MEDICAL

2023.12.25

高度救命救急センターとして新たな一歩 ~浦安病院が描く救急医療の未来~

2023年9月1日、順天堂大学医学部附属浦安病院(以下、浦安病院)は、全国で47施設目、千葉県では2施設目となる「高度救命救急センター」に指定されました。今回の指定を受けた経緯や、救急を核とした浦安病院独自の診療体制、人を大切にするセンターの運営方針など、2005年の開設以来、地域の救急医療の"最後の砦"として、年間約2万人の救急患者を診療してきた同病院の高度救命救急センターのこれまでとこれからについて、田中裕院長と岡本健センター長にお話を聞きました。

軽症から最重症まであらゆる患者を治療

――浦安病院の救急診療の概要、特徴を教えてください。

 

岡本 浦安病院がある千葉県の東葛エリアは、県の人口の約半数が暮らしている人口密集地域であり、日本有数の観光地である東京ディズニーリゾートも近く、救急医療の需要がとても高い地域といえます。浦安病院の救命救急センターは、開設以来、東葛エリアの“救急医療の最後の砦”として、重症の患者さんの治療に当たるだけでなく、軽症や中等症の患者さんもすべて受け入れてきました。

 

田中 重症度などにかかわらず、すべての患者さんを受け入れる「北米型ER診療」をしているのは、当センターの特徴ですね。日本の救命救急センター(三次救急)は、基本的に、最重症の患者さんを治療する場所で、たとえば「おなかが痛い」と自分で歩いて来られるような患者さんは、市中病院の救急外来や夜間休日診療所で対応していただくことが多いです。一方、北米の病院のERでは、どんな患者さんもまず救急外来で受け入れて、救急医が重症度や緊急度を評価し、帰せる患者さんは帰し、重症で入院が必要な患者さんは専門科に移す、というシステムを取っています。当院ではそれと同じスタイルで診療しています。

 

岡本 ただ、全ての患者さんを救急診療科の医師だけで診るのは難しいため、我々が考えたのが、入院して専門的な治療が必要な患者さんは、救急医と各専門科の医師による「センター」で治療しましょう、という方式です。

 

田中 「センター化方式」と呼んでいますが、たとえば、くも膜下出血で搬送されてきた患者さんであれば、最初に全身の状態を把握する救急医と、脳神経内科や脳神経外科の医師が一緒に「脳神経・脳卒中センター」で治療します。今、我々の病院には16のセンターを開設しておりますが、そのうち救急に関わるセンターが9つ。救急を核としてこういうセンターを設置している病院は、ほかにあまりないかもしれないですね。

田中 裕 院長
岡本 健 センター長

独自に進めた体制整備が“高度”につながった

――「高度救命救急センター」とは、どのような機能を持つ施設なのでしょうか。

 

岡本 高度救命救急センターの指定を受けるには、3つの条件をクリアすることが必要です。まず、重症外傷や広範囲のやけど、四肢切断、有害物質による急性中毒などの「特殊疾病患者を治療できること」。次に、そうした特殊疾病患者を含む救急患者を、「24時間受け入れるために必要な職員を配置していること」。そして、「高度な診療を可能にする医療機器を備えていること」3つです。

 

――今回、高度救命救急センターの指定を受けるまでには、どのような取り組みがあったのでしょうか。

 

田中 実は、当院は『必要なことを積み重ねているうちに“高度”の要件を満たしていた』というところがあって、“高度”になるために特別に取り組んだことはあまりないのです。

浦安病院は1984年に開院して、2005年に救命救急センターが開設されました。私はその2年後の2007年に当院に就任しましたが、当時は小規模なセンターで、院内の他科の先生に応援に来ていただいていました。しかし、私が赴任して2カ月後、当時のサッカー日本代表のオシム監督が脳梗塞で倒れて当院に搬送され、さらにその2カ月後には、中国製の冷凍ギョーザによる食中毒で重体になった女の子を治療して、社会的に注目されたのが大きな転機になりました。

 

岡本 そうですね。どちらも大きな話題になりましたし、病院内でも、「病院全体で救急医療をやっていくんだ」という方向付けができた出来事だったと思います。

 

田中 それをきっかけに、浦安病院で救急医療をやりたいという仲間が増えて、そこから本格的に救命救急センターが動き出しました。その後、センター化を進めていく中で、重症外傷や急性中毒を診られるチームもできましたし、指の再接着ができるチームも、重度のやけどに対応できるチームもできてきた。なので、割と早くから当院は高度救命救急センターの要件を十分満たしているな、という感覚はありましたよね?

