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2024.11.13
より良い看護のために"教育"のあり方を研究 ~看護教育学のエキスパートとして研究分野を牽引~
静岡県の三島キャンパスにある順天堂大学保健看護学部は、次世代の地域医療を担う高い応用力を持った看護師・保健師を育成しています。その中で精神看護学や看護教育学を専門に研究と教育に取り組んでいるのが北川明先生です。10年以上前から「看護学実習における評価」や「発達障害のある学生への支援」といった研究を進め、最近では静岡県の看護の質向上にも注力している北川先生に、現在の看護教育における課題や研究を通じて目指しているものなどを伺いました。
看護学実習の「ルーブリック(到達度評価)」を研究
――先生の研究テーマの一つである「ルーブリック」とはどのようなものですか。
ルーブリックとは、何を学習するのかをいくつかの側面に分け、その学習到達のレベルを数段階に分けて、それぞれの具体的な行動特性の特徴を示したものです。
いくら知識があっても良い医療を提供することはできないので、看護学や医学では実習を通じて能力育成を行います。その中で患者さんと接するときの技術や考え方、医療人として大切なことを身につけます。とはいえ、さまざまな能力が複合されたものをテストだけで測ることはとても難しいため、複合的な能力を評価する方法として使われているのがルーブリック(日本語では「到達度評価」)です。
――ルーブリックについて、もう少し詳しく教えてください。
例えば、ルーブリックを用いて看護技術を評価する場合、患者さんに対して何らかの処置をするときに無言で突然始められると患者さんは恐怖に感じてしまうので、一声かけてから始めます。その際、いかに分かりやすく説明できるかどうかは、評価対象の一つになります。そのほかにも、患者さんのプライバシーへの配慮、手技の正確さ、看護師自身の感染管理など、処置だけを見てもさまざまな要素から看護技術が成り立っています。その要素それぞれに評価基準を設けたものがルーブリックです。
これらの各基準について公平かつ適切に評価をするには、評価項目の表現がより重要になります。多数の学生に対してどの教員が評価をしても結果にブレがなく、評価すべき内容をきちんと測定でき、最終的に優れている人を「この人は優れている」と評価できる表現方法でないと意味がありません。そのため、評価基準表現のあり方と評価の“妥当性”を検討することが私の研究です。その手法の一つとして、第一人者が行っている評価とルーブリックの評価が一致するか比較検証を行っています。
――看護実習以外もルーブリックの評価対象になりますか。
私が研究対象としているのは主に看護学実習ですが、パフォーマンスを評価するようなものであれば何でも対象になります。例えば「良いレポートとはどのようなものか」と考えてみると、理解力、表現力、論理性などのさまざまな能力が必要ですが、単純な筆記テストでは測れない能力なので、ルーブリックでの評価が適しています。
教育者が思い描いた姿をどう表現するかがカギ
――ルーブリック研究を進める上で重視していることはありますか。
看護教育を考えるとき、何を教えるか、どんな教科書を使うか、どうやって国家資格に合格させるかといったことにフォーカスしがちですが、看護能力の育成がなによりも大切なはずです。その大切な能力を評価するのがルーブリックなので、表現には「どんな能力を身につけてほしいか」「将来どんな看護師になってほしいか」というものが反映されていなければいけません。さらに突き詰めて考えていくと、そもそも今教えている内容は、はたして思い描いた人材に育つような教育になっているかを問うことにつながると考えています。教員が自分自身の教育力を見直す機会になり、生徒が現場で役に立つ看護能力を身に付けられるように日々研究を進めています。
――ルーブリックの作成において大切なことはなんでしょうか。
前述にもあるように、「教育する側がどのような将来像を描くか」が大切だと思います。思い描いた像をどこまで詳細に言葉にできるかによって、有効なルーブリックになるかどうかが決まります。できるようになってほしいことを具体化する表現が大切で、私も研究によってルーブリック作成の普遍的な内容や表現を研究によって明らかにしようとしています。
現在、多くの大学でルーブリックが導入されていますが、どのようなルーブリックが使いやすいかといったことが十分検証されているとはいえません。そこで、実習目標に対してどのようなルーブリックが使用されているかを全国レベルで調べることで、看護教育におけるルーブリックのスタンダードを提案できればと考えて研究を進めています。
