MEDICAL

2020.12.17

世界をリードする分子レベルの基礎研究で、リウマチやがんの新規治療法を開発する。

自己免疫疾患は、リウマチ、膠原病、バセドウ病などに代表される難治性の病気で、世界中に多くの患者がいます。この自己免疫疾患の分野で30年以上に渡り世界をリードする研究を行っているのが、順天堂大学大学院医学研究科免疫病・がん先端治療学講座の森本幾夫特任教授です。森本教授はCD26、IL-26という2つの分子に着目し、自己免疫疾患の新規治療法開発に向けた研究に取り組んできました。この分子レベルの基礎研究の成果は、がんや炎症性皮膚疾患の治療法開発にも波及しています。

CD26、IL-26という2つの分子に着目

私が特任教授を務める「免疫病・がん先端治療学講座」では、がん、自己免疫疾患、アレルギー疾患などの研究を行っています。私はもともとリウマチ・膠原病の医師として医療現場で診療をしながら、自己免疫疾患の研究に取り組んできました。自己免疫疾患とは、身体を守るための免疫が誤って自らの組織を攻撃してしまう病気のことです。関節リウマチや膠原病、バセドウ病などがこれにあたります。私はこの分野において、CD26、IL-26という2つの分子に着目して研究に取り組んできました。こうした分子レベルの基礎研究で得た成果を臨床応用まで発展させるトランスレーショナルリサーチを行うことが当講座の最も重要な目標だと考えています。

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世界に先がけてヒト化抗CD26抗体を開発

まず、CD26からご説明しましょう。CD26は、多様な機能を持つ膜蛋白質で、免疫細胞のひとつであるT細胞の細胞膜に多く存在しています。その機能のひとつとして、T細胞を活性化させる働きが知られています。T細胞の活性化は、自己免疫疾患に関与している可能性が高く、私はこのメカニズム解明のため、1980年代後半からCD26に着目していました。そして、CD26に対する抗体の開発に着手し、その機能と構造の分子生物学的解明および臨床応用の道を切り拓いてきました。CD26の抗体が開発できれば、T細胞の活性を抑制でき、自己免疫疾患の治療に役立てられるのではないかと考えたわけです。

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そのために活用したのがモノクローナル抗体の開発技術でした。これは、簡単に言うと単一の性質を持つ抗体(モノクロ)を人工的に作製する技術のことで、1980~90年代に米ハーバード大学Dana Farber研究所に留学していたときに修得しました。抗CD26抗体と一言で言いましても、実際にはCD26という蛋白質の中の様々な部位に結合する非常にたくさんの抗体(クローン)があり、結合する部位によって結合の強さや性質が異なります。わたしは多くの抗CD26モノクローナル抗体を開発し、その中でCD26の働きを抑え、臨床現場に応用可能な「ヒト化抗CD26モノクローナル抗体」の開発に成功しました。

悪性中皮腫へのヒト化抗CD26抗体療法の開発に応用

私が開発したヒト化抗CD26抗体は、動物モデルによる実験によって自己免疫疾患の治療薬として有望であることが認められています。現在も臨床応用に向けた研究を進めています。

一方、ヒト化抗CD26抗体は、自己免疫疾患だけでなく、がんの治療にも応用可能です。CD26は、さまざまながん細胞にも発現することがわかっており、私はがん細胞におけるCD26の機能解析も並行して続けてきました。そのひとつが、現在、順天堂大学で取り組んでいる悪性中皮腫へのヒト化抗CD26抗体療法の開発です。

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悪性中皮腫とは、胸膜や腹膜を形成する中皮細胞のがんで、アスベスト被害が主な原因と考えられています。2005年、日本国内でアスベストによる健康被害が大きく報道されました。当時はちょうどヒト化抗CD26抗体ができたばかりだったのですが、私はこのヒト化抗CD26抗体が悪性中皮腫の治療に使えるのではないかと考えました。以前行っていた研究から、悪性中皮腫の細胞株にCD26が発現していることを知っていたからです。そこで、マウスに悪性中皮腫の細胞を移植しヒト化抗CD26抗体を注射したところ、がん細胞が消えたのです。まだ治療法がない悪性中皮腫が治せるようになったら研究者冥利に尽きる、そう考えながら研究を進め、2017年にはフランスで悪性中皮腫を含むCD26陽性腫瘍を対象とした臨床試験を実施することができました。その成果は腫瘍学専門誌『Lancet Oncology』の2017年3月23日号で紹介されています。

臨床試験は国内でも悪性中皮腫を対象に実施しており、2019年4月に40例の患者への投与が終了し、結果を集計中です。重要なことは、ヒト化抗CD26抗体を投与した患者では、既存の免疫チェックポイント阻害薬で報告されているような重篤な副作用が見られないことです。今後は、ヒト化抗CD26抗体の抗腫瘍作用メカニズムのさらなる解明を進めるとともに、ヒト化抗CD26抗体が特に有効な患者を判別できるバイオマーカーの同定などにも力を入れていくつもりです。

