必須の基礎データとなるはずです。私たちは現代の解剖学の観点から血管と骨格筋のスタンダード構造と変異を再整理し、論文化・書籍化を行っています。【「人体の骨格筋 上肢」坂井 建雄(著) 医学書院】

【図1 動脈についての再調査】骨を養う動脈については情報が正確ではなく、当講座では大型骨を養う動脈を再調査しました。図は上腕骨を栄養する動脈を調査した例。

図2 ヒラメ筋 - s.jpg

【図2 ヒラメ筋のバリエーション】
ヒラメ筋はアキレス腱に繋がり、歩行に重要な骨格筋です。ヒラメ筋には羽状部という鳥の羽のような部分があり、この形や数には極めて幅広いバリエーションが見られます。

最先端の電子顕微鏡FIB-SEMで
組織細胞の3D構造を解析

近年の顕微鏡技術の進歩は目覚しく、当講座で使用している最新の3D電子顕微鏡「FIB-SEM」は細胞や組織の断層像を数百枚~数千枚にわたって自動撮影し、それをもとに特定の構造の立体再構築することができます。病院の検査でよくあるCTやMRIの断層像をイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。市販のPCの性能が向上し、一般的な研究室でも細胞や組織の立体再構成を高い精度で行えるようになりました。

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図3+FIBSEM - s.jpg

【図3 FIB-SEMを使った超多数連続断面観察】
腎臓の糸球体の連続断面像(1000断面)を撮影し、特定の細胞(ポドサイト)を再構成している。再構築像を3Dプリンタで出力することもできる。

もともとFIB-SEMは半導体(微小回路)の不良品検査のために開発されました。十数年前に米国の研究者が脳の神経回路を調べるために応用し、以後、医学や生物学の研究領域で普及してきました。とはいえ、生物の構造解析のために導入されているFIB-SEMの台数は国内全体でも極めて少ないのが現状です。私たちはいち早く腎臓を構成する細胞の3D構造解析にFIB-SEMを応用し、細胞の正常構造、発生過程、疾患による変化について多くの新しい知見を発表することができました。

FIB-SEMにより明らかになったポドサイトの構造
3D再構築像でみるポドサイトの機能美

私自身がライフワークとしているのは、腎臓の糸球体にあるポドサイトという細胞の構造の解明です。腎臓では血液をろ過して尿を作りますが、ポドサイトは高精度なフィルターとして、血液内の大きな分子が尿へ漏れるのを防いでいます。ポドサイト(とその類縁細胞)は脊椎動物だけでなく多細胞動物の多くに共通するろ過システムであり、動物進化の初期に獲得され、それが私たちにまで連綿と受け継がれています。

図4 ポドサイト -s.jpg

【図4 ポドサイトの3D構造】
ポドサイトは腎臓の糸球体(A、B)の表面をなす上皮細胞。ポドサイトは複雑な突起構造をもち、細かい突起(足突起)を手の指を組んだようにして配列します(C)。足突起の間は隙間があり(D)、ここから血液をろ過して尿を生み出します。A、C:走査電顕像、B、D:透過電顕像

写真はラットのポドサイトで、従来型の走査電子顕微鏡で撮影しています。突起を複雑に伸ばし合い、となり同士のポドサイトが細い突起(足突起と言います)によって両手の指を組んだように噛み合っています。指と指の隙間から体液(血液)をろ過し、尿を生み出すわけです。ポドサイトは神経細胞と同じように、細胞分裂を起こさないので、疾患よりポドサイトが死んでしまっても再生することができません。つまり、多くのポドサイトが失われると腎臓のろ過機能も失われ尿を作って不要な物質を排泄することができなくなります。
 ポドサイトは疾患で傷付くと、突起を引っ込めて、座布団のような単純な形に変形してしまいます。この変化はポドサイトの傷害度を判定するうえで重要ですが、座布団化する過程や回復過程については全く分かっておらず、私たちのFIB-SEM解析・3D構造解析により座布団化の過程がはじめて明らかとなりました。

ポドサイトの3D再構築像(市村教授提供)

図5 PAN腎症 -s.jpg

【図5 疾患に伴うポドサイトの座布団化】
病態の進行とともに、細かな足突起が消失してゆく(ネフローゼ症候群モデル動物での例)。向かって左列は通常の走査電子顕微鏡で撮影し、個々のポドサイトを色分けしたもの。右列はFIB-SEMによる連続断面像から再構築したもの。ポドサイトをうら面(接着面)を観察すると、突起が消失してゆく様子が良く分かる。このような裏面像は通常の走査電子顕微鏡では見ることができない。

関連リンク

■腎疾患における糸球体障害の形態変化の全過程を明らかに~糸球体足細胞の形は“足裏”を見ると良く分かる~(順天堂大学プレスリリース:2019年1月28日)
https://www.juntendo.ac.jp/news/20190128-01.html

