SOCIAL

2020.06.05

共生社会を築くインクルーシブ教育 子どもの多様な学び方に応える教員を育てる

04.質の高い教育をみんなに

障がいのある子どもと障がいのない子どもがともに学ぶ「インクルーシブ教育」が広がりつつあります。特別支援学校にとどまらず、すべての教育現場で一人一人の子どものニーズに合った支援が求められている中、教員を目指す学生にはどんな力が求められているのでしょうか。長く特別支援教育の現場で子どもたちをサポートしてきた尾高邦生講師が、インクルーシブ教育における体育やスポーツの役割、これからの教員に求められる視点、共生社会を担う学生へのメッセージを語ります。

現在の学校教育は、
特別支援教育抜きには語れない

今、障がいのある子どもたちに対する特別支援教育が、以前にも増して社会の注目を集めています。

文部科学省のデータによると、2017年5月時点で特別支援教育を受けている子どもは約41万7,000人。義務教育段階の子どもの4.2%を占め、少子化が進んでいるにもかかわらず、その数は年々増加中です。さらに、いわゆる通常の学級にも、診断はされていないものの、発達障がいの可能性がある児童生徒が6.5%程度在籍しているといわれています。つまり、支援を必要とする子どもが、40人学級に2、3人はいることになります。現在の日本の学校教育は、特別支援教育を抜きには語れないことが、こうした数字を見るとお分かりいただけるのではないでしょうか。
そして今、学校教育には、支援が必要な子ども一人一人のニーズに応じた教育を行い、子どもたちが持つ可能性を伸ばしていくことが求められています。私は、順天堂大学の教員になるまでの約20年間、特別支援学校の教員として、知的障がいのある子どもの教育に携わっていました。現場で感じた課題や問題意識が出発点となり、今では、支援が必要な子どもたちのための教育課程や授業づくり、進路指導、キャリア教育などについて研究を進めています。

インクルーシブ教育で体育の授業
子どもたちへのメリットとは―?

私の研究テーマの一つに、障がいがある子と障がいのない子が一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」がありますが、特に「体育」を一緒に学ぶことに焦点を当てた研究に取り組んでいます。

体育は、インクルーシブ教育で行うことの意義が特に大きい教科です。それぞれの席に座って学ぶ教科に比べ、ともに活動できる場面が多い教科であると考えています。まず、障がいがある子どもたちは、障がいのない子どもとともに学ぶことで、社会性やコミュニケーション能力を伸ばすことができます。そして、体育の授業やスポーツを通じて、体を動かす気持ち良さや、仲間と活動する楽しさを感じることができ、ルールに従うことの大切さを学ぶこともできます。障がいが原因で勝ち負けを受け入れにくい子どもが、工夫しながら試合をすることで、受け入れられるようになることもあります。授業がきっかけで体を動かすことが好きになり、生涯にわたってスポーツを楽しむ素地を作ることができるかもしれません。体育の授業は、運動技能を向上させるだけでなく、さまざまな刺激や学びを得られる場なのです。

そして障がいのない子も、こうした障がいがある子の学び方を直接見聞きすることで、多くの学びが得られます。たとえば、障がいが原因で空間認知機能が弱い子は、ボールが飛んできても、ボールと自分との距離がつかめず、うまくキャッチすることができません。しかし、滞空時間の長いボールを使ったり、ボールの素材を変えたりすれば、認知的負荷が軽減されてキャッチしやすくなります。障がいのない子が、その様子を見て「理由があってキャッチするのが苦手な子がいるんだな」と知ること、そして、どうすればその子と一緒にスポーツを楽しめるかを考えることで、おのずと多様性を大切にできるようになるのではないかと考えています。ともに活動する体育は、こうした気付きがより得やすい教科なのです。

運動が「苦手」は本当か――
支援の必要性に気付く視点が不可欠

インクルーシブの体育の授業で、子どもたちが多様性の大切さを感じ取るためには、教員の側に、特別支援教育や障がいのある子どもへの理解や知識が不可欠です。しかし、特別支援学校ではない、小中学校や高校では、この点においてまだ課題があると考えています。

今、体育教育の現場では、運動が得意な子どもと苦手な子どもの二極化が進んでいると言われています。一方で、運動が「苦手」と言う子どもたちの中には、単に「苦手」なのではなく、実は障がいがあって支援を必要としている子どももいるはずです。先ほど例に挙げた「ボールをキャッチするのが難しい子」で言えば、背景にある障がいに気付いてもらえず、「不器用だから」や「本人の努力不足」で済まされている可能性があるのです。しかし、教員の側に気付きがあれば、教材や伝え方を工夫できるようになり、障がいのある子もない子も、みんなが学びやすい環境づくりに繋がります。

