MEDICAL

2022.05.02

美しい標本で人々の健康を支えたい。組織・細胞の変化から病気を見抜き、健康寿命を延ばす病理診断

病気の早期発見・早期治療ができれば、助けられる命があります。病気の診断や薬剤選択の指針を決める際、重要な根拠となるのが検査で示されたデータです。臨床検査技師は、検査によって病気を早期に発見し、医師の診断を正しく導くスペシャリストであり、日本の病理・細胞標本作りの技術は、世界でも高い評価を得ています。病理学を専門とし、日本にわずか50人ほどしかいない一級臨床検査士(病理学)として、また細胞検査士としても活躍する廣井禎之先生に、臨床検査の分野において病理学が果たす役割の重要性について伺いました。(写真:【上段】左から①神経原性筋萎縮 Myosin ATPase ②筋型動脈、EVG ③気管支線、H&E【下段】④気管支線、H&E ⑤乳癌、HER2免疫組織化学 ⑥肺胞、H&E)

変化を見抜き、病気を早期発見。

病理学とは、病気の原因、発生メカニズム、病気によって引き起こされる体の変化を学ぶ学問です。そして、医療現場においては、体の変化を調べ、病気の診断をする病理診断の役割を果たしています。
病理診断ではマクロ(肉眼)とミクロ(顕微鏡)で細胞・組織の形態の変化を観察したり、免疫組織化学といって、組織中の化学物質の変化の観察を行ったりします。また、昨今では患者さんの遺伝子情報を読み解き、個々人にあった治療法を選択する精密医療が推進されていますが、精密医療における遺伝子の検索は未染色標本と呼ばれる病理組織標本により行われます。

病理診断では病理標本の質がとても大切です。病理標本を顕微鏡で観察することで、どんな病変なのかを診断するからです。病理のgreat diagnosis(すぐれた診断)high quality(高品質)な組織・細胞標本によりなされる、と言われる所以がここにあります。

病理診断の種類

❶外科病理(生検、手術例)
生検は試験切除された組織を検査することで主に悪性腫瘍などの病気の確定診断に用いられます。手術例は病理診断のみならず断端、浸潤および転移の所見も加えられます。外科病理では治療薬選択の指針となるような遺伝子・タンパクの異常も検索されています。

❷細胞診
患者から採取された尿や、病変から細い注射針により吸引した細胞などから標本を作製し、形態学的な診断を行います。悪性腫瘍の早期発見、ふるい分け検査に有用で、早期発見・早期治療による健康寿命の延長に寄与しています。

❸病理解剖
病気によって亡くなられた患者の全身臓器を検索することで、発病から死に至るまでの患者の歴史の考察を行い、後の医療に役立てることを目的としています。

医療現場から化粧品開発まで。人々の暮らしのそばにある病理学

病理・細胞標本はさまざまな場面で活用されています。医療現場はもちろんですが、生物学的研究、疫学研究、治療薬の開発、化粧品開発、臨床検査試薬の開発、品質管理および臨床機器開発などでも重要な役割を果たします。例えばテレビで、髪表面のキューティクルや肌のキメの拡大図を見たことはありませんか?あれはまさに病理標本です。病理学、組織・細胞の標本は私たちが健康に暮らすためのあらゆる場面を支えているのです。

料理と似ている?ハンドメイドで作成される病理標本

病理標本は病理解剖や外科的に切除した組織をホルマリンで固定し、パラフィン包埋を行い、薄切した未染色標本を染色したり、身体から自然はく離、もしくは穿刺吸引により採取された細胞に染色したりして作製されます。
実は、病理・細胞標本は基本的にはハンドメイドで作られているんです。“病理と料理”とよく言われるのですが、作り手の違いで結果が変わってしまうのが病理・細胞の標本作りです。お母さんと同じやり方で作っても同じ味にならなかった経験をお持ちの方は少なくないと思いますが、同じことが病理・細胞の標本作りでも言えるのです。

臨床検査の多くが自動化されるなか、病理・細胞標本作製はなかなか自動化が進みません。ヒト組織には個人差があり、同一個人でも病気による組織の傷害によって状態が変わります。さらに組織切片や塗抹標本の厚さや染色の濃さが違うだけで、見え方も大きく変わります。だからと言って病理・細胞標本の質が原因で所見が取りづらく間違った診断に繋がることがあってはいけませんよね。ですので医師が診断しやすい、クオリティの高い標本をつくる技術が、臨床検査技師には求められているのです。

