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2024.10.18

薬物治療最適化のための国内の研究を牽引~臨床能力と研究力が高い薬学人を育成する順天堂大学薬学部~

04.質の高い教育をみんなに

2024年4月に新設された順天堂大学薬学部は、「臨床実践に強い薬剤師」と「創薬研究のエキスパート」を目指した薬学人を育成しています。医療薬学臨床領域/臨床薬理学の木村利美教授は、大学病院薬剤部での臨床経験を持ちながら、数理モデルを用いて薬剤適正利用のための解析を行うファーマコメトリクスという新しい研究領域を牽引してきました。順天堂大学薬学部においてもファーマコメトリクスをはじめとした研究に取り組む木村教授に、ご自身の研究と薬学部の教育について聞きました。

薬の適正使用のためのモニタリング手法を研究

特殊な病態や小児・妊産婦等の患者さんにも正しい薬物治療が行われるように

――まず、先生の研究内容について教えてください。

主に2つの研究テーマに取り組んでいます。1つ目は、TDM(Therapeutic Drug Monitoring)という薬物治療モニタリングで、一言でいうと、治療効果や副作用に関する様々な因子をモニタリングしながら、それぞれの患者さんに個別化した薬物投与を行うことです。

木村利美教授

――TDMについて詳しく教えてください。

患者さんに薬物を投与する場合、副作用を最小限に抑えながら、効果が最大限に発揮されるよう、薬の用法や用量を適正化しなければなりません。薬を開発するプロセスでは、臨床試験(治験)が行われ、実際の患者さんに開発する薬を投与して、効果や安全性などを調べますが、臨床試験にエントリーできる被験者は基準を満たす患者さんに限られます。腎機能低下や肝機能障害といった合併症を持つ患者さん、小児、妊産婦は試験がされていないため、そういう人たちの薬の適正使用に関する情報は圧倒的に不足しています。
TDMは薬物血中濃度や薬物治療のバイオマーカーをモニタリングの指標として、効果や安全性を確認しながら、それぞれの患者さんに合うように薬物治療を最適化する手法です。特に、効果の範囲が狭くて副作用が出やすい注意が必要な薬剤については、TDMを実施して薬物の投与方法を決定します。そのために、私たちは治療効果や副作用と関連する適切なモニタリングパラメータ(指標)を探索し、個別化医療に役立てる研究をしています。
TDMという手法自体はかなり古く、アメリカでは40年以上前から実臨床で導入されています。しかし、日本は臨床薬剤師というものがアメリカより10年以上は遅れていて、TDMもあまり進んでいませんでした。私はアメリカ留学中にTDMについて学び、日本の臨床現場にフィードバックしたいと思い、TDMの普及に努め、研究をしてきました。

――TDMという手法実施のために、どんな研究をしていますか。

TDMの代表格といえるのが感染症治療に用いる抗菌薬です。感染症は短期間で生命を奪うことがあるため、早急に抗菌薬治療を適正化する必要があります。抗菌薬は投与した人に効果を示すのではなく、体内にいる細菌に作用するという特殊なタイプの薬で、量が少なすぎれば細菌に効果が得られず、多すぎれば人に副作用が出てしまいます。そうならないように、腎機能や年齢別の代謝・排泄能など、薬の挙動に影響を与えるような要因や副作用を起こしやすい要因を分析して、適正な薬物濃度にコントロールできるような研究をしています。
 例えば、MRSAという細菌に使うバンコマイシンという抗菌薬は腎毒性が強いため、投与後の体内の薬物濃度を計測して、その濃度に応じて2回目以降の投与量を判断するように勧められています。私たちのグループでは投与設計のためのアプリケーションを開発し、これまで全国の医療機関がバンコマイシンを投与してきたデータをクラウド上に蓄積しているので、そういったビッグデータを解析して、抗菌薬の投与設計に役立てています。これらの研究成果は私が委員長をしている「抗菌薬TDMガイドライン」にも反映され、実際の臨床現場で広く利用されています。

薬の体内での変化をコンピュータでモデル化&シミュレーション

DXを駆使して、より安全な薬物投与・診療に向けて

――もう一つの研究テーマはなんでしょうか。

臨床研究・治験や診療におけるファーマコメトリクス(Pharmacometrics)の応用です。TDMの研究でもお話ししたように、小児や妊婦さん、腎不全や肝機能障害の患者さんなど、臨床試験の対象にならず、薬の適切な投与量・投与方法がわからない患者さんがたくさんいます。そのため医療現場では、治療に苦労することが少なくありません。

そういったさまざまな病態を呈する患者さんの体内での薬の代謝・排泄・反応性を数式でモデル化し、効果・安全性をコンピュータでシミュレーションする手法のModel Simulation(以下:MS)が、ファーマコメトリクスと呼ばれる研究領域です。実際に患者さんに薬を投与する前に、コンピュータ上の仮想患者を用いてシミュレーションする事でさまざまな事象を予測することが目的です。

この研究は、進歩が著しいAI時代の診療支援ソフトウエアに活用されることが期待されています。そのための臨床応用できるモデルの開発、実臨床でのTDMへの応用も研究しています。

――ファーマコメトリクスについて、もう少し詳しく教えてください。

薬が一般の患者さんに投与できるようになるには約10年~15年程度の時間がかかり、その費用は百億~数千億円と言われています。しかも、シーズ化合物*1から開発が成功する確率は2万~3万分の1と極めて低く、動物実験までは良い結果を得られていても、人に投与する臨床試験では8~9割程度が失敗してしまいます。特に人への投与段階に入ると幾つかのプロセスがあり、各段階で費用が数十~数百億円単位で高くなり、治療を成功させる工夫が重要になります。
そこで、動物実験や試験管内で得られた酵素の代謝活性・遺伝子の違いや薬物の反応性と、人体における心臓や肝臓の血流、人種、成長などのさまざまなデータ・要因を活用して、リアルワールド*2のヒトにおける薬の代謝・排泄・反応性を数式でモデル化し、人に投与する前にファーマコメトリクスによるM&Sを行います。そうすることでより効率的かつ低リスクでの薬剤開発が可能になります。

