MEDICAL
2020.11.18
順天堂大学が取り組む糖尿病の病態解明の現状とは?
食事の欧米化や肥満の増加の影響もあり、糖尿病で悩む人が増加傾向にあります。糖尿病は、一度発症すると完全に治ることはないといわれており、食事療法や運動療法によって血糖値のコントロールをしながら一生付き合っていく病気です。大学院医学研究科代謝内分泌内科学の綿田裕孝教授は、糖尿病の診療に携わる一方で、膵臓のβ細胞の機能に着目し、糖尿病の病態解明と新規治療法の開発に向けて研究を行っています。糖尿病の病態解明はどこまで進んでいるのか、綿田教授に研究の最新動向について伺いました。
「代謝内分泌内科学」とは―?
大学院医学研究科および医学部で「代謝内分泌内科学」の担当教員をしています。内科というのは、循環器内科、消化器内科、腎臓内科というように、臓器に紐付く分野というのが一般的な考え方です。これに対し、私の専門である代謝内分泌内科学というのは、全身の調和をとる「ホルモン」や「神経」の中で、「ホルモン」の不調からくる疾患を取り扱う分野と考えていただければいいでしょう。ホルモンとは、臓器から分泌される物質で、このバランスが崩れるとあらゆる器官に影響が出ます。これが「内分泌疾患」です。一方で、私たちの身体は、多くの細胞からできていて、それぞれが栄養を取り込んで、不要なものを吐き出していて、これを「代謝」といいます。正常では全身で上手く代謝が調節されていますが、このメカニズムが崩れるのが「代謝疾患」です。つまり、内分泌疾患、代謝疾患といった体内のさまざまな調節システムの崩れについて研究する分野だといえます。現在、当科の研究対象の9割は糖尿病になります。
糖尿病はなぜ起こるのか?
糖尿病は体内の血糖値が上がることで診断されます。血糖値というのは、食事によって体内にグルコース(糖)が取り込まれると上がるわけですが、これを下げる働きをするのが膵臓から分泌されるインスリンというホルモンです。このインスリンが分泌されない、分泌されても効かないという状態が糖尿病になります。一般的に日本人に多いのは「2型糖尿病」で、私の研究対象もこのタイプになります。
2型糖尿病は世界的に増加していて、日本でも成人病の代表格とされています。日本人はもともと欧米人と比べてインスリンの分泌が悪く、これには遺伝因子が関与しているのではないかといわれていますが、詳細はわかっていません。そもそも、人類の祖先は2万年以上前から飢餓を生き抜いてきたわけで、ここ数十年の飽食によるエネルギー過剰に身体が順応できてないのかもしれません。
膵β細胞の「オートファジー不全」が糖尿病に関連している
2型糖尿病のメカニズムを詳しく調べていくと、膵臓のβ細胞(以下、膵β細胞)にたどり着きます。膵β細胞は、膵臓内でインスリンを分泌する細胞です。私たちは、この膵β細胞のオートファジーの機能不全が糖尿病に関与しているのではないかと考えています。オートファジーとは、「細胞の自食作用」と呼ばれる働きで、東京工業大学の大隅良典栄誉教授が2016年にこの研究で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。オートファジー研究は、順天堂大学とも縁が深く、木南英紀学長特別補佐(生化学第一講座名誉教授)などは、早くからこの分野の研究に取り組んでおられました。
膵β細胞のオートファジー不全と2型糖尿病
オートファジーを簡単に説明すると、古くなった細胞が不要な蛋白質を自ら壊して、アミノ酸に分解する機能です。いわば細胞内のリサイクルシステムと言えるでしょう。糖尿病になると膵β細胞内でいらない蛋白質が壊されなくなり、毒素が溜まっていって最終的に細胞が機能しなくなってしまうということが分かっています。私たちの研究グループでは、膵β細胞のオートファジー機能を消失させたマウスによる実験で2型糖尿病の発症を確かめたほか、ヒトの2型糖尿病患者において膵β細胞のオートファジー機能が低下していることも明らかにしました。つまり、膵β細胞のオートファジー不全と糖尿病の因果関係を証明したわけです。
オートファジー機能の活性化に着目して
新規治療薬候補になる化合物を探索
次のステップは、オートファジー不全によって、膵β細胞内で何が起こっているのかの究明です。近年の研究により、2型糖尿病患者は、膵β細胞に特定のアミロイド蛋白(蛋白質の一種)がたまり、細胞毒性が蓄積していることがわかってきました。オートファジー機能が正常ならば、このアミロイド蛋白は分解されてなくなっていたはずです。
この状態を改善するには、膵β細胞のオートファジー機能を活性化させることが必要です。一般的に細胞のオートファジー機能を活性化する薬剤はすでにあるのですが、免疫抑制などの副作用があることが知られています。そこで私たちは、膵β細胞だけに効く薬剤を探すために、化合物のスクリーニング(選別)を行っています。
研究室での実験の様子
実験では、オートファジー機能の活性化により蛍光化する物質を使い9600種類の化合物ライブラリから候補を絞っていきます。膵β細胞だけに効果を発揮する化合物が見つかれば、2型糖尿病の治療薬の開発も夢ではありません。
さらに、膵β細胞の機能回復法の開発のために、膵β細胞の発生メカニズムの究明なども行っています。膵β細胞の再生が可能になれば、インスリン投与の治療さえも不要になるかもしれません。
2型糖尿病の新規治療薬開発を目指して
私は大学院時代を含めて25年間以上膵β細胞の研究に取り組んでいます。糖尿病という研究分野を選んだのは、大阪大学医学部附属病院で研修医をしていた時に師事した河盛隆造先生(前順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌学 教授)との出会いがきっかけでした。
その後、留学を経て河盛先生の誘いで順天堂大学に転籍し、オートファジー研究の先駆者である木南先生ら生化学の研究グループの知見を得られるようになり、その教室におられた現生理学の小松雅明先生方にご支援を賜り、先進的な取り組みができるようになったと実感しています。今進めている膵β細胞のオートファジー機能の研究は、順天堂大学の研究者ネットワークを駆使した事例といっていいでしょう。
糖尿病の病態解明に関する研究はこれからも続きますが、これまでの研究成果を活かして2型糖尿病の新規治療薬の開発につながるようなデータを示すことが目標です。また、今後は膵β細胞の発生メカニズムの解明によって、糖尿病で失われた膵臓の機能再生の治療にも貢献できればと思っています。
綿田 裕孝(わただ・ひろたか)
順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学 教授
1990年 大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院第一内科研修医を経て、桜橋渡辺病院内科、循環器内科勤務。1997年 大阪大学大学院医学系研究科修了。同年7月より米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校、ホルモン研究所で博士研究員に。帰国後、2001年に大阪大学医学部病態情報内科学研究生を経て、同年9月より順天堂大学医学部内科学代謝内分泌学講座講師に。助教授、准教授を経て、2010年6月より現職。医学博士。