IL-26が炎症性皮膚疾患を悪化させるメカニズムを解明

ヒトT細胞におけるCD26分子の機能解析を続けてきた過程で、新たな研究領域も広がっています。それが、IL-26と呼ばれる別の分子の研究です。これは、CD26を介した刺激によって、ヒトT細胞で特徴的に産生される分子で、炎症の原因のひとつと考えられています。専門用語では、「炎症性サイトカイン」と呼ばれる分子で、免疫系細胞から分泌される蛋白質の一種と考えていただければいいでしょう。私たちの研究グループは、このIL-26が、乾癬(かんせん)など炎症性皮膚疾患を悪化させるメカニズムを解明しました。

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プレスリリース「乾癬などの炎症性皮膚疾患が悪化するメカニズムを解明 ~免疫細胞が産生するIL-26は自己免疫疾患の新しい治療標的になり得る~」(2019.04.17)

乾癬は、皮膚が赤く腫れ上がり、剥がれ落ちる症状を繰り返す慢性炎症性皮膚疾患のひとつで、全世界で1億人以上の人が、慢性的な痒みに悩まされています。私たちは、マウスを使った実験を通して、乾癬による炎症部位で増加する免疫細胞によって産生されるIL-26が症状の悪化を促進させる重要な炎症関連因子であることを突きとめました。この成果は、乾癬をはじめとした自己免疫疾患による皮膚炎症の治療法開発につながると期待されています。

実験にヒトIL-26が産生される遺伝子改変マウスを使用

この研究の独自性は、免疫細胞からヒトIL-26が産生されるように遺伝子を改変したマウスを特別に開発し、実験に用いた点にあります。新しい炎症性サイトカインであるIL-26はマウスやラット等の齧歯(げっし)類に欠損した遺伝子であるため、従来のマウス疾患モデルでは見逃されてきた因子でした。そのため、機能的にも未解明な部分が多く、この遺伝子改変マウスを用いた実験は、IL-26研究を大きく前進させました。ヒトIL-26が産生されるマウスの実験が可能なのは、順天堂大学医学部のみで、共同研究の依頼も寄せられています。

私たちの研究によって、IL-26は、乾癬などの自己免疫疾患だけでなく、潰瘍性大腸炎や肺線維症などさまざまな疾患にも関連していることがわかってきました。そこで、IL-26を標的とした新規治療法を確立すべく、IL-26の働きを阻害できるヒト化抗IL-26抗体の開発にも既に成功しており、基礎研究および臨床応用を目指したプロジェクトが進められています。

IL26.jpgプレスリリース「潰瘍性大腸炎の新たな病態メカニズムを解明 ~IL-26を産生する免疫CD8 T細胞の発見~」(2020.08.07)

順天堂大学には基礎研究の成果を臨床現場に届けられる環境がある

私が自己免疫疾患という研究テーマと出合ったのは、大学院時代に遡ります。私は慶應義塾大学大学院医学研究科で、Physician Scientist(臨床研究医)を目指し、自己免疫疾患の患者を診療しつつ、研究に取り組んできました。転機になったのは、1979年にハーバード大学Dana-Farber癌研究所に留学したことです。メンターであった同研究所のシュロッスマン教授は、当時、非常に少なかったヒト免疫学の有名な研究者で、彼の研究室は先ほど紹介したモノクローナル抗体の技術を世界で初めて免疫学に応用した場所として知られ、世界中から優秀な留学生が集まっていました。私はここに在籍した16年の間に、さまざまな先進的な研究に取り組むことができました。シュロッスマン教授は日頃から「他の人の研究の後追いではなく、独創性の高い研究をして、その成果を臨床で応用すべきだ」と語っており、私はここから大いに影響を受けました。

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研究において大切なのは、夢を持って行い、決して流行を追わないことです。その結果私は、世界に先駆けてヒト化抗CD26抗体の開発を行うことができ、その後もCD26分子を用いたトランスレーショナルリサーチにおいて、30年以上世界をリードし続けられているのだと自負しています。研究成果が臨床現場に届けられる可能性が高いことは、夢の実現を目指して楽しく研究を行う大きなモチベーションとなります。現在、研究の力点を置いているIL-26研究も炎症性皮膚疾患やがんなどの臨床応用につながる可能性が高く、その実現のために順天堂大学医学部で、優秀な若手研究者たちに支えられながら、研究を継続できるこの環境は、非常に貴重なものだと思っています。

森本 幾夫(もりもと・ちかお)
順天堂大学大学院医学研究科共同研究講座
免疫病・がん先端治療学講座 特任教授

1973年、慶應義塾大学医学部卒業。1977年、同大学院医学研究科博士課程修了(内科学)。慶應義塾大学内科助手として、膠原病・リウマチ内科の勤務を経て、1979年より米国ハーバード大学Dana-Farber癌研究所に留学。ヒト免疫学の大家シュロッスマン教授に師事する。1995年に帰国し、東京大学医科学研究所ウイルス疾患診療部教授に。その後、東京とアメリカの研究拠点に在籍しながら、がん・自己免疫疾患の研究を継続。2008年、東京大学医科学研究所先端医療研究所センター長に。2012年、順天堂大学大学院医学研究科免疫病・がん先端治療学講座特任教授として赴任し、現在に至る。東京大学名誉教授。医学博士。

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