MEDICAL
2021.01.05
新たなアプローチで"血液のがん"骨髄増殖性腫瘍の新規治療薬を実用化へ!
「血液のがん」といえば白血病というイメージが一般的です。しかし、「血液のがん」にはさまざまな種類があり、幅広い研究が行われています。そのひとつが「骨髄増殖性腫瘍」。これは、血液をつくる血液幹細胞レベルの遺伝子異常によって、血液中の赤血球や白血球、血小板が異常に増えてしまう疾患です。順天堂大学大学院医学研究科血液内科学の小松則夫教授は、完治が難しいとされる骨髄増殖性腫瘍の新たな治療薬の実用化を目指して研究に取り組んでいます。
「血液のがん」骨髄増殖性腫瘍とは
私は、順天堂大学の医学部および大学院医学研究科で血液内科学を担当し、学生の教育、医療現場での臨床に携わりながら、「血液のがん」の一種である骨髄増殖性腫瘍の研究に取り組んでいます。
「血液のがん」というと白血球が異常に増える白血病が有名ですが、白血病にはいくつか種類があって、大きく急性と慢性に分けられます。この中のひとつ「慢性骨髄性白血病」が骨髄増殖性腫瘍に分類される疾患です。
骨髄増殖性腫瘍の疾患では、血液中の赤血球や血小板の増加により、血管内に血の固まりができたり(血栓症)、出血しやすくなるなどの症状が起こります。骨髄増殖性腫瘍と診断される方は、健康診断で白血球や赤血球、血小板の値が高いことを指摘されて受診される方もいますし、中には脳梗塞や心筋梗塞を患い骨髄増殖性腫瘍と診断されるケースもあります。
骨髄増殖性腫瘍のうち、フィラデルフィア染色体(DNAが存在している染色体のなかで、22番染色体と9番染色体の組み換え[相互転座]が起こることによって生じた異常な22番染色体)を有する慢性骨髄性白血病を除いた3疾患、すなわち、赤血球が増加する「真性多血症」、血小板が増加する「本態性血小板血症」、骨髄の中に線維化がみられる「原発性骨髄線維症」、これらの疾患が私の主な研究対象です。
骨髄増殖性腫瘍の分類
これらは国内での年間の発症数が1400人という希少疾患で、全体の患者数は真性多血症が約1万5000人、本態性血小板血症が約3万人、原発性骨髄線維症が700~1000人程度と考えられています。いずれも60歳以上の高齢者に多い疾患ですが、本態性血小板血症に関しては30~40代の女性が発症する例も多く、妊娠・出産と重なった際の治療も課題となっています。私たちの研究室ではこれらの骨髄増殖性腫瘍が引き起こされる分子メカニズムを解明し、新規治療薬の開発につなげるための基礎研究を行っています。
血液のがん化はなぜ起きるのか?
