MEDICAL

2024.01.22

ウイルス感染から発病に至る仕組みを探る

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)のパンデミックで思い知らされたように、インフルエンザ、ノロウイルスなどのウイルスは流行を繰り返し、肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルスは長く体内で感染を続け、ときに人類の脅威となる存在です。ウイルス感染症の中には未だ治療法がなく、多くの人の命を奪うものがあり、社会的課題の一つとして問題視されています。そのようなウイルスの感染から病気の発症までの仕組みを解明し、臨床応用に向けた研究に取り組んでいる順天堂大学大学院医学研究科微生物学の岡本徹主任教授にお話しを伺いました。

長期間感染してがん化する肝炎ウイルスが研究対象

――ウイルス学を専門とする先生が研究対象としているのはどんなウイルスですか。

 

私が長年研究対象としてきたのは、B型肝炎やC型肝炎の原因となる肝炎ウイルスです。肝炎ウイルスにはA型やE型などもありますが、B型とC型だけは免疫で排除されることがなく、数年単位で感染し続けて慢性炎症を引き起こし、さらに時間をかけて肝臓が線維化する肝硬変や肝臓がんになります。

今はよく効く治療薬やワクチンがあるので、C型肝炎もB型肝炎もある程度薬でコントロールできるようになりました。しかし、感染から発症するまでどのような道筋を通るのかはっきりとはわかっていないので、病気についての理解を深めるためにも、感染したヒトの体の中で何が起きているのかを明らかにしたいと研究を続けています。

 

――これまでの研究で分かったことはありますか。

 

C型肝炎ウイルスがどのようにして肝臓で持続感染するのかを調べていく中で、ウイルス粒子の「殻」を形成している「コアタンパク質」が重要な働きをしていることを見出しました。

その働きの一つが“免疫細胞から逃れること”です。私たちの体には、ウイルスに感染すると「ウイルスに感染した!」という旗をあげて知らせる仕組みが備わっていて、旗があがると免疫細胞が集まってきてウイルスを攻撃するようになっています。ところが、C型肝炎ウイルスではコアタンパク質の働きによって警告の旗があがりにくくなるため、感染しても免疫細胞による攻撃を受けずに何年も持続して感染するのです。

また、遺伝子操作によって肝臓にC型肝炎ウイルスのコアタンパク質を発現させると、C型肝炎ウイルスに感染していなくても肝臓がんを発症することがわかりましたので、コアタンパク質には多様な機能があることが考えられます。

岡本徹主任教授

蚊を媒介した感染症では蚊の唾液が重要だった

――蚊を介して感染するウイルスの研究にも取り組んでいますね。

 

私が研究対象としてきた肝炎ウイルスもそうですが、ヒトに病気をもたらすウイルスのほとんどは直接ヒトに感染します。対して、デング熱ウイルスやジカウイルス、日本脳炎ウイルスなどは、蚊を介してでなければヒトに感染することができません。多くのウイルスは直接ヒトに感染できるのに、蚊に感染してからヒトに感染するという遠回りな方法をとるのはなぜか。そんな疑問を持ったことが蚊を媒介とするウイルスを研究し始めたきっかけでした。

 

――確かに、わざわざ蚊を介して感染するのは不思議です。

 

ウイルスに感染した蚊がヒトの血を吸うとき、蚊の唾液成分がウイルスと一緒に入ってくるのではないかと私は思ったのです。そこから蚊の唾液をたくさん集めマウスを使った実験をしてみたところ、日本脳炎やジカウイルスをそのまま感染させるより、蚊の唾液を混ぜて感染させたほうが病原性が高く、マウスの死亡率が急上昇しました。

まだ仮説に過ぎませんが、デング熱や日本脳炎ウイルスは、ほかのウイルスに比べてヒトや動物に感染する能力が劣っているので、足りない部分を蚊の唾液で補っているのでしょう。ウイルスと唾液成分が混じることで起きていることを明らかにすれば、病原性を弱めることや予防することが可能になるかもしれません。

 

――蚊の唾液を集めるのも大変そうですね。

 

この研究で使う蚊については、蚊を飼育している研究者から譲ってもらったり、自然界にいる蚊を採取するためにデング熱が流行しているバンコクにも行きました。最近は、上野公園や順天堂大学の隣にある公園で採取しています。そうして集めた蚊を一匹ずつ顕微鏡で覗きながら唾液腺の組織を取るので、蚊の研究者に蚊の解剖方法を教えてもらったこともあります。蚊を媒介としたウイルス感染症は未だに世界中で多くの人の命を奪っているので、その解消に向けて私たちも貢献していきたいですね。

タイ・バンコクへ研究員と一緒に蚊を採取しに行っている

COVID-19パンデミックを経て変化した世界

――COVID-19パンデミックは、ウイルス学者である岡本先生にどんな影響を与えましたか。

 

これまで予防や治療が困難だとされてきたウイルス性肝炎も薬でコントロールできるようになりましたし、インフルエンザやHIVを含むあらゆるウイルス感染症は、検査で発見し、適切な薬で治療ができるようになりました。そのような中で私たちウイルス研究者はどうやって研究成果を社会に還元すればいいだろうと悩んでいましたが、COVID-19の世界的大流行によって状況は一変しました。

