MEDICAL

2023.02.02

脳卒中の後遺症の一つである麻痺。回復への道を拓く電気刺激療法とは。

脳の血管が詰まる、または破れることで発症する脳卒中。一命を取り留められたとしても、麻痺や痛みといった後遺症が残る可能性があることをご存知でしょうか。その改善に効果的なリハビリテーションの一つが、電気刺激療法です。疾患部の筋肉や神経に電気刺激を与えることで、麻痺や動作の改善、痛みの軽減を促します。患者さんの社会復帰に欠かせない治療法ですが、一方で患者さん個々に合わせた治療法を確立できていないといった課題もあります。今回は、理学療法士としてリハビリテーションの現場で活躍した経験を持ち、現在は順天堂大学保健医療学部で理学療法士を目指す学生の指導にあたる髙橋容子先生に、電気刺激療法の詳細と課題、今後の展望についてお聞きしました。

電気刺激療法のメカニズム

――そもそも、なぜ脳卒中によって麻痺が残るのでしょうか。

脳出血によって神経細胞が圧迫されて損傷してしまったり、脳梗塞によって血管が詰まり、栄養が供給されなくなることで神経細胞が損傷してしまうといったことが原因として挙げられます。脳の神経細胞が損傷・死滅してしまうと、脳が発する運動指令が筋肉に伝達されなくなります。そのため、手足を自分の意思で動かせなくなるという運動麻痺という現象が引き起こされるのです。

――電気刺激療法とはどのような治療法なのでしょうか。

麻痺が残ってしまった場合に行うリハビリテーションの一つで、損傷した神経細胞や周辺の筋肉に電気刺激を与え、神経経路を賦活することで麻痺や動作の改善を促します。治療法には大きく二つの種類があり、一つは機能的電気刺激です。体に装着、もしくは埋め込まれたデバイスが電気刺激を与えて神経活動や筋収縮を促進し、麻痺により失われた機能を代償します。この場合、裏を返せば、デバイスがないと麻痺部分は動かせません。神経の損傷の程度や経過観察の中で、麻痺の改善が難しいと判断された場合はこの治療法が選択されます。
もう一つが治療的電気刺激と言われるもので、麻痺の根本的な治療を目的とします。継続的なリハビリテーションの中で電気刺激を繰り返し、麻痺や筋緊張の異常(筋肉が過剰に緊張した状態など)の改善・回復を目指すものです。

――電気刺激が与えられた際、患者さんの感覚はどうなっているのでしょうか。

神経の損傷の程度によって感じ方は変わります。もし感覚を司る機能が残っていた場合、ピリッとしたような軽い刺激や、筋肉や関節が動いている感覚が感じられます。治療的電気刺激の場合、継続的に治療を行い、働きが低下していた神経が賦活されれば、動かし方の感覚を徐々に取り戻すことができます。反対に、治療を全く行わなければ、神経は退化してしまい回復の可能性がなくなってしまうこともあります。良くも悪くも、思っている以上に神経は柔軟です。麻痺の回復には、根気強くリハビリテーションと向き合うことが不可欠になります。

患者さんの迅速な社会復帰を目指して。リハビリテーションの現場と課題

――リハビリテーションの現場は、どのようなものなのでしょうか。

現場で活躍する理学療法士は、「動き」のスペシャリストです。ただやみくもに運動を促しているわけではなく、患者さんが少しでも良い動きを取り戻せるよう、様々な工夫とサポートを行っています。口頭でのアドバイスだけでなく、患者さんとともに身体を動かしたり、手足の動きをサポートして誘導し、動作を改善する方法やコツを指導したりもします。動かし方に少しの工夫を加えるだけで、リハビリテーション中に動作が目に見えて改善されることも少なくありません。回復への道筋や可能性を示して、患者さんのモチベーションを保ちながらサポートすることが、回復への近道となります。
理学療法士は患者さんができるだけ早く社会復帰できるように尽力します。患者さんにたいしては、「集中的なリハビリテーションを提供したい」、「でも早く家に帰してあげたい」という両方の想いがあります。というのも、通常の在宅生活に比べ、入院中の運動量はかなり少なくなります。病院にいる期間が長くなれば、体力が低下して退院後の生活に支障をきたす場合があるため、可能な限り早く退院できることを目指しながらも、最大限回復するように、リハビリテーションを進めています。