研究のキーワードは、「血液幹細胞」、「サイトカイン」、「サイトカイン受容体」、「シグナル伝達分子」の4つです。まず、血液幹細胞とは、「血液の種」となる細胞で、造血幹細胞とも言います。血液幹細胞は自分と同じものを生み出す能力、すなわち自己複製能があり、枯渇することがないため、ヒトは100歳になっても血液を造ることができるのです。次にサイトカイン。これは、血液幹細胞の増殖や分化を制御するホルモンで、造血因子とも呼ばれています。このホルモンを受け取るアンテナの役割を果たすのがサイトカイン受容体です。そして、サイトカイン受容体からのシグナルを細胞内に伝達する中心的役割を担うのが、JAK2と呼ばれる分子です。
骨髄増殖性腫瘍のサイトカインシグナル伝達経路の異常
骨髄増殖性腫瘍は、この血液幹細胞内の遺伝子異常によって引き起こされることがわかっています。例えば、シグナル伝達分子であるJAK2は、ホルモンに対する感受性が高い状態をつくります。このJAK2遺伝子に異常が出ると、サイトカイン受容体を恒常的に活性化させ、いわばアクセル全開でどんどん血液をつくる状態になります。これによって赤血球や血小板が異常に増加するのです。このJAK2に関しては、「JAK2阻害薬」が開発され、治療に効果を上げています。
新たな治療薬の開発に道筋
トロンボポエチンを活性化させるCALR遺伝子変異
また、JAK2以外にも分子シャペロン(他のタンパク質分子が正しい折りたたみをして機能を獲得するのを助けるタンパク質の総称)の機能をするカルレティクリン(CALR)の遺伝子異常によって、サイトカイン受容体の一つであるトロンボポエチン受容体(MPL)が活性化することも研究でわかっています。本態性血小板血症や原発性骨髄線維症の2~3割の患者さんにCALR遺伝子変異を認めますが、私たちの研究グループは、変異したCALR遺伝子から産生される変異型CALRタンパク質がホモ多量体を形成し、あたかも血小板産生を促進するサイトカインであるトロンボポエチンのようにMPLと強く結合し、MPLを恒常的に活性化させていることを突きとめました。
そこで、変異型CALRタンパク質同士の結合を阻害すると「がん化」に必要なMPLの活性化が弱くなることが確認できました。これによりCALR遺伝子異常に起因する骨髄増殖性腫瘍の新たな治療薬開発の道筋が一つ見えてきました。
下の図が現在私たちが考えている変異型CALRタンパク質を標的とした治療戦略です。変異型CALRは多量体化し、小胞体で未成熟な受容体MPLと結合したあと、細胞表面に移行してから活性化することでがん化シグナルが発生します。そのため、小胞体におけるMPLとの結合や、細胞表面での活性化を阻害することで、がん化シグナルを抑制できると考えられます。さらに、細胞表面に変異型CALRが発現していることから、それを標的とした抗体や免疫細胞を用いた治療法が有効である可能性が示されています。
変異型CALRタンパク質を標的とした治療戦略の可能性
真性多血症や本態性血小板血症の予後は一般的に良好ですが、原発性骨髄線維症はJAK2阻害薬を含む現在の治療薬による完治は難しく、生涯、治療を続けることになるのが現状です。日本における生存期間の中央値は約4年と短く、急性白血病へ移行する危険性もあります。造血幹細胞移植術という方法もありますが、これは大きなリスクを伴います。そのような状況の中で、私たちが開発に取り組む変異型CALRタンパク質を標的とした新たな治療薬によって、変異型CALRタンパク質を発現する本態性血小板血症や原発性骨髄線維症が完治する疾患になる可能性が出てきたのです。
これらの成果は、2016年に血液学の分野で最も評価されているアメリカ血液学会誌「Blood」に掲載されたほか、2019年には優れた医学論文に贈られるベルツ賞を受賞、2020年には日本血液学会賞を受賞するなど、国内外で高い評価を得ています。
第56回ベルツ賞贈呈式―ドイツ連邦共和国大使館にて
正確で簡便な診断法開発のためのアプローチも
現在は、科学研究費助成事業の支援を受け、「本態性血小板血症に特異的な転写ネットワークによる細胞腫瘍化メカニズムの解明」というテーマの研究にも取り組んでいます。これは、骨髄増殖性腫瘍のメカニズム解明から派生した研究で、具体的には、本態性血小板血症を簡易的に判別する腫瘍マーカーの開発を行っています。血小板増加症で紹介されてくる患者さんの9割は本態性血小板血症ではなく他の原因で血小板が増加することが多いのです。これを反応性または二次性の血小板増加症と言います。そこで最初に反応性の血小板増加症を除外できれば、時間も費用も節約できるわけです。
