SOCIAL
2022.05.24
一人ひとりの自立を支える継続したケアを。 これからの時代の"つながる介護"とは
人口の高齢化が加速する日本。要介護者の増加だけでなく、家族構成の変化による介護者の高齢化も進む現代では、人々の暮らしにあわせた介護・看護の需要が高まっています。今回は、高齢者看護学を専門とし、特に高齢者の自立ケアについて研究を進める保健看護学部の榎本佳子先生に、介護のこれからについて伺いました。
いま、介護に求められるもの
「介護」と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか。「高齢者の食事を介助する、着替えを手伝う、おむつを取り替える」といったシーンが思い浮かぶ人も多いでしょう。もちろんこれらも大事な介護の仕事内容です。しかし、介護の現場は病院や地域の施設、自宅などさまざま。50~60年程前は親子3世代がともに暮らす家族構成が主で、介護の現場も在宅が多かったですが、昨今は家族のあり方も変化し、夫婦のみの世帯や独居世帯が増加したことにより、介護の形も変化を見せています。いま、介護の現場が掲げる課題について、榎本先生は次のように指摘します。
「人口の高齢化に伴い、介護者の高齢化は今後も課題となるでしょう。さらに、生活スタイルが多様に変化したことで、求められる介護の形も多様化しており、100人いれば100通りの介護が必要になっています。そこで重要なのが、要介護者を「生活者」として捉えることです。個人を尊重し、いかに自分らしく過ごせるかを考えた介護の仕組みを整えていく必要があります。今社会では、地域包括ケアシステムと言って、要介護者が住み慣れた地域で自分らしく過ごせることを中心に据えた介護のあり方が求められています。これを実現するには、単なるお世話ではなく、要介護者本人の自立を支援することが非常に重要です。そのため、根拠に基づく専門性の高い介護を行える専門職の需要も高まりを見せています。介護に関わる多くの人が連携し、社会全体で支え合う仕組みづくりが求められているのです。」
これからの介護の鍵は自立支援
要介護者が自分らしく過ごすためには、自立支援が鍵となると榎本先生は語ります。
「私自身、看護師としてさまざまな現場に立ち会ってきましたが、これまでの看護を振り返った時に、自立支援の中でもとくに排泄に関わるケアが基本になるのではと感じました。自立した排泄には、トイレに行きたいと認知をする、立ってトイレに歩いていく、自分で服を脱ぐなどさまざまなアクションが必要です。また、家族には排泄ケアをされたくない・したくない人も多いのが現状です。在宅で介護を継続させるには、排泄の自立支援が重要になるのではと考え、研究に取り組み始めました。」
自立支援を行う場面は①病院での医療職によるケア(入院時)、②介護施設等での介護職によるケア、③家族が行う在宅介護があります。①急性期の看護場面では、限られた入院期間とマンパワーの中で治療を行わなければならないため、十分な自立支援まで手が回らない現状にあります。また③在宅介護では、専門知識のない家族が担うため負担も大きく、住環境や家族の介護力に左右されてしまいます。
「病院や施設、在宅と、介護の現場ごとに調査を行った結果、機関ごとに支援がぶつ切りになってしまい、連携した支援ができてないという現状が見えてきました。要介護者が、自分らしい生活に戻るためには、各機関がつながり、継続したケアを実施していくことが重要なのです。3つの機関を研究して、自立を促す情報が機関間で共有できていないことが原因の一つとして挙げられるとわかってきました。要介護者を取り巻く状況は、短期間で変化していきますから、リアルタイムで情報を共有していく必要があります。ICT技術を活用するなどして、地域包括ケアシステムの中でいかに情報を共有していくかを研究しています。
また、介護される側の自立への意識もさまざまです。本人が求める自立レベルに合わせて支援を行わないと、結局は援助自体が負担になってしまいますから、本人の個性を尊重して検討していく必要があるのです。」
三島市との連携で地域包括ケアシステムを考える
厚生労働省は、2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される「地域包括ケアシステムの構築」を目指しています。地域包括ケアシステムは一つの正解があるわけではなく、各地域の特性を生かしながら、その地域に根付いて整えていく必要があります。榎本先生は、静岡県三島市と連携し、「家族介護者支援を考える」をテーマに専門職と語り合うプロジェクトや、まちの活性化プロジェクトにも関わっています。
「地域の暮らしを支えるには、そこで暮らす家族を支えることが何より重要です。プロジェクトでは、実際にケアを行う人々が感じている困難や、老々介護問題、仕事との両立など、一人ひとりがいま抱えている問題を共有することで、その解決を図っています。地域包括ケアシステムの構築に必要不可欠な多職種連携という視点では、特に医療機関に対して他機関がハードルが高いなどと垣根を感じていることが課題だとわかってきましたので、今後は医学部附属静岡病院とも協働し、連携システムをどのように整えていくのか検討を進めていきたいと考えています」
患者としてではなく、生活者として捉える
一人ひとりが自分らしく生活できるよう継続した支援を行っていくために、介護者が持つべきは「患者としてではなく生活者として捉える意識」であると、榎本先生はその重要さを説きます。
「これからの介護現場では、医療知識だけではなく人口や家族構成の変化を加味し、人々の暮らしを意識して行動できる専門職が必要とされます。保健看護学部では、初年次から地域包括ケアを考えるための実習を設置しています。地域の特性やそこで暮らす人々の様子、環境などをフィールドワークを含めて調査し理解することで、さまざまな看護職のあり方を学びます。私たち専門職が接するのは患者ではなく、一人の“生活者”です。その人にとって暮らしやすい環境とはどんなものかを想像できる人になってほしいと考えています。また、カリキュラムではチームで活動をするため、多職種連携の必要性、つながることの重要性を感じてもらうきっかけにもなっています。」
ぶつぎりではない、各機関がつながる介護を実現するために、保健医療福祉の各分野の垣根をなくし、連携して行動できる専門職を育てたいと意欲を示します。
「今後も高齢化が進み、看護職・介護職の需要は高まっていくでしょう。AIや外国人従事者の活躍も期待されますが、一方で、さらに専門性が求められるようになります。そして、介護に関わる一人ひとりが横のつながりを大切にし、地域が一丸となって支援していくことが何より重要になってくるでしょう。そのために必要な教育の整備や地域の連携システムの構築に力を入れていきたいです。」