MEDICAL

2024.02.21

診療放射線技師の視点で血管内治療の安全を追求

現代の医療では、診断や治療において放射線はなくてはならない存在です。近年では、X線を照射して血管内を観察しながら血管内にカテーテルを通して行う治療法の進歩が著しく、難しい症例の治療も行えるようになりました。しかし一方で、長時間放射線にさらされるという問題があります。そのような放射線被ばくのリスクから患者さんや術者を守るための研究を行っている順天堂大学保健医療学部診療放射線学科の坂本肇教授にお話を伺いました。

最先端のカテーテル治療での放射線被ばく

――先生の専門分野であるIVRについて教えてください。

 

IVRInterventional Radiology:画像下治療)とは、X線(レントゲン)やCTMRIなどの画像診断装置で血管や体内を透視しながら、カテーテルと呼ばれる細い管や針を体内に挿入して行う治療法のことです。「カテーテル治療」や「血管内治療」と呼ぶこともあります。血管が詰まってしまうことで起こる心筋梗塞や脳梗塞でも開頭・開腹手術のような負担がなく、速やかに治療できることから現在広く行われている治療です。治療は脳外科医や循環器内科医、放射線科医などの医師が行いますが、診療放射線技師が必ず立ち会い、血管撮影装置の管理・操作や線量管理を行っています。

 

――IVRや血管撮影では、どのような課題がありますか。

 

近年はIVRの技術が高度化していて、複雑な症例も治療できるようになっています。そのため治療が長時間に及ぶことも多く、放射線にさらされている時間が長くなることが問題になっています。IVRや血管撮影での放射線量は放射線治療に比べれば低いのですが、難しい症例での心臓カテーテル治療の場合、10時間以上かかることもあります。そのように長時間放射線を照射していると、皮膚の表面にやけどのような皮膚障害が起きてしまうのです。

最近ではIVRでの皮膚障害のリスクが広く知られるようになり、放射線が影響する線量レベル(しきい値)を超えないよう管理されているので、皮膚障害が起きることはほとんどなくなりました。しかし、放射線被ばくで将来的にがんになるかもしれないリスク(確率的影響)もあり、医療放射線の安全管理が世界的に重要になっています。また、日本では患者さん1,000人あたりのX線検査(CTMRI等)数が、アメリカやヨーロッパを含む諸外国の中でダントツ1位となっています。このようなことから、日本でも20204月に医療法施行規則の一部が改正され、IVRや血管撮影などの放射線量がかなり厳しく規制されるようになりました。

 

――医療放射線の安全管理についてどのような研究を行っているのでしょうか。

 

私自身は長年にわたって診療放射線技師として医療現場で働いてきて、1995年頃からIVR領域を専門に臨床と研究を行ってきました。当初はIVRの放射線照射で皮膚障害が起こることは知られておらず、世界各地で多数の放射線皮膚障害事例が報告されており、このような皮膚障害を防ぐにはどうすれば良いかといったところから研究が始まりました。

保健医療学部 診療放射線学科 坂本 肇 教授

患者さんや術者を放射線被ばくから守るために

――具体的にどのような研究をされていますか。

 

私がこれまでに注力してきた研究テーマは、患者さんの皮膚での被ばく線量の測定・推定、治療を行う術者の放射線防護、装置に表示される線量の精度管理、安全に治療を行うための基準線量作りなどです。

 

――どのように被ばく線量を管理するのですか。

 

放射線皮膚障害が起きる放射線量(しきい値)はある程度分かっているので、放射線照射が一カ所に集中しないよう少しずつ照射位置を変えるなど、線量を抑える方法を検討してきました。

また、治療中の線量モニタリングや、装置に表示される線量の精度(正確さ)も重要な研究テーマです。現在はリアルタイムの放射線量を血管撮影装置に表示することが義務づけられていますが、血管撮影装置導入後の表示線量の正確性をチェックする規則なく、装置によっては正しい線量が表示されていない恐れがあります。今、日本には3000台以上の血管撮影装置が導入されており、それら全ての装置で表示線量の精度を簡単に確認できるようにするための研究を続けています。

 

――長時間の治療になれば術者も放射線被ばくも問題になりますね。

 

IVR術者の被ばくでは、放射線白内障という障害があります。放射線が照射された状態で長時間治療を行うことで術者の水晶体が濁る病気で、少ない線量でも数年後に症状があらわれることがあります。そのため2021年に法令が改定され、従事者の眼の水晶体に対する年間の許容放射線量がそれまでの7分の1まで下がりました。この基準はかなり厳しく、従来通りの治療をしていると多くの術者が基準オーバーとなり、それ以降放射線診療にあたることができなくなってしまいます。そこで、水晶体が受ける放射線量を正しく計測し、放射線防護することにより被ばくから水晶体を守ることが必要になるのです。

 

--術者の水晶体を守るためにどんな工夫がされているのですか。

 