世界に誇る日本の病理技術

日本の標本技術は世界からも高く評価されています。私はこれまでにカンボジアでの病理技術指導を主体とした途上国支援などの活動も行ってきました。
病理診断は臨床検査技師が作製した病理標本を医師が顕微鏡で観察することにより行われます。臨床検査技師には標本作製の技術の他に、作製された標本のクオリティを見極める目も必要です。医師は臨床検査技師の作製した標本を100%信用し、医師としての責任を負って診断しています。このような病理の技術は世界で必要とされており、だからこそ私に途上国支援の依頼が来たのだと思っています。
医師と臨床検査技師が車の両輪のようにきちんと動いてこそ、病める人のための病理診断となり、その命を救うことができる。臨床検査技師は検査という分野で医療を担うとても大事な存在だと自負しています。

細胞にも一つひとつ顔がある

人間の顔が一人ひとり違うように、がん細胞も一つひとつ表情が異なります。同じがん細胞であっても、見え方が異なったり、所見が隠れていたりします。顕微鏡で細胞を見てそれらを見極めるのが細胞診の面白さでもあります。

がん細胞は基本的に突然がんになるのではなく徐々に変化していきます。そして細胞の形も少しずつ変わっていくと考えられています。細胞診を行っていると良性なのか悪性なのか、病変として診断すべきかどうかの見極めが非常に困難な症例があります。細胞を見ても判断できない時ははっきりそう伝えることが重要です。そうすれば異なるアプローチで検査を進めることができ、根拠のしっかりした正確な診断を下せます。
細胞診はがん細胞を見つけ出す検査であり、がんは大切な人生を大きく変える病気です。標本の向こうにいる患者さんの人生を真剣に考えて「仁」の心で向き合っています。

【上段】左から①急性心筋梗塞、Masson ②扁平上皮癌、Papanicolaou ③肺結核症、Z・L 【下段】④ニウモシスチス肺炎、Grocott ⑤DIC、Masson ⑥肺腺癌、p53遺伝子と17番染色体、FISH

日進月歩で進む病理分野の基礎研究

現在の医療は基礎研究の成果の上に成り立っています。病理学分野でも日進月歩で基礎研究が行われ、悪性腫瘍の遺伝子解析により腫瘍の発生に関わる遺伝子がいくつも見つけられました。それら基礎研究により見いだされた塩基配列が体細胞の遺伝子検査の資料として、がんの診断に応用されています。
さらに現在では遺伝子や蛋白の異常と薬剤感受性の関係が次々に明らかにされています。私も肺癌の遺伝子異常や肺癌・悪性胸膜中皮腫のTelomerase mRNAの発現などを研究してきました。また遺伝子変異と薬剤感受性、そしてその遺伝子の病理学的検査法の確立についても、研究メンバーの一員として保険収載に結びつけました。このような分野も臨床検査技師の活躍の場となっています。

検査の大事さを伝えたい。早期発見により健康寿命を延ばす

医療の高度化により、病理検査もよりデリケートで精密なものになっていくでしょう。集団検診を含む病理検査のこれからについて、形態のみではなく遺伝子や蛋白の検査も取り入れた検査技術を確立し、プラスαの価値を付加していきたいと考えています。
私が所属している日本臨床細胞学会でも、がん検診の呼びかけを行っています。特に4月9日は子宮の日として、全国の女性に子宮頸がんの定期健診を呼び掛けています。

子宮頸がんは年代別にみると20代後半から増えて40代がピークと若い女性に目立つがんで、進行した状態で発見されると子宮を摘出することになるなど人生に大きく影響する病気でもあります。病変のない子宮頸部細胞が浸潤がんになるまでには数年かかりますので1〜2年に1回検診を受けていれば有効と考えられています。がん病変を早期に発見できれば治癒が高い確率で見込まれます。子宮頸がんに限らず、自分の身体を守るために検診はぜひ受けてほしいですね。

早期発見は治療の選択の幅を広げ、健康寿命を延ばすことに役立ちます。人々がより健康に長く生きられるよう、病気を予防し、適切な治療を行えるよう、私たち臨床検査技師は医師や看護師と連携し、人々の健康を支えていきます。

Profile

廣井 禎之 HIROI Sadayuki
順天堂大学医療科学部 学生部長
順天堂大学医療科学部 臨床検査学科 教授

東邦大学大学院理学研究科生物学専攻修了。理学修士、医学博士。
防衛医科大学校医学教育部医学科病理学第一講座(現:臨床検査医学講座)防衛庁技官、防衛教官(指定講師)、新渡戸文化短期大学臨床検査学科学科長を経て、2021年度より順天堂大学医療科学部特任教授、2022年4月より順天堂大学医療科学生部長、同臨床検査学科 教授。
日本病理学会学術評議員、日本臨床細胞学会評議員、同国際交流委員会委員、日本組織細胞化学会評議員、日本臨床検査技師会等に所属。臨床検査技師、国際細胞検査技師、一級臨床検査士(病理学)の資格を持ち、一級・二級臨床検査士(病理学)の試験委員も務める。

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