 

*1シーズ化合物・・・創薬のスタートとして用いうる化合物のこと。「薬のタネ」という意味が込められている。

*2リアルワールド・・・日常の実臨床の中で得られる医療データの総称

――今後この研究領域をどのように発展させていきたいですか。

15年くらい前からアメリカ食品医薬品局を中心として、欧米ではファーマコメトリクスの専門家であるファーマコメトリシャンの育成が積極的に行われてきました。しかし、日本はこの分野もかなり遅れていてファーマコメトリクス自体がまだまだ普及していません。

私自身はファーマコメトリシャンで、長年にわたってM&Sを研究してきましたが、研究を進めると同時に人材を育成していくことが重要だと考えています。

小児がんの抗がん剤解析のスペシャリストとして

――順天堂大学には医学部や附属病院がありますが、共同研究などを行っていますか。

順天堂大学薬学部は、研究力を持ちあわせた、臨床能力の高い薬剤師を育成することを目的としています。そのため医学部や病院と連携して、薬物使用の適正化に向けた研究をいくつか進めています。現在進行中のものには、神経障害が起きやすい抗がん剤の副作用を防ぐ用法の研究などがあります。ここでの研究がエビデンスとなって、今後のがん治療に活かされていくことを期待しています。

――産学連携など、学外との連携はどうでしょうか。

順天堂大学以外の他施設と展開している共同研究も多数あります。その一つが、小児がんの研究です。小児がんは臨床研究でのデータが少ない上に、症例数が少なく、治療できる医療機関が限られているため、治療や研究がとても困難です。海外で使われている薬が日本で承認されるまでかなり時間がかかる「ドラッグラグ」が生じやすいという問題もあります。
 私は小児がん治療をよりスムーズに行えるよう、小児がんを専門とする医療機関の医師たちと研究をしています。これまでに行われた小児抗がん剤の医師主導治験のうち、8割以上は私が薬物動態の解析をしてきました。それだけこの分野を専門としている人が少ないということです。

 

――小児の解析は成人に比べて難しいことがありますか。

子どもは成熟し、年齢とともに代謝が変化するので、発育特性を考慮して、生まれたばかりの新生児から学童期、青年期までといった年代ごとの投与量を決める必要があります。そうやって解析してきたデータが、実際の臨床現場で小児の患者さんに薬の投与量を決めるときに役立っています。小児に限らず、私たちが解析してきたデータは、現在、臨床の様々な領域で広く使われています。

チーム医療の一員として、これからの薬剤師

――今後の目標など教えてください。

M&Sでは基礎となるデータが必要ですが、基礎データは薬剤によって違いますし、小児や高齢者、肝機能障害患者など、対象となる母集団によっても異なります。今後さらにシミュレーションの精度を高めるためには、より多くのデータが必要になりますから、情報収集や研究を一緒に進めていくネットワークが大切になっていくでしょう。感染症のTDMについては学会を通じてネットワークが広がりつつありますので、その他の研究領域についても広げていきたいと思います。
また、日本ではまだまだ少ないファーマコメトリシャンをアカデミアの中で育成していくことも重要な課題の一つです。順天堂大学薬学部では現在大学院設置申請に向けて準備を進めているところで、大学院が実現したら、ファーマコメトリシャンを育成するような教育プログラムを組み込む予定です。

――これからの薬剤師にはどのような能力が求められるでしょうか。

今の医療は多職種によるチーム医療が基本となっていますから、医師、看護師などの多くの医療従事者とコミュニケーションが十分に図れなければいけません。また、患者さんの治療を改善しようと、現在の治療を振り返り、臨床で疑問を持つことから良い治療・研究が生まれます。常に探求心を持って働くことが大切になります。

医療は日々進化しているため、薬剤師には生涯研修が必要です。常に自己研鑽できる向上心を持つことが重要であり、データ解析などでは、多くの細かなデータを取り扱い処理することから、緻密さ、正確さ、粘り強く続けられる忍耐力も、求められます。

――最後に薬学部志望者にメッセージをお願いします。

患者さんを病気から救うには手術や薬物療法を行いますが、薬物療法には副作用がつきまとい、薬物療法の適正化を図るには薬剤師が重要な役割を果たします。

医療は日々、新たな展開を見せているため、薬学部の教員も医療現場で治療に関わっていることが重要ですが、日本にはそのような薬学部はほとんどありません。そんな中にあって、日本で最大規模の附属病院を有する順天堂大学では、臨床系の薬学部教員が最先端の医療に関わりながら、そのスキルを学生に教える欧米型の教育を行っているため、臨床能力の高い薬剤師を育てることができます。これからの医療を担うスペシャリストとして、薬剤師という進路も考えてみてほしいと思います。

Profile

木村 利美 KIMURA Toshimi
順天堂大学薬学部 臨床薬理学教室 教授
1986年東京薬科大学薬学部卒業。北里大学病院薬剤部入局の後、米国University of Michigan Hospitalsにて新医療技術導入海外研修。2000年北里大学医学部にて博士号取得(医学博士)。東京女子医科大学病院薬学部副部長、客員教授として米国フィラデルフィア小児病院クリニカルファーマコロジー部留学、東京女子医科大学病院薬剤部長を経て、2022年より順天堂大学医学部附属順天堂医院薬剤部長。専門分野はファーマコメトリクス、TDM、感染症、小児領域、がん化学療法、医薬品情報。

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