治療中に放射線防護眼鏡をかけることや、装置に放射線防護板を設置することで水晶体被ばく線量を大幅に減らすことができます。その際に、防護眼鏡や防護板の内側の放射線量を適正に計測する方法も研究しています。この研究に関連して、全国多数の医療施設の医師に線量計を配布して計測し、計測結果から施設タイプや治療内容別に被ばく実態を調査する研究なども行いました。

放射線は医療に役立つ一方で、障害を発生させてしまう危険性もあるので、 患者さんも術者も安全に診療ができるようにすることが私の主な研究目的です。

放射線防護眼鏡
放射線防護板

安全な治療を行うための基準線量作りにも注力

――安全にIVRや血管撮影を行うための基準作りとはどのようなことですか。

 

日本では、将来起こりうる確率的影響(発がん)を考慮して、安全にIVRや血管撮影を行うための放射線量を「診断参考レベル(DRLDiagnostic Reference Level)」として制定しています。DRLは、頭部/頸部、心臓部、胸腹部という領域ごとの疾患別に照射する放射線量の指標で、術者が治療をするときに活用されるものです。

2015年に日本で初めての「DRLs2015」が作られ、「DRLs2020」の改定を経て、今まさに「DRLs2025」の改訂作業を進めています。

DRLs2020の一部抜粋

【参考資料】

・DRLs2020(日本語版) ※IVR領域は63枚目(ページ№53)より

・DRLs2020(英語版)

――リスク(確率的影響)まで考慮して基準が作られているのですね。

 

皮膚障害はすぐに症状があらわれるので判断しやすいですが、目に見えない放射線が何年も経ってから及ぼす影響を考慮するのはとても難しいことです。その点についてはかなり苦労しています。

また、心臓部については成人と小児を分けて設定しています。小児は皮膚障害のような確定的な影響は成人に比べて少ないのですが、治療後の人生が長い分、将来的に影響がおよぶ可能性が高いため、成人以上に注意が必要になるのです。

臨床現場での経験を生かして学生を教育

設立5年目を迎える保健医療学部診療放射線学科

――設立5年目を迎えた順天堂大学保健医療学部診療放射線学科の特徴を教えてください。

 

診療放射線技師を育成する学校はすでに多数あり、順天堂大学保健医療学部診療放射線学科は東京23区中で一番新しく、今年度1期生が卒業したばかりです。1学年の入学定員数が120人というのは全国でも最多レベルで、すべての学生が医療現場ですぐに活躍できるような教育をしています。

 

――学生への教育についてはどんなことを意識していますか。

 

私はこれまで医療現場で働いていて、1期生が入学するタイミングで、私自身も教員1年生としてこちらに来ました。学生たちには、医療現場で必要とされる診療放射線技師になってほしいと願っており、そのためには学び続ける姿勢が大切だと思っています。放射線診療は進歩が早く、新たな装置や技術が次々と出てくるので、常に新しい知識や技術を取り入れて学ぶ姿勢を持ち続けてほしいと思っています。

そして、チーム医療の一員として、チーム力を高められるような診療放射線技師になってほしいと思います。例えば、急性脳梗塞や急性心筋梗塞のカテーテル治療では、一分一秒でも早く治療することが救命率を左右します。そこで医師がすぐに治療を始められるように体制を整え真っ先に動くのが診療放射線技師なのです。

 

――診療放射線技師や教員として、先生自身がやりがいを感じることを教えてください。

 

医療現場にいたときは、やはり患者さんの病状が回復されたときに一番やりがいを感じました。脳梗塞で来院し、話すことも歩くこともできなかった患者さんが、IVRで脳血流が回復すると「ありがとう」と言って検査室から退出されたことがありました。そういう劇的な回復を見られるのは、診療放射線技師としてもとてもうれしいことですし、モチベーションになっています。

今はやはり学生たちの活躍が一番の喜びです。学生の実習先である他大学附属病院の先生方から「順天堂大学の学生はとても優秀でいい」と褒められた時は本当に嬉しかったですね。伝統ある学校がたくさんある中で新設された本学を選んで来てくれた学生たちなので、卒業生が作る本学科の歴史に期待しています。

Profile

坂本 肇 SAKAMOTO Hajime
順天堂大学保健医療学部診療放射線学科 副学科長・教授
2007年山梨大学大学院先進医療科学専攻博士課程修了(医学博士)。東京医科大学病院放射線科、山梨大学医学部附属病院放射線部を経て、2019年順天堂大学保健医療学部診療放射線学科先任准教授に就任。2021年より現職。診療放射線技師免許、第1種放射線取扱主任者免状、日本血管撮影・インターベンション専門診療放射線技師。主な研究分野は、血管撮影技術、放射線計測、放射線安全管理学。

この記事をSNSでシェアする

Series
シリーズ記事

健康のハナシ
アスリートに聞く!
データサイエンスの未来

KNOWLEDGE of
HEALTH

気になるキーワードをクリック。
思ってもみない知識に
巡りあえるかもしれません。