MEDICAL
2023.05.24
メタバースは次代の医療の鍵となるか?バーチャルホスピタルで目指す、誰にとってもやさしいデジタルヘルス
2022年11月、順天堂大学が日本アイ・ビー・エム株式会社と共同で構築した「順天堂バーチャルホスピタル」がWebブラウザ上にオープン。実際に文京区本郷にある順天堂医院が細部まで精巧に3Dモデルで再現され、バーチャル空間内に「もう一つの順天堂医院」として誕生しました。医療の世界にメタバースを組み込む、この異色ともいえる掛け合わせは、国内でもまだほとんど例がなく各界の注目を集めています。パーキンソン病研究の第一人者として知られ3カ月で1200人もの患者を診療した実績を持ち、現在バーチャルホスピタルプロジェクトを推進している順天堂大学大学院医学研究科長・医学部長の服部信孝教授に、プロジェクトについて伺いました。
次代の医療のモデルとなるため。「順天堂大学バーチャルホスピタル」第一弾が完成
「順天堂バーチャルホスピタルは、メタバース技術を導入し時間と距離を超えた新たな医療サービスの研究と開発を目的として立ち上がったプロジェクトで、2022年から2024年の約3年を投じて徐々にアップデートされていく想定です」と服部先生は語ります。2022年11月に公開されたものはまだ計画の第一段階ですが、既にパソコン画面上に『そっくりそのまま』3Dで複製されている順天堂医院を、いつでも訪問することができるようになっています。特別なアプリは必要とせず、パソコンのブラウザ上でコンテンツを立ち上げ、キーボード・マウスで移動することで、順天堂医院の中を自由に歩くことができます 。また、服装・見た目も現在は2種類のアバターから1つを選び、ニックネームをつけることも可能です。正面玄関から入った後は他の棟やフロア、一部の診察室や処置室への出入りもできるなど、通院前に院内の様子をじっくりと見て回れます。
さまざまな制約から自由になれる、仮想空間の特性を医療に活かす
順天堂バーチャルホスピタルは順天堂医院内を歩き回ってもらうだけが目的ではなく、「患者の満足度の向上」や、「医療の質の向上」なども大きなテーマになっているといいます。服部先生は、「今後のアップデートでバーチャルホスピタルのアバターには来院者専用のIDが発行され、患者本人としてバーチャル上で診療予約や問診、支払いなどが可能になる想定です。これによって患者の待ち時間削減が見込めます」と今後の展望を語ります。さらに、患者とその家族がそれぞれのアバターを介して好きな時間や場所に、好きな格好で面会ができたり、患者同士がバーチャルのコミュニティ空間で楽しく交流したりというサービスも計画されているといいます。
「現実の順天堂医院を仮想空間上に緻密に作り込んでいるため、例えば処置室と診療機器を事前に患者さんのアバターに疑似見学してもらい、後日の検査の不安を取り除くといった使用も可能でしょう。また、面と向かっては医師に尋ねにくかった疑問も、明るく開放的な仮想空間上では精神的に楽になり、質問しやすくなるのではないかと考えています」(服部先生)
バーチャルホスピタルでの検証データを医療発展の礎にする
「医療の質の向上を目指すうえで、バーチャルホスピタルを巨大な『実証の場』として、バーチャル空間での活動・体験による治療や、リアルとバーチャルを行き来することによる治療の効果も検証したいと思っています」と服部先生はバーチャルホスピタルのもう一つの目的を語ります。確かに、精神が身体の状態に影響を与えることはよく知られていますが、定量的な数値を用いた原因や効果についてはまだ解明されていないことが多いといわれています。これらの課題に対しても、「バーチャル上でさまざまな場所に行き、他者と交流する」、「バーチャル上で別人格として行動する」など多様なパターンのシミュレーションを行うことにより、研究が大きく前進する可能性が秘められています。
「私が専門とする脳神経の分野では特に精神状況と症状の関与は顕著です。運動障害を持つ患者さんがバーチャル空間上で、アバターを通して思いっきり走り回った時、一体どういった気分になり、どのように症状は改善するのでしょうか?興味深いデータが取れると思います。視覚情報は脳の活性化に大きな影響を与えます。バーチャルでの検証が、運動障害に対する医療においても大きな進歩をもたらすことは間違いありません」とも服部先生は語ります。バーチャルホスピタルでの検証結果を基に考案された全く新しい治療法が、今後の医療のスタンダードとなる時もそう遠くないのかもしれません。
時代が変わっても、変わらない医療の根幹
自身もパーキンソン病患者に対するヘッドマウントディスプレイを用いた3次元オンライン診療の実用化に取り組む服部先生は、順天堂大学が見据える「誰にとってもやさしいデジタルヘルスの実現」についてこう語ります。
「デジタルヘルスには時間・場所を超越できるというバーチャル空間の利点がある一方で、対面で人の温もりを感じる重要性についても多くの医療関係者が認識しています。リアルの血の通った感覚と、スピード感を持ったバーチャルの世界、両方の比率のバランスをうまくとりながらこれからの医療は進化していくのでしょう。その中で、大学という教育機関で求められるのは、現実であっても仮想であっても『医療とは何か』の軸がぶれないことです。プロフェッショナリズムを持った医師がどういうスタンスでデジタルを活用し、真に患者さんのためを想う医療をどう行うかを、医療教育で伝えていく必要があると考えています」
メタバースの医療への応用はまだ始まったばかりですが、メタバース市場の発展は目覚ましく、2030年には市場規模が78兆円を超えるとの見通しもあります。いつの日か、多くの人々が日常的にメタバースを使用した医療サービスを享受する未来がやってくるでしょう。時代ごとのより良い医療の最適解を模索しながら、順天堂大学はこれからも医療の最先端に立ち続けていきます。
関連リンク
- 順天堂バーチャルホスピタル
https://www.juntendo.ac.jp/hospital/patient/virtual_hospital/
- 順天堂大学とIBM、メタバースを用いた医療サービス構築に向けての共同研究を開始
- 順天堂大学 本郷地区情報センターがデル・テクノロジーズ社「Data Center Solutions Award」(レガシーモダナイゼーション&DX部門)を受賞
https://www.juntendo.ac.jp/news/20220728-01.html - すべては患者さんのために!パーキンソン病の治療・研究をリードする順天堂の神経学講座
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000134.html