これらの研究の成果として、看護教育のルーブリックに関する書籍を2冊出版しています。研究で得たことを本として出版することで、看護教育の質向上にも貢献したいと考えています。
発達障害の看護学生や看護師を支援するための研究
――もう一つの研究テーマである「発達障害のある学生への支援」とは、どのようなものでしょうか。
発達障害としては、自閉スペクトラム症やADHD(注意欠如・多動症)をはじめ、SLD(限局性学習症)、DCD(協調運動障害)といったものがあります。長年教員をしていると授業についてこられない学生が一定数いますが、そのような学生たちの背景に発達障害があるのではないかと感じたことが研究の出発点でした。過去の研究によれば、看護学生のうち約2%が支援の必要な障害を抱えているとされています。私の実感としても、同じくらいの割合の印象です。
私は研究のメインテーマが教育なので、障害のある当事者ではなく、教育者を対象とした研究を行っています。研究は、全国にどれくらい発達障害の人がいるかを調査するところから始まり、最近では全国の大学にいる障害支援担当スタッフに「支援者として必要な能力・コンピテンス」についての聞き取り調査を行い、その結果をもとに研修プログラムを作成しています。
――そのような学生にはどのような支援が必要なのでしょうか。
結局のところ、周りの人が障害について理解することです。発達障害のある人は特性上、何度も同じことを繰り返してしまうことがあります。そのため、周りの人が発達障害の特性を理解することがとても重要になります。
――当事者も困っているのでしょうが、彼らを支援したり教育したりする側も困っているのでしょうね。
そうですね。障害の有無は外見ではわからないですし、本人も困っていることをなかなか伝えてくれません。そのような中で支援するのはとても難しいですし、本人のふるまいによって結果的に周囲も困った状況に陥ってしまうということが多々あります。
私たちの研究では、そういうときに必要な評価や支援のあり方が徐々に明らかになってきましたので、研究結果をもとに開発した研修プログラムを実施して、教員がどのように変わったかということを調べています。
――教育者を対象とした研究をしているのはなぜですか。
大学の教員になったから、ということが一番の理由です。看護学を教える教員としては、看護のプロであることはもちろん、教えることのプロでもある必要があると思っています。しかし、大学教員になっても教育について学ぶ機会は少なく、私自身が教育とは何かを考えてきました。
実は、私自身は学生時代に出会った先生の影響で、看護学生の頃から教員になろうと決めていました。とはいえ、看護学では実際の患者像を知ることが不可欠ですから、卒業後は臨床現場でさまざまな患者さんと接して、患者さんや看護というものを見てきました。その経験があるからこそ、より良い看護教育というものを研究しているのだと思います。
順天堂の学是「仁」にも通じる倫理教育にも注力
――現在注力していることはありますか。
最近、静岡県全域の精神科病院関係者の方々と一緒に、「医療職者としての倫理観育成」を目指した事例検討会を行っています。私は精神看護学がもともとの専門なのですが、精神科医療が行われている閉鎖的な空間で虐待などが問題になっているのをご存じでしょうか。精神科の看護師が患者さんに対して暴言を吐いたり、ひどいケースですと暴力に至ってしまったりする事件も発生しています。精神科看護師は、患者さんの外出や金銭などの生活における管理をするこが多く、管理者として患者さんの上の立場にいると勘違いすることがあります。そのため、高い倫理観が求められるのです。
検討会では、看護師がネガティブな感情を抱くような事例やどのように対応すれば良いか分からない事例を検討しています。かつて看護師の虐待があったケースでは、患者さんが繰り返し食事をこぼしてしまい、それを何度も掃除をしないといけないということから、看護師がイライラしていたということが起きていました。そのようなことを繰り返してしまう患者さんの生活背景や精神状態を理解することから始め、背景を参加者みんなで共有することで倫理観を育み、看護師と患者さん双方にとって不幸な事態を回避できないかと考えています。
――今後の目標を教えてください。
まずは本学の学生たちの実践能力を高めることを目指します。また、現在注力している倫理教育は順天堂大学の学是である「仁」にも通じる考え方ですから、評価や研修プログラムなどについて研究を深め、看護教育の向上、ひいては看護師のレベルを高めて、より良い医療を提供できる人材を増やしていきたいと思っています。