■掲載誌へのリンク:https://jasn.asnjournals.org/content/30/1

■文部科学省ナノテクノロジープラットホーム~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~ FIB-SEM法を活用した腎糸球体足細胞の発生過程の解明
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/nanotech-pickup/1.html

■サーモフィッシャー社 ギャラリーサイト
https://cases.amira-avizo.com/use-cases/morphological-process-of-podocyte-development-revealed-by-block-face-scanning-electron-microscopy

メサンギウム細胞のマッシュルーム状構造
FIB-SEM解析により半世紀ぶりに再発見

腎臓の糸球体ではポドサイトを使って血液をろ過しており、糸球体の中心部には毛細血管網が存在します。血管というものは透過性を保ちつつも、外部の細胞と内部の細胞の棲み分けがきちんとなされているはずなのですが、糸球体に関しては内部のメサンギウム細胞が頻繁に血管の中に侵入し、マッシュルーム状の形になる様子を観察できます。この現象は約半世紀前に米国の生物学者でノーベル賞受賞者のジョージ・エミール・パラーデが発見しましたが、半世紀にわたりその真偽は不明でした。私たちはFIB-SEMを活用し、メサンギウム細胞が血管内に侵入している様子を半世紀ぶりに示すことができました。

メサンギウム細胞の血管内侵入にどんな意味があるのか、その解明は今後の課題です。ただ、マッシュルームのような形を見る限り、首がとても細いため元に戻りそうではありません。近年、細胞から分泌される小胞や断片が遠隔の臓器に流れていって影響を及ぼす臓器連関が注目されていますが、メサンギウム細胞も頭の部分が切れて、遠隔臓器に何らかの影響を与えている可能性があります。今後は循環血中にこのような断片が含まれるかを調べ、糸球体疾患の血液での診断や糸球体の他臓器の臓器連関について研究を進める予定です。

関連リンク

■電子顕微鏡像の3D再構築技術により糸球体内皮細胞の正常構造を完全解明~ 慢性腎臓病の原因となる糸球体内皮細胞傷害のメカニズム解明と診断法確立へ ~(順天堂大学プレスリリース:2021年3月15日)
https://www.juntendo.ac.jp/news/20210315-03.html

■掲載誌へのリンク:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2021.653472/ful

図6 内皮細胞(再構築像) - s.jpg

【図6 メサンギウム細胞のマッシュルーム状突起】
血管内空にマッシュルーム状突起(紫色)が飛び出している。

順天堂の恵まれた環境を活かして
糸球体病変の「丸ごと」解析システムの開発

腎疾患の患者さんの診断や病気の進行度を判定するには、腎臓の一部を採取し、糸球体などの構造を電子顕微鏡で検査する必要があります(腎生検と呼ばれます)。通常は、電子顕微鏡で数断面を観察しますが、糸球体の全体を見ることは不可能で、隠れた病変を見逃している可能性は否定できませんでした。FIB-SEMによる連続断面観察を活用すれば、このような病変の見逃しを防ぐことができます。しかし、FIB-SEMは高額なうえ、精通した研究者が操作する必要があり、病院での検査に導入することは現実的ではありません。

そこで、私たちの研究室では、腎臓内科学講座と連携し、糸球体を「丸ごと」連続切片化して、電子顕微鏡で観察できる特殊なダイヤモンドナイフの開発を進めています。作成した連続切片はガラスなどの基板に貼付け、走査電子顕微鏡で全切片を自動で撮影でき、腎臓内科医や病理医がPC上で病変の診断ができるようになります。さらに、このナイフシステムは従来の連続切片作製システムよりも大型の切片を安定的に作製できるメリットもあり、糸球体だけでなく脳内の神経回路や組織内の血管構築など比較的大きな構造を連続断面化することを得意としています。新型ナイフシステムは比較的安価に作成でき、従来の電子顕微鏡施設にも速やかに導入できるものとなっており、その実用化に向け、急ピッチで取り組んでいます。

解剖学には「形好き」の好奇心を満足させる場がある
研究室の扉はいつでも開かれています

私たち解剖学を研究する者の共通点は、「形に対する好奇心」を持っていることだと思います。3D電子顕微鏡の登場は私が研究を始めた20年前には想像もできなかった革新的な進歩であり、これまで見えなかった構造が圧倒的な美しさを持って見えるようになりました。初めて見る美しい構造が電子顕微鏡画像で浮かび上がってくる瞬間は、何度経験しても感動するものです。

現在、当講座は「ポドサイトの3D超微形態解析」において世界トップレベルにありますが、ポドサイト以外の研究にも、これまでに培った技術の応用を進めています。また、3D超微形態解析を動物進化の観点から進めていくのも興味深い作業です。私自身、学生時代に生物の形の進化に興味があり、様々な動物の解剖学を学ぶため、当講座に通うようになり、腎臓の糸球体という興味深い研究対象に出会うことができました。「形が好き」「誰も見たことのない形を見てみたい」と思われる学生さんや若手研究者の方は、ぜひ当講座を覗いてみてください。皆さんとともに、新しい研究を行えることを、教室員一同、楽しみにしております。研究室の扉はいつでも開かれています。

解剖学・生体構造科学講座の大学院生に聞きました!