最初はSARSのときのようにしばらく経てば終わるだろうと思っていましたが、現在に至るまで何年も続いています。そんな状況において、ウイルス学者である自分は社会に貢献できなかったという後悔があります。その反省もあり、この経験を風化させないためにも、新興感染症を見据えた研究や対策の重要性を伝えて、若い人材を育てていくことがこれからの自分の仕事だと思っています。

 

――COVID-19治療に関する最新の研究成果について教えてください。

 

COVID-19がなかなか終息しない原因の一つに、どんなに優れた治療薬やワクチンが開発されても、次々と変異株があらわれて薬やワクチンの効果を減弱や消失させてしまうことにあります。そこで私たちは、ウイルスが特定の受容体(ACE2)に結合する性質に着目しました。新型コロナウイルスが結合しやすくなるよう改変したACE2を作製し、デコイ(おとり)として血液中に流すことで、宿主にある本物のACE2に結合させないようにすることにより、感染させない方法を開発したのです。ネズミを用いた動物実験では、ACE2デコイは本物のACE2より100倍強固にウイルスと結合し、ウイルスに変異株が出現しても効果を発揮します。実験室レベルではありますが、ヒトに近いサルの実験でも安全に治療できることが証明されています。

 

――これは臨床応用できないのでしょうか。

 

これまでにない仕組みの薬になるため、かなり慎重に安全性を確認しながら臨床応用のための研究を進めています。従来の抗体医薬のように静脈投与(注射や点滴)をすると肝臓にACE2デコイが蓄積されてしまうリスクがあるので、ぜん息などの治療に使う吸入薬にする方法を検討しています。COVID-19は呼吸器疾患でもあるので、吸入薬の方が治療効果は高くなることも期待できます。

COVID-19に対してデコイ(おとり)の有用性を証明した

臨床に役立ててこそのウイルス研究だと思っている

――最近の研究で新たな気づきや発見などはありますか。

 

順天堂に来て面白い発見がありました。何年か前にタイで採取した蚊を調べていて蚊の中で珍しい菌を見つけたのですが、当時は特に目的もなく、そのまま何年も放置していました。そのことを順天堂の医師の方と話していたときに思い出し、何気なく話したところ、順天堂医院にその菌に感染した患者さんがいたそうで、私たちが何年も前に取ったデータが治療に役立つかもしれないと教えられたのです。

このように偶然役立つことがわかりましたが、そうでなければこのデータは埋もれたままになったでしょうから、このことには運命的なものを感じましたね。今は近隣で捕まえた蚊にもその菌がいるのではないかと調べているところです。

 

――順天堂でウイルス学研究をすることのメリットは何ですか。

 

私は、いずれ臨床応用につながるものでなければ、ウイルス感染症の研究は意味がないと思っています。ウイルスについての基礎的な研究成果はウイルス学の勉強会の中では評価されるでしょうが、やはり社会や人々に貢献できる研究を目指しています。

順天堂は医学部や病院と距離が近く、臨床の先生方ともとても話しやすい環境はとても理想的です。着任したのは2023年春ですが、こちらに来てすぐに消化器内科の先生のところに行きウイルス性肝炎について意見交換をさせてもらいましたし、総合診療内科の先生が「たまにデング熱患者が出るので、そのときはお願いします」と言ってもらえたのもうれしかったです。今後は臨床の先生たちとの関係をさらに深めていき、患者さんの臨床サンプルを使った研究なども展開したいと思っています。

 

――先生にとってウイルス研究とはどういったものでしょう

 

COVID-19や肝炎の話の時にも触れましたが、ウイルスはまるで「変わろう」という意思があるようにどんどん変異していきます。これが病気の進行を食い止めることや完治することが難しくなっている要因でもあるのですが、その原因や対処法を突き詰めていくことが研究の楽しさであると私は感じています。

また、B型肝炎についてはまだほとんどの人が完治することはできませんが、C型肝炎が発見された当初も同じように完治が難しいとされた病気でした。しかし、長年にわたる研究の結果、今やC型肝炎は約90%の人が完治できる病気となりました。こうした事例と同様に、B型肝炎も完治できる患者さんを1人でも多く増やしていくことを目標に、これからも研究に勤しみたいと思っています。

【関連記事】

高親和性レセプターデコイのCOVID-19治療効果を非臨床レベルで確認

 ―プレスリリース 2023年8月31日―

Profile

岡本 徹 OKAMOTO Toru
順天堂大学大学院医学研究科微生物学 主任教授
2001年大阪大学工学部応用自然学科応用生物工学専攻卒業。2003年同大学院工学研究科博士前期課程修了。2003年同大学院医学系研究科博士後期課程修了。大阪大学微生物病研究所、オーストラリア・The Walter & Elisa Hall Institute of Medical Institute Melbourneを経て、2023年より現職。専門はウイルス学。肝炎ウイルス、デングウイルスやジカウイルスなど蚊媒介性感染症、新型コロナウイルスなどを対象に、感染から疾患発症の機序、新規の感染制御戦略などを研究。

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