――早急な社会復帰は、多くの患者さんが望むところでもありますね。

はい。しかしながら、復帰に向けての頑張りが必ずしも良い結果になるとは限りません。麻痺が残る患者さんは、動かせない筋肉よりも動かしやすい筋肉を使って無理やり動作を行おうとしてしまいがちです。これが習慣化してしまえば、神経が誤った動作を学習してしまい、結果的にぎこちない動きが身についてしまう場合もありますが、このような現象を総称して、「誤学習」と呼びます。早急な回復を目指すあまり無理やりリハビリテーションを行ってしまうと、本来時間を掛けて行えばできるようになるはずだった動作ができずに終わってしまうこともあるのです。
患者さんの体力を衰えさせず、かつ誤学習を最小限にとどめるような適切なリハビリテーションの提供が、最も理想的です。

――各患者さんの状態に合わせた治療を行う必要があるということですね。

その通りです。しかしそこに、リハビリテーション現場の課題があります。現代の医療では神経回復のメカニズムを完全には解明できていないため、どのような時期に、どんな運動をどれくらいの量で行えば麻痺が回復していくのか、実はよく分かっていません。もちろん、回復に必要な治療法はある程度周知されているので、電気刺激で一定の効果は見込めます。しかし、麻痺が回復する神経メカニズムが完全には分かっていないため、「この患者にはどの期間にどの程度の電気刺激を与えれば回復が見込める」といった基準が今は存在していないのです。個人に合わせた電気刺激療法を実現するためには、病態に関連する神経のメカニズムを解明し、患者さん一人ひとりの症状に合った治療を適用する判断基準の確立が急務となります。
さらに、発症から数か月、数年経過した後でも、電気刺激やロボットを用いることで、運動が改善することも証明されてきています。発症から時間が経っても「良くなることを諦めない」という患者さんの気持ちに寄り添えるような、画期的な治療を確立したいという思いで、研究を進めています。

個人に合わせた治療を提供するために。髙橋先生が行う最新の研究

――判断基準や新しい治療の確立に向けてどのような取り組みがされているのでしょうか。

現在私はロボットシステムを用いて歩行時の神経の状態を計測するという研究に取り組んでいます。麻痺が問題になるのは、実際に身体を動かす時なのですが、現状、特に歩行中において神経がどのような状態にあるのかはよく分かっていません。そこでこの研究では、麻痺が残る患者の歩行中における神経状態を計測し、神経の損傷がどのように足の動きに作用しているのかを分析することで、神経のメカニズムの解明を目指しています。機械の構造が分かれば組み立ても分解もできるように、神経のメカニズムが分かれば異常な神経を適切に調節する方法も分かります。つまり、麻痺への対処法が分かるのです。「この神経の状態をした患者さんにはこのような電気刺激を行えばよい」といった、治療適用における判断基準を確立できることになります。

最終的には、各患者の症状に適した、いわゆるテーラーメイドの治療デバイスの開発を目指しています。順天堂大学には、リハビリテーション科医師の藤原俊之先生をはじめとした、神経のリハビリテーションのスペシャリストが揃っていますので、一丸となって新しい治療の開発に取り組んでいます。 重度の麻痺が残る患者さんに対して、治療の選択肢を広げられれば、回復の可能性を格段に高めることが可能です。近年は再生医療なども発展していますので、どうしても治せない重度の麻痺が様々な治療の効果によってなくなる日は、そう遠くないのかもしれません。

Profile

髙橋 容子 TAKAHASHI Yoko
順天堂大学保健医療学部理学療法学科 助教

博士(慶應義塾大学)。恩賜財団済生会神奈川県病院リハビリテーションセンター 理学療法士、東京湾岸リハビリテーション病院リハビリテーションセラピスト部 理学療法士、株式会社国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所脳情報研究所ブレインロボットインタフェース研究室 研修研究員を経て、2019年度より現職。神経科学、リハビリテーション科学などの研究に従事。日本物理療法学会、日本物理療法研究会、日本基礎理学療法学会等に所属。

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