順天堂大学大学院医学研究科 博士課程 3年
宮木 貴之さん

解剖学・生体構造科学講座を選んだ理由を教えていただけますか?

医学部に入学し、解剖学を学び、非常に興味深く感じました。順天堂には基礎研究医養成プログラム(https://www.juntendo.ac.jp/kenkyui/)があるのですが、それにより本講座に配属されてFIB-SEMに触れ、腎臓の細胞の3D構造にとても感動しました。教科書の情報はどうしても古いものになりますが、ここでの研究はまさに最先端!世界中の誰も見たことがない構造を見ることができます。

宮木 貴之さん
これまでにいちばん感動した構造は?

やはり腎臓糸球体の足細胞・ポドサイトです。学生時代の教科書にも「非常に複雑な形」と記載されていましたが、実際に電子顕微鏡を通して細胞が目の前に現れたとき、「すごいものが見えている!」と思いました。あの感動は忘れられません。

 

講座ではどんな研究をされていますか?

エビ・カニなどの無脊椎動物の腎臓の構造をFIB-SEMで解析して、私たち人間の腎臓の細胞との連続性・関連性を明確化し、論文にまとめました。論文は2020年12月、ドイツの学術誌『Cell & Tissue Reserch』に掲載され、私が撮影した3D画像が表紙にも採用されました。(掲載誌のリンク:https://link.springer.com/journal/441/volumes-and-issues/382-3

図7 ネフロサイト進化 -s.jpg

【図7 十脚甲殻類のネフロサイト】
ネフロサイトは節足動物に存在するポドサイトに類似した細胞です。3D構造解析から、ネフロサイトはポドサイトの超特殊化したものであることが明らかとなり、ネフロサイトの進化上の位置付けが確立しました。

解剖学講座には「形」が好きな人たちが集まっているとお聞きしています。宮木さんは「形」のどういうところが好きですか?

例えば恐竜の化石が好きな人は多いですよね。あれはまさに「形」。形を見てワクワクするのだと思います。これほど多様な生物が地球上に生息し、多様な形を持っている。非常にバリエーションに富む一方、腎臓の構造は水に関連する生物に多く共通しています。多様であり、かつ共通部分もある、その不思議さが魅力です。「形」はロマンだと思います。

 

将来の目標を教えてください。

FIB-SEMは腎臓の細胞を見るにはぴったりのサイズですが、見られる領域に制限があります。人体には他に興味深い細胞がたくさんありますので、FIB-SEMの次の世代の顕微鏡を活用することも念頭におきながら、これからも細胞構造の解明に取り組んでいきたいと思います。特に、連続切片作製技術の基盤づくりをしっかり進め、糸球体の病理診断や糸球体以外の構造解析への活用を行いたいと考えています。

研究室で市村教授(左奥)と

Profile

市村 浩一郎
順天堂大学大学院医学研究科解剖学・生体構造科学/医学部解剖学・生体構造科学講座 主任教授
1975年生まれ。2001年、順天堂大学医学部卒業。同解剖学第一講座助手。2009年、同解剖学・生体構造科学講座准教授。2011年、米国オクラホマ大学ヘルスサイエンスセンター留学。2015年、杏林大学医学部解剖学講座非常勤講師(兼任)、東京医科大学医学部組織・神経解剖学講座・非常勤准教授(兼任)。2016年、順天堂大学大学院研究基盤センター・形態解析イメージング研究室室長(兼任)。2020年、順天堂大学大学院医学研究科解剖学・生体構造科学主任教授。現在に至る。ライフワークは原尿産生装置の進化形態学、多細胞動物の全てのグループの原尿産生装置を見ること。

宮木 貴之
順天堂大学大学院医学研究科 解剖学・生体構造科学 博士課程3年
1994年生まれ。2019年、順天堂大学医学部卒業。基礎研究医養成プログラム生として、学部学生の頃からFIB-SEMを活用したポドサイトの構造解析に取り組んできた。現在は糸球体疾患における蛋白尿の発生メカニズムの解明、新型連続切片作製ナイフの開発に取り組んでいる。2022年4月からは日本学術振興会特別研究員(DC2)に着任予定。

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