たとえば、卓球やテニスは、ボールの代わりに風船を使ったり、ラケットを大きくしたりすると、難度が下がります。バスケットボールでは、3対3に人数を減らし、パスだけでゴールまで繋ぐルールにすると、みんながボールに触る機会ができるでしょう。また、障がいがある子どもの中には、教員が動作の手本を示しても、動きのポイントを見出せず、体のどこに注目すればいいのか分からない子がいます。
そういう場合も、見てほしい場所にシールを貼ったり、指さしをしたり、また、「○○を見て」と具体的に言語化することで、ポイントは伝わりやすくなるのです。こうした工夫をすると、支援が必要な子だけでなく、運動に消極的な子の中にも「学びやすい」「スポーツが楽しい」と感じる子が増えるかもしれません。障がいや能力差にかかわらず、“みんなが参加できる授業”という意味で、ユニバーサルな授業とも言えるでしょう。

卓球台を壁で囲みボールを転がすルールにすれば、ラリーも続きやすくなる
子どもに合わせた道具や用具の工夫例。ペットボトルラケットやボールの大きさを変えることで、その子に応じた使い方ができる。

多様性を受け入れ、尊重し、
共生社会を築く力になってほしい

見てほしい場所を伝える時には“グッズ”を使うのも効果的

支援に対する気付きの視点をより多くの教員が持つためには、やはり教員を養成する段階での意識付けが欠かせないと考えています。そこで、私が現在担当している授業では教員を目指す学生たちに、知的障がいや発達障がいの特性、障がいによってどんな困難が生じるか、その困難はどんな工夫をすればクリアできるかなどを、講義や模擬授業を通じて学んでもらっています。

学生が特に多くを学べるのが、教員役と生徒役に分かれて行う模擬授業です。「分かりやすく指示を出すことが大切」という知識を持っていても、「分かりやすく」とはどうすることなのか、先生役になって初めて具体的に考えるようになります。また、生徒役の学生も、それまでの授業で学んだ障がいの特性を参考に、指示と異なる動きをしたり、立ち上がって動き出したり、リアルな演技をしてくれます。そして、そのような行動に対して、お互いにその要因を考えたり、指示の出し方を振り返ったりします。模擬授業を行うことで、特性に応じた指導や支援のしかたについて学生自らが実際に考えるきっかけにもなるのです。

スポーツ健康科学部には、ボランティアや「障がい者スポーツ同好会」の活動を通して、普段から障がいのある方と接している学生もいるのですが、授業だけでなく、そうした活動を通して特別支援教育への理解や認識を深めてくれているのを感じています。特別支援学校にしても、小中学校や高校にしても、子どもたちの学び方は多様です。教員になる学生には、その多様な学び方にしっかり対応できるよう、子どもへのアプローチのレパートリーを豊富に持ってほしいと思っています。

また一方で、教員以外の道に進む学生にとっても、障がいがある子どもや多様性への理解を持って社会に出ることは、非常に意義のあることです。「インクルーシブ」は決して教育の世界に限ったことではなく、社会のあらゆる場で求められていること。障がいがある人とない人が机を並べて働く企業も、今後もっと増えていくでしょう。障がいがあってもなくても、それぞれが活躍できる環境をつくることが大切だという意識は、これからの社会人に欠かせないものと考えています。
特別支援教育を学ぶことは、障がいがある人の社会参加への理解を深め、社会で一緒に活動しやすくするための知恵や工夫を生み出す力に繋がるはずです。学生には、あらゆる人たちの多様性を受け入れ、尊重し、だれもが能力を発揮できる世界をつくる原動力になってほしいと思っています。

障がい者スポーツ同好会の学生たちと(パラスポーツフェスタ千葉2019にて)

Profile

尾高 邦生 ODAKA Kunio
順天堂大学スポーツ健康科学部 講師

東京学芸大学大学院教育学研究科修了。
千葉県公立特別支援学校、千葉大学附属特別支援学校、東京学芸大学附属特別支援学校、筑波大学附属大塚特別支援学校を経て現職。臨床発達心理士。
知的障がいのある児童生徒の学校教育に携わり、主に進路指導や作業学習、キャリア教育の授業研究に取り組む経験を持つ。専門は特別支援教育学。授業づくりやキャリア教育、障がい者スポーツなどを研究。今回の学習指導要領の改訂に伴い、文部科学省で「学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者」として特別支援学校小学部中学部高等部の学習指導要領及び同解説の作成作業に携わった。
リオデジャネイロ2016パラリンピック競技大会では、水泳日本代表選手団コーチを務めた。

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