 

岡本 たしかに、自覚はありましたね。

 

田中 何年か前からそういう状況にあって、今回あらためて“高度”の指定を受けようと動き出した理由の一つには、厚生労働省の「救命救急センター充実段階評価」で、5年連続で最高ランクのS評価を受けたということもあります。

 

岡本 S評価を受けるのはなかなか難しく、どれか1項目だけが極めて高い評価であっても総合的に高得点を取らないとS評価にはならないのですが、当センターはそれぞれの項目で高い評価を受けていた結果、総得点が高いレベルにありS評価をいただけています。センターの開設以降、オシム監督の入院や冷凍ギョーザ事件、DMAT(災害派遣医療チーム)ができたり、東日本大震災では当院自体が被災もしました。そういった大きな事例を経験しながら、少しずつ実績を積み重ねてきた。そういうこともあって、機は熟したのかな、と。

“チーム医療”を方針として強く掲げた結果、『高度救命救急センター』の認定を得た

なによりも大事なのは「人」

――高度救命救急センターを運営していく上で重要だと考えているのは、どんなことでしょうか。

 

岡本 “高度”に限ったことではありませんが、救命救急センターの運営で最も大切なのは、「人」です。最近、救急医のバーンアウトが話題になりましたが、個人の熱意だけで支えられる組織には、限界があります。センター機能が常に十分発揮されるためには、魅力的な職場環境を作って人員を確保し、適切に配置することが重要だと思っています。

 

田中 救急はどこも人手不足で、特に若い人材はなかなか入って来ない。だけど、うち当センターには来年は例年より多くの専攻医が入局することになっています。若い人に入ってもらうには、働き方改革も欠かせないですよね。

 

岡本 そうですね。今、当センターはオンとオフがはっきりした勤務態勢を取っていて、容態の急変などでオフの人を呼び出すのは原則禁止としています。また、現在当センターには救急医が18人いますが、そのうち6人が女性で、子育てしながら勤務している医師もいます。今後も救命救急士なども積極的に活用するなど、医師や看護師の負担の軽減を図っていきます。

「魅力的な職場環境づくり」として、もう一つ力を入れているのが、いろいろな経験をする機会の提供です。その一つとして、専門医を取るだけではなく、並行して学位を取得することも推奨していますし、海外への研究留学も薦めています。

 

田中 大学院で研究しながら、専門医を取得するために臨床もやる「フィジシャン・サイエンティスト」になりましょう、と。これは順天堂全体の方針でもあります。

 

岡本 ほぼ全ての医学領域にまたがる臨床以外に、研究や留学、そして学生や研修医を教え育てる楽しみもある。そういった多様なモチベーションを提供し、スタッフの「やりたいこと」に応えていくことが、人が集まる魅力的な職場に繋がると考えています。

働きやすい環境であることで、自然とチームとしての一体感や良い雰囲気も生まれている

改修工事によりハード面も強化へ

――高度救命救急センターになったことによる変化、今後の取り組みや目標をお聞かせください。

 

田中 人員確保という意味では、“高度”の指定を受けて、これまで以上にスタッフが集まりやすくなったのではないでしょうか。個人的な意見ではありますが、救急医にとって「高度救命救急センター」は憧れの場所ですから。

 

岡本 そう思います。知名度が上がってスタッフを集める原動力になっていますし、今いるスタッフのモチベーションも上がりました。それから、やはり非常に大きいと思ったのが、千葉県の行政との距離が近くなったということですね。これまでは当院、あるいは東葛エリアをメインに活動していましたが、今後は千葉県と協力して、県全体の救急医療を統括する立場になると思います。東葛エリアのほかの救命救急センターとの連携強化なども含め、千葉県の救急医療を牽引する新たな責任を果たしていきたいと考えています。

 

田中 岡本センター長をはじめとする現場の頑張りに応えるため、私が今取り組んでいるのが、ハード面の整備です。現在計画中の外来改修工事では、救急外来を倍の広さにして高度な専門機器をそろえ、数年後には、これまで以上に質の高い医療を提供できる高度救命救急センターに生まれ変わる予定です。

 

岡本 ハード面の整備は田中院長にお願いして、現場を預かる私としては、働きやすい職場環境づくりと人員の確保をしっかりやっていきたいですね。また、当センターでは重症だけでなく軽症の患者さんも診るわけですが、歩いて来られた患者さんが、「実はくも膜下出血だった」「実は心筋梗塞だった」というケースもあります。重症の患者さんは救急患者のごく一部で、救急医療の裾野はものすごく広い。軽症の患者さんから学ぶことは、非常に多いんです。我々としては、あらゆることに対応できる、オールラウンドな救急医を育成することもめざしています。これからが楽しみですね。

 

田中 一度背負った「高度救命救急センター」の看板は、重いですよ。重い分だけやりがいがあります。現場の士気は相当高いと思いますし、張り切っている救急を、病院を挙げて応援したい。救急医が院長になった宿命といいますか、良いチャンスだと思って、しっかりした救急医療の場をこれからも作りたいですね。

左:岡本 健 センター長  右:田中 裕 院長

Profile

田中 裕 TANAKA Hiroshi

順天堂大学医学部附属浦安病院 院長
大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部附属病院特殊救急部、セントルイス大学医学部(留学)、大阪大学大学院医学系研究科救急医学准教授を経て、2007年順天堂大学医学部救急災害医学教授。同年、順天堂大学医学部附属浦安病院救命救急センター長に就任。浦安病院院長補佐、副院長・診療部長を経て2021年より現職。専門は救急医学、集中治療学、外傷外科学。

岡本 健 OKAMOTO Ken

順天堂大学医学部附属浦安病院 高度救命救急センター長
大阪大学医学部卒業。関西労災病院重症治療部、防衛医科大学校病院救急部講師、ハーバード大学医学部(留学)、宮崎大学医学部救急医学講座准教授を経て、2008年順天堂大学医学部救急・災害医学(浦安)教授。順天堂大学医学部附属静岡病院救命救急センター長を経て、2021年より現職。専門は救急医学、外傷外科学、災害医学。

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