私たちは2020年、患者さんの血液中の血小板に含まれるRNAの解析により、診断のバイオマーカーとなる遺伝子を見つけ出すことに成功し、さらには本態性血小板血症以外の骨髄増殖性腫瘍の診断にも有用であることを明らかにし論文で発表しました。今後は簡便な測定キットの開発に着手し、国内はもちろんのこと、海外にも広く普及させて行きたいと思っています。
臨床と研究、それぞれの強みが生かされ、
連携できる環境づくり
順天堂大学は、もともと基礎研究を臨床応用につなげるトランスレーショナルリサーチの環境づくりに力を入れてきました。私が血液内科の教授になってからまずしたこととして、順天堂医院で27床の無菌病棟をつくりました。それによって急性白血病の患者さんの受け入れが増え、基礎研究の可能性が大きく広がりました。また、悪性リンパ腫や慢性骨髄性白血病の専門外来をつくったことで、院内で治療方針を統一でき、治療のレベルも飛躍的に上がっています。結果として、患者さんの紹介が増え、臨床試験を頼まれる回数も増加しました。私が担当する骨髄増殖性腫瘍に関しては、検体の登録数は日本一で、こうした臨床との連携も研究に大きな影響を与えています。
順天堂大学医学部附属順天堂医院(東京都文京区)
院内の各診療科間での風通しが良く、連携が密にとれることも順天堂の強みだと思います。例えば、30~40代女性に多く見られる本態性血小板血症の患者さんが妊娠していた場合、非常にリスクが高い出産になるため、産婦人科と連携して安全に出産できるようサポートしています。順天堂医院ではこれまでに14~15人の本態性血小板血症の患者さんが無事に出産しており、これは国内では圧倒的な実績です。
そして、研究室のメンバーにも大いに支えられています。私は、研究者であると同時に臨床医でもありたいと常に考えていますが、臨床で診療をしているとどうしても研究に割ける時間には限界があります。そこで、活躍してくれるのが、医師とは別に、基礎研究を専門に行うPh.D(博士号)を取得した研究者たちです。実験のプロである彼らが最先端の機器を使った研究を進めてくれることで、このプロジェクトは成立しています。外部から見えない部分ですが、こうしたレベルの高い研究室を組織できることも順天堂大学の強みだと思っています。
研究グループのメンバーたちと
出会いに導かれて進んだ研究の道
私は今でこそこのように血液学を専門としていますが、実は学生時代は一番嫌いな分野でした(笑)。教科書を読んでもすごく難しくてわかりにくかったですね。でも、研修を行った自治医科大学で最初にローテーションした科が、希望した科ではなく血液内科だった。当時の自治医科大学では、髙久史麿先生(前自治医科大学学長、日本医学会第6代会長)が血液内科の教授をされていました。実際に自分が白血病の患者さんの主治医として担当してみると、学生時代に学んだ血液学とはあまりにもギャップがありました。強い抗がん剤に耐える患者さんの姿を目の当たりにし、感じるものがあり、血液学の道に進むようになりました。
研究も、実は全くやろうと思っていなかったんです。臨床を勉強したいと思っていましたから。でも、教授から強く勧められて研究をやってみたら、誰も答えを持っていないこと、その答えを自分が見出すという面白さにハマってしまったんです(笑)。
思い返してみたら、自分の人生は自分が考えていたものとは真逆の人生だなと思います。
私は1981年に研修医となってから40年近く、臨床現場に立ちながら研究にあたってきました。この長い歩みのなかで、ついに「血液のがん」の新規治療薬開発の一歩手前までたどり着きました。創薬研究で実用化にたどり着くのは、一生に一度あるかないかの機会だと言われています。完治が難しいとされる骨髄増殖性腫瘍に悩まされている患者さんのためにも必ずや、変異型CALRタンパク質の研究成果を新規治療薬の実用化につなげたいと思っています。
小松則夫(こまつ・のりお)
順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学 担当教授
1981年、新潟大学医学部卒業。自治医科大学内科研修医を経て、同大学血液科シニアレジデント、その後、病院助手に。1989年に理化学研究所国際フロンティア(クロモソームチーム)研究員に。1990年よりニューヨーク血液センター(John W. Adamson博士)留学。1991年に自治医科大学血液科に復職し、講師、助教授を経て、2004年より山梨大学医学部血液内科教授、2008年に同血液・腫瘍内科学講座教授(名称変更による)。2009年より現職。